金髪ロリ達観クールラノベ 第一巻

エピローグ

翌日、武人は自室に篭りコンピュータを前にキーボードと格闘していた。

弾痕の残る右の二の腕には真新しい白い包帯が巻かれている。幸いにして、銃弾は重要な健や神経等を傷つけることなく浅い部位で貫通していた。おかげで入院を必要とすることも無く、当日に治療を終えた彼はすぐに帰宅する事が出来た。

とはいえ、深い怪我には違いない。動かせばかなり痛い。慣れ親しんだキーボードを叩く速度も普段とは段違いに鈍かった。

「はぁ……」

自由の利かない己の右腕に視線を落として彼は大きくため息をつく。

コンピュータを立ち上げて十数分ばかりで、作業を続けることを断念した。主治医にも無理はするなと言われている。元より痛覚に敏感な武人としては言われるまでも無いことだが、まさか、コンピュータの利用さえ妨げられるとは遺憾だった。

「…………」

キャスター付きの椅子を後ろにずらし、大きく伸びをして、自室の天上を仰ぐ。

時刻は既に午後の3時を回っていた。午前は高校で期末試験を受けてきた。内容は転校する前の学校で既に習った範囲にあった。おかげで、その前日、前々日には生きるか死ぬかの拉致被害に遭っていたにも関わらず、何の支障も無くすんなりと解答欄を埋める事が出来た。問題があったとすれば、それは寧ろ鉛筆を握る右腕の怪我だろうか。

そして、試験を終えた武人は、試験問題の解答を巡って談笑に花を咲かせるクラスメイト達を尻目に、そそくさと自宅へ帰ってきた。教室を出る際には山野と柳沢に絡まれたが、それも適当に言葉を濁してである。

「まったく……、困ったもんだね」

義人は朝早くから仕事へ出かけている。元より親子二人で越してきたこの家には、今は彼しか居ない。昨日までならば、それに加えて一人居候が居たわけだが、それも過去の話しだ。周囲に接する家屋も無く、面した道路は交通量が非常に少ない。良く晴れた午後の昼下がり、そこはとても静かだった。

「…………」

水でも飲もうかと、階下のキッチンへ向かうべく席を立つ。

すると、丁度それに狙いあわせたかの如く玄関の呼び鈴が鳴った。

「………誰だよ」

脳裏に浮かんだのは、つい先日にもこの家を訪れた二人組みの警察官だ。自然と眉間には皺が寄った。とは言え、警察機関が相手では、居留守をした所で面倒事が先送りになるだけだ。嫌々ながら部屋を後にする。そして、階段降りて玄関ホールまで向かうと、扉の鍵をカチャリと開けた。

「どちら様で……」

サンダルに片足を落としてドアノブを捻る。

すると、夏の熱気と共に現れたのは、全く想定外の存在であった。

「こんにちは」

玄関の久嗣の下にチョコンと並ぶのは、花見月と夢見月であった。

「え?」

二人は初めて出会ったときと同じ、英字のプリントされた御揃いのTシャツに、花見月は腿の辺りでカットされた丈の短い短パン、夢見月は同程度の丈のスカートを穿いている。共に生地は薄い青色のデニムだ。腰下まで伸びた長い銀髪が太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。

「腕は大丈夫か?」

「え、あ、ああ。別に命に関わるような怪我じゃ無いって言われたけど」

出会い頭に行き成り問われて、武人は包帯の巻かれた腕を反射的に掲げてみせた。

「良かったです。もしもこれで貴方の身に何か起ころうものならば、私は何とお詫びをすればよいのか。いえ、こうして怪我をさせてしまっただけでも、とんでもない事なのですが、それでも、無事で良かったです」

そんな彼の姿を目の当たりにして、ほぅ、と夢見月が胸を撫でる。

「と、とりあえず、外は暑いし中に入ってよ」

二人の額には夏の強い日差しを受けて汗の雫が浮かんでいた。

「おう」

「分かりました」

カチャリと玄関の鍵をかけて、花見月と夢見月を従えた武人はリビングへ向かった。

昨日、花見月と夢見月は怪我をした武人を山から自宅まで送り届けてくれた。夢見月に抱きかかえられた武人は、出向くのに必要とした三分の一程度の時間で自宅まで戻ることが出来た。

そして、運良く家には義人が居た。銃に撃たれたのだという息子の話を聞いて、彼としては珍しくも、口をあんぐりと大きく開き驚いて見せた。だが、驚愕の間も僅か、すぐに車を出すと武人を町の病院まで連れて行った。

武人を家まで送り届けた花見月と夢見月は、彼に一頻り謝罪の言葉を並べると、他に自分達に出来る事は無いと理解して山へと帰って行った。病院では弾痕を前に医者とすったもんだしたが、保険証を持った真っ当な患者には違いないので、治療は満足に受ける事が出来た。

そして、午前の学業を経て今に至る訳である。

武人はソファーを二人に勧めて、自分はキッチンで三人分の麦茶をグラスに注ぐ。自分も喉が渇いていたので、並々一杯注いだそれを、氷を取り出す際に冷凍庫で見つけたカップアイスと共に盆へ載せてリビングに戻る。その一連の過程でエアコンの電源を入れることも忘れない。

「どうぞ」

盆の上に乗ったものをソファーテーブルへと並べる。

「うぉ、アイスだっ!」

目の前に置かれた冷気を放つ紙のカップに、花見月の目が輝いた。

「わざわざ、ありがとうございます」

酷く恐縮した様子で夢見月が答えた。

「それで、何か僕に用でも?」

武人が何気ない風に尋ねる。

すると、返って来たのは彼の予想どおりの言葉だった。

「貴方に謝罪したく参りました」

「昨日のことを謝りに来たんだ」

ソファーテーブルを挟んで反対側に座る武人を真っ直ぐ見つめて、二人が頭を垂れる。

やっぱりそうか、と頭を掻きながら武人は答えた。

「別に、謝罪ならもういいよ。昨日も十分謝ってくれたし、これ以上畏まれても逆にこっちが困るからさ。それより、冷たいうちにアイス食べちゃってよ。この時季だとすぐに溶けちゃうんだから」

エアコンの始動から間もないリビングの気温はかなり高い。武人の額にも汗がジワリジワリと滲み出てきている。出して間もないカップアイスも、包装の内皮と接する辺りは既に溶け出していることだろう。

「ですが……」

「君達は最後まで諦めずに僕を助けてくれただろ? もうそれだけで十分だよ」

様々な出来事が僅か数日の間で一挙に訪れた今回の件を受けて、武人は、こと人間の感情や思考に関して、ものを考えるのが億劫になっていた。

過去の彼ならば、相手の顔色を伺いながらも、ネチネチとしつこく謝罪の言葉を強請り、やれ賠償金だの、慰謝料だのと駄々を捏ねただろう。しかし、それをするだけの血気も今や失われていた。いや、吹っ切れたと言った方が良いだろうか。

五感より入ってくる情報に対して思考を放置する。成すがままにしておく。すると、それまで無駄に脳のリソースを奪っていたフレーム問題が消え失せて、逆に清々しささえ感じるほどだった。

早い話が、もう何がどうなっても知った事か、といった具合だ。

「ですが、こうして酷い怪我まで負わせてしまいました。それに、結果として貴方と静奈さんとの仲を引き裂く形にもなってしまった。謝らずに居るのは難しいです」

静奈のことは武人としてもショックだった。とはいえ、自分がもし同じ立場に立ったのなら、どうだっただろうか? そう考えると、安易に静奈を攻める気にはなれなかった。寧ろ、限りある生を前にして当然の選択だったと思える。

「なら、最後に一言だけ謝って終わりにしよう。それでいい?」

武人の精一杯の譲歩を前に、夢見月は申し訳なさそうな、そして、難しそうな顔になる。だが、当の本人に迫られては頷くしかなかった。これ以上、迷惑をかける訳にはいかないのだ。

「分かりました」

答えてソファーから立ち上がる。

そして、フローリングの床に膝を付いた。妹が望む謝罪を悟って、花見月もまた立ち上がると、彼女の隣に膝を落として並んだ。武人は二人を慌てて止めようとする。しかし、ここで止めると、また同じ問答の繰り返しに成りかねない。彼もまた妥協して、一度は浮かした尻を静かに落す。

「こういうのは……、もう、これっきりにしてよ」

「………はい」

武人の言葉に夢見月が小さく頷く。

それから二人は、フローリングの床に額を擦り付けて粛々と謝罪の言葉を述べた。

「申し訳ありませんでした。そして、ありがとうございました」

「ごめんなさい、あと、ありがとう」

小さな体を折り曲げて土下座する二人を前にして武人は考える。

何故に彼女達はこうまでも綺麗に生きて行けるのか。

これも人間と化け物の価値観の違いなのだろうか。

「…………」

二人が頭を下げている時間は無駄に長く感じられた。自分の足元に跪く姉妹の姿をソファーに座ったまま上から見下ろして、武人は漠然と己の利己心を振り返る。

謝られても、気分は全然良くなかった。