金髪ロリお姫様ラノベ

第四話

 化け物達は当初の苦戦をものともせず、段々と勢いを巻き返していった。人間を遥かに凌駕する身体能力を持って、数で勝る敵軍を段々と追いやっていった。その事実に誰も彼もが狂喜乱舞し始めていた。

 そんな味方達の防戦に段々と勢いがつき始めた頃合のことである。

 空も白み始めた頃に齎された伝令が全てを一変させた。

『姫様っ! 大変です、人間の援軍がやってきましたっ!』

 上空を旋回する鳥人の声がスピーカー越しに響き渡った。彼と思しき声は開戦当初から延々と耳にしているので、自分もだいぶ判断がつくようになってきている。それが今までで一番の焦りを伴って、声も大きく伝えてきたのだ。

「またですかっ!? 今度は何処にどれくらいの規模ですかっ!?」

『そ、それが……』

「どうしました? テオ、早く答えてください」

『敵の本陣の後ろの方から、か、数えきれない明りが近づいてきますっ!』

「なっ……」

 敵の本陣とは街の正面に数キロ離れて設けられた人間達のキャンプである。その更に後方と言うのなら、それは元より街を襲っていた者達とは異なる。恐らくは本国からの援軍に違いない。

「ちょ、ちょっと、敵の国ってそんな近くにあるのっ!?」

「いえ、少なくとも人の足で歩いては数週を必要とする筈ですっ!」

「それじゃあ、なんだってこんなタイミングで援軍とか……」

「後発隊が追いついたのでしょうか」

「あぁ、このまま上手く捌ききれると思ったってのに……」

 寝ずの番でズキズキと痛む頭を抱えて唸り声を上げる。きっと目の下には大きなくまができていることだろう。加えて言うなら食事はおろか水でさえここ数時間は口にしていない。肉体的にも精神的にも限界が来ていた。口の中は乾いた唾液で粘ついている。

「敵の数は、どの程度か分かりませんか?」

『まだ遠くてハッキリしませんが、少なくとも十数万はいるかと思われます』

 続けられた報告に眩暈がした。

「マジかよ……」

 幾ら段々と盛り返し始めているとは言え、再びその数をぶつけられては耐えられるかどうか。大雑把に数えても今まで戦ってきた本隊が倍に膨れ上がることになる。

 対してこちらは既に数時間を戦って誰も彼もが疲労困憊。恐らくは気力のみで立っている者も少なくないだろう。戦場で人間を食べない連中に関しては、食事や水だって摂れていないだろう。そう考えるとこちらは増援が来ても来なくても、あと何時間持つか分からない状態にある。

「人間、私達はどうしたら……」

 少女もまた返す言葉が見つからないのか、深刻な表情でこちらを見つめてくる。

 きっと、スピーカーの向こう側で戦う誰も彼もは、姫様がなんとかしてくれるのではないかと期待しているに違いない。そんな仲間の信頼を胸に抱く彼女の心境は如何程だろうか。あまり想像したいものではない。

「こ、この期に及んで援軍なんて、これはもう……」

 無理なんじゃないか。

 そう洩らしそうになった。

「……人間?」

 いや、しかし、今ここで自分が折れてしまっては彼女に申し訳が立たない。散々引っ張りまわしておいて、やっぱり無理ですごめんなさい、などとは口が裂けても言えない。そんな雰囲気だった。

「あれだ、ほら……、この城って、どれだけ詰め込める?」

「それは今を戦っている者達を指しての話ですか?」

「うん」

 もう街は諦めるしかないだろう。

「誰だけの仲間が残っているかは知れませんが、恐らく皆を向かえることは問題ありません。戦に際して身体を本来の大きさにしている者も、ヴラドのように身の丈を変えることができますから」

「じゃあ、皆を城に撤退させてくれないかな……」

「人間、それは城に篭るということですか?」

「悪いけど、もう他に手は思い浮かばないよ」

「し、しかし、それでは街が……」

「だけど、仲間を見殺しになんてできないでしょ? 城に篭れば結界で少しの間は堪えることができるし、その間に何か良い策が見つかるかもしれない。食糧だったら俺が頑張って運ぶから」

「…………」

 今にも泣き出しそうな表情の少女が悲しかった。

「それか、せめて結界が生き残っている三分の一まで下がらせてよ。とにかく一度は皆を休ませないと、とてもじゃないけど身体が持たないだろ? もう何時間もずっと休みなしで戦ってるんだから」

「ですが……」

「決して諦める訳じゃないんだから、とにかく、一度体制を立て直そう。皆で集まって今後を話し合うのだって悪くないじゃない。少なくとも、このまま戦い続けるよりは長続きする筈だから」

「…………」

 負け戦なら潔く戦って散るべきである。

 そんな第二次大戦中の旧日本軍を思わせる特攻精神が、少女やその仲間達には強く感じられる。けれど、自分からしてみれば正義は生きることに他ならない。死ぬことは絶対悪である。最後の最後まで卑怯でも足掻くべきだと思う。それに、もしかしたらそれが未だ見えぬ勝利に繋がるかもしれない。

「……駄目?」

 とは言え、世界が違えば思想も違う。何処かのエルフにも偉そうなことを語った手前、彼女達に無理強いはできなくて、最後は下手に出てしまうのが小心者の自分である。伺いを立てるように少女の顔を見つめる。

 そんな俺の問い掛けを前に、彼女は無言のままジッと床を見つめていた。

 今こうしている間にも大軍は近づいてきている。身を引くなら早いほうがいい。どうする、どうするの、やっぱり駄目なの、そんな言葉を心中で繰り返しながら、焦る気持ちを抑えるのに必死だった。

「……分かりました」

「ど、どうする?」

「一度、皆を結界の内側へ召集します」

「……ありがとう」

 そうして心を決めてくれた少女の顔は、正直、見れたものでなかった。彼女の決心が鈍らぬよう、俺はすぐさま無線端末を彼女に押し付ける。そして、前線で戦う仲間の下へ必死の呼びかけが始まった。

 少女が語ったとおり、始めは誰も彼もそれを良しとはしなかった。姫様の為にこの命捧げる所存です、といった具合に、更なる奮迅を見せる者多々であった。説得には随分な労力を要した。全ては作戦の内だと、そう彼女が繰り返すことで何とか皆の理解を得るに至った。全体の支持を得るには随分な時間をかけてしまった。

 少女の召集命令が隅々まで行き渡ると、街の外壁をバリケードに戦っていた化け物達が残る三分の一の結界へと集結していく。そして、それを好機と見たのか人間達が勢いづいてゆく。今まで味方が命を削ってまで守り通してきた街の幾らかは、瞬く間に人間の手に落ちてしまった。

 その後、全員が結果の内部へと逃げ込んだのは、少女の決定から小一時間が過ぎてからのことであった。撤退に際しても背を討たれる者が幾らかあって、元より個体数の少ない本国においては、決して小さい被害でなかった。

 撤退を終えてからはてんやわんやの大騒ぎである。怪我人は優先して城の医務室へと運ばれた。食糧庫からなけなしの食糧が放たれて、戦いに参加できない者達が用意していた食事を手の空いた者達から順次摂ることとなった。争いで失われた武具の配給も即座に開始された。城中が野戦病院にでもなってしまった風だった。

 そして、城の会議室には少女を筆頭に化け物の代表達が集まっていた。

 あれやこれやと散々口を出した身の上にあるので、少女に言われて自分もまたその席に腰を置いている。皆が囲う長机の一端にあって、上座だろう部屋の最奥に腰掛けた少女の隣である。

「皆、良く今まで頑張ってくれました」

 意を決した様子で少女が口を開いた。

 その沈痛な面持ちから、集まった誰も彼もは彼女の心情を理解したのだろう。それ以降、幾ら待っても続けられることのない彼女の語りから、他の化け物達がおもむろに口を開く。それは驚いたことに平素からの調子だ。

「姫様、我々はまだまだ戦えます」

「最後まで諦めず、この国の為に戦いましょう」

「結界だって、まだ三分の一も残っているではありませんか」

 そうして語る化け物達の誰も彼もは少なからず怪我を負い血を流していた。刀傷があったり、皮膚が焼け焦げていたり、眼球が潰れていたり、矢が刺さっていたり、程度の差はあれど無傷なのは自分と少女だけだった。けれど、それを寸毫でも気にする者は、この場に誰もいない。

 部屋の床には毛の長い値の張りそうな絨毯が敷かれている。しかし、その艶やかな毛並みも虚しく毛先は赤黒く濡れて力失い垂れ下がっていた。そんな様子を目の当たりにしてしまうと、どうにも居た堪れない気分になる。自分は門外漢なのだと強く感じた。

「……皆、まだ、私と一緒に戦ってくれますか?」

 少女の語りかけに化け物達は間髪置かず答える。

「当然ですっ! このまま尻尾を巻いて逃げ出すなどできませんっ!」

「この国は我々の宝ですっ! 今戦わずしていつ戦うというのですかっ!」

「そのとおりですっ! 元より身を引くつもりなど毛頭ありませんっ!」

「力ある限り、最後まで足掻いて見せましょうぞっ!」

 既に負け戦が決まっているにも関わらず、化け物達の勢いは失われていなかった。どうしてここまで頑張れるのか、自分には理解できなかった。ただ、ここまで全員が一丸となってことに当たれる化け物達の姿が、少し羨ましくもあった。

「ありがとうございます。皆の力強い心意気、たしかに受け取りました」

 少女が恭しく頭を垂れる。

 長い金髪がさらりと流れる姿はとても美しく、これがあと数刻で失われてしまうのだと思うと、なんだか堪らない気持ちになった。トカゲの言葉じゃないが、なんとかしなければいけない衝動に駆られる。

 けれど、俺はただの人間だった。

「それと皆に伝えておきたい。この度、今まであったとおり一度でも戦況を盛り返すことができたのは、皆の尽力も然ることながら、この人間の働きがあったからに他なりません。今一度、この者に感謝の言葉を送っては貰えませんか?」

「え?」

 続けて語られた言葉に思わず少女を振り返る。

 すると、彼女はとても柔らかい笑みを浮かべてこちらを見つめていた。深い蒼色の瞳がスッと細められて、優しく俺を見つめている。とても穏やかな、どこか温かみのある表情であった。

 思わず胸がドキンと高鳴る。

「ああ、人間、お前は本当に良くやってくれたっ!」

「あの変な機械のおかげで随分と頑張る事ができた」

「姫様の声を聞きながら戦えるなんて、本当、最高だったぜっ!」

「そうだな、おかげで被害も最小限に食い留めることができた」

「今、仲間が飯を食えるのもお前のおかげだしなっ! 人間っ!」

 そんな俺の心中を知ってか知らずか、次々と上がる異形からの賞賛。

 なんと答えたら良いのか分からなくて、自然とその視線は少女へと移っていた。すると、彼女は救いの手を差し伸べるように言葉を続ける。それは戦局が開かれる直前に彼女が語っていた話である。

「だが、これ以上この者を巻き込むことは叶いません。この者はこの世界の人間ではないのです。そして、これから先は我々の戦いなのです、我々だけで戦うべきなのです。他所の世界の者にこれ以上の迷惑はかけられません」

「ちょ、ちょっと、でもまだ君達は……」

 勝手に進められていく話に俺は明確な意思を返せない。

 死ぬのは怖いから、元の世界へ帰りたくもあるのだ。万が一に際しては姿見へ逃げ込む算段でもいる。そして、そんな甘い覚悟では次の波は超えられないのだと、少女の語りが暗に俺に言い聞かせているように感じられた。

「人間、今までありがとうございました。国の民を代表して感謝を送りたい」

「あ、いや、でも……」

 再び頭を垂れる少女に、俺は返す言葉がなかった。

「ヴラド、この者を鏡の間へ送っていってください」

「は、はい……、分かりました、姫様」

 ここまで大々的に言われてしまっては、トカゲも自らの企みを諦めざるを得ないのだろう。素直に頷いて俺の側までやって来た。その顔を見上げると、彼もまた何処か覚悟を決めて見えた。

「人間、私について来るといい」

 トカゲの手が俺の肩に伸びる。

「ちょ、ちょっと待ってくれよっ!」

 なんだか、少女の言葉が凄く苦しかった。

 たしかに死にたくない。凄く死にたくない。危険なのは嫌だ。

 けれど、この状況で家に帰って俺は何をすればいいのか。

 凄く悶々とした気分を抱えることは間違いない。帰ってから一週間は鏡の向こうが気になって気になって仕方がないだろう。何も手につかないに違いない。一ヶ月経っても鏡を眺めない日はないだろう。こちらの世界を想いながら日々悶々と暮らす自らの姿が勝手に想像された。そして、一年経っても、十年経っても、きっと、幾ら歳を重ねても、この一週間とその終わりは、絶対に忘れることのできない永遠の記憶となるだろう。

 それは、なんだか、凄く嫌だった。

「人間、これ以上の手出しは無用だ。今のうちに元の世界へ帰るといい」

「か、帰る、帰るから……、けど、その前に俺だって何かしておきたいっ!」

 叫ぶように言い放つ。

 色々と矛盾しているのは自分でも良く理解している。

「君等も何もしないまま死ねとか言われたら嫌だろう? だったら、どうせ負けるんだったら、なぁ、最後くらい派手に行きたいだろう? 俺に案があるから、あと少しくらい一緒に居させてくれよっ!」

 ふと思い出したのはいつだか教室で聞いたゲームの話。

 でも、属性反射って敵しか使えない技じゃねぇの? 

 ゲームの世界はどうだか知らないけれど、この世界に限れば別に全てが敵にしか使えない訳でもない。自分達は今まで延々と耐え忍んできたけれど、それだって誰に言われたわけでも無い。ただ、そうしなければなるまいという既成観念から生まれての行為だっただろう。

「……案だと?」

 トカゲが俺の顔を覗き込むようにして問う。

 そんな彼の姿を傍らにおいて、俺は化け物達を前に言葉を続けるのだった。

◆ ◇ ◆

「皆、覚悟は良いですね?」

 少女の言葉に彼女を頂点とする化け物達の神輿が咆哮を上げる。幾百、幾千という化け物が城前の広場へ一堂に介した様子は圧巻だ。巨大な身体の竜から人間と大差ない姿の猫人まで、多種多様な化け物達がその場に集まっていた。

「これより我々は人間の軍へ向けて攻めて出ますっ! 今まで守ることしかできなかった我々の、その内に滾る最後の意地を人間共へ喰らわせてやるのですっ! 人間という存在が如何に脆弱なものか、思い知らせてやるのですっ!」

 今まで聞いた中でも一番の演説が少女の口から放たれる。

 そして、それに応じる獣達の叫び声と言ったら、耳を押さえても頭が痛むほどに強烈なものだった。あまりの声量に地面が揺れている。拡声器も使っていないのに、腹へビンビンと響く。生き物の生の声だった。

「それでは、いざっ! 人間の軍を滅ぼしに行くのですっ!」

 少女の掛け声に応じて国民全てから成る大戦隊が動き始めた。

 城とその周辺を囲う結界が解かれ化け物の軍団が勢い良く走り出す。激しい地響きが始まる。人間を遥かに超える脚力を持って、壮大な土埃を上げる異形達が放つ最後の進撃が始まったのだった。

 それを陣営の中央に位置する竜の背中から見つめるのが少女だ。

「人間、貴方は本当にこれで良かったのですか?」

 その隣には俺が座らせて貰っている。

「いや、なんかもう、ここまで来たら最後まで居たいし……」

 姿見は城に置いてきた。

「しかし、貴方はこの世界の人間ではないのですよ?」

「いや、ほら、俺は人間だから、きっと大丈夫だよ」

「この戦乱で貴方のような貧弱な人間が生き残れると思いますか?」

「ま、まあ……、そのときはそのときだよ」

 どうしてこんな場所でこんなことをしているのか。自分が自分で分らない。けれど、そういう気分なのだから仕方がない。多分、少女達の熱気に当てられて、色々と馬鹿になってしまったのだ。そうに違いない。そうじゃないと臆病な自分への言い訳が立たない。

「しかし……」

「ほら、それより、そろそろ始まるみたいだよ、君達の戦いが」

「っ……」

 向かう先を指差して少女に言う。

「君がちゃんと指示をしないと駄目だろ」

「そ、そうですね……」

 そこでは先陣を切って突き進む化け物達が、人間の本陣へと突っ込む姿がある。

「この身が朽ちるまで、やれる限りをやりましょうっ!」

 鼓膜を劈く人間達の悲鳴が戦いの火蓋を切って落とした。

 竜が、狼が、巨人が、なんだかよく分らない生き物達が、次々い人間の壁を突き破って奥へ奥へと侵入していく。まるで陸に迫る津波のようだった。次々と周囲を巻き込んで進む肉の波に進行方向にある一切合財が飲み込まれていく。

 街を守っているだけでは伺うことのできない、化け物としての本領発揮であった。凶暴な本性であった。人間を殺せと叫びながら進んでいく、その巨漢が真っ赤に染まる姿は圧巻であった。

 これがいつまで続くかは分らない、ただ、叶うならこの延々と続く肉の壁を打ち抜いてくれることを祈る。そして、俺は少女と共に傍らに積んだ無線機を持ち皆の援護に尽くすのだった。それが自分が彼らにできる精一杯である。

 叫んで、吼えて、鳴いて、そんな彼らに囲まれていると、まるで自分もまた化け物になってしまったような、そんな危うい錯覚を覚えた。多分、この感触は向こうの世界にいては絶対に味わえない、純然たる興奮に違いなかった

 そして、やがては僅かに残っていた保身さえ忘れて、彼等と一丸となり、ただ只管に前を目指し始めるのである。元の世界の人間が目の当たりとすれば、若しくは狂っていると評するかも知れない。けれど、それはそれで構わないと思えるような、興奮があった。

 まるで酒にでも酔ってしまったようだった。