金髪ロリ達観クールラノベ 第二巻

プロローグ

周りを深い森と山に囲まれた自然豊かな山岳部の田舎町。耳が痛い程に届いていた蝉の音も足早に遠退き、夕焼け空に虚しく響いていた鴉の鳴き声も今は既に無い。遠き山に日は落ちて、空には一面に広がる満天の星空と、良く肥えた真ん丸のお月様があった。

時刻は夜の九時を少し回った頃合だ。

蝉の音に代わり神社の境内にはジー、ジジーと螻蛄(オケラ)の鳴く音が断続的に響いている。周囲には家屋も少なく、また、唯一面した道路の交通量は、夜のこの時間帯になると零にも等しい。虫の鳴き声以外に音を感じさせない空間は、そこに立つ者の心を癒すかのように、ただ、ゆっくりと流れる時間だけを感じさせた。

「……………良い月じゃ」

拝殿の前に置かれた十数坪程度の広さを持つ広場に、和服姿の少女は立っていた。

身に纏う着物は、無地の淡い青色を基本にして、左の前身頃に地味な百合の刺繍を施しただけの簡素な作りをしている。帯は柄の無い白一色だ。着物生地の端からスラリと伸びた白雪の如き肌色をした四肢が、夜空に浮かぶ月明かりに煌々と照らされて、照明の無い境内に薄ぼんやりと浮かび上がっていた。

境内の広場には少女の他に人の姿は無い。

いや、彼女にしても歴とした狐の化け物である。ただ、今は尻尾と耳を隠して人間の姿をしている。年のころは八歳若しくは九歳といったところか。まだ幼い子供の姿だった。腰下まで伸びた艶やかな黄金色の長髪が非常に特徴的な少女である。

「………今日は満月かぇ」

呟いて背後にある拝殿を振り返った。そして、その前に設置された十数段程から成る石畳の階段の一番下の段にゆっくりと腰掛ける。それは重ねた時間の分だけ土埃に汚れ、至る所に苔を茂らせていた。だが、少女はそれを気にした風も無い。両膝を折り曲げて腕で抱えると、その上に顎を乗せる。

「…………」

特にやることも無く、少女はただそこに居た。

随分と長いことと続けてきた、ただ何をするでもなく時を消費するだけの行為だった。世界に存在しているという機能だけが少女の生である。 盛者必衰の理に従って残された時間をゆっくりと消化する、傍から見れば虚しくも儚い命の末路だった。

紅い瞳が虚空を眺める。

時折弱々しく吹く生暖かい風が木々に茂る葉を揺らし、乾いた音を運んでくる。シットリと肌に纏わりつくような空気が、少女の頬を優しく撫でた。それなりに標高の高い地域であることも手伝って、日が落ちてから気温は随分と下がった。大人しくしている分には汗を掻くこともない。

「静かじゃのぉ」

誰に言うでもなく小さく呟く。

少女の胸中は普段と変わらず至極穏やかだった。別に何を恐れることも無く、また、何を憂うことも無い。流れる時間に身を任せて、移り変わる世の姿を傍から眺める。この地に移ってから遥か昔より変わらぬ平凡な隠居生活の一端だった。

「………本当に静かじゃ」

ただ、そんな彼女の中に、つい最近になって一つ不満が生まれた。

不満とは言っても、それは酷く些細なものだった。別段、速急に解決すべきでもない。ただ、なんとなく物足りないと感じる程度のものだ。けれど、喉に小骨が引っ掛かったかの如く、ふとした弾みで思考を刺激する。

誰か、話し相手が欲しい。

ただ相槌を打つだけの相手でも良いから、と。

睡眠欲や食欲、性欲といった生理的な欲求と比較すれば、有っても無くても大差無い小さな欲だ。その存在自体は何ら問題視する必要も無い。しかし、自分がそういった願いを抱えていると理解してしまうと、何故に自分が? と疑わずにはいられなかった。

孤独には慣れている筈であった。元より友人知人と呼べる間柄の者は居ない。おかげで他者と接する機会も少なく、一人で過ごして来た時間は圧倒的に多い。だが、生れ落ちて元来の性格か、それを寂しいと思うことは過去に一度たりとも無かった。寧ろ、それを好ましい事だと考えていた。

それが、今更になってである。

自分でも度し難い不満の浮上に疑問さえ浮かんだ。この自分が寂しいなどと、会話の相手を求めるなどと、有り得ないことだと考えた。当初は自分の中に現れた不満を司る感情が何なのか、理解さえ出来なかった。けれど、幾ら自問自答を続けようとも不満が消え去ることは無かった。そして、逆に不満を否定しようとすると、かえって強く浮き彫りになった。それが嫌で少女は自然と冷静に自己を振り返り始めた。

そして、つい先日のこと一つの心当たりに辿り着いた。

久しく人間と会話をしたのが、大よそ10日前の出来事である。それから2,3日の期間を、彼女は人の世に混じって生活した。彼女が過去に歩んできた道と比較すれば、ほんの一歩にも満たない時間である。けれど、その僅かな間にあって、彼女の中にある何かが変化を見せたのだった。

間違いの無い感情の変化を前に、その否定を諦めた少女は、己の不満を甘受することにした。決して嘘偽りでなく存在する感情なのだ。否定する術が無い。疑問は尽きないが、有りのままの事実を否定する程に少女も愚かでは無かった。

そして、今夜もまた昨晩と同様に、何をするでもなく人の姿に化けては、神社の境内に腰を下ろしているのだった。

腰を落ち着けた階段の上に積もる砂を指に摘まみ、足元にパラパラと撒いてみる。それは全く意味の無い行為だ。砂は彼女の裸足の上に散って、そのうち幾らかが、サラサラと地面に流れ落ちていった。

「………暇だのぉ」

夜の九時を回って、このような人気の無い寂れた神社に自ら足を運ぶ者は希少だ。滅多な事では話し相手なんぞ見つかる筈も無い。ただ、昼に自ら足を伸ばして話し相手を探すのも何か違う気がして、彼女は毎晩こうして、住処で獲物がやって来るのを待っているのだった。

「まったく、羽虫ばかり寄って来よる……」

勿論、その呟きに返される言葉は無い。

…………筈だった。

「この時季は蚊が多いですからね」

ふと、少し離れた所から声が届いた。

「っ!?」

驚いた静奈が勢い良く背後を振り返る。

すると、拝殿へ続く十数段から成る石畳の階段、その一番上の段に人が一人立っていた。

その者は直立不動で少女を見下ろしている。少女と同じく腰下まで伸びた、限りなく白に近い銀髪が、弱々しく吹いた風を受けて背中で小さく揺れていた。身の丈は凡そ五尺半程度だろうか。背の高い女性だった。色白で凛々しい顔の作りをした美女である。

どういう訳か場違いにも燕尾服を身に纏い、その様相は良く出来た執事の如くだ。ズボン、背広共に夜の闇よりも尚暗い漆黒である。対して真っ白なシャツと、その襟首にちょんと乗った白タイが月夜の薄暗がりに己を浮き上がらせて自己主張していた。幾ら日が没した後とはいえ、夏の日本にあっては気が狂っているとしか思えない正装である。

「何者じゃ?」

知らぬ間に背後を取られたことに驚いて、ゆっくりと立ち上がった少女が油断無い口調で彼女を見上げ尋ねた。そこには明らかな警戒と僅かな敵意が見て取れる。少女の脳裏には、つい数日前の出来事が甦ったのだった。

「貴方が静奈様ですか?」

「………何の話じゃ?」

質問に質問を返された少女が眉を顰める。少女は自分の名を口にした者に一切の心当たりが無かった。

「もしも違っておりましたのなら、人違いでした。申し訳ありません」

少女の対応を受けて、その者は腰を浅く折って小さくお辞儀をする。

口調そのものは硬いが、そこに敵意や殺意の類は感じられない。

一見して害意は無さそうだった。

「…………」

勝手な憶測が幾重にも少女の脳裏を駆け巡る。何よりも理解出来ないのは自分を様付けで呼称することか。対応に悩んだ彼女は口を閉ざしたまま相手を見つめる。月明かりに照らされて闇夜に浮かび上がったその姿は、可笑しな話だが、妙に懐かしく感じられた。

「この辺りで、静奈という名の方をご存知ではありませんか?」

「知っていたらどうする?」

「是非とも教えて頂きたいと思います」

「何故じゃ?」

「その方を探しているからです」

「理由は?」

「私にとって大切な方だからです」

少女の問いに、相手は何の躊躇も見せずにスラスラと答えた。

「………大切じゃと?」

「はい、大切な方です」

人を探す動機としては十分だが、探される本人としては逆に要領を得ない回答だった。

とは言え、相手に悪意は感じられない。寧ろ今の説明を信じるならば、逆に好意的に思われていると考えて良い。自分に危害が及ぶ事は無いだろうと結論付けたところで、少女は頭上の相手に少なからず興味を抱き始めていた。

何よりも、つい先ほどまで望んでいたものが、こうして自ずとやって来たのだ。これを利用しない手は無い。

「そうじゃな、知らんこともない」

「本当ですか?」

「ああ、本当だぞぇ」

相手の出方を伺うように、少女は勿体振った態度をとってみせる。

「では、是非とも教えていただけませんか?」

「それは構わぬ、しかし、タダでは無理じゃな。我も代わりに一つ見返りが欲しい」

「私に叶えられる願いでしたら何なりと」

右腕を胸に当てて迷い無く頷いてみせる。探し人の情報を得られると知って、自然と足が一歩前に歩み出ていた。彼女に取っての静奈とは、余程大切な存在らしい。だが、今一度己の過去を振り返った少女は、しかし、やはり身に覚えの無いことだった。

「ならば頼もう」

藪を突けば何が出るのか、少女は柄に無く興奮した様子で言葉を続ける。勿論、そんな素振りは外に出さない。有り余る暇を持て余していた彼女にとって、自分を知る正体不明の存在は何よりの娯楽と成り得た。

「暫く我の話し相手になってはくれぬかぇ?」

「話し相手……、ですか?」

突拍子も無い少女の願いに相手も訝しげな表情を作る。

「駄目かぇ?」

「い、いえ、私で良いのでしたら構いませんが」

相手の機嫌を伺うように慌てて取り繕う。

「そうか、ならば教えてやろう。我が持つ取って置きの情報じゃ」

「はい」

少女の言葉を受けて、長身の女性は真剣な眼差しで続く言葉を待った。

敢えて間を置くように口を閉ざした少女の背後から、木崎湖の湖面を挟んで、電車が踏み切りを通過する音が聞こえてきた。背の高い建物が少ない木崎湖周辺では、遮蔽物に遮られる事なく音は広く遠方まで響く。ガタンガタンと規則的に刻まれる踏み切り音が小さく二人の耳にも届いた。

「…………」

その身に纏わりついて飛び回る羽虫を気にした風もなく、相手は微動だもせずに少女をジッと見つめていた。何が彼女をそこまで駆り立てているのか。己の理解が及ばぬその態度に満足した様子で、少女はそっと自分の名を伝えた。

「我が静奈じゃ」

生暖かく湿った風が吹いて、二人の長い髪を音も無くサラサラと揺らした。