金髪ロリ田舎暮らし日記

最終日

 ミーンミンミン、五月蠅いまでに鳴り響く蝉の音が、ガラス窓越しに少し遠く響く。昨日に続き今日もまた、屋外は四十度近い真夏日和。けれど、空調の整えられた一室は快適なものだ。室温は二十度に設定されて、長袖を着ても差し支えない。

「ぬおぉおおっ、びっくらこいたっ! 水が出るぞっ! 水がっ!」

「ウォシュレットくらいでいちいち叫ぶんじゃねーよ。リビングまで聞こえるわっ!」

「すごいじゃないか、尻を洗われとるぞぉっ! しかもしかも、おい、も、もしかして、このマッサージってのを押したら、なんか凄いことになるんじゃないのかっ!? おいっ、押すぞっ! 儂は押すぞっ!?」

 俺は都内に所在するマンションの一室に居た。

 先日の一件で手に入れた、念願のマイホームである。どこから出てきたかと言えば、鳳凰院の家から出てきた。アホ狐の暴力と、貧乏神の貧乏と、俺の口車で手に入れた4LDKだ。都内の一等地に建つ立派な億ションだ。

「おほ、しかも段々と温(ぬ)くなってきおるぞっ!?」

「だからうるせぇよっ!」

「ぬぉおおお、前後に動きよるわいっ! マッサージかっ、これがそうか!」

 便所で騒いでるのは、他の誰でもないアホ狐だ。

 何故にヤツが自動温水尻洗い機能付き便所に戯れているかと言えば、一重に俺が鳳凰院家の偉いヤツ、つまりあの親父と交渉したからだ。

 内容は単純なものだ。

 俺が貧乏神と一緒に暮らすので、代わりにその生活の面倒を見ろという約束である。もしもこの条件を呑まなければ、貧乏神はそのままお前の家へリリースするぞと脅した。結果、相手は渋々といった様子で、このマンションを提供したのだった。

 どうやら彼女の父親は、先祖と貧乏神、或いは福の神の関係を昔から知っていた様子だった。鳳凰院という家が、今に栄えている理由も、切っ掛けは福の神との出会いにあったらしい。

 そして、今俺の隣に居る貧乏神は、その出がらしというヤツだ。

 人格としては同一のものらしい。

 これを理解せずに突っ走った娘の、ある意味、自爆的な行いが、今回の一連の騒動の発端である。自業自得とは言え、なんて阿呆なヤツもいたもんだ。俺もかなりアホだが、ヤツはそれ以上の逸材に違いない。

「ぬほおぉおおおおおおおっ! 強くして穴に当てると気持ち良いぞぉ! 儂の敏感なところを的確に抉ってくれるのじゃぁあー。おほぉおおおっ!」

「ウォシュレットでオナってんじゃねぇよっ!」

 アホ狐の奇声に突っ込みを入れていると、ピンポーン、軽い電子音が鳴り響いた。

 来客を知らせる呼び出しだ。

「なんかきたー」

 それまで部屋の隅の方で体育座り、背を丸めて小さくなっていた貧乏神が、呼び鈴を耳として立ち上がった。トコトコとインターホンの下へ歩み寄る。

 どうやらディスプレイに映し出された映像を確認してくれたようだ。

「誰だよ? こんな場所に知り合いなんていないんだけど」

「あ、お金持ちの家の子だ」

「あぁ、アイツか……」

 問題のお嬢様だろう。

 何しに来たのか。まさか、入居して早々、追い出しに来たのだろうか。だとすれば、こちらも相応の対応をとらねばなるまい。田舎の美味しい空気は素晴らしい。だが、アホ狐じゃないが、便所紙に苦労するような生活は二度と御免だ。

「なんだろな」

「なんだろなー」

 貧乏神と共に玄関へ向かう。

 途中、便所のドアの前を通り掛かると、内側からウオーだのワオーだの、せわしない声が聞こえてきた。よくまあ便所一つでここまで盛り上がれるものだ。

 センスあるよ、このアホ狐。

 その間も呼び鈴がピンポンピンポン、激しく鳴り続ける。どれだけ気が短いんだ、あのお嬢様は。余程のこと外が暑いのだろう。

「はいはい、今でるから静かにしろよ」

 玄関へ到着。

 鍵を落とすと、扉は早々、相手の手により開かれた。

 その先、何にも先んじて目に入ったのは、山のように積まれたトイレットペーパー。そして、その背後にこれを支えるお嬢様の姿である。

「こ、今月分のトイレットペーパーですわっ!」

「お、おう……、そこんとこ置いてってくれ」

「ああもうっ、どうしてこの私が小間使いなどっ!」

 アホ狐との約束の品、イギリス王室御用達の超高級トイレットペーパーである。毎月分をコイツの手により運び込むこととなっていた。

 どうやら、その一発目が本日、今まさに到着したようだ。

「なんなら茶の一杯でも飲んでくか? 水しかないけど」

「結構ですわっ!」

「そうか? まあ、あそこの井戸水に比べたら、ここらの水はクソだよな」

「だ、だったら出て行けば良いのですわっ! この貧乏人っ!」

「ほぉう?」

 全身ぐっしょり、汗にまみれたお嬢様が吠える。その様子を薄目に笑って、俺は半歩を下がる。都合、傍らに立っていた貧乏神が前に出る形だ。

 同神様はすっとぼけた性格のちょっとアホっぽい女の子。今は衣服もごく普通の子供服となり、風呂にも入って髪も洗い梳かし、外見は普通の幼子となんら遜色ない。

 けれども、その正体を知るお嬢様は、たらり、頬に冷や汗を垂らす羽目となる。

 伊達に昨日、貧乏神と行動を共にして、財布を落としていない。一緒に落としたクレジットカードは上限なし。多額が引き出されて、しかも貸し元は自社という話。

 その威力は身をもって理解している彼女だった。

 当初、貧乏神の威力を疑ったが所以の行動である。その全てが尽く裏目に出た結果、既にトラウマの粋だった。一晩で関連会社の株価が大幅に下がったとも聞く。

「なにー?」

「な、なんでもありませんわっ!」

 首を傾げる貧乏神。

 その姿を目前に置いて、大いに慌てるお嬢様。

「け、結構でっすわっ! ずっとこの穴蔵に引きこもっていればいいのよっ!」

 言うが早いか、ドサドサ、手にしたトイレットペーパーを玄関へと放り投げる。そして、バタン、早々のことドアを閉めては逃げ出した。

 足音は瞬く間に遠退いて、扉越しでは聞こえなくなった。

「なにこれ」

「便所紙だろ」

「へー」

 段ボールへ入れてくれば良いのに、バラで渡されたそれは、ゴロゴロ、足下に散らばり転がった。これを貧乏神はわざわざ自らの手に拾い集めてくれる。

 この神様、存在は恐ろしいが、根は凄く良いヤツだ。

 便所で吠えているアホ狐とは真逆だ。少しは見習えってんだよ。

「うおーいっ! 紙がないぞぉー! 送風とかやってみたけど、ぜんぜん乾く気がしないから、早く紙が欲しいのじゃー! 儂は匂い付きの柔い紙を所望じゃー!」

「うっせっ! 今持ってくからまってろってのっ!」

「それと水が、尻流しの水がとまらないのじゃー。でられんぞぉー」

「止めるボタン押せよっ!」

「押してもとまらんのじゃ! こ、壊れたようなのじゃー!」

「マジかよ。貧乏神パワーすげぇな」

 入居初日、早速のこと便所が壊れたらしい。

「ごめん。ここからでてくー」

 短く呟いて、玄関へ回れ右をする貧乏神。

 その襟元を強引に引っ掴んで、逃亡を阻止する。首をシャツに締められた為か、神様はグェと小さく鳴いて足を止める。良いところ入ったようだ。

 ややあって、彼女はこちらを振り向く。

「たいへんなことになるよー?」

「別にいいだろ。そもそも金出して直すの俺らじゃないし」

 っていうか、今回のケースはアホ狐が弄り過ぎたからだろ。自業自得だ。

 第一、あの田舎のおんぼろ古屋を思えば、便所の一つや二つ、壊れたところでどうということはない。近所にはコンビニだってファミレスだってある。

 ああ、なるほど、そうだよ、そうなんだよな。

 良くも悪くも、あの一週間は俺を精神的に成長させてくれたようだ。以前までの俺であれば、ここまで余裕を持った行動は難しかったように思える。

 便所が逆流した程度で右往左往するような、肝っ玉の小さな男だったからな。

「うおーい、水が止まらんぞぉー!」

「俺は家を追い出されるのも、追い出すのも、どっちも嫌なんだよ」

「でも貧乏になるよー? 不幸になるよー?」

 じっとこちらの目を見つめ、問い掛けてくる貧乏神。

「貧乏になったら、そのときはそのときだっての。不幸も同じだ」

「いいの?」

「よくねぇけどいいの!」

「よく分からないー」

「俺だって分からねぇよっ」

 ただ、なんとなく、そういう気分なのだ。上手く説明できないけど。そして、そういう気分で行動を決定することは、決して悪いことじゃない気がする。

 少なくとも、俺は今、この状況を決して悪いようには思っていない。

「うぉいこらっ! 早く紙を持って来いと言っとるじゃろがっ!」

 叫び声と共に、便所のドアからアホ狐が飛び出してきた。

 和服の帯を落として、半裸状態である。尻からは雫を落としてのこと。

「あ、こらっ! 出てくるんじゃねぇよっ! ウォシュレットが暴れるだろうがっ! あぁほらっ! ほらほらほらっ! 水が廊下まで飛んできてるじゃんかっ! 大人しく尻でフタしとけよっ!」

「だったら早う紙を寄越せ。尻がふやけてしまうじゃろがっ!」

「こ、このアホ狐はっ……」

 それにこういう賑やかな生活は、なかなか悪くない気がした。