金髪ロリ達観クールラノベ 第三巻

エピローグ

武人達の泊まる宿より離れて、薄暗い山中を進む人影があった。

その数は二つ。共に背の低い草木を押し分けながら、何かを探るように急ぎ足で歩を進めていた。頭上に茂る背の高い樹木の葉の合間からは、白んだ空より僅かな明りが差して、夜の闇に落ちていた森へと多少の光源を与えている。鳥の囀りこそ聞こえてこないが、夜明けの近い様が伺えた。

「ちょっと、山野、何処へ行くつもり?」

「こっちの方から何か音がしたの」

「いや、音がしたって言われても、別になんだっていいじゃない」

「気にならない?」

「例え気になっても、いちいち確認になんて行かないわよ」

先を進む友人を追って柳沢は幾度目とも分からない言葉を投げかけては嘆息した。

我慢の限界に達した山野が彼女の制止を振り切り宿を抜け出したのが、今より数十分だけ前の事である。それから彼女達は、特にこれと言って行く当ても無く山中を彷徨っていたのである。全ては山野曰く、こんな時にジッとしていられない、という理由からだった。無論、柳沢はそんな彼女の飽くなき探究心を抑える為に付き添っている次第である。

「っていうか、山野、貴方はなんでそんなに準備が良いのよ」

柳沢が山野の姿を眺めて言う。

「準備?」

「その服装と装備諸々に決まってるじゃない」

「これ?」

背を追う友人を振り返って、山野は手にした懐中電灯を目の前で軽く上げてみせる。

加えて言うなら、その身に纏うは草色の防水加工が施されたツナギであり、背には厳つい登山用の背嚢を下げている。また、靴にしても普段からのスニーカーではなく、底の厚い足首までを覆う値の張りそうな登山靴を履いていた。極め付けに皮製の手袋まで着用しているあたり、彼女の準備の良さが伺える。

「そうよ、それも、これも、どれも普通の温泉旅行には必要無い道具でしょうに」

「でも、前には準備が無くて苦労した」

「初めから苦労するような真似をしなけりゃいいじゃないっ!」

おかげで半袖シャツにジーンズという普段着しか持ち合わせの無かった柳沢は、彼女の軽快な足取りに追従するだけで必死だった。だからこそ、自然と友人に掛ける声も荒いものとなっている。

宿を出る前までは呆れ以外の感慨を抱く事は無かった彼女であるが、装備の差異がここまで顕著に出るとは、憤慨の中にも己の見立ての甘さに反省半分といったところである。ならば大人しく宿へ帰れば良い、とは山野より幾度も言われた事だ。しかし、彼女には彼女で大人しく下がれない理由があるのだから仕方が無い。

「道理で荷物が大きくなる訳よね」

誰に言うでもなく呟いて、柳沢は段々と己を出し抜きつつある友人の背を追った。

幾ら観光地とは言え、場所が山を切り開いて作られた田舎の一角である。人の手が加えられた道より一歩でも脇へと逸れれば、そこは野生の動物が行きかう天然の森林の一端に違いない。

それでも普段からの足取りを落とさない山野の人外に対する執着は恐るべきものだろう。

「っていうか、ねぇ、そろそろ一休みしない?」

「休み?」

「もう小一時間は歩いてるじゃない」

ズボンのポケットから携帯電話を取り出して時刻を確認した柳沢が言った。勿論、そのディスプレイに示された電波状況は最悪の零本だ。もしも遭難してしまったら、と考えると今頃になって薄ら寒いものが彼女の背を駆け抜けた。

「だったら、柳沢は休んでいて。私は先を進むから」

「ちょ、ちょっと、私達って友達じゃなかったっけ?」

「それはそれ、これはこれ。後で迎えに来るから」

「貴方って意外と酷いわね……」

「そう?」

「まあ、いつだって大差無い態度だった気がしないでもないけれども……」

無駄口を叩きながら、それでも二人は歩みを緩める事無く道無き道を進む。

すると、暫くして先を行く山野が何かを見つけた。

「あ、居た……」

何やら多少を驚いた様子で呟かれた一言。

「居たって、何が居たのよ。寝ている猪でも見つけたの?」

急に足を止めた友人の肩越しに軽く非難の声を上げながら、柳沢もまた好奇心から彼女が見つめる先に目を向けた。ともすれば、そこにはどういう訳か人が一人、幹に身体を凭れさせ倒れているではないか。

身の丈は四尺弱と小柄な少女である。

どういう訳か場違いにも、揚柳の細身に十二単、濃い紅の袴姿を纏った白拍子の如き格好をしていた。上下で鮮やかにも紅白として分かれた衣装は非常に印象的だ。また、頭上にちょこんと乗せられたやや小柄な立烏帽子が、現物を知らぬ二人の目には、とても奇異なものとして映った。その下から流れる黒髪は、膝裏に届くほどの長髪であって、僅かばかりの風に吹かれ小さく揺れている。堀の深い目鼻立ちは色白い肌を持って成され、キリリと引き締まった顔つきは、年頃の可愛らしさと言うより、その外見年齢に対して分不相応な凛々しさを感じさせた。

だが、その瞳は閉じられて、四肢はダラリと力無く垂れている。衣服は至る所が裂かれ解れて、辛うじて原型を留めている、といった具合である。そして、その有様に相応しいだけ、肉体には打ち傷、切り傷、火傷といった原因の知れない様々な傷が、それこそ部位に隔てなく全身に刻まれていた。特に片脇腹は肺や肝臓といった内臓器を含んで大きく抉られている。思わず眼を背けたくなる凄惨な光景だった。

「ねぇ、この子って……」

だが、そんな中にあって少女を一目見た柳沢は恐る恐る声を上げる。

「ええ、昼にお風呂で会った子ね」

二人が彼女の顔を見間違えることは無かった。