金髪ロリ達観クールラノベ

第一巻

「………やっと着いた」

寂れた駅のホームに青年が一人立っていた。

彼はたった今、東京からの長旅を終えて、この地に辿り着いたばかりである。

世田谷区にある自宅を出てから、電車を乗り換えること4回。合計7760円の費用と、 約5時間という時間をかけた長旅の末に、芹沢武人が辿り着いた先は、日本本州で第3位の面積を持つ都道府県である長野県はJR海ノ口駅、そのホームであった。

電車を降りて周囲を見渡すと、そこには自然広がる田園風景が美しい、伝統的な日本の田舎の景観があった。少し遠くを眺めれば、大きな湖の存在が見て取れる。湖の周囲は雑多に様々な種類の樹木が茂っており、コンクリートの色は殆ど見られない。その圧倒的に人工物の少ない平坦な景色を目の当たりにして、武人は大きなため息をついた。

「嗚呼、本当に着ちゃったよ、こんなド田舎に……」

時刻は午後の5時を少し回ったところである。6月の末日という日照時間の長い時期にあって、西の空にはゆっくりと落ち行く太陽の姿がある。放たれる強烈な赤色を伴った西日は、周囲のありとあらゆるものを自らの色に染め上げている。一日の終わりを知らせるように、辺りには空を舞う鴉の間延びした鳴き声が不規則に響いていた。、昼から夜への移り変わり、夕方という中途半端な時間帯において、段々とその数を減らしてゆく蝉の音を背景に、武人は、ただただ、その場に立ちすくんでいた。

肩にかけていた大きな旅行鞄を、どさりと地に落とす。

途切れる事の無い人の流れ、車の排気ガスにまみれて喉を刺激する空気、飛び交う雑多な人工の音、生まれて此の方そういったものに揉まれて生きて来た武人にとって、肺に届く空気の味までもが異なって感じるこの場所は、まさに異国と言っても良い程の衝撃を持って、その姿を彼の前に晒していた。

「これは鬱だ。激しく鬱だ。なんで僕がこんな所へ引っ越さなきゃならないんだ? というか、見た感じ田んぼしかない? 自動販売機さえない? 加えて、道が舗装してない?」

諸事情あって引越しを余儀なくされ、先立って出発した彼を除く家族が残したメモを頼りにして、此処までやって来た。当初から田舎であるとは聞かされていたが、まさか、これほどのものとは、彼としても想定外であった。

「家が殆ど見当たらない。なんでこんなに何も無いんだ」

自然と湧いて出てくる愚痴は、どれだけ口から溢しても、尽きる事はなさそうに思えた。しかし、幾ら鬱だからとは言え、いつまでもこの場で立ち尽くしている訳にはいかない。日もそろそろ暮れようとしている。

「はぁ……」

渋々といった様子で、仕方なさ気に荷物を手に取った武人は、一路新居を目指して、まだ見ぬ帰路を行くことにした。

東京の巨大な駅とは比べ物にならない、彼の東京の自宅より小さな海ノ口駅は、たった十数歩を歩けばホームから出入り口まで到達してしまう。立て付けの悪い、なおかつ滑りの悪い横開きのドアを押し開けて、駅の待合室から外へ出る。すると、やはりそこも田舎だった。ホームから見た光景と同様に、駅前の通りとは思えないほど何も無く、走る車の数も少ない片側一車線の道路が延々と伸びていた。

せめて駅の前には自動販売機の1つでも置いておけ、などと愚痴を溢しつつ、武人はポケットから小さく折りたたまれたA4用紙を取り出した。それには彼が向かうべき新居へ道筋が示されてる。

小さく愚痴を呟きながら、折りたたまれた紙面を粗雑に広げていく。

すると、運の悪い事に、まるでタイミングを合わせたように急な突風が吹いた。

「うぉぁっ!?」

手にした紙が指の間を擦り抜けて宙を舞う。そして、勢いをそのままに、駅が面する車道へ向かって飛んでいった。それには彼が向かうべき新居の位置が記されている。もしも無くしてしまったら面倒な事になるだろう。

「ま、待てよっ!」

無論、慌てて追いかける。

風に乗った紙は思いのほか勢いを伴っていた。駆け出してすぐに手を伸ばしたが、それも虚しく掠りすらしない。まるで武人から逃げるようにヒラヒラと飛ぶ紙は、駅の前に敷かれた歩道を越えて車道の手前まで迫る。

だが、紙は白線を越えて車道へ出ることは無かった。

運良く駅前の道を歩いて来た者が、宙を舞うそれを見事に掴み取ったのだ。

「あっ!」

九死に一生、とまでは言わないだろうが、不幸中の幸いである。

「なんだこれ」

飛ばされたA4のプリント用紙を掴み取ったのは、背丈も小さな女の子であった。年頃にして8、9歳程度だろうか。雪のように白い肌と、紅いリボンでツーサイドアップに纏めた銀色の長髪とが非常に特徴的である。子供嫌いの武人から見ても、とても綺麗で可愛らしい女の子だと素直に感じた。ただ、身体的な特徴とは対照的に、上は英字プリントのTシャツ、下は無地の短パンという至極普通な夏の出で立ちをしている。

少女は手にした紙を眺めて首をかしげている。

「君っ! ありがとう!」

首の皮一枚で繋がったと、武人はすぐに声をかけた。武人に声をかけられて、少女は何やら肩を震わせて驚く。急に声をかけられてビックリしたのだろう。振り返った先に人の姿を確認して疑問の声を上げた。

「んっ? な、何だよ!?」

「その紙の持ち主だよ」

そう言って即座に、武人は少女が手に握る紙を指差してみせた。

「これの?」

「風で飛ばされちゃったんだけど、君がキャッチしてくれて助かったよ」

「これ、地図みたいだけど?」

紙にはボールペンで走り書きされた幾何学図形が幾つか並んでいる。

「そうだよ。だから返してもらえないかな? それが無いと困るんだよ」

年下という事もあって殊更優しい口調で説明する。すると、少女はそれで紙に対する興味を失ったらしい。特に突っ込んだことを聞いてくることも無く、すぐに返してくれた。

「ふん、もう飛ばされるなよ」

「うん、ありがとうね」

ぶっきらぼうに突き出された紙を感謝の言葉と共に受け取る。

「じゃあな」

女の子にしては些か言葉遣いが気になるところだが、取り立てて注意するようなことでもない。武人に紙を渡した少女は用が済んだと分かると、肩越しに小さく手を上げて、すぐにその場を後にした。

「うん、じゃあね」

その後姿を見届けて武人は安堵の溜息をつく。

「はぁ………、助かったな」

何にせよ取り戻す事が出来て良かった。

無事に帰ってきたA4用紙にはこの辺一体の簡単な地図が描かれていた。

中央には「木崎湖」という文字が見える。その湖は、長野県大町市にある、仁科三湖のうちのひとつで、最も南側に位置する湖である。彼が電車を降りてすぐに見た湖がそれである。そして、その字を囲むようにして、歪な楕円の様な形をした囲みが描かれている。陸地と湖の境界を示す線であろう。加えて、湖の周りを囲う道路らしきものが、陸地と湖の境を示す線より若干外側に、太めの黒マジックで示されており、その一箇所に、丸印が付けられていた。丸印から伸びた矢印には here と赤いインクで記入がある。きっと、それが新居の場所だろう。メモの右下の隅には、その場所を示す住所らしき文字列が並んでいる。

「しかし、また歩くのかぁ………」

電車でもなく、車でもなく、自らの足で歩く事への疲労感に深い溜息をついた武人は、しかし、それ以外に現状を改善する手立ても無く、渋々と言った様子で、歩みを進めるのであった。

それから武人が新居に到着したのは、夜の7時30分を回ってからであった。

海ノ口駅を発ってから新居まではおよそ2kmの距離があった。それを彼は約1時間かけて歩いた。人間の平均的な歩行速度を考えると倍近い時間をかけたことになる。大きな旅行鞄を手に持っていたのことが、彼の歩行速度を著しく低下させていた。7時を過ぎた辺りで太陽も沈み、薄暗い月夜の下を汗だくになって必死に歩いた。初めて歩く地域の、美しき自然広がる光景に感動する、などという異国情緒溢れた感想は微塵も湧かず、ただひたすらに、ズキズキと痛む両足にムチを打って、まだ見ぬ自室のベッドを求め歩いた。彼は引越し初日にして、この日本の片田舎の町が嫌いになっていた。

加えて、新居に到着して彼が発見したのは、未だに家具の運び入れが終っていない我が家の姿であった。それまで歩いてきた道の左手側に15度程の急な傾斜がある。それを降ると、メモに記されていたその家はあった。普通自動車が2,3台止まれる程度の庭には、アース引越しセンターのロゴが入った中型トラックが1台止まっている。その周囲では、同社の作業服を着た男が幾人か、忙しなく家財道具を室内へと運び込む作業に従事していた。

「………まだ終ってなかったのかよ」

げんなりと呟いて、自宅へ通じる斜面を降りる。すると、トラックの陰から武人の見知った顔が現れた。

「よぉ、やっと着いたか武人。随分と遅かったな」

白い無地のTシャツにジーンズというラフな格好をした中年の男性である。堀の深い目元は、引き締まった威厳のある顔つきを形作っているが、口元に浮かべられた笑みは、人懐っこい子供の様でもある。

「途中で色々とあったんだよ。それよりも、この状況は何なんだよ?」

名前は芹沢義人という。苗字から判断がつくとおり、武人の父親に当たる人物である。

「いやー、悪い悪い、どうやら父さんの手違いで、家具の届く時間が遅れてしまったらしくてな。おかげで今晩の夕食はコンビニの弁当になりそうだなぁ」

肩の上に担いだ電子レンジをポンポンと叩きながら、二カッと白い歯を見せ笑ってみせる。タバコを吸わない彼の歯はくすみの一つも無く、薄暗い夜の空の下にあって、キラリと光って見えた。

「うっわ、何やってんだよ。じゃあ僕のベッドは?」

「悪いが、まだこの中だ」

恨みがましい表情を浮かべ、露骨に非難の眼差しを向けてくる息子に対して、爽快な笑顔を返す父親は、引越し業者のトラックを指差した。後部のハッチから覗く内部には、まだ7割近い積荷が残っている。

「ついでに言うと、お前の部屋はまだ掃除もしてない」

「ぇええ……、マジかよ」

「ああ、すごくマジだ」

その言葉を聞いて、武人は頭を抱え込むようにしてその場にうずくまった。一日がかりの長旅で、ひ弱な彼の身体は限界に達しつつあった。生まれつき心肺機能に疾患を抱えていることに加えて、それが元で運動も好きになれなかった彼は、インドア生活を良しとする典型的なモヤシっ子であった。

「そんなの聞いてないよ。僕はもう、すっごい疲れてるんだからっ!」

「まあ、部屋の掃除は俺がやっておくから、お前はその辺を適当に散歩でもしていてくれ。無理矢理にでも寝るっていうなら止めないが、家の中は埃が凄いから、出切る事なら入らないほうがいいぞ」

「うっわ、最悪じゃん」

非難の言葉を上げる息子に対して、軽い調子で語りかける父親は、その扱いに随分と慣れたものである。突けばすぐに倒れてしまいそうな貧弱な肉体を持つ武人に対して、その父親である義人の体付きは対照的である。シャツの袖から伸びた腕は太く、盛り上がった筋肉が段を成している。シャツの生地を張ってみせる胸板はとても厚く、その筋骨隆々とした肉体は、頼れる男を絵に描いたような姿をしていた。

「さっき近所の人に聞いた話なんだけど、なんでもこの近くには結構歴史の古い神社があるらしいぞ。引っ越してきたついでに御参りにでも行って来たらどうだ? なにかご利益があるかもしれないぞ」

「それだったら、ここへ来る途中で見たよ。実際に鳥居を潜った訳じゃないけど、あんな小さくてボロボロな神社に拝殿したところで、得られるご利益なんて高が知れてるね」

「そんなつまらないこと言ってないで、ほら、小遣いやるから行って来いって。お前も家の中でパソコンばかりやってるんじゃなくて、少しくらい外で遊ぶことを覚えた方がいいぞ」

片手で電子レンジを担いだままの体勢で、義人はジーパンのポケットから財布を取り出した。その中に入っていた野口秀雄の印刷された紙幣を、片手で器用に幾枚かつまみ出し、ごねる武人に半ば無理やり握らせる。

「でも……」

「いずれにせよ家の中は工事中だ。だったら金貰って遊びに行った方が得だろう? 行って来いって。下手に埃を吸って何時ぞやみたいに咳が止まらなくなったら、それこそ目も当てられない」

念を押すように言って聞かせる。確かに、このまま此処に居ても埃にまみれるだけで、何も良い事は無いだろう。荷物を運び込む作業を手伝えと言われないだけマシかもしれない。そう考えるに至った武人は、渋々といった様子で父親の言葉に頷いた。

「ったく、……わかったよ」

こんな田舎に遊ぶところなんてあるのかよ、などと愚痴を言いつつも頷いた息子を見て、義人は再びにんまりと笑みを作ってみせる。家の中には家具も満足に運び込まれて居ないのだ。幾ら駄々を捏ねても現状は変わらない。それは武人にも理解できていた。

「よし、じゃあ荷物の運び込みと部屋の掃除が終ったら、携帯に連絡入れるから、それまで何処かで遊んでてくれよな」

「出来るだけ早くしてよね?」

「まあ、善処するわ」

義人は自らの背後で、家とトラックを行き来する引越し会社の作業員に、チラリと視線を向る。トラックの荷台に残る積荷を目の当たりにした武人は、自らの額を右手の平で押さえて、はぁ、と深い溜息を吐いた。

「そうだ、そんなに歩くのが嫌だったら、お前のバイクもこっちに持ってきてあるから、それで湖を一周してみるのも悪くないと思うぞ? ゆったりと流せば、夜風が冷たくて気持ちいいだろうな。俺は今すぐにでも跨りたいところだ」

義人の親指が指し示す先には、家の軒下に置かれ、灰色のビニールカバーをかけられた自動二輪が二台ある。比較的サイズの大きい方が義人のものであり、それに比べて若干小さいのが武人のものだ。

「嫌だよ。誰があんな変なバイク乗るかよ」

「そうか? 結構高かったんだけどなぁ。新車だし」

「あれは父さんが勝手に買って来たんだろ? 僕が知るかよ」

それは、16歳の誕生日を迎えた去年の夏に、父親の命令で無理矢理に自動二輪の免許を取らされた彼が、公安で免許証を交付して貰ったその日のうちに、間髪を置かずに買い与えられた一台である。そして、義人の強引な提案により、その日のうちに往復300キロという、初心者にはかなり厳しいロングツーリングを強行した結果、武人の二輪嫌いを確実なものへと昇華させた一台でもある。東京という電車網が異常に発達した地域に住んでいたこともあり、彼はそれ以来一度も跨っていない。

「まあ、いつかまた一緒に走りに行ってくれるなら、今は別にいいさ。少し寂しいけどな」

「ふん、あんなの二度と行くかよ」

二台寄り添うようにして立つ自動二輪に、名残惜しそうな視線を向ける父親の言葉を、息子は無碍に切り捨てて言った。幾ら武人が乗らないと主張しても、自身の車体だけに限らず、息子の車体に関しても整備を怠らない義人である。その言葉には嘘のない素直な願望が含まれていることを、武人自身も理解していた。しかし、彼自身にも譲れない事情があるのは、仕方の無い事である。

「まったく、酷い息子だな」

「うるさいよ」

拗ねた子供のように言い放って、武人は父親に自分の荷物を預けると背を向けた。

「この辺の夜道は東京と違って暗いから気をつけろよ」

「わかってるよ。そっちこそ部屋、しっかり掃除しておいてよね」

「任せとけ」

終始笑みを絶やさない父親に軽口を返した武人は、新居に一度も足を踏み入れることなくその場を後にした。そして、そんな息子の背が夜の闇に紛れて段々と霞み消えていくのを確認して、義人もまた自分の仕事に戻った。