金髪ロリ田舎暮らし日記

五日目

「そろそろ風呂を何とかしようと思う」

「ほぉ、風呂か」

 座敷での朝食を終えてより、俺は化け狐を正面に向かえて強かに言う。

 昨日は主に廊下と、縁側に程近い座敷の幾つかを掃除した。汗水垂らしては必死となり、埃を払い、カビを拭い、虫を叩き出し、数ある内の幾つかは、利用可能な程度まで清掃した。また同時に、他の幾つかに関しても、掃除以上の修繕が必要な箇所も幾つか見受けられてより、今後の対策が明確になってきた。

 そうして日々を肉体労働に励む俺だから、そろそろ、何某か癒しが必要だと考えたのである。流石に毎日、井戸水を被り身体を拭う限りでは味気無い。加えて、今後、気温が下がった場合を考えると、暖かいうちに優先して都合するべきであろう。夏は長いようで短いのだから。

 幸いにして、風呂場の存在は確認してある。水回りということで、掃除を敬遠していたのだが、流石にいつまでも放置する訳にはいくまい。やる気と根性の残っている内に、ぱっぱと片付けてしまいたい。

「ならば、薪も作り始めねばならんな」

「別に薪なんて、そこいらの木を切り倒して割ればいいだろ? お前が」

「そこいらの木を切り倒して、どうするつもりだ?」

「何言ってんだよ、釜へくべるに決まってるだろ? 馬鹿な奴だなぁ」

「儂が馬鹿? ふふん、これだから、無知とは愚かなものよのぉ……」

「な、なんでだよっ!」

 何気ない調子で相手の言葉に応じると、途端、馬鹿にされた。心底、阿呆を見る目で眺められた。理不尽な物言いやら態度やらを受けて、自然、反射的に声を上げる。すると、彼女は一層のこと調子を呆れさせて、愚者を諭すような物言いで語る。

「そう簡単に作れるならば、誰も苦労することは無かろうて」

「どういうことだよ?」

「切った木をそのまま火にくべて燃えると思うのか?」

「え? 燃えないのか?」

「燃えない。あれで風呂を沸かすとなると、相当に苦労するだろう」

「どうしてだよ? 山火事とか、めっちゃ燃えるじゃん。ニュースで見たぞ」

「お前、そもそも山火事と風呂を一緒にするか? だから馬鹿だと言うんだ」

「だ、だったらどうするんだよ? ガソリンでも撒くのか?」

「火付けに動物の脂を塗るというは悪くないだろう。ただ、普通は乾燥した時期に切り倒した樹木を一年から二年ほど放置して、内側に溜まった水分を追い出し、木そのものを乾燥させるのだ」

「そうなのか……」

「だから本来であれば、お前の風呂は来年までお預けだな」

「おいおい、ちょっと待てよ。そりゃ困るぜ。俺の風呂はどうなるんだよ?」

 昨晩に構成を練った俺のお風呂計画が、ガラガラと音を立てて崩れていく。まさか、そんな盲点があったとは思わなかった。電気全盛の現代にあって、今時の若者が薪の作り方など知っている筈も無い。何より今晩は風呂に浸かる気も満々でいたのだから、その落差は押して測るべくもない。

 思わず頭が垂れた。

 けれど、そこへ続けられたのが少女の言葉である。

「しかし、この儂が居れば、一年が一日に早代わりだ」

「マジで?」

 今に下がったばかりの頭がぐいと上がる。

「本来であれば、と言っただろう?」

「そうか、お前は本来じゃないもんな!」

「何だそれは」

「いや、まあ、いいから続けてくれ」

 これ以上を馬鹿にされては堪らない。強引に相手の語る先を促す。

「まあ、儂にかかれば、生木に火を与えることなど、造作も無いことなのだ」

「だったら全く問題なんて無いじゃん。いちいち驚かせるなって」

「つまり、お前の風呂は儂の機嫌次第で水にも熱湯にもなるのだ。疲れた身体を湯に浸して、ハァー、と溜息をついたところで、儂、超過熱。速攻でお前は茹蛸という寸法だ。どうだ、まいったか」

「くっ、それはそれでいけ好かないな……」

 けれど、他に手段が無いというならば仕方あるまい。まさか一年もの間を風呂無しで過ごせる筈が無い。ずっと頼らずとも、今後、薪ないしは薪の代用品が見つかる間での辛抱だと思おう。

「糞っ! 仕方無い! 今日からはそれで風呂を沸かすとしよう」

 妥協して少女の言葉に頷く。

 ところがどっこい、こちらが了承したところで、逆に相手が首を突っぱねた。ニヤニヤと満面の笑みを浮かべて、こちらを眺めている。なんて厭らしい笑顔だろう。口端と目尻の歪み具合が堪らない。

「おいおい、ちょいと待つがいい。誰も風呂を沸かしてやるとは言ってないぞ?」

「な、なんだってっ!?」

 驚いたのは俺だ。

「ちょっと待てよ、そりゃどういう了見だよ」

 てっきり、相手もそのつもりだと考えていたからである。随分と偉そうな物言いをしくさって、更にごねるつもりか。この期に及んで何を語る。俺は憤怒も顕に聞き返した。

 すると、返って来たのは横暴とも思える意見である。

「しかし、一番風呂の権利を譲るというなら、考えないでもない」

「一番風呂だとっ!?」

「そうだ。一番風呂だ」

「まさか、家主である俺から一番風呂の権利を奪うつもりか!?」

「でなければ、精々、生木と格闘して無駄に時間を消費するがいいさ。そもそも魚を焼く火種すら持ち合わせていないお前が、どうやって草木に火を付けるのか。眺めている分には頗る笑える見世物だろうなぁ?」

「こ、この野郎……」

 クツクツと厭らしい笑みを浮かべて笑い見せる化け狐。

 全てが目の前の相手の言うとおりだから、それ以上、俺には返す言葉が無かった。

 出会ってより五日。気付けば生活をする上で非常に重要なところを持っていかれている。今風に言えば、電気ガス水道のうち、電気とガスに相当する部分を奪われている。これは非常に良くない状況だろう。

「どうした? 風呂に入りたいのだろう? 気持ち良く汗を流したいのだろう?」

「畜生、足下見やがって……」

「まあ、儂は別にどっちでも良いがのー」

 勝者の笑みを浮かべ、ひゅるひゅると口笛など吹いてみせる少女。思えばこいつも俺と同様、風呂に入っていない筈だ。にも拘らず、この余裕は何故だろう。もしかしたら、こちらの知らぬ間に湯へ浸かる機会を得ているのだろうか。だとすれば、何て腹立たしい嫌がらせだろう。

 俺にはここしか、風呂に浸かる場所など無いのに。

「……い、いいだろう。背に腹は変えられない」

「その言葉、忘れたら茹蛸だぞい?」

「上等だ。けど、ちゃんと俺の分も沸かせよな? 自分だけってのは無しだぞ!」

「なぁに、風呂の一杯や二杯など朝飯前よ。何の苦労も無いことだ」

「それだったら一番風呂くらい譲ってくれよ。凄く負けた気分だ……」

「それとこれとは話が別だ。第一、事実として負けているのだから、仕方あるまい?」

「っ……」

 ここのところ、コイツには負け越してばかりな気がした。

 というか、過去に勝った試しがあっただろうか。

「では、お前は風呂を綺麗に磨いているといい」

「ふん、分かったさ……」

 一頻り問答を繰返したところで、当初予定したとおり本日の作業日程が立った。

 元より風呂場の掃除をするつもりではあった。けれど、一番風呂と言う至高のご褒美を奪われて、テンションはだだ下がりだろう。やる気も半減だ。いっそ、湯船の中に芋虫の類でも仕込んでおいてやろうか。

「言っておくが、便所掃除のようないい加減は認めんぞい?」

「くっ……、何故に分かった!」

「その厭らしい表情を眺めれば一発だ。儂を舐めるなよ」

「何が厭らしい表情だ。お前の方がよっぽど厭らしい顔つきしてるぜ」

「この可憐な乙女を前にして、良くそのような暴言が吐けるの?」

「うっせぇウンコマン」

「なんだよ、この野良ウンコマン」

 段々といがみ合いが熱を篭らせていく。

 只でさえ暑い周囲の気温が、更に増して思える。なんて不毛な争いもあったものか。けれど、自然とそうなってしまうのだから仕方が無い。きっと、俺とコイツとは相性が格別に悪いのだろう。所詮、人間と化け狐、分かり合える筈なんて無かったのだ。ましてや同じ屋根の下などとは無謀も良いところ。

 ただ、ジッといがみ合ってはみたものの、先に根負けしたのは俺である。

 暑い。

 只管に暑い。

 そんな中で延々と睨めっこなど愚の骨頂。

 賢い人間代表の俺は見栄を捨てて実利を取る。

「わーったよ、精々、綺麗に磨いてやろうじゃねーか」

「ふふん、己の立場を理解したのなら、ほれ、さっさと仕事を始めるといい。儂は今日の分の飯を獲ってきてやるとしよう。碌に働きもしない癖に、やたらと食いまくる奴が居るからのぉ」

「あぁ、言っておくけど、今日の俺様は木苺以外のデザートを所望だからな?」

「それくらい覚えておるわい。なんと卑しい奴もおったものか」

「こんな辺鄙な場所じゃ、食事くらいしか楽しみが無いんだから仕方ないだろうが」

「そうか? まぁ、儂には一番風呂があるがのぉー」

「黙れ雌狐」

「うっさいわ雄人間」

 ふんと互いに鼻息も荒く軽口を叩き合う。

 日課のようなものだろう。気付けば自然とそんな風に口走っているのだから仕方が無い。数ヶ月前までは、家庭用ゲーム機をこよなく愛する、典型的な引き篭もり型少年であったのに、どうしてこうなった。

「あーあー、お前と話をしていたって時間の無駄だぜ。掃除に行くわ」

「さっさと行ってしまえ。儂だってご飯を獲りに行くのだ」

 互いに短く言葉を投げ合って、そのまま座敷より腰を上げる。

 少女は例によって縁側から草履を突っ掛けて庭へ降りる。他方、俺は素足のまま、畳の上を廊下の側へと歩む。お爺さんは山へ芝刈りに。お婆さんは川へ洗濯に。そんな感じ。少しばかり立場が違うのは割愛。

 立ち上がってより歩んで数歩、互いの視界が家の柱や壁に遮られる。その直前、どちらともなく、チラリ、背後を振り返った。そして、双方共にフンと鼻笑いを一発かます。口元には洩れなく嘲笑の笑みを浮かべて在る。

「ちゃんと飯とって来いよなっ!」

「お前こそ、しゃんと掃除しとけよなっ!」

 そうして、今日という一日もまた、ゆるりゆるりと始まるのだった。

◇ ◆ ◇

 風呂場の掃除は難儀を極めた。

 例によって、脱衣場や浴室には、蜘蛛が蔓延っていたのだ。恐らくは部屋の規模が、他と比較して控えめだからだろう。けれど、それだけならば、まだ、嫌悪感を我慢すれば問題無い。早々に片付けられた。想定の範囲内というやつだ。

 しかし、今回はそれに加えて、排水溝らしき穴ぼこに土埃が入り込んでおり、目詰まりを起こしていたのだ。これがまた曲者である。

 排水機構自体は、現代建築に比べれば非常に単純な造りをしている。風呂場の端っこに設けられた排水は、外へと薄い石の壁を一枚だけ挟んで、何もかもを垂れ流しだ。けれど、詰まった土埃が妙に頑固であって、取り払うには難儀を極めた。また、穴自体も途中で一度だけ曲がりくねっており、開通工事を行うに当たって嫌な形を作っている。

 だもんだから、そこいらで拾ってきた木の枝を用いて、只管に突きまくりだろう。すると妙に詰まりは硬くて、まるでコンクリートに固めたようであった。気分は砂場で遊ぶ小学生。その実、一日の食事と今後の家屋内権力を賭けた大仕事。

 排水に支障が無い程度まで穴を拡張するには、小一時間を必要とした。同じ場所に延々としゃがみ込んで、只管に穴穿り。額どころか全身に汗がビッシリと浮かんでいた。屋外とは異なり、風も満足に入らない浴室内である。まるでサウナにでも入ったよう。髪など水でも浴びたが如く房となって、滴り額へ張り付いている。シャツも絞れば汗が音を立てて落ちるだろう。

 とまあ、そんな苦労の最中である。

 驚いたことに、突然、自動車の排気音が聞こえてきたのだ。

 ブロロロローっと来たもんだ。

「なぬっ!?」

 予期せぬ物音に自然と腰が上がる。

 その場に立ち上がって、シャツの袖に目元の汗を拭う。

「まさか、人里の人間がやって来たかっ!?」

 予期せぬ出来事を受けて、自然と心が躍るのを感じた。外界との交流を経って早五日が経った。幸か不幸か話し相手には困らない。けれど、それでも、人里の他人という存在は、自身の中で依然として一定の地位を占めている。

 具体的には、今晩の食事に塩を物乞いしようとか、刹那に脳裏を駆け巡った。段々と思考が短絡的に成ってきている自分を理解した瞬間だろう。あの馬鹿の影響を受け始めているのかもしれない。

「っていうか、何でこんなところまで……」

 排水溝を突いていた木の棒を放り出して、足早に家の正面、縁側に接する座敷まで向かった。玄関などという高尚な設備も備わっているが、俄然、自分や同居人は縁側を経由して庭と屋内とを行き来している。

「うぉ、なんだこりゃ!?」

 畳の間まで戻ってみると、家屋正面には一台の車が止まっていた。

 それも普通の車じゃない。縦に妙に長い高級外車だった。いわゆるリムジンというやつだ。しかもフルスモークだ。窓から内側の様子が全く見えない。反射的に思い起こしたのはヤクザの取立て。けれど、それにしては高級が過ぎる。借金の取立てなど下っ端の仕事だ。こんな高級車が出張るなど考えられない。

「……どちらさんだよ」

 しかし、良くもまあアスファルトの舗装すら無い砂利道を数キロ、延々と走ってきたものである。バンパーなど草木を轢いて走った為か、青い色の汁と、それに付着する土埃に酷く汚れていた。ボディの左右もまた、強引に細道を抜けてきた為だろう。木の枝に引っかかれて無残な傷が幾つも見受けられた。それを修繕する費用だけで、一体、何キロの塩が買えるだろう。

「…………」

 ジッと眺める俺の視線の先、車のドアがガチャリ開いた。

 先だって開かれたのは、運転席と助手席である。現れたのは、それぞれ真っ黒なスーツを着た、大柄な金髪碧眼の白人男性。短く刈り上げた髪と筋骨隆々の肉体とは、まるで本職の軍人が如くある。加えて、その出で立ちといったら、大したものだ。この糞暑い真夏日に在って、一切の着崩れも無い。

 二人の男性は手早く大地へ降り立つと、流れるような動作で後部座席を開く。

 次は何が出てくるだろうかと、好奇心に刺激されて、何をするでもなく目の前の様子を眺める。すると、続き黒塗りのドアを越えて現れたのは、男性二人と同じく、金髪碧眼の持ち主だ。けれど、髪と目の色こそ近けれど、他は全てが正反対。無骨な彼らとは一変して、こちらは非常に華奢で可憐。年の頃、十五、六を思わせる異国の少女だった。俺と同じくらい。

「ちょ、ちょっと、なんでこんなに暑いのかしら!?」

 一歩を踏み出して第一声、そんな風に少女が声を上げた。

「それはまあ、この国は今、真夏ですから」

「よろしければ、我々だけで話をつけて来ますが……」

「いいえ、それは駄目よ! 私が直接に出向く必要があるのだから」

「分かりました」

 凡そ分かりやすい関係だろう。お金持ちのお嬢様と、その付き人が二人、といった具合だった。駄々を捏ねる小さなご主人様を相手に、大きな使用人が困った様子で対応している。なかなか絵になる光景だ。

「さぁ、行きますわよっ!」

 覇気新たに少女が歩みを向けた。

 そして、数歩と進まぬ間にこちらの存在へと気付き、声を上げる。

「あら、見ていたのかしら?」

「……どちらさん?」

 他方、迎え撃つ俺はと言えば、なんとも無難な対応だろう。

 縁側を挟んでお互いの視線が合った。

「単刀直入に聞くけれど、この物件、つい先日に登記が為されたわよね?」

「……は?」

「ですから、この物件の名義が最近になって変更されたのではないかと聞いているのですわっ! この私(わたくし)が問うたのですから、ああもう、さっさと応えなさい。この間抜け面っ!」

「え、あ、ああ、変更された。確かに変更されたよ」

 初対面の筈なのに、なんだか凄いことを言われた。普通なら反論の一つや二つ返すところを、勢いに乗せられて素直に頷いてしまった。俺としたことが、非常に屈辱的な反応だろう。

 しかし、目の前の相手の何とまあ、落ち着きの無いことか。一度を聞き返しただけで、鬼のような形相をされるとは思わなかった。時間が無いのだろうか。それとも他に要因があって、焦っているのだろうか。元来の性格だとすれば、非常に残念な子だ。

「やはり、間違いありませんわっ!」

 加えて、非常に表情の変化が激しい。

 俺の言葉を聞くと、眉間の皺がパッと消えて無くなった。

 その代わりに、妙絶、気持ちの悪い笑顔が浮かぶ。

「ようやっと見つけましたわっ! 苦労してこんな田舎までやって来た甲斐があるというものですわ」

「いや、っていうか、お前は誰だよ……」

「誰? この私を掴まえて誰と尋ねますの?」

「だって、初対面じゃね?」

「あぁ、これだから学の無い方は嫌ですわぁー」

「…………」

 俺もお前が嫌だよ。とは、彼女の両脇を固める男二人が怖いので、喉元まで出掛かったところ、危ういところで飲み込む。軽口の一つでも叩いたら、懐から拳銃でも取り出しそうな勢いがあった。世に言うボディーガードを絵に描いたよう。炎天下の下にあっても直立不動を守り、少女を守護せんと鋭い眼光をこちらへ寄越している。

 また、面倒な連中がやって来たものだと強く感じた。

「私の名前は鳳凰院夕陽子、世界に名立たる鳳凰院グループの次期党首ですわよっ!」

「鳳凰院?」

「まさか、存じなくて?」

「いや、名前は知ってるけど……」

 たしか渋谷のあたりに馬鹿でかい家を持ってる財閥グループの直系だ。都内においては東の皇居、西の鳳凰院と言われるくらい、堂々と日本を牛耳ってる金持ち連中である。日本人なら誰でも知っている。今の俺とは対局の位置にある相手だろう。

「ならば、さっさとこのボロ小屋を案内なさい。私は非常に忙しい身の上にあるのですわ。こんな田舎も田舎の最先端で悠長に過ごしている時間なの寸毫として無いのです。ああ、忙しい、忙しいですわ」

「……なんで俺が自分の家を見ず知らずの相手に案内せにゃならんの?」

「それは私が鳳凰院夕陽子だからですわっ!」

「意味分からないし」

「さぁ、ほら、さっさと行きますわよっ! 覇王の秘法を探すのですっ!」

 言うが早いか、少女は俺に構わず颯爽と歩みだす。傍らには両脇を守るようにスーツ姿のボディーガードが二人。今し方に胸元より取り出したサングラス越しに、俺を睨むよう佇む。

「ちょ、ちょっと、勝手に上がるなよっ!」

「玄関はこちらですわね?」

「だから、待てよっ! おいっ!」

 有無を言わさず押し入ってくるお嬢様一向。

 俺はどうすれば良いのか。

 畳の間にあって、右へ左へ慌てるばかりである。地位、金、権力を持った相手は怖い。下手に手を出しては、ようやっと手に入れたこの家すら、再び失う羽目となろう。けれど、だからと言って、このまま成されるがままにしていても、同じ結果に行き着きかねない。というか、覇王の秘法とは何だ。

 そうこうしている間に、彼女は玄関を経由して、縁側の座敷までやってきた。無論、おつきの男二人も同様だ。そこには何の躊躇もない。他人の家ということを感じさせない振る舞いでの侵入。

「しかし、きったないボロ小屋ですわね……」

「う、うっさいなっ! これでも頑張って綺麗にしてるんだよっ!」

 しかも文句付き。

「よくまあ、このような場所に住めますわね? 一晩も過ごせば、きっと得たいの知れない病気になってしまいますわ。身体中の穴と言う穴から体液を噴出して、のた打ち回って死んでしまいますわ。あぁ、おぞましいですわぁ……」

 自らの身体を両手に抱いて身震いなどしてみせる。

「っていうか、おい、なんで土足なんだよっ! 靴脱げ、靴っ!」

「このような汚らしい場所で、まさか靴など脱げる筈もないでしょう?」

「裸足の俺の立場はどうなるっ!?」

「野蛮極まりますわね。よほど足の裏の皮が厚いのでしょう?」

「普通だよっ!」

「まさか、水虫だったりしませんよね? 絶対に近づきたくありませんわぁ」

「この歳で水虫とかねーよっ!」

 酷い言われようだ。つい先日に転がり込んできた化け狐も中々のものだが、このお嬢様もまた負けていない。しかも、言葉の端々から感じられる本気の気概が、殊更に俺の胸へと突き刺さる。決して皮肉など微塵も無く、心底、思うが侭に口としているのだろう。

「まあ、貴方の水虫はどうでも良いですわ。それよりも、さぁ、覇王の秘法を私に譲り渡すのですわ」

「だから、水虫じゃないって言ってるだろっ!? っていうか、覇王の秘法とか、どんなミラクルアイテムだよっ! そんなもん、この家にある訳無いだろ!? もっと他のダンジョンとか当たってくれよっ!」

「ふふん、嘘をつこうなどとは見苦しいですわね」

「本当に知らないんだよ。せめて、それが何か説明くらいしろよ」

「覇王の秘法、つまり、手に入れれば、この世の覇者となれるとうい秘法ですわっ!」

「お前、そんなもんがここにあったら、俺はこんな貧乏生活してないだろ……」

「隠そうとしたって、そうはいきませんわよ?」

「その無駄な自信はどっから沸いて来ているんだよ」

「さぁ、さぁさぁさぁ、大人しく覇王の秘法を私に譲り渡しなさいっ! 素直に明け渡したのならば、我が家に招いて茶の一杯くらいごちそうしてあげますわよ? わたくしはとても心優しい女ですわぁ」

 ズビシと人差し指で指し示された。

「この糞暑い日に茶なんて飲んでられるかよ!」

 とんでもなくマイペースなお嬢様だろう。こっちの話なんて全く聞いちゃいない。金持ちというのは皆がこうなのか。こっちはまだ風呂掃除が残っているというのに、面倒な話もあったものだ。

「ああもう、欲しいもんがあるなら好きにしろ。けど、家だけは絶対に壊すなよ」

「それは保証いたしかねますわ」

「しろよっ! 他人の家だろうっ!? っていうか、やっぱり靴脱げよっ!」

「嫌ですわー」

「こ、この糞ガキっ……」

「これ以上を話していても埒が明きませんわね。時間の無駄です。勝手に探すとしましょう。これだから頭の貧しい者との会話は嫌ですわぁ。やはり、会話というのはハイソでなくてはいけませんわ」

「……それをお前が言うのかよ」

「さぁ、行きますわよっ!」

 そうして、今度は家の奥ばった方向、具体的には縁側と逆に位置する廊下の側を人差し指に指し示して、ズンズンと歩み行くお嬢様一行。土足のままの行進である。

 正直、全力でつまみ出したい。けれど、ボディーガードと思しき二人組みはまさに鉄壁。この場は放置してやり過ごす他に無いと諦めた。

「いいかっ!? 絶対に家は壊すなよっ!」

「ホホホ、それは保証いたしかねますわっ!」

「しろよっ! っていうか、俺を置いてくなよ」

 非常に自分勝手な台詞を残して、面々は古民家の奥へと歩みを進めていく。その背はすぐに建物の影に隠れて見えなくなってしまった。その後を俺は大慌てに追いかける。まさか完全に放置する訳にもいくまい。

 けれど、一行の歩みがそれ以上を奥へ進むことはなかった。

 原因は天井から伸びてきた一本の糸だ。

 騒ぎを聞きつけたのかどうかは知らない。ただ、スススと、細い糸を伝い降りてきた大きな蜘蛛が一匹。大凡、大人の手の平ほどもある非常に良く肥えた女郎蜘蛛である。それが、先頭を突き進む少女の顔に、ペタリ、タイミング良くも張り付いたのである。

「っ!?」

 その瞬間、お嬢様の身体が硬直した。

 おもむろに片手を自らの顔へ。

 そして、指先に握り、引き離したところ、手中に蠢くのは八本の足、足、足。

 その手から逃れようと、必死になって、ワキワキと動きまくっている。

「ぎゃああああああああああああああっ!」

 発せられたのは、非常に女らしくない叫び声だった。

 ポイと投げ捨てられる女郎蜘蛛。それと同時に駆け出すのはお嬢様。急遽、その場で踵を返しては、脱兎の如く逃げ出した。ドスドスと床を鳴らして、ハイソも何もあったもんじゃない。

 その足が向かう先は、今し方に通った畳敷きの座敷である。猛烈な勢いで駆け抜けては、縁側より屋外へと飛び出していった。

 彼女に付き従う男二人も、主人の豹変を理解して、大慌てに後を追いかける。

「く、く、車っ! 車を出しなさいっ! 早くっ! 早くっ! 早くぅっ!」

 お嬢様の指示に従い、男達は手早く車に乗り込む。

 そして、あれよあれよという間にエンジンが掛かり、我が家を後とするのだった。縦に長い車が猛烈な勢いでアクセルターンを決める姿はまさに圧巻。

 こちらが驚いている間に、自動車はその姿を小さくしてゆく。後に残ったのは、タイヤに擦れて大きく抉れた庭の地肌か。

「……なんだったんだよ」

 訳が分からなかった。

◇ ◆ ◇

「ふぅん、金持ちの娘のぉ……」

「まあ、今に話したとおり、何をする間も無く帰ってったけどな」

 ゆっくりと風呂に浸かりながら、化け狐と今日の出来事など語らう。勿論、今日の出来事とは、昼にやってきた金持ちのお嬢様一行だ。結局、何も分からないまま、疑問ばかり残して去っていった連中である。

「しかし、覇王の秘法とは何ぞや?」

「なんでも手に入れると、この世の覇者になれる代物だそうだ」

「ほぉー、そりゃ便利なものがあったもんだのぉ」

「まったくだなぁ……」

 俺の努力もあって、古民家の風呂は無事に再生を終えた。

 化学繊維全盛の現代となっては、逆に高価な総檜作りの内風呂である。所々、虫に食われているが、幸いにして湯船から湯が漏れることはなかった。釜は屋外にあって、火種には化け狐の炎を利用している。割と広い造りとなっており、二人一緒にでも浸かることが可能だった。

 一番風呂を譲った手前、先に化け狐が浸かり、それから数分ばかりして、自分も一緒に浸かる運びとなった次第だ。久方振りの風呂は非常に気持ち良くて、そりゃあ、使った瞬間には溜まらず声を上げたほど。

「しかし、そんなものがこの家にあったとは初耳だぬ」

「俺だって初耳だよ。そんなものが本当にあるのか?」

「強いて言えば、あの地面に生えた扉が怪しいとは思わんか?」

「っていうか、あそこ以外にあった方が違和感だ」

「だけれども、封には悪鬼と書いてあったぞい」

「そんなのお前の読み間違いだろ? 知ったかするんじゃねーよ」

「なんだとぉ?」

「カッコつけたくて適当に読んだんだろ? 白状しろよ」

「ほほぉう、童の分際で儂を馬鹿にするとは良い度胸じゃないか……」

「まだ潔く読めないと諦めた俺の方がカッコイイな!」

 いつの間にか脱線している当初の話題。けれど、どちらが突っ込むことも無い。思うが侭に思うがままを口として、売り言葉に買い言葉。線路を見失った列車は明後日な方角へと走り行く。

「良いだろう、そこまで言うならば、このままお前など茹蛸としてやろう。誰のお蔭で夜の湯にありつけると思うておる。たまには上下関係というやつを、しっかりと身体に叩き込んでやらんとならんな」

「ふふん、もう十分に堪能したぜ。俺はさっさとおさらばさ」

「させるかっ!」

 湯船から上がろうとしたところで、化け狐が飛びついてきた。首根っこへ腕を回して、強引に湯船へと沈めてくれる。都合、顎が触れるまで身体は湯船へと浸かる。無理矢理に押し退けようと試みたが、妙に相手の力が強くて、一ミリたりとも動かない。まるで万力に固定されたようだ。

「こ、この野郎……」

 プルプルと全身を震わせながら、湯面より身を上げようと躍起になる。

「さぁ、もっとゆっくり暖まろうじゃないか」

「俺はもう十分暖まったんだよっ! 離せよっ!」

「嫌だ、離さない」

「離せよっ!」

「あと十二万秒数えたら離してやろう」

「何日浸かってりゃいいんだよっ!?」

 グイグイと互いの頬を接させながら、クフフフと不気味な笑いを上げてくれる化け狐。俺よりも先に湯へ浸かっておきながら、随分な忍耐力だろう。こちらは既に限界は近いだろうに。まったくもって腹立たしい。

「いぃーち、にぃーい、さぁぁああーん」

「数えるなよっ!」

「湯から出たければ、今日から明日の晩まで、儂のことをオキツネ様と呼ぶのだ」

「誰が呼ぶかよ、このポンコツ狐が」

「その威勢が、いつまで続くか見物だのぉー」

「糞っ、暴れたら余計に暑くなってきたじゃねーかよっ!」

 出たいと思うと、余計に暑く感じるのが風呂というものだ。加えて、ぴったりと身体をくっつけられて、否応なく熱が篭る。しがみ付かれて、一瞬、もしかしたらチンコが勃起しちゃうかも、とか思ったけど、そんな余裕も無い。自分の顔の赤く茹る様子が鏡を見ずとも理解できた。

「このっ、このっ……」

「おーおー、頑張ってくれるのぉ。しかし、その程度ではどうにもならんなぁ」

「畜生、このペチャパイが、骨ばった胸を押し付けやがって、痛いだろうが」

「むっ」

「どうした? ペチャパイ狐」

「これまた、随分と勝手なことを言ってくれるのぉ? こんな粗末なものをぶら下げておいて、お前が人のことを語れた義理か? まだ皮も剥けていないではないか」

「っ!?」

 ギュッと股間の一物が少女に握られる。

「どれ、儂が剥いてやろう」

「こ、こらっ、止めろっ!」

「嫌だよ」

 ムキッと来た。股間が。

「っぅうう……」

「おぉ、剥けた、剥けた、剥けおったぞ」

「こ、この野郎っ!」

 なんたる屈辱。まさか、ここまでされて何もせずに居られまい。咄嗟のこと、俺は両腕を二人の身体の接する合間に滑り込ました。そして、膨らみも僅かな化け狐の胸の膨らみ、その頂点を指の腹でつまみ上げる。

「喰らえっ!」

「っ!?」

 ビクンと相手の身体が震えた。

 息子の受けた痛みは甚大だ。遠慮無く力一杯に押し潰してやった。

「こ、この童め、なんということを……」

「ペチャパイの癖に神経はちゃんと通ってるのかー。へー。ふーん。ほぉー」

「むんっ……こっちには人質があることを、忘れるでないぞっ!」

 ギュッと息子が強く握られる。

「ぅっ……」

 他人に急所を握られる危うい感覚に、自然と下腹部へ血が集まるのを感じた。このままでは良くない。非常に良くない。だから、俺もまた、相手を攻め落とさんと、乳首を摘まむ指に力を込める。

「そっちこそ、大切なペチャパイが可哀想なことになるぞっ!」

「ぬ、ぬぅっ……」

 摘み上げると同時に、更には捻りも加えて捻り上げる。これは流石の化け狐も応えたのか、眉に皺を寄せては顔を顰めた。視線を手元に落とせば、平坦な胸は想像した以上に引っ張り上げられていた。まるで出来損ないのテントのようだった。

「っていうか、なんだよ、段々と乳首が硬くなってきたぞ。おー、おー、このオキツネ様はマゾだったのか。こんな風に乳首捻られて硬くするなんて、家主としては放っておけない変態狐だ」

「五月蝿いわいっ! お前だって幾分か固くしているだろうが」

「ふふん、そんなもん、男の生理現象さ。自然現象さ」

「だったら、こっちだって、女の生理現象だ。自然現象だ」

「……この負けず嫌いめ」

「お前こそ、いい加減に、ほれ、降参したら良いではないか?」

 俺と同様、顔を真っ赤にして、少女が挑むような視線を向けてくる。

「ん? もしかして、お前、茹ってきたか?」

「ふ、ふふん、まさか、そんなことあるまいよ」

「上等だ。このちびっ子熱湯我慢大会のチャンピオンに挑むとは良い度胸だ」

「なんのなんの、化け狐熱湯我慢大会のチャンピオンは伊達で無いぞぃ」

 そんな感じで、互いに自ら身を湯に沈めて、赤い顔を構わず勇み合う。自分でも馬鹿なことだとは理解している。しかし、妙な勝負意識が芽生えてより、どうしても先に上がるのは憚られた。今し方まで必死に湯から上がろうとしてたのに、どうしてこうまでも、簡単に意識は変化を見せるのか。

 まあ、そんな疑問、どうでもいい。

「ほら、さっさと上がれよ」

「お前こそ、このままでは茹蛸だぞぃ」

「お前が湯立つまでは、俺、上がらねーし」

「ふふん、強情な人間だ。この程度で儂が湯立つものか」

「お前こそ強情な狐だ。顔真っ赤の癖に」

「そっちこそ真っ赤の癖に」

 そして、そんなだから、結果は既に見えていた。どちらも退かず、延々、互いに軽口を交し合う。やがて、そうした言葉の端々に危ういものが見えてきたかと思えば、暗転、次の瞬間には意識を失って居たのだった。

 目の前が暗くなり始めて、ヤバイ、と感じたときには、もう遅かった。

 なんてこった。

 ただ、それでも、最後の最後までペチャパイの乳首を摘まみ続けた根性だけは、我ながら大したものだと褒めてやりたい。