金髪ロリ達観クールラノベ 第二巻

エピローグ

場所は白い色の壁と天井に囲まれた病院の一室である。

そこは個室で患者は一人しか居ない。広さは八畳程度だろうか。出入り口より一歩目に白いカーテンが人目を阻むよう掛けられ、ドアを開けてすぐには室内の様子が伺えないようになっている。部屋の最奥に設置された腰の高さからの出窓際より多少の間隔を置いて、患者が横たわる大き目の介護用ベッドは置かれている。出入り口のドアと最奥の窓を結ぶ線に対して垂直にだ。その周囲にはベッドと背の高さを合わせた低めの木製のチェスト、医療機器を載せる為の金属パイプで出来た汎用のラック、それに面会者用のパイプ椅子があった。出入り口付近には個室毎に設置されたトイレに通じるドアが設置されている。ガラス窓を挟んでは外からは暑苦しい蝉の音が遠く聞こえてくる一方で、室内の空調は完璧であり気温湿度共に適切に管理されている。とても過ごしやすい空間だった。

そこで、武人は自分に神妙な面持ちで向かう者達と顔を合わせていた。

「武人……」

自分の名を呼ぶ少女の声に彼は返す言葉を吟味しつつ口を開く。

「お見舞い、来てくれてありがとう」

返されたその一言に、静奈は反射的に小さく身を震わせ顔を俯かせた。

ベッドに上半身を起こして座る武人のシャツの袖は、そこに通すもの無く脇に垂れ下がっていた。時折の身動ぎに生地が揺れる様が、それを見る者に否応無く過酷な彼の今後を思い起こさせては憂悶な気分を誘う。

「武人、我の所為で主をこの様な目に遭わせてしまった。すまん」

室内の空気は重苦しく澱んで感じられた。扉の閉ざされた一室に看護婦の姿は無く、患者の保護者と見舞いに来た客だけが部屋には居た。患者を除いて、その全員はベッドの隣に空いたスペースに立ったままである。

そこに立ち並ぶのは静奈、西光坊、花見月、夢見月、そしてベッドの縁に向き合う彼女達から一歩引いた位置に壁に寄りかかって義人である。個室は患者が生活するに十分なスペースが確保されていた。しかし、大柄なベッドと部屋の入り口に掛けられたカーテンが空間を圧迫していることもあり、それだけの人数が犇いては多少の息苦しさも感じられた。

「別に、謝らなくてもいいよ」

他に先じて声を発した静奈に武人はやんわりと言葉を返す。その様子はとても落ち着いたもので、もしも一昨日以前の彼を知る者が目の当たりにしたのなら、違和感を感じざる得ない素振りである。

「過ぎたことはどうにもならないんだから」

「じゃが……」

「別に僕のこれも、この場の誰のせいでもないんだし」

そういって己の肉体に目を向ける武人。

「………」

それに対して、静奈は答える言葉を持っていなかった。

昨晩、静奈の復帰を見届けて気を失った武人は、慌てた様子の彼女の命じるがままに動いた西光坊により、切断された両腕と共に抱えられて、この病院まで送られたのだった。そこで手術が成されたのが今から十数時間前の出来事である。

彼の両腕は既に接合不可能なまで断面組織が破壊されており、術式はその部位の補修に留まった。お陰で手術自体はそれほどの難度を要しはしなかった。主だった処置としては患部の消毒に神経や血管、骨の末端処理、そして皮膚の縫合である。しかし、それにより正式に武人は己の両腕が二度と戻らないのだと宣言される事となった。

ちなみに、執刀を担当したのは偶然にも宿直として病棟に残っていた、つい数週間前には彼の弾痕の治療に当たった医者であった。この短い期間で二度に渡り奇妙な負傷を負い、最終的には両腕切断という最悪の結末を受け入れざるを得なくなった患者を前にして、彼は術式を終え何を思っただろうか。後に己の担当医として彼と相対した武人は、答えられない怪我の原因を尋ねられて、そんな疑問と共に苦い笑みを浮かべたという。

まあ、そんなこんなで手術を終えて麻酔から目覚めたのがつい数時間前の事である。

目覚めた彼の前には仕事を放り出して駆けつけた義人の姿があった。彼は一晩で変わり果てた己の息子に交わす言葉も思い浮かばず、ただ、その傍に寄り添うしか出来ないでいた。時折、短く交わされる言葉には何と応じればよいのか、息子の目にも明らかな戸惑いと狼狽が見て取れた。それは逆に看護される側の武人が困惑を隠せない程に、普段の彼の振る舞いはかけ離れたものであった。

手術を終える以前より、武人は己の腕が失われたことを理解していたので、麻酔から覚めて嘆き喚くことは無かった。あぁ、やっぱり腕はなくなっちゃったんだな。そんな空虚な感慨が一つポッと出ただけである。色々と多くがあり過ぎた反動だろうか、昨晩には冬の日本海より尚荒く渦巻いた感情も、目覚めてみれば何時の間にか過ぎて、その胸中には知らず一つ心の平穏が保たれていた。勿論、今後を思えば時間の経過と共に不安や後悔は幾らでも沸いて来るだろう。しかし、今この時だけは他に何を感じるでもなく、枝より落ちた枯葉が波の無い水面に浮いているが如く、妙に静かな心持だけがあった。

しかし、そういった彼の物静かな振る舞いは、端から見れば頼り無く揺蕩う蝋燭の火の様なものだ。一つ息を吹きかければ容易に消えてしまいそうな、風前の灯にも似て感じられた。だから、彼を見舞う義人は逆に思考を掻き乱された。翌日には何の便りも無くフッと屋上から飛び降りてしまいそうな、そんな頼り無い平静に思われたのだった。お陰で交わす言葉も少なく、普段からの陽気な義人は形を潜めざる得なかった。

そして、そんなぎこちない親子のやり取りから数刻の後に、病室のドアが叩かれ、今の状況に落ち着いている。四人の見舞い客は武人を病院へ送り届けてから、義人がその元へ訪れ、その後ある程度の間を持つまで、病院の外で武人の様態を思いつつも待機していたのである。

「武人さん………」

静奈に続いて夢見月が口を開いた。

「君達が僕に謝る筋合いは無いんだよ」

繰り返されるであろう謝罪の言葉を遮って武人は言う。

だが、それにも増して大きな声で花見月が叫んだ。

「アタシがっ! アタシがっ! 武人をこんな目に遭わせたんだっ!!」

頬には一筋垂れた涙が光る。

その声量は凄まじいもので、鉄筋コンクリート造の病棟の分厚い壁を挟んで隣室にまで届いているかもしれない。しかし、それに気にした風も無く、武人は構わず淡々と己の言葉を続けた。

「君達が意気消沈してる姿を見てると、僕まで気分が悪くなる。それだって、あの二人から与えられた理不尽なんだよ。だったら、せめて今くらいは贖ってくれなきゃ、僕が頑張った意味が無いじゃないか」

「でもっ!」

花見月がピチャリと汁を飛ばして吼える。

「あの二人を憎むなら未だしも、君達が僕に負い目を感じているのは不快だよ」

そんな彼女に武人は動じる事無く言葉を返す。

「そもそも、僕だって君達に助けられた身の上だし、ただ肉体的な損傷が後に残ってるかどうかの違いがあるだけで、他の部分は君達と全く対等な立場じゃないか。それが僕だけ謝られたって、困るよ」

「けど、その違いは大きいです。私達と武人さんは違います……」

「武人の腕は、もう戻らないんだろっ!? アタシ達とは全然違うっ!」

「だったら、僕だって君達に謝るよ? これでもかって言うくらい、君達が何を言おうと、只管に謝り倒すよ? 君達が傷ついたのは事実なんだから。でも、それこそ自らの傷を掘り起こすようなものじゃないか。意味が無いよ」

「で、ですが……」

彼女達の性格を考えれば、その一言で納得させるなど到底不可能であることは彼も理解できる。しかし、今ここで一言でも謝罪を受ければ、済し崩し的に他の者からの謝罪も受け入れる羽目となるのは明らかだった。それは彼の望むべくで無い。

「武人や……」

返答に倦ねいた様子で静奈は彼の名を小さく呟いた。

既に武人の中では明瞭な答えが一つあった。それは抗うべき対象と自分が取るべき振る舞いである。勝手な横暴に否応無く翻弄された者を咎めるのは違うし、また、自ら咎められることを望むのも違うのだと彼は強く思っていた。それこそ、更にあの二人から与えられた理不尽を自ら感受する行為に繋がる。それはとても腹立たしいことなのだ。

ならばこそ、行うべきは一つである。

「君達は何をしたいの?」

突き放す訳でもなく、また、嫌味を込める訳でもなく、純粋な疑問を前に武人は彼女達に尋ねた。彼女達の願いを聞き届けることで、多少でも、その軋んだ思考の滞りを良くする他にない。

「わ、私はっ……」

急に尋ねられて花見月は言い澱む。

僅か揺れた彼女の身体が、付近に立つ金属のパイプで出来たラックに触れて、その筐体を小さく揺らす。武人の真意を図りかねて、続ける言葉を見失った様であった。隣立つ夢見月もまた開きかけた口を閉ざす。

そんな彼女達の脇にあって、キュッと堅く拳を握った静奈が意を決したように口を開いた。

「我はもう一度、この身を武人の下に置いて貰いたい」

それは決死の覚悟を決めた一兵の如き瞳を向けての懇願である。

「僕の下って………」

真正面に構えられた真摯な眼差しに思わず武人は躊躇した。

「そんなことで静奈の気持ちは治まるの? きっと、僕なんかと一緒にいても良い事なんて何も無いよ? デカイ口を利いた所で、君達化け物に比べれば全然ちっぽけな存在なんだから」

「我は主と共に居られるなら、それだけで満足じゃ。贖罪も何もかも、その中で返せるものを返しとう思う。無論、今言うたような主が嫌がることはせぬ。じゃから、この身をもう一度だけ主の為に使わせてはくれぬか?」

深い赤い色をした大きな瞳が武人を捉える。そこには微塵の揺らぎも無く、ただ只管に彼だけを見つめる強い思いがあった。

「そういうことなら……、僕は別に拒否しないけど……」

真剣な眼差しで問うてくる静奈の姿に、特にこれと言って否定要素の見つけられない武人は首を縦に振って応じた。すると、その発言から間髪置かずして静奈に連なるよう姉妹が勢い良く口を開いた。

「そういうことでしたら、私にも武人さんの今後のお世話をさせて下さいっ」

「アタシもっ! アタシもだっ!!」

身を乗り出すように言う二人の表情は静奈に負けず劣らず切実に感じられた。

「………べ、別に拒否しないけど」

そんな二人に気圧されて、驚いた風に首を起こした武人は同じ言葉を繰り返す。

彼は頷いてから、少なくとも自分と接点を持っておくことが、償いの機会を得る為の彼女達なりの妥協点なのだと、その根底を理解した。ならば、自分もその機会を利用して彼女達に謝罪と感謝を述べれば良いのだと自らを納得させた。

それに今でこそこうして強がっては見せているものの、床に伏した人間にとって、例えそれがその者の所業から来る贖罪であったとしても、己の身を案じてくれる存在が傍らに居てくれること程に心強いものはない。夜になり一人病室に取り残されれば、幾ら心を鼓舞させた所で、否応にも感じる孤独に身を震わせるは聡い彼には容易に理解できた。

特に彼の場合は両腕を失った事による今後に待つ圧倒的な不安を取り除く術を何一つとして持たない。加えて歳若く二十歳にすら達していない。それを思うと彼女達の進言は大きな救いと成り得た。

「……ありがとう」

だから、気付けば自然と口は開かれ、不覚にも武人はそう呟いていた。

それを耳にした姉妹が慌てた様子でその一言を否定して、逆に感謝の言葉を雨霰と繰り返すのは、彼が自らの過ちに気付き口を噤んだ時には既に遅かった。そこから先は互いに礼に礼を返す謝辞の言い合いである。けれど、それで少しは、本当に些細な変化ではあるが、双方の緊張が解けたような気がして、武人は一息ついた気分だった。

「武人……」

そして、そんな彼の姿を静奈は傍らよりジッと見つめる。

ただ一途に熱い思いを胸に抱えて。