金髪ロリ獣耳ファンタジーラノベ

第四話

「ええいっ! 援軍はどうなっていますのっ!?」

 周囲をマクレーン軍に包囲されて、貴族の少女が声を張り上げる。

「はっ! 未だ到着しておりません。どうやら別に亜人達との対応で足止めを喰らっているものだと考えられます。現在は他に近隣の部隊へ収集を掛けて、人員を集めている次第にございます」

「遅いですわっ! 遅すぎますわっ!」

 絶えず振るわれる魔法は彼女に迫り来るマクレーンの軍兵を悉く薙ぎ倒す。巨大な火の玉が鎧兜に武装した歩兵一群を飲み込んでは、周囲一帯を巻き込んで爆発を起こした。その火の粉に頬を焦がしながらも、彼女は勇み調子に指揮を執る。

「そこっ! 怯むのではありませんわっ!」

「し、しかしっ!」

「しかしも何もありませんわっ! この場を突破されたら街は終わりですっ!」

 現場は瓦解した街を囲う塀の一端。

 最前線とも言えるその場所で彼女は敵軍と杖を交えているのだった。

「イライザ様っ! この場はもう限界です。後退を、後退を具申致しますっ!」

「それは認められませんわっ!」

「ですがっ!」

「後方では既に亜人の群れと別働隊がぶつかり合っています。そこへマクレーンの侵入を許してはどうなるか、貴方も分からない筈がないでしょう? 今この場で迎え撃たねば、ファーレンは終わりですわっ!」

「くっ……」

 少女の周囲には彼女を守るよう数多の憲兵が剣を掲げている。少女は戦場で主として魔法を操り、後方から広範囲に渡って敵を殲滅する。その際、行使に差し当たり必要となる時間を稼ぐのが彼等の役目だった。

 つまるところ肉壁である。

 絶え間なく立ち上がる悲鳴もまた当然のものだろう。

 迫り来るマクレーンの軍勢に対して、ファーレンの側は数に大きく劣る。破られた塀の穴からは、着々と援軍が送られて来る。当初は健闘していた彼等も、今や段々と押されてきているのだった。

 マクレーンの組織的な侵略に加えて、街の至るところでは内部へ雪崩れ込んだ難民達が暴動を起こしている。双方を相手取っては、幾ら屈強な最前線都市ファーレンの兵達であっても限界があった。

「ぐぁああああっ!」

 また一人、少女を守る兵が敵の剣に突かれて死んだ。

「ま、まだですわ、ここを引いたら、引いてしまってはっ……」

 それでも彼女は頑なに足を留めた。

 言葉通り、彼女の守る一点が破れれば敵軍は大挙して街の中へと流れ込んでくる。既に兵を囲う軍勢はその時を待ち待機している状況だった。数にして街の人間の倍近い兵が、今か今かと待ち望んでいる訳である。

 門という門は閉められて、塀の中の人間は恐怖の只中で怯えるばかりである。

 対して、塀の外に締め出された難民達はと言えば、こちらは聊か事情が異なった。果敢にも立ち向かったものは、躊躇なく切り捨てられていた。しかし、一方で逃げ出した者達をマクレーンの兵は追わなかった。ファーレンという宝の山を目前に控えて、然して供物も望めない難民に注目する者は極限られた人間である。

 彼らの今作戦は自軍の勢力をできる限り温存したファーレンの攻略にあった。そして、何よりの目標は、北のフンガス山脈を越えた先、イーペイオスの第三首都、北都への進行である。その為にファーレンは最小の労力を持って押さえる必要があった。

 その為の交通封鎖であり、その為の周囲村々の間伐である。

 そして、彼らの作戦はものの見事に進んでいるのであった。

 あと半日もすればファーレンは陥落するだろう。兵の誰も彼もがそう確信していた。何よりの難関だと思われた塀の突破も難民の暴動に合わせて苦もなく達成できた。後は僅かばかり開いた穴をこじ開けて、その内側に溜まった甘い蜜を吸うだけ、といった具合である。

 兵の誰も彼もは期待に胸を膨らませて、その時を今か今かと待ち望んでいた。

「くっ、倒しても倒しても出て沸いてくる……きりがありませんわっ!」

 流石の少女も延々と続く問答に疲弊していた。

 しかし、その志は決して折れることなく、迫る敵軍兵に向けられる。

「そこっ! 前に出過ぎては駄目ですわっ! もっと守りを固めなさいっ!」

 自分の倍以上歳の離れた兵達に指示を飛ばしながら、延々と魔法を放ち続ける。伊達に自らスチュアートの姓を名乗っていない彼女だから、その威力は大したものだ。敵に接近を許さなければ、一撃を持ってして数十人を打ち倒す。

 その姿が今、この場の兵たちの士気全てを支えていた。

「お嬢様っ! ご報告ですっ!」

 そんな彼女の下へと吉報が届けられる。

 全身を血に塗れながら一人の兵が少女の下へと駆けつけた。

「アルフレッド様がこちらへ向かっているとのことですっ!」

「お父様がっ!?」

「無事に難民達の暴動を制圧したとのご報告でございます」

「流石はお父様ですわっ!」

「はいっ! ですから、それまでは何としても持ちこたえるように、とのことです」

「分かりましたわ。お父様の顔に泥を塗るような真似、決してできませんわねっ!」

 彼女が大した魔法使いならば、彼女の父は大層な魔法使いである。イーペイロスにおいても五本の指に入るだけの実力の持ち主だった。その圧倒的な支持は彼の名が届いただけで周囲の士気を一挙に向上させる。

「皆の者っ、まだまだ倒れるのではありませんわよっ!」

 少女が言うに応じて周囲より耳を裂かんばかりの咆哮が上がる。

 押され気味であった最前線が僅かばかり持ち直しを見せる。

 手には剣を持ち、槍を持ち、杖を持ち、誰も彼も奮闘の意を見せて敵軍へ向かう。

 場の誰もは依然として希望を失ってはいなかった。

 そんな混迷極める合戦の場での出来事である。誰が予想をすることもなかった。先ず訪れたのは二人の亜人である。乱戦の傍らより、建物の影から大慌ての形相で飛び出して来たのだった。

 この時点では場の誰も彼も然して期にすることの無い出来事である。

 街の内部で行き場を失った難民が現れることは先刻から繰り返しあったことだ。

 けれど、この度は少しばかり様子が違った。

 二人の後に続けて姿を見せた存在である。

「あ、あれは何だっ!?」

 イーペイロスの兵とも、マクレーンの兵とも知れない。誰かが声も大きく叫びを挙げた。そして、一点に向かってその指先を掲げる。ともすれば、建物の影から現れたのは白銀に輝く巨大な体躯である。

「りゅ、龍っ!?」

 一瞬だけ場の空気が止まった。

「ほれ、逃げろ、逃げろ、でなければ喰い殺してしまうぞ」

 龍は嬉々として二人の亜人を追いかけていた。

 一方、追いかけられている側は必死である。汗水を散らして息も荒く掛けている。衣服や髪はところどころが焦げて、眦には溜まり溜まった涙すら浮かんで思えた。今この場でマクレーンに対する憲兵達にも増して必死に思える形相だ。

 そして、その姿を眺めて少女の表情が引き攣る。

「なっ……あれは……」

 後方を龍に押さえられて、片側は街を覆う巨大な塀である。ともすれば、二人は他に向かう先を失って、躊躇なく戦場へと身を躍らせた。立ち止まっては即死である。ならば他のどの場所にしても今よりはマシだろうというのが彼らの結論であった。

「ああぁあああっ、なんだよもぉっ、どうして僕がこんな目に遭うのさっ!」

「熱いニャァ! 痛いニャァっ! ついでに苦しいニャァァァっ!」

 龍の吐く炎に尻尾をチリチリと焦がされて、堪らずノラが悲鳴を上げる。フサフサだった彼女の尻尾は、先っちょの毛が見事に焼けて、無残にも禿げ上がってしまっていた。動きを止めずとも地肌が確認できる程である。

「さぁて、そろそろ喰らってくれようか。この下種共を……」

 必死に駆ける二人の背後で龍の顎が大きく開かれた。

 ノラの爪よりも尚のこと強大で強靭な刃の綺麗に並んだ牙がギラリと光る。一本一本が人の腹を貫いて余りある大きさだった。それがずらり列を成して並んでいる。既に何某か喰らった後なのか、そこには幾らか血肉の付着する様が伺えた。

 背後を伺うノラは、自らの視界に飛び込んできた光景に飛び上がる。

「お、終わったニャァアアアっ!」

「ぬぉおお、ミーちゃんなんかに喰われて堪るかぁああっ!」

 相棒の声を耳としてジョンもまた駆ける足に力を篭めた。

 けれど、龍を前にしては儚い努力だった。

 鋭い牙の切っ先が二人をまとめて丸齧りせんと迫る。

 滴る唾液の一滴がぽしゃりとジョンの髪を濡らした。

 その瞬間の出来事である。

「はぁああああああっ!」

 何処からともなく届けられた叫び声。

 それと時を同じくして、口を開いた龍の腹を巨大な火球が撃った。それは小さな家屋ほどもある非常に大きな炎の弾である。轟々と音を立てて燃え盛る炎の一端が龍に触れたかと思うと、次の瞬間には膨大な熱を発して爆発が巻き起こった。

 龍の巨体が爆発に応じて生じた煙幕により包み隠される。

 土埃が巻き上げられて、周囲一帯は小石や家屋を構成していた廃材の類が飛び散りえらいことだ。堪らずその場の誰も彼もが目を閉じて身を屈める。マクレーンもイーペイロスも身を庇うよう反射的に動きが止まる。

「うぉああああああっ!?」

「ニャァアアアアっ!?」

 そして、龍に追われていたジョンとノラは、爆風に背中を押されて前のめりに吹き飛ばされる。大きく前方へ投げ出されてより背中から落下。そのまま無様な前転を数度繰返して、悲鳴も虚しくごろごろと転がった。

 叫んでばかりの二人である。

「この儂に楯突くとは生意気な人間もおるものだな……」

 爆煙の中から龍の低い声が届けられる。

 駆け足は留まり、どうやら炎を放った者を見つめている風であった。

「何故にこの街に龍がいる? マクレーンの手の者か?」

「この儂が人間の手の者だと? ハッ、笑わせるでない」

 人混みを掻き分けて、人が一人、龍の側へと歩み出てきた。

 その姿を眺めて少女が声を上げる。

「お父様っ!」

「遅くなって済まなかったな。娘よ」

 苦悶にまみれていた表情がパァと明るさを取り戻した。口元には笑みすら浮かんでいる。そして、それは彼女に限らず、他の憲兵達もまた同様であった。誰も彼もが声を上げて男の到来を喜ぶ。

 多少ばかりの夜風に舞って、爆発によって生じた煙と土埃とが、ゆっくりと掻き流れて行く。ともすれば、そこには火球を受けて尚も傷一つ無い体躯があった。微塵として動じた風が無い。

 しかし、男はそんな龍を前としてどんと正面より構えてみせる。

「ここは私に任せるのだ」

 有無を言わせない調子で言う。

「しかし、お、お父様っ……」

「お前は他にやることがある筈だ。ここは私に任せて己の成すべきことを成せ」

「は、はいっ! 分かりましたわっ!」

 父親の言葉に少女は素直に頷いて首を縦に振る。

 そんな親子のやり取りを眺めて龍が口を開いた。

「貴様か? 今のは……」

 ズズンと巨漢が蠢いて男を正面に迎える。圧倒的な体格差を持ち、眼下に佇む男をギョロリ、縦に長い瞳孔が睨みつけた。それだけで周囲の兵達は慄き数歩を後ずさる。マクレーンの兵の中には逃げ出すものもいた。

「だとすれば、何だと言うんだ?」

「この私に歯向かうとは、なんと愚かな人間も居たものだろうな……」

「愚か? 人間が愚かだと?」

「まさか、否定するに足る存在だと私に語って聞かせるか? 弱き者よ」

「……人間を、あまり舐めないほうがいい」

「ほぉ……」

 男は手にした杖を構えて龍を睨みつける。

 一方で龍もまた意識をジョンとノラから完全に男へと移行させた。

 九死に一生を得た二人は痛みにもんどりを打ちながら互いの無事を確認し合っていた。打ち付けた部位を必死になって擦りつつ、現状の把握に努める。怒涛の勢いで変化を見せる状況に彼らの精神も割と限界が近かった。

「こ、今度は何だニャっ!?」

「なんか偉そうなのが出てきたしっ!」

「あの格好は貴族ニャ。偉そう、じゃなくて普通に偉いニャ」

「また、貴族かい……」

「あの子のお父さんみたいだニャ」

「どおりで偉そうな訳だ……」

 二人の注目もまた、自然と龍に対する男へと向かった。

 オールバックに撫で付けた肩下までの長髪と、立派なカイゼル髭が特徴的な壮年の男性である。身の丈は一般的な人間と比較しても随分と大きい。また、筋骨隆々を絵に描いた風にあって、分厚い胸板は魔法使いの家系というよりは戦士のそれを思わせる。しかし、身に纏うローブと手にした杖は確かに魔法使いの証である。周囲の憲兵より向けられる視線は羨望の一途だ。誰も彼も彼の登場に心からの安堵を覚えて思える。

「この街に仇を成すというならば、例え龍であったとしても容赦はしない」

「ほぉ……人間風情が語るではないか……」

 マクレーンもイーペイロスも無関係に男と龍とは語りを続ける。

「ならば試してみるか? 龍よ」

「良い度胸だ。しかし、それは決して勇敢などではなく愚かだと知るがいい……」

 龍の巨大な足の一本が前に出る。

 ズズンと、多少を動いただけでも大地が震えた。

「ならば私が愚者と勇者の違いを示してみせるとしよう」

「……笑えない冗談だな」

 まるで挑発するように、多少だけ開いた龍の口から轟と炎が洩れる。

「それは自身の身を持って確かめてみると良い……」

「良いだろう。相手をしてやる、人間よ……」

 二人の会話を耳として周囲にも緊張が走る。誰も彼もが次なる衝突を予期して身を固めていた。いつの間にか人も亜人もマクレーンの兵さえも、男と龍を囲うように円を作っては、固唾を飲み見つめていた。

「スチュアートの力、とくと見せてくれよう」

「……スチュアートだと?」

「その名に恐れを抱かぬというならば、掛かってくるが良い、龍よ」

「スチュアート……、そうか、スチュアートか……」

 男の言葉に龍が僅かばかり好奇の色を見せる。

 その眼差しに興味の色が生まれた。

「……どうした?」

「あぁ、堪らぬな。あの者の子孫がこの街に居たとは思わなんだ」

「ならばどうしたと言うのだ」

「随分と長いこと引き篭もっておったが、そうか、そうか、未だにしつこく続いておったか。そう簡単にはくたばらぬと思っておったが、やはり生きていたのだな。しかし、まさか、ここまで近いところに在ったとは、流石の私も想定外だろう……」

「……何の話だ?」

「いぃや、ならばこそ、是非とも捻り殺してくれようと思ったまでだ……」

 龍が凄むように低い声で唸りを挙げる。

 誰の物とも知れぬ唾を飲む音が、ごくり、静まり返った辺りに響いた。

 そして、次の瞬間、舞台は動き出す。

「覚悟しろ、龍っ!」

「ほざけ、人間がっ!」

 応えるがままに龍は大きく口を開く。

 そこへ男が身を躍らせる。

 杖を構えて魔法を構成する。溢れる魔力が杖を、全身を薄い紫色の光に輝かせる。正面には何やら幾何学模様を描く光の輪が浮かび上がり、その中心へと大気中より眩いものを集める。夜の空下にあって、それは綺麗にキラキラと光り輝いて見えた。

「喰らえ、我が奥義っ!」

 男が杖を振るう。

「死ねっ……」

 龍はそこへ躊躇無く炎を吐きかける。

 喉の下から競りあがってきた火炎は凄まじい勢いで吐き出される。先にノラやジョンへ向けて放たれたものの比ではない。その巨大な熱量を前として、堪らず他の者達は歩みを引かせた。

 魔法を使えるものは必死になって防護壁を展開するが、龍の放つ火炎は圧倒的だ。決して直撃ではない。僅かに爆ぜる炎の小さな小さなとばっちりを防ぐにも、各々が全力で展開してようやっと勢いを弱めるに尽きる。そして、それでも恐らくは長く持ち応えられないだろう。

 ならばこそ、そのような境地へ一人飛び込んだ男の姿へ誰もが注目していた。

 ともすれば反応が一つ。

「ぬぉおおおおおおおおっ!」

 男の声が炎の中より上がった。

「お父様っ!」

 焦りを覚えた少女が堪らず声を上げる。

 慌てて一歩を踏み出そうとして、傍らに立つ憲兵に慌て止められていた。

「は、離してっ! お父様がっ! お父様がっ!」

「きっと、きっと大丈夫です。領主様はこのような龍に決して負けませんっ!」

「でもっ!」

 泣き叫ぶようにして少女は両手両足をばたつかせる。

 すると、そうこうしている内に炎の内より変化があった。

「あつぅううううううういっ!」

 男の声である。

 叫び声が上がったのと同時に、炎の内より飛び出してくる影があった。何事かと誰も彼もの注目が向かう。ともすれば、地面を転がり這い出て来たのは、他の誰でもない、今に炎へ飛び込んだ男である。

 長い髪の毛に火が付いてぼうぼうと激しく燃え上がっている。

 服も同様だ。

 立派なカイゼル髭だって燃えている。

 そして、その熱に耐えかねた彼は、その場で必死にもんどりを打っているのだった。地面の上でのた打ち回り、なんとか火を消そうとしている。熱い熱いと悲鳴を上げながら、心底、必死な態でった。その姿は情けないの一言に尽きる。

 とは言え、龍の吐く炎の直撃を受けて熱い熱いで済む点は大したものだろう。彼の取り巻きであったならば、数名からなる魔法使いが協力の上、全力を篭めて防衛に努めなければ叶わない所業である。

 けれど、悲しくも世の中は結果が全てである。

 周囲を囲う皆々は、投げ掛けるべき言葉を失って、呆然とその姿を眺めていた。それはイーペイロスにしても、騒ぎを聞きつけてやってきた亜人にしても、そして、マクレーンの兵にしても同様であった。

 一同、コイツは何をやっているのだと、心の内で疑問に思う。

「熱いっ! 熱いっ! 熱いぞぉおおおおおっ!」

 他方、男は必死だった。

 幾らのた打ち回っても火は勢いを衰えることなく燃え続ける。

 誰よりも早く我を取り戻したのは彼の娘である。

「お、お父様ぁっ!」

 彼女は慌てて魔法を唱えると、彼の上へと大量の水を精製した。

 水は自然と下へ落下して、もんどりを打つ彼へと降りかかる。

 バシャリと激しい音を立てて大量の水が彼の身に落ちた。おかげで炎は僅か一瞬にして無事に鎮火。ジュゥと小気味良い音を立てて、周囲に焦げ臭い臭いを残す限りとなる。本人も自らを焼く熱が消えたと知って、冷静を取り戻した。

 しんと一帯が静まり返る。

 男は自らの無事を確認すると、ゆっくり立ち上がる。

 少女は大層心配そうな顔をして、傍らで彼の身を労るように見つめる。

 そんな娘の視線を一身に受けて、一時(いっとき)、男は口を開いた。

「フッ……」

 不敵な笑いである。

「今日はこのくらいにしておいてやろう……」

 口元には乾いた笑みが浮かんでいた。

「お、お父様……」

 少女が口元を押さえて顔を伏せる。

 涙の雫がポロリ落ちた。

 その場の誰も彼もは唖然と言葉を失う。場所を違えて他方から届けられる喧騒の全てが、誰にも酷く遠いものとして感じられた。まるでその一角が現実から切り離された風である。そして、中央には髪と髭を焦がした仁王立ちの男がぽつねんと。

「…………」

「…………」

 ジョンとノラもどうしたものかと身を固める。

 返す言葉が無かった。

 ならばこそ、沈黙を破るのは龍以外の何者でも無い。

「死ね……」

 ぼそりと低い呟きが洩れた。

 応じて、顎が開き牙がギラリ光る。

「逃げるぞ娘よぉおおおおおっ!」

「お、お父様っ!?」

 男は潔かった。

 傍らに立つ少女を抱えて即座に踵を返した。そして、次に吐かれた炎より逃れるよう、魔法を用いて後方へと一挙に跳躍する。その素早さは大したものだ。後ろ手に防御魔法を展開しながら、火の手より間髪で逃れる。今度はマントの端が少しだけ焼かれた程度である。

「下種共が……人を馬鹿にしてくれる……」

 瞬く間に建物の影へと隠れ消えた男。

 凄まじい勢いの逃げ足である。

 あまりに唐突な反応であって、龍もまたその後を追うことを忘れていた。

 ともすれば、次いでその意識が向けられるべくは彼を取り巻いていた人間達だ。

「貴様ら……覚悟は出来ているのだろうな?」

 グルルと大きく喉を鳴らして龍が語り掛ける。

 明らかな怒りと憤怒の色が感じられた。

「ジョ、ジョン、なんだか想定していたのと全然違うニャ……」

「くぅ……スチュアートを名乗っておきながら、なんたる無様……」

「いや、そういうことじゃなくて、今は今後を考えるべきだニャっ!」

「でもっ!」

「でももだっても無いニャっ!」

 男と少女の退場で場は一挙に混乱の態を見せる。

 特にイーペイロスの憲兵達は、自分達の主人を失って途方にくれていた。誰も指示を出す者が居なくなって、右へおろおろ、左へおろおろ、それまでマクレーンに対して見せていた結束力は微塵として残っていない。

 そして、ここへ来て更なる事態の更なる発展に見舞われた。

 隣接する街の塀が今になって音を立て崩れたのである。

 石を積み重ねられて、その上に魔力を付与した強靭な壁である。しかし、数にものを言わせたマクレーンの術者達が、苦労の果てに打ち破ったのだった。音を立てて大量の石材が外から内へと崩れ落ちて行く。

 亜人の行ったそれとは規模が違う。

 彼らは従来の門の一つを占拠したに過ぎない。

 対して、今回は塀の直接的な破壊である。

 かなり広い範囲に渡って一挙に壁が崩れて行く。耳が痛いほどの轟音と共に、頭上から大量の建材が降り注いだ。傍らにあった者達は溜まらずにちりじり逃げ出す。大量の土埃が巻き上がられて、そこらかしこから咳が上がった。

 唯一、龍のみがその様子を微動だにせず眺めていた。

 ややあって、姿を現したのはずらり並んだ途方も無い数のマクレーン軍である。剣やら杖やら、各々獲物を携えた幾千、幾万もの兵達が、綺麗に整列して臨戦態勢に佇んでいる。遙か遠方まで隙間無く人、人、人ばかりだった。

 龍とまた別の意味で圧巻である。

 そして、 目前に巨大な化け物の姿を拝んでも、彼らは決して引くことが無かった。一瞬、我が目を疑うようにどよめきを発したものの、慄きは僅かな間に収まる。即座のこと状況を理解して、大将は進軍の旨を声も大きく発令する。どうやら事前に内部の状況を把握していた様子である。

 ともすれば、兵達は我先にと龍へ向かい雪崩れ込んだ。

 士気は非常に高い。

 びりびりと大気を震わせて、人間達の挙げる雄たけびが一帯を支配する。

 これには対する龍も聊かを唸った。

「いいだろう。相手をしてやろうではないか、人間共よ……」

 巨大な翼がばさりと羽ばたかれた。

 応じて巨漢が浮かび上がる。

 それをジョンとノラは眺める他になかった。

「じょ、ジョン……ノラ達はどうしたら……」

「あ、ああ、どうしようかね……」

 その光景を傍目に眺めて二人は立ち呆ける。

 決戦の火蓋は切って落とされた。

 マクレーンの兵達は果敢にも龍へと挑み行く。無論、一人一人の力は遙か及ばない。しかし、数が集まればなんぼである。龍は炎を吐き散らかす。本来ならば瞬きする間に黒焦げだろう。しかし、即座のこと後方から魔法使い一団の支援が入り、最前線で剣を振るう戦士を熱から守る。一方、前線で戦士の持ちこたえている間に、後方より術を完成させた別の魔法使い達が龍へ目掛けて火球を放つ。

 見事な連携の成せる技であった。

 炎は効果が薄いと理解して、龍は次いで尾っぽを振るう。

 鋼鉄より尚固い鱗に覆われた、人間の幾十人を纏めてなぎ払うだけの巨大な尻尾である。直接に剣を交えていた者達は、圧倒的質量に負けて空へと打ち上げられた。大きく放物線を描いて遙か後方へと飛び行く。

 しかし、それで諦める彼らではなかった。

 最前線が退いては、次いで連なる一団が剣を掲げ果敢にも龍へと挑み行く。

「なんというか、儚い連中だねぇ……」

 その姿を眺めてジョンがポツリ漏らした。

 二人はいつの間にか場所を移して、建物の物影より乱戦の場を伺っている。

「でも、なんだか勝てそうな気がするニャっ!」

「それはどっちがさ?」

「勿論、マクレーンの兵だニャ。そして、龍を相手に弱ったところを皆で協力して追い払えば、一先ずはこの度の防衛も安泰だニャ。ニャニャ、なんだろう、ノラってばジョンより全然策士っぽい」

「ふふん、冗談は止めたまへよ」

「冗談?」

「連中は龍に勝てないよ」

 ジョンは困惑するノラを前に断言する。

「でも、割と頑張ってるし、この調子だったら倒すまでいかなくても、追い払うくらいはできるんじゃないかニャ? まだまだ沢山、後ろの方にもずらららって、末尾が見えないくらい並んでいるニャ?」

「雑魚が数を集めて叶うような相手じゃないのさ」

 ふっ、と遠い目をしてジョンは言う。

「あれは古龍だ。尻尾をピシピシとしたり、火を噴くだけが能じゃない」

「他に何かあるニャ?」

「まあ、しばらく見ていれば、僕の言わんとすることが理解できるだろうさ……」

「ニャァ……」

 ジョンの言葉へ素直に頷いて、ノラは殊更に龍へと注目を向ける。

 そこでは依然として奮闘を続けるマクレーン兵の姿があった。

 本来ならば何の苦労なく街を手に入れている筈であったのだから、彼らの側に立ってみれば龍の到来は災厄以外の何物でも無いだろう。しかし、そういった鬱憤を内に孕みながらも良く戦っている。傍目には健闘して思える。

 ノラではないが、このまま押し切ることも可能に思える勢いだった。

 数百人から成る魔法使い一団が放つ魔法は、先刻に貴族の少女が放ったそれと比較するまでもない。圧倒的且つ絶対的な力を持って龍の肉体を揺さぶる。それが如実に彼らの士気を高めて、我も我もと攻勢を進める。次から次へと押し寄せては、塀に開いた穴より街の内へと流入していく。

 いつの間にやら、龍は周囲を完全に取り囲まれる形となっていた。

 加えて、塀の外には溢れんばかりの兵が待機しており、今か今かと自分達の出番を待ち望んでいる。また、上空にも魔法の補助を受けた兵達が数多く浮いており、前衛の補助を絶えず行っていた。本来の予定には無いまでも、人間が龍を討つには最高の大勢に他ならない。

 攻防は轟音と地響きを轟かせ、しばらくの間に渡り続いた。

 しかし、一頻りが経過した頃合である。

 不意に龍が喉を開いた。

「所詮は人間、この程度が関の山か……」

 依然として全身に魔法を剣を弓を受けながらも、然して応えた様子の無い語り草である。低く唸るような声だった。

 それを耳としたマクレーン軍兵は、まだまだこれからだと言わんばかりに攻勢を極める。

 しかし、それ以上を彼らの手は続かなかった。

「少しでも期待した儂が阿呆であったようだな……」

 グォンと巨漢が居住まいを正す。

 正面には砕け散った街を囲う塀と、その先に連なるマクレーンの兵達。

「我々は負けぬっ!」「かかれっ! かかれっ! まだまだやれるぞっ!」「押しているっ! この調子ならば龍を獲れるぞっ!」「さぁ、勇者は誰だっ!? 龍を狩って勇者となるは誰だっ!?」「殺せっ! 人間の力を見せるんだっ!」

 一つ一つの語りが届かないほどに重なり合った威勢の気配。

 龍はそれをつまらなそうに眺めて一笑に付す。

「脆弱なものだ……」

 ただ、何処か寂しそうな呟きでもある。

「やはり、あれは同じ人間であっても例外、規格外であったようだな」

 そして、寸簡を述べたかと思えば、次いで、龍は何やら喉の奥深くより、低い呟きを連ね始めた。それは今までに言葉を語っていた声調にもまして尚のこと低い音だった。話し言葉と言うには違和感の感じられる。まるで歌でも歌っているが如き流れが、周囲へ僅かばかり響いて届いた。

 その韻を耳として、咄嗟にジョンがノラの頭を鷲掴みにする。

「不味い、ちょいと下がるよっ!」

「ニ゛ャっ!?」

 有無を言わさずジョンはノラを建物の影へと押し込む。

 そして、自らもまた顔の多少を覗かせて、他の全てを潜ませる。

「アイツが僕等とは反対側を向いてくれて良かった……」

「な、何が起こるニャ?」」

「見てれば分かるさ」

 そうしてジョンは龍の姿を顎で指し示す。

 ノラは彼に同じく建物の影から頭の多少を覗かせて、その先を伺う。

 ともすれば、その瞬間、龍の大きく開かれた顎門が唸りを上げた。

 上下に鋭く伸びた牙の間、そこに何やらキラキラと眩く光る球状の物体が浮いている。そして、その周囲には同じ色の光を帯びる魔方陣が描かれていた。何も無い中空にあって、龍の顔と平行して巨大な円形の幾何学が浮かび上がっている。ただでさえ巨大な頭部より尚のこと大きな円である。

 そして、中央に位置する光の玉へに対しては、四方八方より光の筋が集まり、段々と眩さを増していく。轟々と龍を中心として激しく風が吹き荒れ始める。今まで吐き散らかしていた炎とは様相が全く異なる。

 流石のマクレーン軍兵も目の前で巻き起こる異常なまでの現象に勢いが失われた。剣や槍を振り回す前衛は聊か腰を引いて、次なる一撃に備えるよう身を硬く構える。また、それは後続の魔法使い達にしても同様だ。予期せぬ一撃に備えんと各々が協力して防御術を構築していく。

 そうした人間達の姿を眺めて、龍の口元が僅かばかり歪む。

「愚かな人間共よ……朽ち果てるがいい……」

 龍の声が一帯に響き渡った。

 それと時を同じくして、魔法の始動式がその巨大な口から放たれる。

「爆裂衝撃滅撃裂《アグニ・カント》」

 途端、ジョンとノラの視界は白一色で埋め尽くされた。

 鼓膜が破れてしまうのではないかと思うほどの轟音を立てて、白の向こう側で何かの弾け飛ぶ気配があった。けれど、それを拝むことは叶わない。龍の口元より発せられた圧倒的な光が、その場の一切合財を誰の視界からも奪い取っていた。

 何か、圧倒的なものが発せられたのだった。

 大気の震える感触が音でなく痛覚として伝わり来る。

 過去に受けたことの無い衝撃を前としてノラが悲鳴を上げた。

「ニャァアアアアっ!?」

「だ、大丈夫さっ、あれは指向性に優れる魔法だから、背後に居れば大丈夫なんだっ」

 眩い明かりに目を開いていられない。

 咄嗟に目を瞑って眼球を光より守る。

「でも、でも、でもっ!」

「いいから、落ち着きたまへよっ!」

「怖いニャっ! これはとっても怖いニャっ!」

 あわあわと両手両足をばたつかせ慌てるノラをジョンは必死に宥める。

 龍の魔法はしばらくの間、周囲一帯を白で埋め尽くした。実時間を計ったのなら、そこまで大したものではない。しかし、その場に居合わせた者にとってみれば、体感、ビリビリと産毛すら震わせる大気の高鳴りは永遠とも思われた。

 それから、しばらくが経過した頃合。

 山場を越えたのか、段々と発光の収まりゆく気配が感じられ始めた。

 耳鳴りも徐々に形を潜めて、ノラとジョンは周囲の様子を五感に捉える。

 巻き上がった土埃がゆっくりと舞い落ちていく。妙に風通しが良くなってより、ひゅぅと吹いた一陣の夜風に視界が段々と鮮明さを取り戻す。頭上に浮かぶ一点の光源に照らされて、今、龍の業が二人の前に晒された。

 そこにあったのは巨大な溝である。

 他に何とも言いようの無いものだった。

 龍の立ち位置を始点として、口元より扇状に広がる深い深い溝が延々と、地平線まで広がっていた。どれぐらい深いかと言えば、夜の闇に紛れて、抉れた底面を目に窺えないほどである。加えて、横幅もまた広大。街から塀の側へ向けて放たれた魔法は、距離に比例して横に広がり、ジョン達の立つ側からしては、眺める全てが一様に溝へと飲み込まれていた。

 そこに連なっていたマクレーンの軍隊がどうなったかは言うまでも無い。

「…………」

 流石のノラも言葉無く呆然と目の前の光景に呆ける。

 その傍らでジョンが誰に言うでもなく呟く。

「糞、僕だって、僕だって気持ち良くやりたかったのに……」

 運良く一撃を逃れたイーペイロスの面々はノラに同じだ。自分達の相手取ろうとした存在の意味を理解して、成す術も無く棒立ちである。その場から逃げ出すこともできずに、龍の魔法に意識の一切合財を奪われていた。

「ふん、他愛ない……」

 自らの行いを眺めて、龍は酷くつまらなそうに呟く。

 酷く淡々としたものだ。

「やはり、人間など程度が知れている。あれが例外であっただけの話か……」

 呟いた先、ズンズンと大地を震わせながら巨漢をぐるりと反転する。その先に見止められたのはイーペイロスの兵達、それに騒ぎを聞きつけてやってきた街民や難民達である。わらわらと数を増やすそれらを前に、龍は酷く下らなそうに笑いを上げた。

「どうせ帰らぬのだ。ならば、いっそのこと壊してしまってもよかろう……」

 炎混じりの呟きに人々の身体が震えた。

 そして、今更ながら現実を理解して皆々ちりじりに逃げ始める。

 沈黙は一瞬のこと、即座に辺り一帯は悲鳴から成る喧騒に包まれることとなった。耳に痛いほどの声達である。その必死な形相に龍の表情が不快から歪んだ。これ以上は見ていられないといった具合だ。

「やかましい……大人しく朽ち果てるがいい……」

 龍の口が大きく開かれた。

 炎を吐き散らかそうという魂胆だろう。

 けれど、そこへ来て再び辺り一帯に響く声が一つ。

「龍よ、喰らうがいいっ!」

 同時に開かれた顎のすぐしたで強烈な爆発が巻き起こった。人間の数人なら容易に巻き込めるだけの規模である。龍の肉体も爆ぜる勢いを完全に殺すことが出来なかったのか、はたまた不意打ちが聞いたのか、顔を大きく横へと逸らさせる。同時に大きく開かれていた顎が閉じた。

「……貴様」

「ふっ、先刻はしてやられたが、今度はそうはいかぬ」

 傍らにあった建物の上より何かが二つばかり落ちてきた。

 それは綺麗な放物線を描いて龍の正面へと降り立つ。

 誰かと思えば、今し方に龍の炎を受けて敗退した貴族の男であった。髪や髭が焼け焦げているのはそのままである。ただ何やら先刻とは出で立ちが異なり、手には立派な杖を、身には豪勢なマントを羽織っていた。

「身よっ! ジョン・スチュアートの杖とマントだ」

 手にした杖を周囲へ掲げ見せるようにして雄たけびを上げる。

「これがあれば龍といえども敵ではないっ!」

「……スチュアートの、遺物だと?」

 男の姿を目の当たりとして龍がピクリと身体を震わせる。

「貴様の暴挙もここまでだ。大人しく私の前に敗れ去るがいいっ!」

 そんな龍の僅かばかりの変化を理解してか、理解せずか、男は颯爽と身を構える。どうやら屋敷へ戻り、装備一式を取ってきたらしかった。よほどに執着在る品々なのか、表情は自信に溢れて感じられる。

「……あれは勝てるのかニャ?」

「いや、っていうか、あんな杖とマントを僕は知らないぞ? 誰のだ?」

「ジョン、その話はもう十分だニャ……」

 建物の影では依然として在る二人が語る。

「なんか悔しいじゃないか。勝手に自分の名前を付けられてるなんてっ!」

「分かったニャ。分かったニャ。ジョンはさぞかし悔しいだろうニャ」

 龍に同じくジッと男の装備を眺めるジョンを前として、ノラは呆れ調子に呟く。やはり彼女はジョンの語りを信じていないらしかった。流石に状況が状況であるのか、突っ込みも平素と比べ力を失って思える。

「さぁ、喰らうがいい、龍よっ!」

 男が呪文を唱え始めた。

 他方、龍はその様子を大人しく眺める。

 少なくとも今し方の爆発では大した損傷を受けていないらしい。様子見といった具合か。然して慌てる素振りも無く、何が出るのかと確認の意味合いを見せて思える。

 ジョンとノラもまた、場の行方を想い男の一挙一動に注目する。

 ともすれば、ややあって彼の術式は完成した。

「我の前に平伏すがいいっ!」

 キラキラと眩く光る杖の先を龍へ向けて男が叫ぶ。

「激烈爆裂衝刃撃《ナムラ・ロリデ》」

 応じて、杖の先から幾筋にも分かれた光の帯が迸る。十数本から成るそれは目にも止まらぬ勢いで空を走り、龍を目掛けて突き進むのだった。そして、一端が鱗へ触れると同時に周囲一帯を巻き込み爆発を起こす。

 再び巻き上がる土埃にジョンとノラも思わず片手に口元を覆う。

 男は自らの魔法の発動を確認して満足気な表情だ。

 杖を構えたまま、爆煙に包まれた先を眺める。

 一度は踵を翻したイーペイロスの憲兵や街民、難民達も目の前の出来事を受けて歩みを止める。今度こそ龍を倒したのか。そんな淡い期待の篭った視線が、粉塵の先へ向けて幾十、幾百と注がれる。

「駄目だね……」

 ジョンは今に目の当たりとした魔法を評して淡々と言った。

「……ジョン?」

「ノラ、やはりこの場は悔しいが、早々に逃げるべきだ」

「で、でも、もしかしたら、あの人が倒してくれるかも知れないニャ?」

 何の躊躇も無く言ってのけるジョンに困ったような視線を向けた。

「いや、無理さ……」

 彼の語りと同時に、爆煙を引き裂くように炎が上がった。

「ぬぉおおっ!?」

 杖を構える男が吼えた。

 確実な打倒を信じていたのだろう。彼は咄嗟のこと身を飛ばす。しかし、炎は彼の肉体へ容赦なく絡みついた。勢いのついたそれは粉塵の先にある光景を顕として、男の自信を木っ端微塵に打ち砕く。

「……何をしてくるかと思えば、なんと下らない」

 そこには依然として健在な龍が在った。

「ぐぉおおおおおおっ!」

 男は全身を炎に焼かれてのた打ち回る。

 先刻にも増して見事に燃えている。

「お父様ぁああっ!」

 そこへ不意に届けられたのが彼の娘の声である。

 遙か頭上より飛び来た少女が、以前に同じく多量の水を生み出して男の頭上より落とした。びしゃんと派手な音を立てて、彼は危ういところで消化された。しかし、今回にしては手酷く焼かれた為だろう。水の重みに身体を横たわらせると、そのまま起き上がることなく静かになった。

「お父様っ! お父様っ!」

 娘は即座に父親の下へと駆け寄り、その身を必死の形相で抱き寄せる。

「ぬ、ぬぅ……」

 しかし、男は苦しそうに息を漏らすばかりで要領を得ない。

「どうして私を置いていったのですかっ!」

「……す、すまない」

「あぁっ! お父様っ! お父様っ!」

 少女の悲鳴が誰の耳にも響き渡る。

 それがきっかけとして、イーペイロスの憲兵を筆頭、、再び現状を理解した野次馬達が逃げ出し始めた。お父様お父様と連呼される声すら掻き消す勢いで上がる悲鳴。まるで穴の開いた桶から水が引くような勢いで人々は逃げ出していった。

 その姿を眺めて龍は酷く落胆した様子で男に語りかける。

「その程度で何がジョン・スチュアートの杖もあったものか……」

 低く腹に響く声である。

 ともすれば、父親を胸に抱く少女がキッと顔を上げた。

 瞳は睨みつけるように龍を映している。

「何だ……人間の娘よ……」

「お父様を……お父様をよくも……」

 涙を頬に散らしながら、必死の形相で怨敵を見つめていた。

「下らない……人間風情が粋がるからこうなる……」

 対する龍は、少女を前に僅かばかり身を動かす。

 身体の後ろへ伸びていた巨大な尻尾が轟と音を立てて動いた。向かう先には少女の姿がある。鋼鉄の剣すら容易に弾く白銀の鱗は、地面に腰を落とす彼女と、その胸の内に置かれた男とを容赦なく跳ね飛ばした。

 ギャァと大凡人間らしくない獣染みた悲鳴を上げて二人は宙を舞う。

 ややあって、ドスン、ドスンと地面に落ちて動かなくなった。

 生きているのか死んでいるのか。

「ジョ、ジョンっ、誰も居なくなっちゃったニャっ!」

「いつの間にっ!?」

 二人は周囲より人気が引いていることを理解する。

 大慌てに建物の影へ引っ込むと、龍より離れんとして駆け出した。

 しかし、そうは問屋が卸さない。

「逃げるな、下種共が……」

 龍が再び尻尾を振るった。

 応じて、二人の隠れていた建物が根元から粉砕される。かなり規模のある筈の建造物にも関わらず、まるで砂で出来た城を崩す勢いで建材の崩落が始まる。ガラガラと大きな音を立てて、まるまる一棟が倒れゆく。

「ニャァアアっ!?」

「うぉあおああああっ!?」

 依然として近辺に居た二人にしてみれば溜まったもので無い。右も左も考えている余裕などなく足を動かした。大慌てに建物と距離を取る。そして、次々と落ち来る瓦礫を危ういところで必死に避け続けた。

 けれど、まさか全てを避けることは叶わない。

 運命の女神は決して二人に微笑まなかった。

 大きな石の塊がノラの身体を強かに打った。真横から飛んできたそれに当たり、彼女の小さな肉体は大きく吹き飛ぶ。本来ならば身体能力や反射神経に劣るジョンにこそ当たりそうなものだろう。しかし、今回ばかりは運が悪かったのだろう。

「き、君ぃっ!」

 ジョンが叫ぶも虚しく、ノラは血の尾を引きつつ地面へと転がる。

 背に下げていた鞄が弾けて、中に納まっていた荷物の数々があたりへとバラバラに散らばった。

 そして、運の無いこと極まり、正面には龍が居る。

 建物が尾に吹き飛ばされたことで、自然と龍と二人との間に障害物は無くなった。望まずともジョンとノラは相手の目前へと歩みを運ぶこととなってしまう。薄暗い夜にあっても如実に存在感を示す真っ白な巨体が目の前にある。

「人間も亜人も然して変わらんな……」

 龍が一歩を二人に向かい歩む。

 たった一歩であるが、その図体の大きさに見合うだけの一歩である。

 それだけで二人は瞬く間に距離を詰められてしまった。

「ジョ、ジョン……」

 ノラは息も絶え絶えに言葉を捻り出す。

「……ジョン、逃げるニャ……」

「い、いや、しかし、君……」

 苦悶の表情を浮かべながらも、自らを気遣ってくれる彼女にジョンは掛ける言葉が無かった。なんだかんだで道中を助けてくれたノラである。命ある内に見捨てることは流石の彼も気が引けた。必死の形相で自らを見つめる彼女の姿を目の当たりとしては、背を向けることができなかった。

「脆いな……」

 僅かばかり瞳を細めた龍が炎の息を吐く。

 こんなことならば、様子など伺わずにすぐさま逃げ出していれば良かった。そんな後悔がジョンの内に渦巻いた。自らの行動に対して後悔を抱くなど、極めて彼らしくない情動だろう。

「ちょっと待ちたまへよっ!」

 叫んで、ジョンは一歩を前に踏み出した。

「まさか、亜人の身で儂に勝てるとでも思うたか?」

 その姿を眺めて龍は嘲笑を含んだ声を上げる。

「糞っ……なんだってこんな貧乏くじを引いたのか……」

 ぎりりと音が立つほどに歯を食いしばる。

 ジョンには目の前の相手を打倒するだけの力が無い。今の亜人と化した身の上ならば、少女やその父親の方が圧倒的に優れる。それにも関わらず尾っぽの一振りでやられてしまったのだから、彼に何ができるというのか。

 自らの無力さに硬く握った拳がプルプルと震えていた。

「死ね……無力な亜人共よ……」

 龍の口が開かれる。

 炎が吐かれたのなら、一瞬にして骨も残らず焼かれてしまうだろう。

 流石のジョンも覚悟を決めざるを得ない。

 もはや、これまでか。

 そう強く感じて、自然と目は龍から逸らされて地面へと向けられる。

 すると、不意に目に入ったのはノラが散らかした荷物である。それは例えば水の入った皮袋であったり、薬草の束であったり、若干の衣類であったりする。非常に生活感溢れる数々であろう。傍目に酷く物悲しく映る光景である。

 そんな中で、唯一、周囲より妙に浮いて思える一品があった。

 僅かばかりの夜明かりを反射して鈍く薄紫色に光る一振りの短剣である。

「……ん?」

 一目見て、ジョンは瞳を見開いた。

 二目見て、ジョンは奮い立った。

 三目見て、ジョンは狂喜乱舞した。

「炎に焼かれて灰となれ……」

 龍が強烈な炎を吐く。

 その数瞬だけ前の出来事である。

 ジョンは咄嗟に地を蹴って駆け出した。

 そして、横たわるノラの傍らに落ちた短剣へと手を伸ばす。

 指先が触れて、握り慣れた金属の冷たい感触が彼を冷静にさせる。手の平の内に握られた一刀は間違いなくジョンの知る短剣であった。それこそ数刻前まで振るっていた代物である。魔王の眼へと突き刺して、何処へとも消えてしまった彼の愛剣に違いなかった。

「ジョ、ジョンっ……」

 自らの下へと駆け寄ったジョンの姿に驚いたノラが言う。

 彼女は彼が逃げると踏んでいたのだろう。

「任せなさい。この僕様の力の一端、君に見せてあげようじゃないかっ!」

 それまで憂鬱な表情ばかり見せていたジョンの顔に勝気な笑顔が戻る。

 同時に彼は差し迫る龍の炎へ向けて握る短剣を振りかざした。彼に握られたことで短剣は強烈な発光現象を生じる。

「ニャっ!?」

「まさか、これを君が持っているとは驚き以外の何物でもない」

「そ、それは、ノラのナイフ……」

 ジョンの掲げる短剣を目の当たりとしてノラが呟く。

「いいや違うね。これは僕のナイフさっ!」

 龍の炎は圧倒的な勢いを持って二人を飲み込んだ。それこそ人の一人や二人など物の数に入らない。今し方に尾っぽに叩かれて倒壊した建物の、その石やら金属やら、建材すらも融解させる勢いがある。

 しかし、それでもジョンとノラは、髪の一本すら焦げること無かった。

「ぬっ!?」

 龍の瞳が、大きく見開かれる。

 掲げられた短剣を前として、見事、炎は二人の居る一帯を避けていた。半球状の目に見えない何かがジョンとノラを覆っている。大地を含めて、周囲一帯は火の粉の一片すら飛び散ることもない。

「ふふん、この程度の炎で僕様の魔力が折れるものか」

 淡く発光を続ける短剣を眺めてジョンは楽しそうに言う。

「ジョン……」

「君、このナイフを何処で手に入れたんだ?」

 ジョンがノラを振り返る。

 応じて、横たわる肉体が短剣の発するものと同じ色の光に包まれた。

 かと思えば、次の瞬間にはノラの表情が驚きに変わる。

「ニャっ!?」

「どうかした?」

「な、なんか、身体の痛いのが消えたニャっ!?」

「あぁ、そのままだと大変だろうからね」

「ジョンが治したのかニャっ!?」

「悪い?」

 ジョンは普段と変わらぬ飄々とした態度でノラに語り掛ける。その姿を眺めて彼女は何も返す言葉が無かった。自らを覆う目に見えない半球と、その外側で吹き荒れる炎、更には急に軽くなった身体とで、頭の中は一杯一杯といった具合だ。

「ところで、このナイフを君は何処で手に入れたのさ?」

 再度問われてノラはハッとした風に自らを取り戻す。

「え、えっと、それはノラのお爺ちゃんのお爺ちゃんから伝わってて……」

「……君の家に伝わっていた?」

「うん、そうだニャ……」

 確認するよう問い返された言葉に、ノラは少しだけ萎縮した風に応える。目の前の何もかもが信じられない様子であった。しかし、ジョンにしてみればノラの言葉の方が信じられなかった。

「そのお爺ちゃんのお爺ちゃんはこれを何処で拾ったんだ?」

「そ、そこまでは聞いたこと無いニャ……」

「ふむ……」

 ジョンはふと考えるように、空いたもう一方の手を顎へと当てる。

 そんな彼の姿を眺めて、龍は炎の吐くことを諦めた。

 幾ら続けても効果が無いと判断したのだろう。段々と勢いを増していた燃え盛る火炎は急遽形を潜めて、再び辺りに静寂が戻る。後には二人を除いて、グツグツの湯の煮立つような音を立てる雑多な燃えカス達だけが残った。

「……人間、その力、誰のものだ?」

 それまでと声質を変えて龍が尋ねる。

 嘲笑や侮蔑は消えて、純粋な驚きと疑問から来る問い掛けだった。

「誰の力? そんなの僕の力に決まっているじゃないか」

 対して、ジョンは胸を張って応える。

 短剣を片手に威風堂々と言い放つ。

「この力、儂は……儂は感じたことがあるぞ……」

「それは当然だろう? だって君は僕に負けているじゃないか」

「なんだと?」

「ふん、姿が変わった程度で本質を見抜けなくなるとは、まだまだ甘いな、ミーちゃん」

「貴様、その呼び名で私を呼ぶとは……」

 龍の喉が音を立ててグルグルと鳴った。

「ああ、そうさ。僕こそが大魔道師ジョン・スチュアートその人だっ!」

 ズビシと自身の胸を親指に指し示してジョンが吼えた。

 今回に限っては横からノラの突込みが入ることも無い。

 代わりに龍が唸り声を上げて巨漢を振るわせた。

「貴様……、貴様……、それは……本当か?」

「嘘だったらなんだって言うのさ?」

「……その龍を舐めた物言い……あぁ……間違いあるまい……」

 怒りとも喜びとも知れない感情を孕ませて龍が応える。

 白銀の鱗が総毛立つようにうねり合って、ギシギシと耳障りな音を立てる。人間や亜人には知れない龍族における感情の高ぶりを知らせていた。他に誰も居なくなった静かな夜の街の一角に龍が唸る。

「殺してくれる……ジョン・スチュアート……」

 それと同時に龍が呪文の詠唱を始めた。

 人の耳には言葉として聞こえない、独特の響きを持った音の連なりである。

「いいだろうさ。また負けたいというなら、受けて立とうじゃないかっ!」

「ジョ、ジョンっ!? そんなことより逃げるニャっ!」

「なぁに、幾らナイフ一本に篭めた魔力とはいえ、この僕様の魔力なのだ。こんな龍の一匹や二匹に遅れを取る筈が無いじゃないか。それよりも君には聞きたいことが沢山あるんだ。大人しくそこで僕の有志を眺めているといい」

「でも……」

「さぁ、行くぞ、この僕がっ!」

 龍が発する呪文の詠唱に応えるよう、ジョンもまた魔法の詠唱を始める。

 最後に魔法を使ってより僅か数刻の空白にも拘らず、ジョンにはそれが数年ぶりの行使に思えるのだった。口に慣れた舌に慣れた耳に慣れた呪文は何を意識することなく、自然に喉から発せられる。

 詠唱に伴い、ジョンの周囲には何やら僅かばかりの風が巻き上がる。

 ノラから貰ったボロをハタハタとはためかせて、全身が薄ぼんやりと夜の闇に浮かび上がる。短剣が発するものと同一、紫色の発光だった。そして、光は彼が言葉を続けるに応じて段々と勢いを増していく。

 ノラはその姿をただ黙って眺めるしかなかった。

 やがて、しばらくを経てジョンの魔法が完成する。

 他方、龍もまた自らの魔法の完成を持って彼の眼差しを受け止める。

「ジョン・スチュアート……」

「散々に渡って僕を追い掛け回してくれた恨み、晴らしてやるさっ!」

「この度は負けぬ……」

 龍の口が大きく開かれる。

 応じて、マクレーンの兵を吹き飛ばした時と同じく、その正面に光から成る魔方陣が浮かび上がった。記憶に新しい衝撃を思い起こして、堪らずノラが短い悲鳴を上げた。両手で頭を覆って地面へ平伏す。

 けれど、彼女の傍らでジョンは全く動じない。

 それこそ自分の勝利を信じて疑わない風にあった。

「くたばれ……スチュアート……」

「それは君さ、ミーちゃん」

 二人は時機を合わせた風に起動式を口とする。

「爆裂龍撃破《アグニ・アゲロック》」

「爆裂龍撃破《アグニ・アゲロック》」

 唱えられたのは全く同じ魔法であった。

 言葉が発せられるに同じく、それぞれの正面より光の帯が発せられる。

 夜の闇を切り裂くよう光は宙を走った。そして、瞬き一つする間もく互いの間でぶつかり合う。ともすれば、接触地点での帯は球となり、膨大なものへ膨れ上がった。周囲一帯は白一色である。目が暗闇になれていたことも手伝って、寸毫先を確認することすら叶わない。

 堪らずノラは声を上げて目を閉じた。

「ニャァッ!? ま、眩しいニャっ!」

 もうどうにでもなれ状態である。

 他方、ジョンと龍とは魔法を交えながら言葉を交わす。

「き、貴様……どうして、私の魔法を……」

「ふふん、便利そうだったから使わせて貰ってるのさ」

「ならば、私が勝てぬ道理は無いっ!」

 龍は力むようにして更に口を大きく開く。

 すると、龍の口から発せられる光の帯が太さを増した。

 二つの魔法のぶつかり合う場所では、光の球が激しく脈動を重ねている。それが龍の帯が太くなるに応じてジョンの側へと動いた。まるで光の帯で光の球の押し合いでもしている風である。

「ぬっ……、意外とやるじゃないか……」

 球の動いた事実にジョンが少しだけ焦った風に声を上げる。

「負けぬ、絶対に負けぬぞ……」

「お、おぉっ!? 少しばかり力を増しているじゃないか」

「あの時より……、伊達に数百年を過ごしていないっ!」

 大地すら揺さぶる龍の咆哮が、周囲一帯に響き渡る。轟々と音を音を立てる光と光のぶつかり合いにも増して大きなものだ。街の端から端まで届かんとする勢いがあった。ジョンも堪らず空いた一方の手で自らの耳を塞ぐ。音は痛いほどに鼓膜を刺激していた。

「貴様が……貴様が魔王と共に消えてから、どれだけが経ったと思うっ!?」

 他方、龍は彼に構わず言葉を続ける。

「儂がどれだけの間、鬱憤を溜めて過ごしたものだと思っているっ!」

 あまりの声の大きさを受けて、ノラは両手を頭から耳元へと動かして、必死の形相でのた打ち回っている。プルプルと身体を震わせて脆弱なまでに窮していた。亜人として聴力が敏感な分だけ、与えられる苦痛も大きいのだろう。

 だから、これは同様に亜人であるジョンにとっても堪らない声量である。ただ、彼にしては場を放棄することも叶わない。必死になって身を立たせる。

 加えて、そうした必死な様子は彼の自尊心が許さない。

「さぁ? 僕にとっては、君と別れてから数年しか経っていないね」

 あくまで冷静を装い、握る短剣へ力を篭めて言い放つ。

「数年だとっ!? 何を馬鹿げたことをっ!」

「仕方が無いだろう? 僕だって色々とあったんだよっ!」

 今までの鬱憤を晴らすよう、短剣に篭められた魔力を汲み上げては放出する。遠慮をしている余裕はなかった。刃の内に篭められた魔力と龍が放つ魔力とは拮抗している。力を抜けば殺されると理解して、彼もまた必死に場を持たせる。

「黙れっ! 黙れっ!」

「ふふん、だったら、君を負かしたあとで幾らでも話を聞いてやろうじゃないかっ!」

「ほざけっ!」

 龍が吼える。

 光の球は更に場所を移動してジョンの側へと動きを見せる。

 短剣を掲げる彼の頬にツゥと汗の雫が伝った。

 龍は自らの勝利を確信して声を張らせる。

「この恨み、今ようやっと晴らしてくれるっ!」

 手を伸ばせば触れられる距離まで光の球が移動した。

 流石のジョンも顔に焦りが生まれる。

 けれど、彼が負けることはなかった。このまま龍が勢いに乗って押し込んでいたのなら、話は違っていただろう。けれど、ここへ来て不意に、その注意がジョンとは全く別の方向へと移る。

「お、お父様の敵ぃっ!」

 不意に声が響いたかと思えば、即座、爆発。

 応じて、龍の巨漢が僅かばかり揺さぶられた。

 その視線が爆発の起きた身体の側へと向けられる。

 ともすれば、そこには地面に身体を横たえながらも、杖を片手に魔法を行使する少女の姿があった。必死の形相で龍を睨みつけて、煙も上がる手の平より、再び同様の魔法が放たれては龍の身体が揺さぶられる。

 それこそ今目の前の相手に対しては、殺傷能力など皆無に等しい魔法である。

 けれど、その気を引くだけならば十分な効果を上げていた。

「ぐっ!?」

「素晴らしいぞ君ぃ、これこそ勝機に違いないっ!」

 龍の気が他へと逸れた。

 そして、この機微を逃すジョンではない。

「ふははははは。龍よ、僕の魔法は強烈だぞ? 心して喰らうがいいさっ!

 声も大きく言い放つと、短剣に残る魔力の全てを目の前の相手に向けて撃ち放った。光の帯は太さを幾倍にも変化させる。そして、すぐ目の前まで差し迫った球をぐんぐんと反対側へ押しやっていった。

「ぬ、ぬぅ……そんな、まさか……」

「僕の勝ちだっ!」

 やがて、光の球は彼の勝利宣言と共に、龍の巨大な身体をまるまる飲み込む。ビリビリと大気すら震わせるような龍の悲鳴が大地に轟く。龍やジョンの周囲を含めて、更に広範囲が光の渦へと巻き込まれる。

 そうして、ジョンと龍との勝敗は決するのだった。