金髪ロリ達観クールラノベ 第三巻

第一話

ガラス窓を挟んで尚も届く壮大な蝉の音に武人は目を覚ました。

「…………ぅ」

ミーンミンミンという夏の風物詩に乗って盛り上げられる茹だる様な外気の熱も、冬季に備えて設置された厚い二重窓を挟んでしまえば、まるで遠い世界の出来事の様に感じられた。

彼の居室は四六時中をエアコンが稼動しており湿度気温共に文句無く整えられている。それは両腕が不自由である為に、一人では満足に汗を拭う事も適わない彼の現状を憂いた義人の言葉に因るものだ。当の本人は電気代が勿体無いと進言したが、親父はそれを良しとしなかった。お陰で身に纏うパジャマには汗の染み一つ無く、肌はサラサラと指が滑る程である。

ただ、それで尚も小さく響く蝉の鳴き声だけが鼓膜に響いては脳の覚醒を促す。

「んっ……」

小さく身動ぎ一つして瞼が上がる。

すると、些細な気配の変化を敏感に察した静奈が即座に彼の元へと身を寄せた。

「武人、起きたかぇ?」

彼が眠る介護用ベッドは、マットレスの上辺が直立する静奈の下腹部に位置する聊か足の長い寝台だ。背上げや脚上げ、高さ調節等の一般的な機能を有している。その金属で出来た転落防止用の縁に両手を置いて、彼女は横たわる彼の目覚めたばかりの朦朧とした顔を見つめる。

「おはよう……、静奈」

「おはよう、武人」

静奈は武人の言葉に応えて小さく笑みを浮かべた。

「今日も雲ひとつ無く晴れた良い日じゃ」

「そうみたいだね、カーテンの合間から見える窓の外が凄く明るいよ」

「うむ、お天道様も随分と高いからの」

彼女は彼が病院に入院してる間を、そして、一昨日に退院してこの家に居を移してからをも、只の一度として傍らより離れる事無く絶えず共に居た。起床後に朝食の席へ望むところから始まり、一日を終えて布団に潜るまでの間を、それこそ便所で用を足すにしても、入浴に際してもである。

そこには彼女が彼を思う並々ならぬ思慕の情が溢れていた。

今にしても彼女は武人が起きる前に意図して先じ目覚め、自分の布団をクローゼットへ仕舞い込んでは、その脇で彼が目覚めるのを待っていた次第である。ちなみに、彼女の斜め後ろには同様に控えた西光坊の姿がある。二人とも平生よりの着物に燕尾服という出で立ちだ。

「今、何時かな?」

最近になって急速に鍛えられ始めた腹筋で上半身を起こしながら武人が問う。

夏休み期間中ということもあって、朝に目覚まし時計が鳴る事は無い。睡眠時間は就寝時刻から始まり望むがままである。この勝手気ままな生活習慣は、学生ならではの特権であろう。

「今は昼の十一時を少し過ぎたところじゃ」

「十一時か……」

「うむ、そこから僅かばかり振れてはいるが、それも二、三分のことじゃ」

彼の勉強机の上に置かれた置き時計の針先を確認して静奈が応える。

本来ならば枕元に置いておくべきそれが遠く離れてそのような位置にあるのは、細々とした物が頭の周りに合っては危ないと言う静奈の意見に因る。武人を己の主人として、その望む全ては自分が叶えるのだと誓った静奈が、彼の身の回りの面倒を全てみると宣言したときより、置き時計を含む多くは彼女の手により配置換えされたのだった。

だから、時刻は彼女に聞けば返って来る。

「ちょっと寝坊しちゃったみたいだね」

その返答に武人は何気無く呟く。

すると、彼の一言に静奈はしゅんと肩を落とした。

「すまん、それは我のせいじゃ……」

その様子は今し方の笑みが嘘であったように急な変化であり、とても儚げなものだった。その頭にツンと尖る三角の耳が、お尻に毛長な尻尾が顕現していたのなら、共にしゅんと力無く垂れる様が拝めたことだろう。

先の件より静奈の武人に対する感情の変化は、其れまでと比較して凄まじいものがある。彼に褒められれば、それこそ地の果てまで飛んでいきそうな程に喜び、彼の言葉に陰りが見られたとあらば、まるで自らの死に直面したかの如く気を落とす。何事にも動じない威風堂々とした過去の彼女が嘘のようである。しかも、其れは以前のような己を演じての事ではなく本心からの現れなのだ。

「い、いや、まあ、あれは僕のせいでもあるんだけどね」

「しかし、我が望まなければこうはならなかった」

「それだったら少なからず僕だって望んでのことなんだし、一概に君を責める事は出来ないよ。っていうか、僕はもとから君を責めるつもりで言ったんじゃないから、そんな些細な事を気にしないでよ」

「で、でも我は主の制止の声も聞かずに己の欲だけを優先して……」

「僕だって最後のほうは君を気遣う余裕が無かったから、お互い様だよ」

「じゃが……、それでも我は……」

「それにほら、僕も気持ち良くなれたし、まあ、その、良かったと思ってるんだから」

気落ちした静奈の姿に武人は慌てて言葉を続ける。

「だから、そう卑屈にならないでよ」

放っておくとそのまま身を投げてしまいかねない雰囲気があったからだ。

すると、そんな彼の言葉を受けて静奈は感極まった様子で無理矢理に笑みを浮かべる。

「武人、武人は……本当に優しいなぁ……」

彼としては昨晩の事実をそのまま口にしているにも関わらず、静奈はまるで慈悲深き観音を天上に臨む教徒が如く、尊敬と敬愛の眼差しを持って彼を見つめる。そこには敬うべき対象に己の全てを差し出すかのような献身の身心が見て取れた。

「我を許してくれて、ありがとう」

眦には薄っすらと涙さえ浮かべて、彼女はぺこりと大きく頭を下げて礼をする。ふわりと軽く宙を舞った黄金色の長髪が、窓から差し込む陽光を反射してキラキラと眩く輝いては天使の輪をそこに浮かべた。

「昨日は沢山の精を中に出して貰って、我は天に昇るほど幸せじゃった」

正面から武人の目をジッと見つめて、頬を良く熟れたリンゴの様に真っ赤に染めた静奈が言う。熱く潤んだ深い赤色の瞳は彼を除いて周囲のものなど何一つ目に入らぬといった風に、ただ只管に武人だけを捉えてくる。

「ありがとう、武人」

そこに込められた思いは如何程のものか。

昨晩の行為を言葉にされて武人は顔が熱を持つのを感じた。

自分はロリコンじゃない。そう自らに幾ら繰り返し言い聞かせたところで、静奈本人を前にしては、彼女に段々と引かれ始めている己の思いを打ち消す事が出来なかった。兎にも角にも可愛らしいのだ。

「ぼ、僕のほうこそ気持ち良くしてくれてありがとう」

だから、慌てて変な事を口走ってしまう。

「我のほうこそ武人に存分に気持ち良くして貰ったのじゃ。幾ら感謝しても足りない程だぞぇ。だから、我はこの世で一番の幸せ者じゃ。主に情けを掛けて貰える事に勝る幸福なぞ、この世にあるものか」

「それは……、流石にそれは言い過ぎだと思うけど」

「いいや、言い過ぎなどでは無いぞぇ」

端で聞く者に取っては拷問以外の何物でもないやり取りが二人の間で交わされる。それを静奈の背後より眺める西光坊の心境は察して推し量れるものではない。それでも口を閉ざし黙って仕えているのは彼女が静奈の従者だからだろう。昨晩も彼女は真夜中に嬌声が漏れる便所の戸の前で小一時間を直立不動のまま過ごしたという。

だが、そんな主人と主人の主人が交わす言葉も数が重なり、再び情に流された静奈が武人の身体を求めてベッドに身を乗り出し始めれば、流石に朝っぱらから事に至るのはどうかと、彼女の重い口も開かれる事となる。

「あの、静奈様」

おずおずといった様子で彼女は進言する。その視線の先にはいつの間にか場所を移し、両足を投げ出しベッドに座る武人の上に腰を落とした静奈の姿があった。日本古来の人文化に従い、平素から着物の下に下着をつける習慣の無い静奈の秘所は、裾の短い寝具を纏う武人の膝小僧へと執拗に擦りつけられ、いつの間にか甘く薫る愛液に濡れては、ネチョネチョと厭らしい音を立てていた。また、その唇は目の前の相手のそれと重なり合い、互いに舌を絡ませては熱心に粘液の交換を行っている最中である。

武人にしても静奈が擦り寄って来た時より頭では断ろうと考えていた。朝起きて布団から出てもいないのにこんな事は駄目だよ、と。しかし、いざ本人に触れられてしまうとそれまでなのだ。抗う事の出来ない彼女の魅力に理性は容易に駆逐されて、本能が勝手に身体を動かし始める。また、今が目覚めたばかりという事もあって、下半身の一物は自意識に関係なく準備万端であった。

「少々、よろしいですか?」

「なんじゃ?」

己の風体を気にした風も無く静奈は従者の言葉に脇へ顔を振る。

互いの舌先の合間に掛かる唾液の橋が切れて、その雫が静奈の手の甲にポタリと落ちた。それを愛おしそうに真っ赤な舌で舐め取っては、良く味わうようにして口の中で転がし、ゴクリと音を立てて喉奥へと送る。

「つい先程に夢見月が寄越した連絡なのですが」

「夢見月というと……、昼食のことかぇ?」

「はい、今から事を始めますと場合によっては昼食に支障が出るかと」

十数分前に部屋を訪れた姉妹の片割れを思い起こし西光坊は言葉を続けた。

彼女の主の性欲、というか、武人に対する執着は凄まじいものがある。他者に対しては以前と同様に素っ気無い態度を通しているが、一方で彼に対しては僅かな感情の昂ぶりにも激しく身体を火照らせ、それこそ彼が許せば一昼夜に渡って腰を振るい続けかねない程に強く身を寄せている。そうでなくとも平時より僅か数歩と離れる事無く、まるで呼吸をするように肌を触れ合わせている仲なのだ。今を放っておけば、優柔不断な武人の性格も手伝って夕食まで盛り猛るに違いない。

それを憂いての、西光坊なりの判断だった。

彼女としては静奈が武人と交わること自体に問題を置いてはいない。寧ろ主人が楽しみ、主人の主人も楽しむとあらば勧奨する事はあっても否定など万が一にも無い。しかし、武人が人の身である以上、ある程度の整った生活習慣はその健康を維持するに必要である。それを理解した上での冷静な見地からの助言だった。

「それに武人様は朝食を抜いておられますから、加えて昼食まで遅らせる訳にはいかないかと思います。ここは一つ互いの気持ちを収めまして、食事を取ってから至るよう進言致します」

「う、うむ……、確かにそうじゃな」

至極全うな西光坊の意見に静奈は意表を突かれた様子で頷いた。

武人の健康問題を出されては彼女も肯定する他無いだろう。

「ですから暫しは身支度に時間を回すべきかと愚考します」

「武人、それで良いか?」

「う、うん。じゃあ、それでお願いするよ」

鼻先が接しそうな程に顔を近づけて問うて来る静奈に、西光坊の言葉を受けて微かながら理性を取り戻した武人は顔を引いて応えた。また人前で静奈と至りそうになった。そんな羞恥心から自然と顔が赤くなる。

「では起きる支度をしよう、まずは服を着替えねばならんぞぇ」

そう言って静奈は武人の唇に浅く己の唇を重ねると、素直に彼の膝上から降りた。そして、不意の口付けに彼が狼狽しているうちに、クローゼット内に設置された衣装棚から適当な衣服を見繕い彼の元まで運んでくる。その辺りの荷物は部屋にある他の家具も含めて大半が木崎湖の畔に立つ新居より運び出したものだ。この部屋にあって新しく購入したのはベッドくらいだろうか。

ちなみに、半倒壊した新居から仮住まいへの荷物の運び出し及び運び入れは、ほぼ全てを静奈を筆頭とした化け物勢が行った。義人は当初より業者の利用を予定していた。しかしその話が病室で出た折に、ならば我々が、と名乗り出たのが彼女達である。そして、最新鋭の装備に身を包む引越し業者一個大隊を相手にしても何ら遜色無い勢力を誇る化け狐達は、義人が受けた見積りに明記された作業時間を遥かに凌駕する高記録を残して転居作業を終えたのである。お陰で芹沢家が負担する費用は大型トラックのレンタル費だけに済んだ。ただ、人通りもそれなりである転居先の街路にあって、年半端な少女が大人でも三人掛かりの大箪笥を一人で抱える姿が、そこに暮らす周囲住民の目にどう映ったかは知らない。

「今日着る服はこれで良いかぇ?」

目覚めてからベッドの上に、上半身を起こしただけの体勢で座る武人の下へ、彼の着替えを手にした静奈が小走りに戻り来る。トテトテと肌着を両手に抱えて駆ける態は、母親の手伝いをする娘子の如く映り非常に可愛らしい。

その両手に掲げられているのは胸部に花柄の入った黒い半袖のTシャツと、特にダメージ加工等の入らない濃い青色をしたストレートのジーンズだ。武人はあまり衣服に拘る人間ではないので、それが東京にいた頃から平素よりの格好である。上下にベルトを加えても、諭吉が一枚飛ぶか飛ばぬかといった所だろう。

「それでいいよ、ありがとう」

「では着替えよう。此方を向いて縁に腰掛けて貰えるかぇ?」

「うん」

既に両腕を失ってから二週間が経過している。当初こそ何をするにも苦労が絶えなかった武人だが、今は幾分か慣れた様子で器用に足を使い身体の向きを変える。そして、寝台の縁の中央部に取り付けられた転落防止用の柵を避けて両足を床に下ろした。

片手に持ったジーパンを武人の座る隣に置いて、シャツだけを手にした静奈の身体が宙に浮く。寝台に座ったままの彼と床に立つ彼女とでは頭二つ分だけ武人の方が大きい。しかし、その差を静奈は己の身を浮かす事で零とした。過去には武人の身の回りの世話を一手に引き受けると豪語する彼女に、武人や義人は身体的な理由から難しいのではないかと言葉を返した。しかし、それも人外の化け物が有する圧倒的な身体能力と特異な術を持ってすれば大した不利には成り得なかった。

「まずは上を着替えるぞぇ」

「頼むよ」

一言断りを入れて静奈が武人のパジャマを脱がせる。パジャマとは言っても上に着ていたのは只のシャツなので腕の無い彼の身体構造からすれば、腰元の裾を両手で持って上げれば、それだけで簡単に脱がす事ができる。

ちなみに、彼女の従者である西光坊はそんな二人の様子を傍らから眺めているだけだ。

というのは、以前に主人を手伝わんと手を出した彼女に、武人の身の回りの世話は全て己が行うのだと静奈が言葉を返した事による。彼女にしてみれば彼と触れ合う機会というのは、それが何であれ尊いものであった。

「よし、次は下じゃ。立って貰って良いかぇ?」

「うん」

シャツを取り換え終えた静奈は、次いで立ち上がった武人の腰元へ顔を向ける。

彼が履くパジャマのズボンは裾が膝の辺りで裁断された丈の短いハーフパンツである。腰周りはゴムで締められており紐通しが存在しない。なのでシャツと同様に生地を掴んで下ろせば簡単に脱がす事ができる。夜に一人で便所に起きても苦労しないようにとの義人の配慮だった。

「ぬぅ、やはりこれが引っ掛かるぞぇ」

しかし、いきり立った性器が邪魔をして、ただ引っ張るだけでは下ろせない。羞恥から顔を赤くした武人が今にも消え入りそうな声で呟く。それは病院を退院する前から延々と繰り返されてきたやり取りながら、どうしてか当初よりの新鮮味が失せていないから不思議なものである。

「ごめん。でも、これは男の生理現象だからさ……」

「い、いや、別に我は武人を非難したわけでは無いぞぇ。勘違いしないで欲しい」

「うん」

薄い綿の生地越しに感じる武人の雄に静奈は物欲しそうな顔を浮かべながら、ゴムを大きく伸ばし肉棒を迂回させてズボンを床まで落とした。西光坊に咎められた手前、残るトランクスを下ろす事は適わない。しかし、我慢も難しい静奈は妥協として、その薄い生地越しに顔を強く押し付けると、大きな深呼吸と共に彼の股間の匂いを嗅ぎ始めた。

「ちょ、ちょっと静奈っ!?」

「武人の匂いを我の内へ溜めるのじゃ」

「い、いや、溜めるって、それはなんか色々と間違ってるよ」

「でなければ、昼食の間を我慢する自信が無い」

「というか、そんな事されたら僕の方が我慢できなくなっちゃうんだけど……」

「あぁ、とてもいい匂いじゃ」

「あの、静奈様?」

「ぅう、分かっておる。少しだけじゃ、少しだけ許してくれ武人、お願いじゃ」

「わ、分かったからそんな目で見ないでよ」

「おぉ、ありがとう武人っ! 本当にありがとう武人っ!」

「…………」

武人の股間に顔を埋めて、静奈は幸せそうにスーハースーハーと呼吸を繰り返す。その様子を両腕を持たない武人は成す術も無く見つめる事しか出来なかった。静奈は彼に抱きつくように両腕を相手の背面へと回していた。その必死な様子を前としては、彼も本気で嫌がるような真似は出来なかった。そして、それは彼が彼女に惹かれ始めているからこそでもある。自身の優柔不断な様を理解して心中一つ溜息をついた。

そして、その間にも生地越しに竿の裏筋で感じる静奈の唇の感触が、否応無く興奮を高めさせる。口や鼻から吐き出される息に篭った熱が彼の性器を更に硬く強張らせた。もしも自分に腕があったのなら、すぐにでも彼女を押し倒していただろう。脳裏に浮かぶ客観的な想定が、僅少だけ残った理性を動員させて、武人に最後の一歩を踏み留まらせていた。

それから程無くして武人の着替えは無事に何事も無く完了した。

両腕を失った武人は洗面所で顔を洗うにも静奈の助けが必要だった。

身体障害者はこういった地味なところで大変だな、とは身体に不自由を持つ誰もが一度は思う事である。ご他聞に漏れず武人にしても、もしも静奈達の介護が無かったら、と考えると背筋が寒くなる思いである。

「痛くないかぇ? 大丈夫かぇ?」

その問いに彼は言葉無く頭を縦に振らして応えた。

金属の鎖に繋がれた栓を落として八分目まで水を張った洗面槽に顔をつける武人。その背から多少の間隔を持って身を重ねるよう肉体を浮かせた静奈。後者は前者の後頭部の両側から左右の腕を突き出し前面へと手を伸ばす。そして、相手の様相を背後から肩越しに顔を覗かせては伺いつつ、洗面槽に沈めた小さな手で慎重に相好の凹凸を撫でるよう面を洗う。その挙動はまるで不慣れな二人羽織の如くであった。

それを武人の息が続くだけ続けて、幾回か繰り返せば朝起きての洗顔は終えられる。

「ありがとう」

静奈に顔をタオルで拭かれながら感謝の言葉を述べた。

「我が武人の世話をするのは当然の事なのだから、感謝される謂れはないのじゃ」

「いや、君がそう言ってくれたとしても、僕は礼を言わざるを得ないよ」

もしも彼女が居なかったのなら、今頃は顔より尚汚い両足に、碌に水気も含まぬタオルを挟んで、床に座り込み必死に汗を流して顔を拭う自分が居ただろう。そう考えただけで、静奈の存在は今の自分にとって肉体的にも精神的にも大きな拠り所となっているのだと、武人は一人静かに理解していた。そして、常に彼女が傍らに居てくれるのだという余裕もあって、彼は冷静に自分の静奈への依存が日に日に増してゆくのを感じていた。

「もしも君が居てくれなかったのならって考えると、幾ら感謝してもし足り無いよ」

「じゃが、我はいつ如何なる時も必ず主の隣に居る」

「それでも僕は未熟者だから、もしもを考えずにはいられないんだよ」

そういう訳で、行為に対する純粋な礼と言う意味合いが多くを占めるには違いないものの、出来る限りのところで線引きをして置きたいとも考えているのが、こうして事有る毎に彼が感謝の言葉を返す理由の一端でもある。

「だから、ありがとう」

「ぬぅ……、ならば、その言葉、ありがたく頂戴するぞぇ」

そして、そんな彼の心情を薄々だが理解する怜悧な静奈は、誰にも気付けぬ秋毫の陰りを心の内に秘めては、一縷の悄然をも面に浮かべること無く振る舞い、小さな笑みと共に頷き応じた。

「どこか拭き残しはあるかぇ?」

「いや、完璧だよ」

「よし、それでは昼食の席に向かうとしよう」

不器用な二人羽織を終えて、宙に浮いた状態からストンと床に足を両足を落とした静奈は、両手に持つタオルを背後に控える西光坊に手渡すと、正面に立つ武人を先導して洗面所を後とする。そして、ビニール張りの小部屋から廊下へ出た彼女は、続く武人の後ろへ小走りに回ると、いそいそと洗面所の扉を閉める。それから、すぐさま先行する彼の前に躍り出てはリビングへ続く扉のドアノブへと手を掛ける。

それら一連の挙動は小さな子供が一生懸命に親の手伝いをするかの如く感じられて、介護される立場ながら武人は微笑ましく思うのを止められなかった。自然と口元には笑みが浮かんでいた。

「しかし、エアコンという機械は本当に便利じゃのぉ」

リビングへの敷居を跨いで、涼しげな乾燥した空気に触れた静奈が感心した様子で言葉を発する。床板から足の裏に伝わる感触さえ廊下と室内とでは異なって感じるのだから、慣れない者には違和感も当然だ。

「世に生み出されてから百年と経っていない道具なのに、今じゃこれが無いと社会が上手く回らないくらい浸透してるからね。どれだけ便利で影響力のある道具か分かるものだよ」

「我もこれに慣れてしまっては、再びあの神社へ戻る自信が無いのぉ」

「あの神社って、木崎湖の畔の?」

「うむ、そうじゃ」

部屋へ先に入って一歩脇へ退いた静奈はその後ろから武人が入ってくるのを待つ。それは彼が通った後で扉を締める為である。そこで、目の前を横切る彼からの語り掛けに何気無く頷いた彼女は、間髪置かずにハッと何か気付いた様子で声を慌てさせた。

「ぬぁ、ち、違うぞ武人っ! 勿論、武人を放り出して帰るつもりなど毛頭無いから勘違いはせんでくれよ? 我は今後一生を主と共にあると約束したのだからな。それは絶対に違わぬぞぇ」

「うん、ありがとうね」

「ただ、ちょっと便利じゃのぉと、そう思っただけじゃ」

「その辺は理解してるから大丈夫だよ」

武人としては寧ろ静奈があのような襤褸屋で如何に暮らしているのかが疑問であったのだが、そのような彼の憶測に彼女の思考が至る事は無く、静奈は倉皇として自己釈明の言葉を繰り返していた。武人が絡むと人が変わったようである。

「ぬぅ、変な事を言ってしまったのぉ……」

慌て調子の静奈によってパタンとリビングの扉が閉じられる。すると、その音にキッチンに立っていた花見月と夢見月が反応した。もしも頭に狐耳が乗っていたのなら、可愛らしくピクリと震えては二人のいる方向を捉えていた事だろう。

人間と比較して耳が良いのだという化け狐の二人が、リビングの敷居を跨いでから交わされた武人と静奈の会話の声に気づかなかったのは、それだけ料理に集中していたからだろうか。若しくは二人にしても話に夢中であったからだろうか。

「あ、おはようございます」

「おはよう武人っ!」

二人とも調理器具を片手にキッチンカウンターの前でなにやら作業をしている。昼食の支度をしているのは間違い有るまい。仄かに鼻腔を刺激するは玉葱が含む二硫化プロピル、硫化アリルといった硫化物による刺激臭だろう。仮住まいのマンションも木崎湖の新居と同じくカウンターキッチンにダイニング、リビングと隔てなく続いた間取りである。細かい所では無論のこと異なっているが、大まかな作りは似ていると言える。

「おはよう、花見月、夢見月」

「昼食は武人も一緒じゃ」

「はい、もう少しで支度も終わりますので、申し訳ありませんが暫くお待ち下さい」

「今日の昼は串カツだっ! 沢山食べて暑さを乗り切るんだ!」

例によって夢見月は花見月の手伝いに過ぎず直接調理に手を出す事はしていないが、それでも、簡単なところから少しずつ勉強を始めているらしい。朗らかな笑みを浮かべる二人に頷いて武人は静奈が引いてくれたダイニングの椅子へ腰掛けた。ちなみに西光坊は洗面所で武人の顔を拭いたタオルを受け取り、昨晩より溜まっていた分と合わせて洗濯機を回している。

「串カツかぁ、寝起きには少し厳しいかもなぁ……」

山と詰まれたキャベツの千切りと、その隣にでんと盛られた厚衣の豚肉を幻視して、自然と武人の声色から力が失われる。元より小食な彼からすれば串カツは余程に腹の減った夕食時でもなければ自ら手を伸ばす事は無い。

「武人、しっかり食べないと夏バテするぞ?」

「分かってはいるんだけど、なかなか口で言う割に体現するのは難しいものだよ」

「ならば我が喉越しの良いものを他に作ろうかぇ?」

「いや、折角花見月が作ってくれているんだから、ちゃんと食べるけどさ」

とはいえ、流石に此処で彼女手製の昼食を断る事はしない。

「食後には夢見月が頑張って作ったデザートもあるから、頑張って食べような!」

「うん、分かった」

「あの、申し訳ないのですが、あまり期待に応えられる様な出来でもないのですが……」

「大丈夫だって、アタシが保障する」

「で、ですが……」

義人が耳にしたのなら、面倒見て貰っている分際で何を生意気な口を利いているんだ、と怒声と共に拳骨が飛んで来そうなやり取りを交わしつつ、武人は昼食の完成を席について大人しく待った。武人が腰を落ち着けたのを確認して、その傍らに寄り添っていた静奈もまた隣の席に座る。

武人が病院を退院して以来、この家で三度の食事の支度をするのは花見月と夢見月の仕事となっていた。これは武人の身の回りの世話を全て見るのだと静奈が頑固一徹に主張した結果、ならばせめて食事の支度だけは自分がやるのだと、これまた頑なに譲らなかった花見月の意思に因る。

花見月と夢見月にしても仕事が無い間は多くの場合で武人の傍らに居る。ただ、静奈とは異なり毎夜は宛がわれた一室で二人仲良く枕を並べている。当初は静奈がそれを口にしたのと時を同じくして、彼女達もまた同様に武人と同室での寝起きを願い出た。しかし、部屋の面積的な都合もあって、幾時間もの協議の末に却下となった。西光坊を除いて他は身体も小さく何とかなら無い事は無い。しかし、武人の身体の不自由を考えると、あまり密集して布団を敷くのもどうか、という結論に落ち着いたのだった。流石の彼も自分が眠るベッドの横に年半端な少女をずらり並べるのは精神的に抵抗があったのだ。静奈の所在に関しても、実際は幾重もの妥協の末である。これも過去に照準を誤り便器を便座まで尿でビショビショに濡らしてしまうという過失が無ければ拒否する事が出来ただろう。引越し先のこの賃貸マンションは4LDKの間取りであって、花見月と夢見月、静奈と西光坊が部屋を共にすれば個室は十分に行き渡るのである。

ちなみに、ここで静奈が優先して寝室を共にしている理由は西光坊の存在に尽きる。自分は西光坊の主人であり、武人の身を守るには西光坊の存在が必要だと言う彼女の言葉を受けては、姉妹もまた頷く他になかった。現在考えられる最大の敵であるマシューは姉妹が二人揃っても敵うかどうか分からない。対して西光坊はそれを一撃で沈めた実績を持つ。この差は大きかった。

トントントンと規則正しく包丁が振るわれる音、じゅうじゅうと油にカツが揚がる音、和やかな生活音を背景に暫しを会話を交え過ごすと、ややあって、姉妹の手により昼食の支度は整った。

洗濯機を回した後で、ついでに水周りの掃除をしていたのだという西光坊を迎えて、ダイニングには義人を除く五人が揃う。マシューによって壊されたそれに代わり新たに購入したダイニングセットは六人掛けだ。全員が揃って一同に肩を並べる事が出来る。武人の両側には静奈と西光坊が座り、対面には花見月と夢見月が肩を並べる。一つ空いた席が義人の席だ。少々特殊な職に就いている彼だが、基本的に日中は仕事へ出かけているので留守である。

卓上には所狭しと皿が並べられており、絨毯の様に敷かれた千切りキャベツの上に、花見月によって作られた大量の串カツが並んでいた。どれも油鍋を上がったばかりの熱々で、エアコンの良く効いた室内にあって揺ら揺らと湯気を立ち上げている。また、メインディッシュと比べれば数は少ないが、皿を別として鯵やハム、鶉卵のフライなども見受けられた。

「さて、それじゃあ食おうっ!」

両手を合わせた花見月が例によって音頭を取る。

「頂きます」

「「「頂きます」」」

時折、静奈が夜這いを掛けて、場合によっては姉妹も巻き込んで、盛大な夜の運動会が行われることがある。そうして武人の睡眠時間が減った際には、今朝の様に朝だけを姉妹と義人で済ませることもある。しかし、基本的には平素より、朝からこの挨拶を欠く事は無い。芹沢家における毎日三度の儀式だった。

「武人、どれが食べたいかぇ?」

自分の皿へ何かを取り分ける前に、まず静奈は箸を片手に武人へ尋ねる。

「じゃあ、とりあえず串カツをお願い」

「うむ、了解じゃ」

両腕が不自由な彼の食事の面倒も静奈が率先して行っている。

「では、初めは少し小さめのこれにしようかぇ」

まさか己が主人だと認める者に、犬畜生の如く皿へ直接顔を埋もれさせて食事を取らせる訳にはいくまい。彼女は食卓において、大皿から武人の指定したものを小皿にとりわけ、それを口元まで運ぶという動作を延々と繰り返す。なので、自然とそれに合わせて他の者達の箸の進みもゆっくりとしたものになり、それまでと比べると同家の食卓の時間は倍以上に延びていた。

何しろ静奈は武人がお腹一杯だと言うまで決して自分の食事に手をつけないのだ。彼女は後で一人で食べるから良いと言うが、まさかそれを許す訳にもいかず、武人の心の平穏もあって、誰が言うまでも無く自然とそうなっていた。まさか彼女一人で冷たいご飯を食べさせる訳にも行かない。そして、花見月や夢見月にしても己を振り返れば静奈の行いを否定する事は出来なかった。だから此処最近では、彼女のご飯は武人が全てを食べ終えてから盛られる都合となっている。

「串に刺したまま齧り付くかぇ? それとも箸で取り分けた方がいいかぇ?」

「じゃあ、折角の串カツだし齧り付くということで」

「そうじゃな、分かった」

当初は、まだ顔を汚してでも一人で食べたほうが良いと武人も頑なであった。しかし、それに悲しい顔をした花見月がカレーライスや親子丼といった献立を連続して選択し始めると、彼も折れざるを得なくなり、自然と今の状況に落ち着いている。

フーフーと吹きかけられた静奈の息によって若干の熱を奪われた串カツは、どろりとした中濃ソースが掛けられ、下に受け皿を伴い武人の口元に運ばれる。それに彼は控えめに口を開いては齧り付く。

「熱く無いかぇ?」

「んっ……」

「串の先端に気をつけるのじゃぞ?」

「んぅ」

口周りが汚れるのは慣れたもので、あまり気にしてはいない。一昔前の彼ならばそれを躊躇して箸で取り分ける事を望んだであろうが、今の彼にしてみれば遠い日の軽挙である。折角と花見月が作ってくれたのだから、せめて一本くらいはそのままの形で食べようという彼なりの気遣いだった。

「ん、美味しいね……」

串の先端に刺さった豚肉の塊と続く玉葱の僅かばかりを串から食いちぎり、下げた頭を一度擡げてはゆっくりと咀嚼する。程良い厚さの衣がサクサクと音を立てて口の中で砕ける様が心地良い。ソースの甘酸っぱい香りがツンと鼻を突いて食欲を促した。

「同じ串カツでも父さんの作るやつとはまた違って感じるよ」

「なかなかの自信作なんだ。義人の作るやつに敵うかどうかは分からないけど、沢山食べてくれよな。此処にあるやつが終わっても、御代わりだって向こうに沢山あるんだから」

「うん」

「やっぱり、花見月の作るご飯は何でも美味しいです」

「昨晩の肉じゃがもそうでしたが、花見月の料理の腕前は大したものですね」

「うむ、そのようじゃな」

他の者も口々に賛辞を送りながら手にした串を口に運ぶ。

その卓抜した調理もあって、ダイニングテーブル一杯に広げられた料理の数々だが、全ては各人の胃へと納まってしまいそうであった。武人も先程は文句をつけていた串カツだが、食事が始まってしまえば思いのほか箸は進むものだと己の事ながら感心する。

「しかし、やはり口周りが汚れてしまったな」

ふと顔を近づけた静奈が、彼の唇の周囲に付着した油やとソースを舌でペロリぺロリと舐め取った。それに頬を朱に染めながら、武人は困ったような表情を浮かべる。しかし、病院へ入院していた時分より繰り返されてきたやり取りを前にして、流石に慣れたのだろうか。本人にしても小さく其の名を口にするだけだ。

「し、静奈……」

「さぁ、次はどれを食べるかぇ?」

特に誰が誰を咎める事も無く、賑やかに食事は続けられる。

そんな甘ったるい食卓が繰り広げられるのが昨今の芹沢宅であった。

よそ様に見せられる代物ではない。

ダイニングを越えてキッチンからは花見月と夢見月が昼食の洗い物をする涼しげな水音が届いてくる。交わされる会話は夕食の献立について話し合っているのだろうか。良く通る花見月の弾むような声が、夢見月の悠揚な相槌と共に愉し気に響く。

食事を終えて武人はリビングのソファーに腰を落ち着けていた。

すぐ隣には静奈が腰掛けており、彼の下腹部にしな垂れかかるようにして身を重ね寄せている。時折、頬を武人の身体に擦り付けては彼の体臭を感じようと深呼吸を繰り返し、幸せそうに緩やかな笑みを浮かべてみせる。その仕草は野生の狐と言うより寧ろ人に慣れた飼い猫の如くだろう。むず痒い感覚を得ながらも、仕方無く武人はそれを成すがままにさせて寛いでいる。

目の前に配置された足の短いソファーテーブルにはストローの挿されたグラスが二つ並び置かれて、幾らばかりの氷と共に薄緑色の液体を八分目まで湛えていた。内容物は住まい変われど予てより芹沢家では常備が原則となっている麦茶だろう。つい先程に夢見月が盆に載せて運んできたものだ。溶けた氷が時折カランと乾いた音を立てて静かに水面へ崩れ落ちる。

リビングに面したベランダでは、西光坊が食事中に停止した洗濯機の中より取り出して来た洗濯物を物干し竿に並べている最中だった。地上八階建ての最上階に位置する仮住まいでは、木崎湖辺の新居と異なり庭が無いので、洗濯物の干し場は自然とそうなる。彼女は慣れた様子でシャツやタオルをハンガーに通しては、手際良く鉤形の留め金を竿に引っ掛けていく。

「………なんていうか、とても穏やかだよね」

その様子を尻目に何気無く武人が呟いた。

特にテレビやステレオの類は電源を付けられておらず、耳に届くのは僅かばかりの生活音に限られる。物件が高層階であることも手伝って、木崎湖の畔に建つ新居には及ばないものの中々に静かなものだ。

「うむ、まこと穏やかじゃのぉ」

それに静奈が静謐な物言いで応じる。

時刻は昼食を終えて午後の一時を少し回った辺りだった。

今は夏休み期間中なので学校が無い。趣味らしい趣味もパソコン弄り以外に持たない彼は自宅で有り余る暇を持て余していた。学校も引っ越してから一週間程度で長期休暇に入ってしまったので、気軽に遊びに誘えるような友達も居ない。加えて、両腕が失われた事により、行動の範囲はグッと狭まってしまっていた。少なくとも一人で外出する事は難しいだろう。

「武人は穏やかなるが嫌いかぇ?」

「いや、どちらかというと好きだよ」

「そうか、ならば我はこの感覚を大切にするとしよう」

「うん、そうだね」

「この感覚は、とても幸せな気分になれるからのぉ……」

とはいえ、常に傍らには誰かしらが居てくれるので話し相手には困らない。元より外でスポーツ等に興じて活発に遊ぶ事を好まない彼としては、そこまでの苦痛を現状に感じることはなかった。そして、室内にあってもある程度の運動は、人様に公言できる内容ではないが、彼女達と時間を問わずして日常的に行っている。肉体的な欠損さえ意識しなければ、日々起臥は存外満ち足りたものだと言えた。

「武人……」

それまで武人の胸板を撫でていた静奈の小さな手が不意に彼の股間へ伸びる。

「あの……、静奈?」

予期せぬ刺激に己の腹上へ視線を落として、多少の戸惑いと共に武人が呟く。

「我は食後のデザートが食べたいのじゃが、駄目かぇ?」

「デ、デザートはさっき食べたでしょ?」

「さっきのは上の口で食べた。次は下の口で食べたいのじゃ」

「下の口って、そんな破廉恥な……」

「武人の体温を感じておると、胸の奥が疼いて堪らぬ気持ちになる」

ジーンズの堅い生地越しに静奈の指先が武人の性器を擦るようにして刺激する。肌と生地とが擦れ合う音が小さく耳に届く。不規則的にスリスリと、指は徐々に形を浮かび上がらせ始めた竿の輪郭をなぞっていた。それは些細な感触ながら、指一本の動かし方をとっても妙に艶かしい静奈の挙動に中てられて、武人は息子に血液が溜まり行くのを堪えることが出来なかった。

外観は幼い少女ながら静奈は酷く男の性を理解している風に感じられる。

己の性器を刺激しつつ視線を重ねてくる彼女の姿に、武人は抗い難い魅力を感じていた。深い赤色の瞳の垂直に切れた縦に長い瞳孔が、心の奥深くまでを垣間見んばかりに向けられている。それを至近距離から直視してしまうともう駄目だ。幾ら自分に言い聞かせようとも彼女から逃れる事は出来ない。其の後に与えられるであろう快感を思い、知らず肉体さえ震えてしまう。

「あ、あのさ、静奈……、やっぱり毎日こんなことばかりしてるのはどうかと思うんだけど……」

それでも口上では、自らの心の平穏を案じて事が始まる前にせめてもの声を上げておく。

「武人は……、我と交わるのは嫌かぇ?」

「いや、べ、別に嫌って訳じゃないけど……」

「ならば今一度、我に情けを与えては……、くれぬかぇ?」

「ぅ………」

静奈は互いの鼻頭が接する程に顔を近づけてくる。懇願する瞳が潤みを増して、聊か上気した頬には薄っすらと朱が差している。腿の上に感じる体温は子供独自の妙に暖かなそれで、自然と接する己まで体温の上昇を感じてしまう。それまでの安穏とした感傷は何処へ行ってしまったのか。思考は途端に興奮の猛りを知る。

「駄目かぇ?」

「べ……別に………」

だから、武人はいつもこうして押し切られるのだ。

「別に構わない………、けどさ」

言ってしまった後で心中自身の不甲斐無さを嘆くのも毎度の事だ。

静奈の事は嫌いで無い。自分を好いてくれるのも悪いとは思わないし寧ろ嬉しく思う。しかし、事有る毎に時間と場所を選ばず体を重ねるのはどうなのか。それに自分は彼女に対して明確な恋愛感情を示していない。加えて、実年齢はどうだかしらないが、相手の肉体年齢は二桁にも及ばない。そんな幾つかの問題点が武人の良心をチクチクと苛んでいたのだった。

「ありがとう、武人っ!」

けれど、そういった彼の心の内にある葛藤を知ってか知らずか、一方で主人の許しを得た静奈の顔には満面の笑みが浮かぶ。その笑顔は過去に彼女が晒した己を演じてのものではなく、本心より湧き上がる掛け値無しに喜びを示す笑顔である。

小さく叫ぶ様に彼の名を口にしては、もう我慢できない、といった様子で彼のズボンのベルトを外しにかかる。カチャカチャと慣れない手つきで止め金具を外した彼女は、すぐさまジーンズとトランクスを脱がせた。両足から抜き取ったそれをソファーの脇に置いて、床にしゃがみ込んだ静奈は武人の左右に広げられた両足の合間に身を屈めて置いた。

「こんな明るいうちからだと、やっぱり恥ずかしいよ」

「そう恥ずかしがる事は無いぞぇ。武人のこれは立派じゃ、我は何度見ても惚れ惚れする」

「そ、そんな、まじまじと見ないでよ……」

両腕が無いので自ら隠す事もできない。外気に晒されて、そこには既に天上へ反り返った男性器があった。既に八分勃ちに至り身を堅くしている。平均的な男性の生殖器よりも七割り増し程度の図体であった。

「あぁ、良い香りじゃ」

ウットリと呟いて静奈は亀頭を優しく口に含む。

「っう……」

生暖かい静奈の咥内に触れて、武人の口からは自然と声が漏れた。

ざらざらとした舌が敏感な表皮にねちっこく絡み付いては丹念に撫で回す。特に敏感な雁首の凹凸付近への愛撫は執拗で、縦横斜め様々な移動を伴い、舌先からベラ全体まで持てる全てを使って、あらゆる方向より攻めの手は向けられる。

「静奈、その、なんていうか……」

「ひふぉふぃふぃいはぁ?」

「うん、凄く気持ちいい……」

視線を下げれば年半端な少女が跪いて熱心に奉公している。その姿は脳裏へ非常に淫靡なものとして映り、武人は堪らず息子を堅くしてしまう。そこから得られる背徳感は如何ともし難い。癖になりそうで恐ろしいと、己を強く戒めては危ういところで手放しそうになった本能の手綱を強く握り締める。

「はへぇほぉ……、はへぇほぉ……」

言葉にならない呟きを繰り返して、静奈は一心不乱に陰茎へ舌を這わせる。その動きは徐々に活発になっていき、次第に喉全体を使い竿全体を扱くようにガクガクと激しく頭を上下させ始めた。長く艶やかな金髪が激しく散っては、武人の腿をサラサラと流れてむず痒くも擽る。

「そ、そんなに振って大丈夫なの?」

その様子は見ている側が壊れてしまいやしないかと心配になる程である。竿先に当たる喉奥の肉の感触が嗜虐心を否応無く誘う。もしも自分に両腕があったのならどうしていただろうか? そんな危うい疑問さえ浮かんだ。

「ふぁひぃひょうふびゃ」

「ちょっとまって、そのまま喋られると刺激が強すぎて」

「ふぃふぉひふぃひはぁへぇ?」

「な、何言ってるのかサッパリだよ」

徐々に汁気を増していく唾液と我慢汁に滑って咥肉と性器とが激しく擦れ合い、ヌチャヌチャと水気を感じさせる卑猥な音をリビングへ響かせ始める。本来は口から聞こえてくる筈も無い種の音を耳にして、武人は堪らない気持ちだった。つい数ヶ月前の自分からすれば、今の己が置かれた状況は、化け狐や狼男などといった御伽噺の産物との遭遇と比較しても、尚のこと遠く感じられるだろう。

「あの、ちょっとさ、僕もう、そろそろ我慢が……」

昼食前に中途半端に弄られた事もあって、僅か数分と持つことも無く武人は早々と限界を迎えようとしていた。早漏にも程があるとは思うが、この場合は短所を貶すのではなく長所を褒めるべきである。年齢的に若いだけあって、昨晩にも大量に絞られていながら大した回復力であった。

すると、彼の言葉を受けて静奈の頭の動きがピタリと止まる。

「んっ……」

一際強く亀頭の凹凸が構内の粘膜に擦れて武人の口から声が漏れた。

それからすぐに、ヌポッっと音を立てて小さな口から性器が抜かれた。唾液と我慢汁の混合物にテカテカと光る肉棒と、小さな静奈の唇との間に粘液の架け橋が渡る。つうと糸を引いたそれは、やがて真ん中辺りで千切れると武人の腿の上にポタリと落ちた。

「中途半端なところで止めてしまってすまぬが、此方に注いで欲しいのじゃ」

それを舌でペロペロと丁寧に舐め取った静奈は、武人の両足の合間よりいそいそと立ち上がり、腹を締める帯を緩めると着物の肌蹴させた。武人はその様子を彼女の唾液に塗れた腿に感じるむず痒さと共に眺める。

ともすれば、左右の衽の合間からは雪のように白い肌が顔を出した。まず、すらりと伸びた太股が露となり、次いで、その付け根に座する女性器が幕を潜る。やがて臍、肋骨、鎖骨の影が見えて、帯がスルスルと床に落ちれば、身体の前面が足元から首元に至るまで全てを現した。

薄くピンク色に色付く秘所は、未だ一度の雄も知らぬが如く綺麗な縦スジ一本のみから成る。その近辺には一本の陰毛さえ生え初めたる気配が感じられない。本当に武人の一物を飲み込むことが出来るのか、そう疑わずには居られない程に、彼女の性器はとてもとても幼かった。

「静奈……」

パサリと音を立てて肩に掛かっていた着物が床に落ちる。

静奈は平素から着物という一枚布を身に纏っただけの出で立ちでをしており、それで完全な裸体が露となった。何よりも目に強く映るのは、黒子や染みの一つも見つからないまっさらで艶やかな肌である。その全身像は明らかに周囲の光景から浮いて感じられた。肌と背景との境界に何か神々しい光の筋が通っているようである。

フローリングに立ち上がって武人に正面から向き直った静奈。段々と見慣れつつあるぷっくりと盛り上がる柔らかな彼女の秘所を前にして、しかし、彼は毎度の事ながら目前に咲く花より視線を逸らす事が出来なかった。

「前々から思っていたのじゃが、武人のそれはこんなにも立派なのに、我のこれはこんなにもみすぼらしい。口で言って通すつもりは無いのじゃが、やはり謝らずには居られぬ。すまぬ、武人……」

己の性器をクパァと両手で広げながら、静奈は先程までの妖しい笑みから一変して顔を翳らせては申し訳無さ気に呟いた。左右に広げられた蕾からは既に多量の蜜が溢れ出し、腿にまで垂れては肌に光沢を与えていた。彼の性器をしゃぶりながら静かに濡らしていたのだろう。ヒクヒクと小刻みに震える桃色の膣肉が、それを見る者の興奮を否応無く誘う。

「そ、そんな事無いよっ! 凄く綺麗だよ!」

その様子を目の当たりにして、武人は慌てた様子で彼女の言葉を否定した。

「僕もパソコンとかで、そういう写真を見ることあるけど、そうやって見たどんなやつより静奈のそれは綺麗だよ。うん、とても綺麗だよ。だから自分を悪く言うのは止めた方がいいと思うよ」

多少混乱しているせいか、彼は自分でも気付かぬ内に恥ずかしい言葉を口走っている。

「本当かぇ?」

「本当だよっ! 嘘なんかつかないよ!」

過去にコンピュータのディスプレイ越しに見た女性の性器は、どれもがグロテスクなものとして武人の目には映っていた。多くは黒々とした陰毛に覆われて、膣口からはだらしなく小陰唇が食み出て垂れ下がり、周辺の皮膚も色濃く変色しては爛れて、何れも決して口を付けたいと思えるような代物ではなかった。少なくとも生で見たいとは微塵も感じない。同じ性器ならばまだ自分の性器の方がマシだとも思えた。

しかし、それと比較して静奈のそれはなんと可愛らしいことか。

「凄く綺麗で可愛いと思うよ」

加えて言うなら同時に酷く厭らしくも感じる。

つまり、魅力的なのだ。

「主に、そういって貰えるとは、我は嬉しくて嬉しくて、堪らぬのぉ……」

彼の必死の弁明に静奈は自然と顔を綻ばせる。

餅粉を落とした大福饅頭を二つ重ね合わせて股下に添えたような局部は、触れればそれはそれは柔らかな感触を返してくれることだろう。人によっては魚が腐ったような悪臭さえ発するという女性器だが、彼女に限っては膣より溢れ出した愛液が周囲へ甘い香りを漂わせて、まるで蜜に濡れた甘美な餅菓子の如くである。

「だ、だから、別にそういうことを考える必要は無いと思うよ」

咄嗟に口をついて出た己の言葉を僅かな間隔を置いて反芻、理解した武人。その閉口せざるを得ない内容に気付いて多少の勢いが失われたものの、それでも、そこで言葉を止めることは無く彼は慰めの文句を続けた。

「ありがとう、武人」

すると、静奈は小さく笑みを浮かべてそれに首を縦に振った。

その反応がいちいち可愛らしくて、武人は一層のこと胸を高鳴らせては自らも自然と頭を下げ頷いていた。気恥ずかしさで顔はあっと言う間に朱に染まる。肉体的な興奮に応じて体温も上昇した。エアコンの良く効いた室内にあって、彼は首筋に浮かび上がる汗粒を感じていた。

「それで、その……」

右の親指で小さく陰核の周辺を擦りながら静奈が続ける。

「早速で申し訳無いのじゃが……、入れさせて貰っても、良いかぇ?」

呟いて静奈は両足で武人の下腹部を跨ぐと、その上に身を置いた。腿を立てて両膝をソファーの上に突いては、彼の男根から僅かな距離を取って腰をその上に位置させる。やがて、ゆっくりと下ろされる蜜壷は、両手の指で広げられた膣口の縁に陰茎の先端が当たって、ぬちゃりと卑猥な汁気を多分に含む音を立てる。

「う、うん……、いいよ」

まさか、ここまで来て断ることは出来ない。それは静奈を思っての事であり、同時に自身の欲求から来るものでもある。まるで男女の逆転した様なやり取りに不思議なものを感じつつ、武人は次いで与えられるであろう快感に身を硬くした。

「では、いくぞぇ?」

そう言って静奈は勢い良く腰を落とした。

ぐちゅりと淫猥な音を立てて一息に武人の男性器が静奈の女性器に埋没した。自重全てを掛けて、彼の一物を己の内へと受け入れたのだろう。静奈の幼い女陰は、しかし、肉棒の根元までを銜え込んでいた。その開口はギチギチに張っており、今にも裂けてしまいそうな程である。

「っぅ……」

応じて、多少の痛みと壮絶なる快感が武人の腰を貫いた。

病院に入院していた時から幾度となく世話になった肉穴であるが、一向に慣れる事の出来ない感触だった。腰から下の全てを覆うような暖かさが武人の思考を強く揺さぶった。だらしなくも半開きの口からは否応無く声が漏れてしまう。竿全体を締め付ける強烈な圧迫感と、微々に蠢く膣肉の感触が性器から全身に巡る神経を果てなく刺激した。

「あ、あぁっ、武人ぉ………」

一方で静奈の顔にも恍惚とした表情が浮かべられていた。

口元から一滴の唾液を垂らして、小さくビクン、ビクンと身体を震わせている。挿入の衝撃に軽く絶頂を迎えてしまった様子だ。元来の彼女にしては聊か尚早な感が否めないが、それも全ては相手が武人である事に因る。その内に抱いたものが己の好いた相手の息子となれば、身体の感度もそれ相応に上昇するらしい。肉体が精神から受ける影響は決して小さいとは言えない。

「武人、動くぞぇ」

「う、うん、分かった」

やがて、暫くは武人を抱きしめ、その胸に顔を埋め身を震わせて過ごした静奈は、しかし、快感の波がひと段落して余裕が生まれると、更なる高みを目指しては腰を激しく上下左右に動かし始める。既に十分な湿り気を含む結合部はすぐさまヌッチョヌッチョと淫らな音を立て始めた。

それまでの穏やかな昼下がりのリビングが一転して情痴に塗れた淫蕩な空間に取って代わる。昼食の香りも今となっては遠く、空調管理の為に密閉された室内には、早くも二人が醸す淫靡な香りが漂い始めていた。身を重ねて間もないにも関わらず、その発汗に部屋の湿度さえ上がって感じられる。

「ぁあ、心地よいのぉ、たけとぉ……」

恍惚とした表情で静奈が言う。

肌と肌のぶつかり合う音が規則正しくリビングに響いていた。柔らかな静奈の尻肉の感触を臀部に感じて、武人の陰茎は限度を知らぬ勢いで身を硬くしては背を反り上げていく。膣内で蠢く肉壁は蚯蚓千本というのか、ただ入れているだけでも背筋がむず痒くなる程の快楽を与えるというに、それに加えて武人が気持ち良いと感じる部位を的確に突いて来る内部構造を持っていた。俗に言う名器とはこういうものを指しての事だろうかと、武人は興奮で血の気を孕む脳裏に僅か冷静な思考を回しては漠然と思う。

「静奈、僕も気持ちいい……」

「我で、我で感じてくれているのかぇ?」

「うん、静奈で気持ちいいよ」

「そうか、それは我にとって至上の喜びじゃ。ならばもっと頑張るぞぇ」

宣言して静奈は、腰を上げるに際して下腹部に力を込める様になった。

ともすれば、先ほどにも増して強烈な刺激が武人の局部を襲う。ぎっちりと銜え込まれた肉棒を窮屈な幼穴から肉棒を引き抜く快感は自慰など足元にも及ばない。それが更に強力な圧迫感を伴って実現されたのだ。

「ぅぁあ……」

腰が痺れる様な快楽に漏れる声も自然と大きなものとなる。

勢い良く身体を落とし己の内へ根元まで飲み込んだ武人の竿を、まだ奥に控えて出てこない精液を強請る様にねっとりと締め上げては抜いていく。そして、腰を落としては再び飲み込んで、と上下運動は繰り返される。その間隔は短く、腰使いは激しいものだった。

「っていうか、ね、ねぇ、静奈」

羞恥心やら世間体やら自尊心やら全てを投げ出して、無心のまま只管に快楽だけを貪ろうと逸る気持ちを押さえ込み、勢力を増しゆく本能に抗い僅かな理性を動員した武人が覚束無い口調で声を発する。

「なんじゃ?」

「前から気になってた、ことがあるんだけど」

「気になっていたこと、かぇ?」

「う、うん」

「なにかぇ?」

腰の使いを緩める事無く、静奈は武人の問いに艶のある声を返す。その両腕は彼の首に回されており、背を力強く抱いていた。互いに接する胸の感触と暖かさは、興奮を煽り立てる原因の大きな一端だ。

「なんていうか、性器の先の方に、そこを囲うような輪っか状の感触があるんだけど、も、もしかして……その……、これって静奈の子宮の中にまで僕のがはいっちゃって、いたりするんじゃないのかなって、思ったんだけど……」

恐る恐るといった様子で武人はそれを口にした。

それは出来れば否定して欲しい事柄である。過去に中学校の保健体育の授業で学んだ限りでは、女性の子宮は男性器の進入に備えて作られてはいないと彼は認識していた。その際には席を隣り合わせた馬鹿なクラスメイトの質問により、内部への挿入に対しては大きな痛みを伴うとも、顔を赤くした女性教師より教えられた覚えがある。

だが、彼の思いとは裏腹に期待は呆気無く裏切られた。

「うむ、たしかに武人の竿先は、我の子宮まで犯しておるぞぇ」

「そ、それって、平気なのっ!?」

何の躊躇も無く肯定されて、武人は慌てた様子で言葉を返す。

「痛くないのっ!?」

「多少の痛みはあるかも知れぬが、それも快感のうちじゃ」

「それって、どういうこと?」

「主に与えられるものならば、例えそれが痛みであろうとも極上の快楽じゃ」

「い、痛いのに?」

「武人にならば、我は鞭を打たれようが、刃に肉を削られようが、この首を落とされようが構わない。刻まれる朱の一糸を思うだけで身震いが止まらん。それこそ気が狂ってしまいそうじゃ」

互いの肌がぶつかり合う乾いた音を背景に、その規則的な腰使いに応じてハァハァと息を荒くする静奈が答える。唾液に滑り光る薄いピンク色の唇から漏れる息遣いを、鼻先に感じられる程に身を接して、武人は彼女の言動に困惑を隠せなかった。

「そして、なによりも、至る事の出来る最奥までを武人に突かれているのだという事実が、この上なく嬉しい。子宮の肉壁を主のいきり立ったものに抉られる感触は、女として何にも勝る悦楽の極みじゃ」

下半身を忙しなく動かしながら、それでいてジッと正面に据えられた静奈の顔が、揺ぎ無く武人を正視している。その表情は淫楽に歪みながらも、どこか真剣な面持ちを持って彼に注目していた。

そんな少女の表情が今し方の発言と共に心に響いて、武人は胸の鼓動がより一層激しさを増すのを感じた。幼い筈の静奈の顔が自棄に大人びて見えて、身体を重ねている事への気恥ずかしさがぶわっと溢れ出す。まるで熱病にでも罹ってしまったかのように激しい火照りが全身を包み込んだ。

「っんぅ、武人のがまた大きくなったぞぇ」

「ぁう、ご、ごめん」

「ああっ、武人が謝る事は無い。我は嬉しいのじゃから謝らないで欲しい」

「う、うん……。ありがとう」

「今にして思えば、以前に刺された腿の傷が癒えてしまったのも申し訳無い。あの傷痕は武人が我にくれた初めての賜物じゃ。本来ならば須く残しては毎夜撫でて、身を走る痛みに慰みを得るべきじゃった」

「あ……、あの、なんていうか、そこまで言うことも無いと、思うんだけど……」

「主は我の全てじゃ。言って過ぎる事は無い」

静奈の陶酔し切った物言いに武人は返す言葉を失ってしまう。自分はそこまで大した人間では無いと言うに、何故に彼女はそこまで自分を好いてくれるのか。嬉しながらも困惑を感じてしまうのは彼が小心者であるが故であろう。

「…………」

ヌッチャヌッチャと男性器が女性器に出入りを繰り返す音が、安穏とした午後のリビングに妙に大きく響いていた。静奈の秘所は他者と比較して圧倒的に汁気を富む。割れ目の奥から際限無く湧き出る愛液が垂れて、革張りのソファーの二人が座る周囲は、腰掛ける武人の腿が滑る程に濡れていた。

「……ありがとう」

返す言葉に詰まった武人は、暫くの間を置きながらも他に言葉を導けず、ただ一言そう返した。肉体的な欠損は絶対だ。しかし、失われた両腕を認識する脳は、本人が意識する間も無く、勝手にそれを彼女の背へと回していた。

「なぁ、武人……、アタシ達も……、しても、いいか?」

そんな彼に、ふと脇より声が掛けられた。

「ぇ?」

静奈の肩越しにその後方へ視線を向ければ、そこには並び立つ花見月と夢見月の姿があった。炊事の際には掛けられていたエプロンも見当たらない。いつの間にか昼食の片付けを終えたのだろう。彼女達の肩越しには綺麗に布巾を掛けられたダイニングテーブルとキッチンカウンターがあった。

「花見月と夢見月も……一緒に?」

「なんていうか、二人のを見てたら、なんだか変な気分になってきて……」

「あの、お邪魔でしたら他所へ行きますが……、その………」

共に何やらモジモジと太腿を擦り合わせては、切な気に潤んだ瞳を向けてくる。静奈の真っ赤な瞳とはまた違った、黄金色の明るい色彩を放つ彼女達の瞳は、キラキラと昼に瞬く星の様だった。

「……私と花見月も、お二人の隣で致しても宜しいでしょうか?」

「もしも許してくれるなら、アタシは武人のが欲しいんだけど……」

「は、花見月っ、流石にそれは失礼ですよ」

「う、うん……」

何故に自分達の行い一つ取ってまで自分の許可を取ろうとするのか。余りにも謙った態度を取る姉妹を前に、己が置かれた現状を思い逆に萎縮してしまった武人は、録に頭を巡らせる事無く首を縦に振って頷いた。下手に出てくる相手には、それにも増して下手に出なければならないと感じてしまうのが、彼の難儀な性格の一端である。

「べ、別に好きにすればいいんじゃないかな?」

許しを請われた事が事なだけに、どうにも気恥ずかしさが先立ってしまう。

「僕も、その……、口の方だったら空いてるし……」

御蔭でまともに発言の意味するところを考える間も無く、馬鹿正直にも相手の要求に頷いてしまった。そう口にした僅か数瞬の後に、自分は一体何を口走っているのだと自己嫌悪に陥るのも、今日だけで何度目になるだろうか。狐達との同居生活は幾ら経っても慣れそうになかった。

あぁ、また僕は何を口走っているのだろう、とは声にならない後悔である。しかし、目前に並んだ美しくも可愛らしい少女達を思うと、どうにも良くない欲望が鎌首を擡げては、否定することを本能が拒絶した。その柔らかい肌に触れて、鼻腔に香る甘い匂いを嗅いで、互いの体液を感じて、といった風に色々と願ってしまう。加えて、姉妹の繊細な精神への配慮もあり、今更、やっぱり止めて、などとは口が裂けても言えなかった。

「静奈、いい?」

「うむ、我は武人の思うがままじゃ」

そして、そんな中にあっても確りと彼女に伺いを立てる辺りが、彼の小心者たる最もな顕現であろう。依然として腰を振り続けながら、静奈は武人の言葉に何の躊躇も無く頷いて応じた。

「武人、いいのか?」

「…………うん」

「ありがとうっ!」

まるで処女喪失を前にして、膣への挿入を確認する彼氏の言葉に顔を赤くする少女が如く武人は頷く。その返答を受けて花見月はとても嬉しそうな笑みを浮かべた。花見月の思い切りの良い性格も相まって、一体どちらが男だか分かったもので無い。

一方で、静奈の武人への思いを理解する夢見月は、恐る恐るといった様子で彼女に尋ねる。

「あの、静奈さん、私達が共にあって宜しいのですか?」

「主等にしても普段から武人とは身体を重ねているではないか。それを今更になって我に気遣うことは無いぞぇ。それに、我にとって武人が望んだことは絶対じゃ。武人が主等を望むのならば我も主等を望む」

右の手を武人の肩に置いて、身体を捻り背後を振り返った静奈は、緩く身体を上下させながら言う。

「だから、主等も主等の好きにすれば良い」

「……ありがとうございます」

裏表の無い快活とした静奈の物言いに夢見月は恭しく頭を下げて礼を返した。

そういった理由により、姉妹に対応するために急遽ソファーの背凭れが倒された。同品は簡易ベッドとしての機能を持つので、これにより武人を横たわらせる事が出来る。作業は姉妹が行い、その間を静奈は武人の身体を正面から抱き上げ、生殖器の結合をそのままに空中へと浮かび上がっては、僅かな時間を床より浮きつつ行為に耽っていた。正面から背に腕を、腰に脚を回して、床板から身体の一切合財を浮かしてである。これは一時として結合を解きたくないと、床へ降りる手間を惜しんだ静奈の言葉に因るものだ。後の武人曰く、己の肉体の全てを自重に至るまで相手に任せて行う行為は、過去に無い強烈な羞恥心と、そこから来る危うい快楽を伴ったと言う。

「あの……、それでは、お願いします」

「武人、アタシもお願いだ……」

服を脱いだ姉妹は、ソファーの上で仰向けに横たわった武人の顔を横に跨ぎ立っていた。そして、小さく呟いた言葉と共に、ゆっくりと膝を曲げて腰を落とし始める。胴体側に花見月が、頭の側に夢見月が位置している。それぞれ性器が武人の口元に来るように場所を取っていた。下腹部では静奈が依然として彼の息子を貪っている。

「うん」

頷いてすぐに、目前まで迫った姉妹の性器が彼の顔に、取り分け口元にクチュリと音を立てて押し付けられた。武人と静奈の痴態を目の当たりにしてのことか、それは既に十分な湿り気を湛えては甘い香りを発していた。静奈と同等に縦一本の筋から成る幼く未熟な性器だ。割れ目の周りには陰毛はおろか産毛さえ確認できない。ほんのりと桃色に色付く双丘が愛液に濡れてテカテカと光る様は否応無く彼に劣情をそそらせた。位置の関係上、夢見月に至っては小振りな尻の割れ目の中央に座する肛門が、その皺の一本一本まで鮮明に確認できる。いや、腰を落とししゃがみ込んだ現状においては、それが額にぺたりと接している。

「んっ……」

口元に暖かな温度を感じて、武人はそれを舐めるよう舌を這わせる。

彼の顔と姉妹の二つの性器とが一箇所に接していた。

舌は一つしかないので、武人は彼女達の秘所を数秒毎に交互して舐める。息継ぎの度に咽返るような濃い愛液の香りが肺を一杯に満たす。その匂いを嗅いでいるだけで、彼は頭がクラクラと揺らぐ錯覚を覚えた。それは義務教育終了を目前にして、好奇心から初めて煙草の煙を気管に送り込んだ時の、足元さえふらつく眩暈にも似ている。

「ん……武人さん」

「武人、もっと奥まで……、お願いしたい……」

大胆にも武人に下半身を晒す姉妹は、互いの背に腕を回し抱き合っていた。そして、時折小さく喘ぎを洩らしながら、唇を重ねては舌を深く濃密に絡め合わせ、唾液のやり取りを行う。

それまで彼女達が身に着けていた、平素からの英字がプリントされたシャツに丈の短いデニム生地のスカートやズボンは、静奈の着物、武人のシャツやズボン、下着と共に彼女達の手により綺麗に畳まれソファーの脇に置かれている。二人が加わるに際して、武人も残るシャツを脱がされており、そこにいる四人は皆が全裸となっていた。

「んっ、ふぅっ……」

花見月の催促に答えようと武人はより舌先を尖らせて姉妹の膣を突く。生暖かい粘液に舌の先端から半分を包まれて、気持ち良くしてあげようと努力している側が、否応無く興奮しては気持ちよくなってしまう。

「武人っ、んぅ……、気持ちいい……」

「あ、ありがとうございます、武人さん……」

「ん、んん………」

肉体の至る所に少女達の暖かな体温を感じて、まるでお風呂に入っているみたいだなぁ、などと場違いな感想が武人の脳裏には浮かんでいた。特に静奈の膣に収まる陰茎や、姉妹の内臓器に触れる口元は湯船にも増して熱く感じる。

そして、そんな彼の思考へ答えるように、気づけば快楽に身体を善がらせる一同の肌には、何時の間にか汗が雫と浮かんでいた。エアコンは正常に稼動しているものの、それを持って余る運動と興奮の影響だろう。汗に滑る肌を強く擦り合わせながら、四人は更に興奮を高めていく。

冬には雪の高く積もる地域にあって、二重に張られたガラス窓は外界からの音の大半を遮断する。部屋が周囲より比較的高い位置にある事も手伝って、外では耳を覆いたくなるような蝉の音も遠い。閑静なリビングに響くのは、ハァハァと徐々に激しくなりつつある互いの息遣いと、粘液の交換を行う水気を伴った卑猥な韻、それに肌と肌を打ち付けあう乾いた音である。

「武人ぉ、そこ、そこが気持ちいいっ!」

陰核を唇により甘く食まれて、花見月が声も大きく身体をぶるり震わせて鳴いた。その反応を見て期待に身を震わせる夢見月もまた、次いで与えられた同様の快感に堪らず声を上げる。

「た、武人さんっ、そこは、気持ち良すぎて困りますっ!」

姉妹が自分の所業に喘ぐのが妙に嬉しくて、武人は口や舌の疲れに構わずその動きを激しくしていった。普段は彼女達から攻められることが多いので、こうして一方的に攻めることが出来る状況は新鮮であった。

とはいえ、彼にしても息子を静奈に根元まで食われている時点で、堪らず声を上げること度々であり、普段と変わらないといえば、あまり変わらないのかもしれない。激しく扱かれる竿は既に限界まで膨張しており、あとは内に貯めた欲望を静奈の中へ吐き出すだけである。

ややあって、姉妹にしても理性が本能に淘汰され始めたのか、武人に対する遠慮が徐々に薄れては、自ら腰を使い始めた。興奮の高まりに因るものか、次第に勢いを増して己の性器を武人の鼻頭や口元に擦り付け始める。それは花見月だけでなく、普段は御淑やかで控えめな夢見月にしても同様だった。

そんな彼女達の欲求に答えようと、武人は顔中を姉妹の愛液に滑らせ、髪の毛さえ汁気に纏まり額に張り付く程の中にあって、必死に舌を突き出しては二人の膣内を滅茶苦茶に掻き回した。彼もまた我を忘れる程に気分を昂ぶらせていたのだった。

「武人っ! もっとっ! 武人っ!」

「気持ちいいですっ、武人さん、すごく、いいですっ!」

「我もっ、我も気持ちが良いっ、極上じゃっ!」

勢いを増して互いを求め始めた男女の営みに、リビングには質量さえ伴って感じる程に濃密な雄と雌の香りが漂い始める。その内でも男は武人一人なので、圧倒的に強いのは雌の香りである。少女達の発する甘い芳香が極上の香料となって密閉された空間を満たしていた。

その香りの中に置かれて、武人はアルコールを摂取した訳でもないのに、頭が朦朧とするのを感じていた。身体は本人の意思を無視するかの様に、目の前の少女達の幼い肉体を貪り求める。堪らなく心地良いと脳が強烈に訴えていた。もしも麻薬を摂取したのなら、こういう風になるのかな? などと多少冷静に欠ける思考を持って、他愛ない偶感を巡らせる。

しかし、誰も彼もが頭を蕩けさせる色欲に溺れた淫靡な一時は、残念ながら永遠とは続かなかった。水を差したのは聞き慣れない玄関チャイムの鳴り響く音である。情事の至り初めから時計の針が三分の一程度過ぎた頃合での出来事だった。

「ん……誰か、来たみたいだ………」

「ひぁっ!?」

外部からの問い掛けに、ふと冷静さの一端を取り戻した武人が姉妹の尻の下で呟いた。歯の先端が陰核に触れて、その硬い感触に夢見月の身体が弓なりに撓っては、一際大きな喘ぎ声が辺りに響く。

「あ……、ごめん」

「い、いえ、とても気持ちよかったです、武人さん……」

「んぬぅ……、客かぇ?」

腰の動きを緩めた静奈が、興奮の冷め遣らぬ上気した表情でリビングの扉を見つめる。

「……どうしようか」

まさかこのままの格好で向かう訳にも行かず武人の眉が傾げる。

未だに解き放たれぬ欲望は内に溜まり、噴火寸前の火山が如く渦巻いている。そんな状態もあって、彼は再び服に袖を通す事へ大きな抵抗を感じていた。出来る事なら来客など無視してしまいたいとさえ思ってしまう。

すると、そんな彼の言葉を受けて部屋の隅より予期せぬ声が発せられた。

「宜しければ私が見てまいりますが、如何致しましょうか?」

「えっ!?」

驚いた武人が音源に向けて首を捻った。

「っんあぁっ!!」

急に角度を変えた鼻先が、外皮を抜けて顔を出した夢見月の陰核を強く擦り、再び彼女の嬌声がリビングに響き渡る。ビクビクと小刻みに身体を震わせているのは、今の衝撃で軽く達してしまったのだろう。口元からだらしなく垂れた唾液が、一滴ぽたり落ちて武人の肌を濡らす。

「ご、ごめんっ」

「っあ、ぁあああ……、す、凄いです……」

「その……、なんていうか……、大丈夫?」

「はい……、どうぞ武人さんの思うままに、この体を弄ってやって下さい……」

「う、うん……」

しかし、折角首を捻ったものの、視界は夢見月の柔らかな尻肉に遮られて零である。目に入ってきたのは間に指数本の距離で眺める彼女の可愛らしい肛門だった。とはいえ、声色から判別してそれが西光坊であると彼はすぐに理解した。あまりにも三人との行為に没頭していたために、洗濯物を干し終えて室内へ戻って来た彼女に気づかなかったらしい。

快楽に震える夢見月を意識しつつ、武人は西光坊へ問い掛ける。

「西光坊が見てきてくれるの?」

「はい、皆さんはそのような様子ですから、ここは私が行くのが一番良いかと」

武人からは確認することが叶わないが、例によって静奈に仕える彼女は、性交に励む四名から数歩離れた位置で、静かに次なる命を受けるまで佇んで居た。その姿を脳裏に想像して彼は言葉を続けた。

「それじゃあ……、なんというか、申し訳ないのだけれど、お願いするよ」

「はい、分かりました」

「西光坊や、これは武人の命じゃ、しっかりと頼んだぞぇ」

「了解です、静奈様」

武人と静奈の言葉に快く頷いて、西光坊は玄関へ向かって行った。

開いては閉じられたリビングの扉の向こうで、彼女の足音が段々と遠退いて行く。それを耳に感じながら、今の一時で失われた熱を取り戻すが如く、一同は一層激しさを増して身体を振るい始める。絶頂も近いのだろう。互いを求める動きは加速の一途を辿った。

家に籠もりがちな武人に付き合って一日の大半を屋根の下で過ごす事に、知らず雌狐達は持ち前の精力有り余る肉体を持て余していたのだろう。ここぞとばかりに彼を求めては、激しくも艶かしい腰使いを披露する。その小慣れた様子は、胸の膨らみさえ微塵として感じられない圧倒的に幼い外見ながら、否応無く女を意識してしまうものであった。

ともすれば、皆の限界はやがて訪れようとしていた。

否応無く高まっていく肉体に感覚は研ぎ澄まされ、僅かな刺激にも激しく四肢を痙攣させては絶頂の一歩手前を行き来する。幾重にも響く少女達の可愛らしくも厭らしい喘ぎ声は、蜜壷に落ちた己の身を武人に錯覚させた。

「静奈っ、そろそろ僕はもうっ……」

精嚢から精管を通り上がって来る熱いものを感じて、堪らず武人が声を上げる。

「で、出るかぇ? ならば一緒に、我と一緒に達して欲しいぃっ!」

「私もです武人さんっ、武人さんに舐められてっ! あぁぁっ!!」

「武人っ、アタシもだっ! 武人っ! 武人ぉぉぉっ!」

無我夢中で叫ぶ四人の絶頂は、類稀なる一致の末に達せられた。

自慰では得られない興奮に、武人は狂ったように静奈の名を連呼しては、己の内に貯めた精の限りを吐き出した。一際強く腰を落とした彼女の子宮内部へ直接、粘質の白濁液を叩きつける。ビュクビュクと脈打って打ち出される一際激しい射精は、その音さえ耳に届いて感じられそうな程である。

そして、射精に至ったばかりの彼の一物を根こそぎ搾り取るよう収縮する静奈の膣は、同様に絶頂を迎えた影響なのか、限界を超えて更に奥へ参れと陰茎を激しく締め上げる。快感に果てた彼女の性器からは、武人の性器と繋がる部位に出来た僅かな隙間より、出口を失い圧縮された潮が膣から溢れ出した。まるで庭に水やるビニールホースの出口を指で潰した時の様に、激しく拡散して暖かな液体が四方八方へ飛び散る。周囲の床や身体を任せるソファーを巻き込んで、二人の身体はシャワーでも浴びたかのようにグッショリと濡れることとなった。

また一方で、武人の顔を跨ぐ姉妹の秘所からも、プシッ、プシッっと一際強い水気を伴う音と共に大量の潮が噴出された。そのまま倒れてしまうのではないかと心配になる程にガクガクと全身を震わせて、姉妹は互いに強く抱き合いながら、武人の口元へと己の性器を押し付ける。口からも鼻からも否応無く流れ込んでくる大量の潮と愛液に、武人は本気で溺れそうになりながら、必死でそれを喉へと送った。その量は大したもので、それこそ普通にコップへ注いだ水を飲むかの如く、ゴクゴクと喉を鳴らしてである。

絶頂を迎えて殊更に濃く雌の香りがリビングへ充満する。鼻腔擽る香りは昼食前に漂っていた玉葱の臭いにも増して届く。本来ならば適切な湿度を保たれている筈の室内が、それまで時間をかけて噴出した一同の汗により妙にネットリと重みを持って感じられた。

そして、そんな空間に彼女達と武人の絶頂と時機を合わせたが如く、部屋へ踏み込む存在があった。耳が痛くなる程に響く少女達の甘い嬌声が反響する室内へ、先程に閉ざされたばかりのリビングの扉が開かれる。

その先に立っていたのは山野と柳沢であった。

「…………」

「………なっ!?」

出会い頭に二人は、一体何が目の前で行われているのか理解出来ず、敷居を一歩跨いだところで棒立ちになり言葉を失っていた。その瞳は大きく見開かれて、先に広がる光景を凝視していた。

彼女達の後ろには申し訳なさ気な表情の西光坊が立っている。

「武人、武人やぁ……この幸福感は堪らぬぇ……」

絶頂から十数秒の空白の後に、静奈は全てに満ち足りた幸せそうな表情を浮かべると、ピンと弓形に張られていた身体が糸の切れた操り人形の如く緊張を失い、下に敷く武人の身体にしな垂れかかった。姉妹も同様に、それまで己の性器の世話をしていた武人の頭部を愛おし気に掻き抱いては、ソファーの上に身体を丸めて寝転がる。

「武人さん……ありがとうございます………、とても気持ち、良かったです」

「凄かったぞ武人、アタシ……頭がクラクラしてる……」

静奈の中に有らん限りを吐き出して、武人もまた脱力した肉体をソファーの柔らかな弾力に任せていた。触れる少女達の肌の熱が心地良く、目を瞑ればそのまますぐにでも眠ってしまいそうだった。両頬に花見月と夢見月の腹部の柔らかな感触を感じながら、夢見心地で口を開いては応じる。

「うん、僕も気持ち良かった」

一同は強大な快感の波を前にして、同室に足を踏み入れた山野と柳沢の存在に全く気づいていなかったのだった。本来ならば周囲の気配に敏感な狐達も、この場が武人の家ということで、そして、行為の最高潮であったということもあって、ある種の油断を禁じえなかったのだろう。

「ちょ、ちょっとっ! 貴方達は何をやってるのよっ!!」

だから、一目の驚きより間を置いて上げられた柳沢の悲鳴染みた一声に、彼女達の肉体はその瞬発力を限界まで発揮する事となった。その動きは最早一介の人間に対処できるようなものではない。紛う事無く化け物のそれだった。

「「「っ!?」」」

二人にとって唯一の救いは、その背後に西光坊が立っていた事に有るだろう。

一瞬、読んで字の如く僅か瞬き一つする間も無い。今し方に絶頂を迎えたばかりに少女達は、しかし、その脱力の色さえ消して声源へ足を突き動かしていた。大きく振り上げられた腕は躊躇無く相手を捕らえる。

山野と西光坊に先じて先頭を進んでいた柳沢が、その心臓を抉られずに済んだのは、頭部を打ち砕かれずに済んだのは、上半身と下半身を分断されずに済んだのは、一重に彼女達の動向を逸早く察した西光坊がその間に割って入ったからである。

「お待ち下さい」

柳沢の肩を掴んで壁の側へ押し退けた西光坊が、その矢面に立ち口を開く。

頭部と腹部、それに胸部にそれぞれからの一撃を受けて、それでも平然とした様子を見せるのは流石だろう。伊達にマシューを一人で撃退していない。静奈達の一撃は彼女に掠り傷一つ与えることが出来ずに、服の生地だけを裂いて止まっていた。

「ぬっ………」

彼女とその後ろに控える者の姿を目の当たりにして静奈が多少驚いた様子で声を上げた。

「そこに見えるは武人の学友かぇ?」

「はい、そうです」

静奈の言葉に西光坊が小さく頷いて言葉を続ける。

彼女の背後では、突然の強襲を受けて今にも腰を抜かし床にへたり込みそうな柳沢と、立ったまま失神しかねない放心の山野が居た。見開かれた瞳は事情を飲み込めないまま、目の前の化け狐達に向けられている。

「武人様のご学友ということで、ならば部屋へお通しをと考えたのですが……、私の早計でしたら申し訳ありません。こちらの方々は普通の人間だと判断しておりますが、もしや見誤っていましたでしょうか?」

「いや、主の判断は正しい。その者達は見てのとおり普通の人間じゃ。危うく武人の友人を殺すところだったぞぇ」

「す、すみませんっ! まさか二人が此処へ来られるとは思いもしませんでした」

「二人とも、脅かしちゃってごめんっ! それと西光坊、殴っちゃってごめんっ!」

慌てて腕を引いた姉妹は、目前に立つ山野と柳沢、それに誤解とは言え殴りつけてしまった西光坊に頭をペコペコと下げる。股下を誤魔化しの利かないほど唾液と愛液に濡らしながら、それさえ忘れている様子だった。

「いきなり大きな声で叫ばれたから、アタシはてっきりまた敵が攻めてきたのかと思って、何も考えずに動いてた。ごめん」

「私もです、本当にすみません。一目見て明らかながら、それに気づき腕を止めることが出来ませんでした」

本来ならば相手に振り向いた時点で判断はついただろう。そうでなくとも、二、三歩を踏み出して蹈鞴を踏む程度に収まった筈だ。だが、行為直後の完全な虚を突かれたと言う事もあって、自分達の予想せぬ存在の接近を許し、あまつさえ敵味方の判別も無く、彼女達は柳沢の声を完全な排除対象として捕らえていたのだった。それも全ては過去に自分達の失態によって武人を危機に晒してしまったという、彼女達の内に秘められた後悔の念と、それに対する何よりも強大な戒め故である。

「しかし、それならば折角の余韻を無駄にすることも無かったのぉ……」

只管に頭を下げる姉妹とは対照的に、山野と柳沢の姿をチラリ一瞥した静奈はつまらなそうに呟いて彼女達より踵を返した。二人に対してある程度の恩義を感じる姉妹とは異なり、静奈にとっての二人とは武人の友人に過ぎない。

「申し訳ありません静奈様、事前に静奈様と武人様に確認を取りに向かうべきでした」

「まぁ、過ぎてしまったことは仕方が無い。気にしなくて良いぞぇ」

「ちょ、ちょっと、貴方達、これってどういうことなのよっ!?」

ハッとした様子で意識に再起動を掛けた柳沢が口を開いた。

しかし、何やら喚く彼女の言葉を右から左へ受け流して、静奈はベッドへ横たわったまま事の成り行きを呆然と見つめていた武人の下へ歩む行く。その淡々とした対応は、紛う事無く出会ったばかりの頃の静奈に等しい。

一方で武人の表情には羞恥に先立って大きな驚きが見て取れた。

「武人、我に今一度だけ主との余韻に浸る許しを……」

「う、うん………」

周囲の状況に混乱した頭のまま、投げ掛けられた言葉の意味を碌に考えず頷く武人。そんな彼の言葉に口元を緩めて、静奈はいそいそとソファーへ上がり、彼の下半身を跨いで両膝を突く。そして、驚きに多少の硬直を失った彼の一物を、再び己の秘所にあてがっては、ぬちゅりと膣に収めたのだった。

「んっ……」

入り口まで垂れて来ていた精液が再び膣奥まで押し戻される感覚に、堪らず静奈の頬には朱が差して、口からは甘い吐息が漏れて聞こえた。幾ら驚きに一回り小さく萎んでいるとはいえ、それでも彼女の幼い未成熟な性器からすれば、武人のそれが型破りな大きさである事には違いない。

「あ、ああ、貴方達、それ、それって……、それって……」

そんな二人の行為を眺める柳沢は、まるで墓場に幽霊でも見つけたが如く二人を指差して、プルプルと小さく人差し指の先端を震わせる。腰まで届く黒い長髪がゆらゆらと揺らいでいた。その頬は柄にも無くほんのりと紅く色付いているように感じられる。

「セックスしてるわね」

挙動不審の友人を尻目に、隣立つ山野が続く言葉をポツリと零した。

膣に武人の陰茎を収めた静奈は、身体を横たわる彼の胴の上に沿って寝そべらせて、その胸に頬と両手を滑らせる。そして、汗と愛液に濡れた彼の肌を愛し気に撫で付けながら、うっとりと幸せそうに真紅の瞳を細めた。

その様子があまりにも官能的に写ったのだろう。柳沢は続く言葉も無く、酸素の枯渇した鉢に泳ぐ金魚の如く、ただ、音も無く口を開閉させては二人の姿を見つめていた。彼女は男性経験を持たない。

「二人とも、それ……」

ずいと西光坊の脇より一歩前に出た山野が、花見月と夢見月の股間を見て口を開いた。

「え、ええと、こ、これは、その……」

そこまで指摘されて、始めて自分達の格好を思い返した夢見月が、恥ずかしそうに胸と秘所を隠すように両腕を動かす。ふと気づけば口元にはだらしが無く自分のものか、それとも花見月のものか、唾液が垂れて顎まで伝っている。

「武人に気持ち良くして貰ったんだっ!」

一方で呆気からんとした様子の花見月が彼女の問いに口を開いては答えた。

「……芹沢君に気持ち良く?」

「は、花見月っ! そういうことは開けっ広げに言っては駄目なのですっ!」

「ん? そうなのか?」

「前にも言ったと思いますが、そういうものなのですっ」

羞恥心からか酷く顔を赤らめつつ、夢見月は花見月に必死の形相で言い聞かせる。

「二人はいつも芹沢君と?」

「一日一回くらいかな、だよな? 夢見月」

「っ……」

「静奈はもっと多いけど、アタシ達はそれくらい」

「だ、だから、そういうことは言ってはいけませんっ!」

「これもいけないのか?」

「それもこれもあれも全部駄目なのですっ!」

次から次へと語られる赤裸々な自分達の性生活に、三人の中で唯一人間に近い常識を持つ夢見月は、返す言葉も失って顔を伏せてしまう。西光坊にしても行為の最中にある武人達の下へ、その友人を連れてきてしまったあたり、人間の社会常識に欠ける所があるのは間違いない。いや、若しくは静奈達の嬌声を耳にした二人が、彼女が止める間も無く強引にも上がり込んで来たのかもしれないが。

「へぇ……、花見月ちゃん達って、結構凄いのね」

照れ恥ずかしがる柳沢とは対照的に、山野は関心した様子で二人の姿を頭から爪先までジロジロと観察するように見つめる。その表情は多少浮き足立って感じられるものの、元来の落ち着きは失われていない。

「あ、あまり見ないで下さい!」

その視線に耐えかねた夢見月が、胸と恥部を隠す手を震わせながら後ろへ退く。

すると、彼女の背後にあった武人と静奈の姿が全面に二人の下へと届けられた。そして、そこまで来て初めて、山野と柳沢は、この場で最も目を奪うべきであったものを知る次第となった。

それはあまりにも想定外の事で、多少の違和感さえ勝手に脳が無かったことにしていたのだろう。肌に入った痛々しい裂傷、手術痕を確認するまで、全く気づくことが出来なかったのだった。本来は真っ直ぐ伸びる筈のそれは、しかし、先端を丸くして僅かな肉の隆起に過ぎない末端と化していた。

「………………芹沢君、それ……」

彼と彼女達の行為を前にしても平然を装っていた山野が、驚きに目を見開いて、その先にあるものを指差して言った。それというのは武人の失われた腕に他ならない。肩の根元からバッサリと切り落とされ丸められた患部が、時折ピクピクと動いては、中途半端に残った骨の端末の挙動を皮と肉越しに知らせる。見る者が見ればおぞましいと言って目を背けたかもしれない。

「う、腕が……」

山野の呟きに促されて、柳沢もまた武人の姿を目の当たりに身体を硬くした。

片腕ならまだ良かった。両腕を失った人間の概観は、大凡人と称するには不釣合いな代物である。まるで肌色をした一本の棒とでも言うべき武人の裸体は、二人にとって酷く衝撃的なものであった。その異様な形を見て山野と柳沢は続く言葉を失う。

「あぁ、これね……」

そんな彼女達の驚愕を前にして、武人は逆に聊かの冷静さを取り戻した。そして、羞恥を追い払い冷めた顔を取り繕うと、意識して素っ気無い態度を取り言葉を返した。彼の視線の先にも二人と同じく失われた己の両腕がある。

「これね……って、どうしたのよっ!」

西光坊の脇より一歩前に踏み出して柳沢が問う。

「別にどうもしないよ、ただ見ての通り」

「どうもしない訳無いじゃない、なんでそんなことに……」

「それくらい、説明しなくたって大体のところは考えが及ぶんじゃない?」

「それって、芹沢君の家を襲った例の二人組?」

「そうだよ」

慌てふためいた様子を見せる柳沢とは対照的に、山野は比較的落ち着いた振る舞いで武人に問いかける。とは言え、彼女の驚きもまた決して小さいものではない。一度は分かれた静奈と、そんな彼女と体を重ねる武人、加えて、初めて目の当たりにするであろう燕尾服を纏った銀髪美人の姿という、甚く好奇心を刺激するであろう諸要素を前に、それらの追求を後回しに尋ねて来る程には動揺している様子だ。

二人は驚きに身を固めたまま、リビングの敷居を一歩跨いだ所で立ち止まっていた。そうして、倒されたソファーへ仰向けに横たわる武人に向かい言葉を続ける。その様子を受けて、姉妹は彼女達の視線の延長から一歩身を引くと、脇に立つ西光坊と共に両者のやり取りを見つめる事とした。

「やっぱり、あの後で何かあったのね……」

「あの調子で何も起こらずに済むほうがおかしいと思うけどね、僕は」

「でも、その腕は想定外だと思う」

「貴方、その……、これからどうするのよ……」

「別にどうもしないよ」

「そうは言っても、今は夏休みだからいいけれど、あと三週間もすれば学校だって始まるじゃない。その身体で学校に通うなんて無理よ」

腕をもがれた武人を前にして、柳沢は妙に感情的にものを言う。

確かに家の中に限って生活しているだけでも、静奈達の支えが無ければ満足に動き回ることが出来ない。朝起きてから今に至るまでに幾度彼女達の手を借りたか、数えれば両手の指では足りないだろう。そして、その指も今は一本として残っていない。ともすれば家の外へ出て、あまつさえ公共交通機関を利用して学校へ通うなど夢のまた夢である。

「確かに無理ね」

柳沢の言葉に山野も頷く。

「別に学校の勉強くらい、手なんか無くたって問題ないね。僕は君達と違って頭がいいから、紙と鉛筆が使えなくたって構わないさ。あの程度の難度ならテストで口頭だけで満点取るのも分けないね」

「そういう意味で言ってるんじゃないわよっ!」

「芹沢君、理解してるんでしょ?」

「まず家から学校まで辿り着くだけで大冒険じゃない」

「昼に食事だって摂れない」

敢えて芯に触れようとしない武人に二人は声を大きくする。

彼としては彼女達にそれを問われる謂れは無いのだが、そのことを指摘すると、また柳沢が吼え始めそうであったので、適当に流していた次第である。しかし、それも早々に限界を向かえた様子だった。

「訴えようにも、まさか警察には言えないわよね……」

「言っても相手にされないと思う。というか、そもそも訴える相手が居ない」

「しかも、その怪我だと今通ってる学校側だって受け入れ拒否するだろうし……」

「……養護学校?」

「おそらく、十中八九そうなるわね」

山野と柳沢の間で交わされる言葉は、それまで彼や彼の父親が敢えて避けて来た話題を正面から貫くものであった。とても現実的で思わず目を背けたくなる、それでいて必ず通らねばならない通過点である。

「…………まあ、それが妥当だろうね」

それでも彼は素っ気無い素振りを突き通す。

「……貴方はそれでいいの?」

「良くはないよ。けど、それが人間社会の正しい仕組みなんだから仕方ないじゃないか」

「けど、だからってこのままだなんて、いくらなんでもあんまりだわ」

「柳沢は芹沢君のことが嫌いじゃなかったの?」

「それとこれとは話が別よっ!」

「そうなの?」

「そうよ、私はこういう理不尽なのが許せないのっ!」

睨む様に山野を見つめ返す柳沢の語りは、多少の怒気さえ孕んでいた。

そんな三人の達の言葉を受けて聞き耳を立てる者達のうち、いの一番に口を開いたのは静奈であった。傍らで交わされる人間達のやり取りを耳にして、それまでの満ち足りた表情から一変した彼女は、武人の胸から顔を上げて身を起こし、神妙な面持ちでそれに答える。

「武人には、今までどおりの生活を続けて貰いたい」

それまで何を語ることも無かった山野と柳沢を両の眼で真摯に見つめて、これ以上の無い願いを請うように口を開いた。それは元来の静奈を知る者からすれば、非常にらしからぬ言動に感じられた。

「我は武人に苦労を掛けとうない……」

そして、それに花見月と夢見月の二人もまた言葉を続ける。

「その為なら私はどのような努力も致します」

「アタシもだっ!」

彼女達が願うを山野や柳沢に訴えるは何の意味がある行為でもない。しかし、他になんら手立てを持たない人外の化け物に持てる術は、今に思う願いを語る事だけだった。三者の真剣な眼差しを受けて、二人は返す言葉に戸惑う。

「別に、僕の為に君達がそこまで必死になることは無いんじゃないかな……」

部屋に漂う空気が淀みつつあると知って、何とか場の空気を和ませようと武人が横槍を入れる。だが、当の本人の意見は、それを支える狐達によって完膚無く淘汰されることとなる。

「武人は我の全てじゃ、主の為に必死にならないで居られる筈が無い。頼むからそう言わないで欲しい。我は主の為にこの身を使いたい。そうでなければ、平静を保っていられなくなる」

「私はこれ以上を武人さんから奪うことなんて出来ません。せめて今だけは頷いて頂けないでしょうか? それさえ許されないというのなら、何を持ってして貴方に報いればいいのか、分からなくなってしまいます」

「アタシは馬鹿だから、武人の為に大したことしてあげられない。でも、武人には今までどおりの生活をして欲しいから、だから、手伝わせて欲しい。一緒に居たいし、もっと笑って欲しいんだ」

過去に当てられたことの無い、掛け値無しの純粋な好意を一身に向けられて、武人は続く言葉を躊躇する。彼を見つめる三人の視線は限りなく澄んで、ただ相手を思う心遣いだけが感じられた。

そんな彼女達の言葉に答えたのが、他の誰でもない、この場で最も武人を毛嫌いしている筈の柳沢だった。彼女は何か暫く悩む様子を見せていたが、三人の真剣な表情を目の当たりとして、意を決したように口を開く。

「貴方達がそう言うなら、学校関係の話は私が何とかするわ」

「君が学校に何をしてくれるの?」

「当てが無い訳でもないの。貴方が今の学校に残れるように動いてみる」

「……それって、どういうこと?」

それに武人が驚いた様子で問い返した。

そこには二つの意味で疑念が残る。一つは彼女の口からそのような言葉の吐かれた真意を疑ってのことである。そして、もう一つは何故に彼女が学校に意見出来るのかという純粋な疑問だった。

「柳沢の家は古くからこの辺り一体の地主なの。その関係で歴代市長とも仲が良いし、私達が通ってる学校にも結構な額を寄付しているらしいから、そういった伝を使えば芹沢君を他所へ送らないで澄むかもしれない、ってことだと思う」

「山野、余計な事は喋らないで」

後者に関して、武人の問いに答えた山野へ柳沢が珍しく叱咤を飛ばす。それはキツイ口調でもって、多少の怒気さえ孕んでいた。山野の後を着いて回るだけの存在だと彼女を捉えていた武人からすれば、それは意外な反応に思えた。

「……いいのかぇ?」

「これは別に貴方達の為にする訳でも、ましてや、芹沢君の為にする訳でも無いわ。ただ、私がそうしたいからそうするだけ。良いも悪いも無いわ。それと事前に言っておくけど、私も学校内での世話までは見れないわよ?」

「も、勿論、そういったお世話は私達が全て行いますっ!」

「アタシも武人と一緒に学校へ行くぞっ!」

「武人が行くと言うなら、例え火の中だろうと水の中だろうと何処までも共に行くぞぇ」

「そう、なら良いわ」

返された化け狐達の言葉に柳沢は満足した様子で頷いた。

「……この場合って、僕は君に感謝すべきなの?」

「さっきも言ったけど、私は誰かに感謝されたくてやった訳じゃないの。貴方の好きにすればいいんじゃない? そうして伺うだけ馬鹿みたいよ?」

「ふぅん、じゃあそうさせて貰うよ」

ソファーに寝転んだままの武人は、首を捻り二人から顔を背けて、その反対の側にあるベランダへ続くガラス戸へ目を向けた。下腹部には静奈が座り込んでいるので、身体は仰向けにそのままである。

視界の先にはつい先程に西光坊の手によって綺麗に整列されて、几帳面にも種類別に物干し竿へ並ぶ洗濯物があった。外は多少の風があるのか、水気を吸って重くなったシャツの裾や袖が時折小さく揺らいでは右へ左へ行き来する。今日は相変わらずの快晴で、空には雲の一つも見当たらない。この調子なら日が暮れる前に気持ち良く乾いてくれることだろう。

そんな気持ちの良い夏晴れの空を眺めて――――。

「……ありがとう」

武人は蚊の鳴くような小さな声で答えた。

「貴方も素直じゃないわね」

「わ、悪かったね……」

「全くよ」

両手の平を天井に上げて呆れ口調で呟く柳沢。

武人は少し悔しそうに呟いて言葉を返すのだった。