喰らえ、メテオストライク!

森林捜索 一

 ミサイル注意報からしばらく、俺たちはエリーザベト姉が手配した車に乗り込み、自宅前から移動した。足として利用するのは、昨日にも乗った白塗りのリムジンだ。ちなみに移動中は車内が完全に区切られており、俺だけ一人。姉妹は二人。凄い。

 そして、二、三時間ばかりを走った先、辿り着いたのは東京都青梅市界隈。そろそろ日も暮れようかという頃合、こんな田舎に何を探すつもりなのか。右を見ても左を見ても、緑一色。日が暮れれば真っ暗だろう。

 周囲を木々の茂る山々に囲まれて、アスファルトの舗装もまばらな一帯だ。辛うじて乗り入れたリムジンも、ここから先は通れない。もしも奥へ進むなら、徒歩での移動が強いられる。もやし気味な都会っ子には辛い田舎具合だ。

「で、次は何だよ?」

「この近隣でケサランパサランの目撃情報が入っているわ。それも大量に」

「あぁ……」

 あの白いフワフワな。

 俺も小学校の頃に見たことあるよ。

 世間的にも割とメジャーで、一時期、普通に流行ったしな。

「っていうか、このだだっ広い山の中で、あれを捕まえるのか?」

「悪い?」

「悪いだろ……もう日が暮れるじゃん」

「日が暮れるまで、あと二時間は活動可能じゃないかしら。それに目撃情報は、大量に、とのことだから、決して無意味な捜索ではないと考えるわ。恐らくは、近隣に群生しているのでしょう」

「勤勉っスね」

「お姉ちゃん、根は真面目だから」

「能力と要領が足りて無くて、周りに迷惑を掛けるタイプの真面目だよな」

「うん、その通り。よく分かったね!」

「ちょっとハイジ、貴方は黙ってなさい」

 まあいい。探すのなら、さっさと探してしまいましょう。

 エリーザベト姉の言葉に従い、渋々ながらも散策を開始する。

 俺と姉妹、それにリムジンの運転手の四名は、それぞれ分散する形で、近隣を捜索することとした。草の根をかき分けて、というやつである。

 だがしかし、このだだっ広い田舎の土地を、指先ほどの綿毛を求めて探したところで、そう容易に成果を上げることなど不可能だ。

 小一時間を探したところで、俺は当然、姉妹にしても音を上げた。

 一度はバラバラとなった面々も、自ずと自動車の脇に集まってきて、このプランの無謀さに頭を悩ませる羽目となる。

 誰も彼も額にはビッシリと汗だ。

「……これは難しいわね」

「んなもん、考えるまでもなく明らかだったろうが」

「お姉ちゃん、流石にこれは私も擁護できないよぉ……」

 運転手に至っては、何を言うでもなく、地べたに座り混んで頭を垂れている。パッと見た感じ、四十を過ぎているっぽいし、きっと日頃の運動不足が祟ったのだろう。

「し、仕方が無いでしょうっ!? 他に手立てがなかったのだからっ!」

「本当にこのあたりで報告が上がったのかよ?」

「ええ、そうよ。一週間くらい前に連絡があったもの」

「だとしてもさぁー、これはちょっと無理なんじゃないかなぁー?」

「ぐっ……」

 妹さんにまで駄目出しをされて、流石の姉も続く言葉を失う。

「せめてもう少し、具体的な場所を探るなり、詳細な情報を集めるなりした方が良いんじゃないか? 時間が無いっていうなら、ここは後回しにして、他の候補を捜索するっていう選択もあるだろうし」

「わ、分かったわよっ! それじゃあ、近場の村へ行くわよっ! 貴方たちの言うとおり、情報収集を進めるわ! とは言っても、あまり時間は掛けられないから、今日中に確証が得られなかった場合は、他の対象を優先する。……それでいいっ!?」

「なんで最後の方、キレてんだよ」

「うるさいわよっ!」

 賑やかな女だ。

 こういう子と結婚したら、きっと人生楽しいだろうな。

「おーおー、段々とお姉ちゃんの使い方が分かってきたみたいだねぇー」

「だろ?」

「この調子で頑張って欲しいかなっ!」

「でも、どっちかと言えば、俺は妹さんの扱い方を学びたいんだけどなー」

「えー? それはドン引きだよぉー」

 何気ない俺の言葉を受けて、妹さんの表情が急な変化を見せる。

「……あの、本当に無理だからね? やめてね?」

「そっすか」

 すっげぇ素の反応だ。

 脈はゼロらしい。

 分かってたけど、かなりショックだわ。

 もの凄い嫌そうな顔をされた。

 本当に止めて欲しいらしい。

「そうだよー」

「……そっすか」

 自業自得だけれど、凄い胸が痛くなった。

「なにを馬鹿なことを言っているの? 行くわよっ!」

 エリーザベト姉がリムジンへ向けて歩み出す。

 これに従い、俺と妹さんが一歩を踏み出した瞬間のことだった。

 雪が吹雪いた。

「うぉ!? なにこれ寒っ……」

 ビュォーっと流れてきた寒波が、半袖シャツの袖からでた腕を直撃。汗にじっとりと湿っていた肌が、早々のこと冷えて乾燥するのを感じた。

 ちなみに今は七月。夏だ。

「っ!?」

「お姉ちゃんっ、あそこっ!」

 妹さんが吠えた。

 その人差し指が指し示す先、我々が見つけたのは和服姿の美女。

「……マジか」

 和服を着た真っ白な肌、真っ白な髪の女性が、木々の合間に立ち、こちらをジッと見つめている。どうやら冷気はそちらから発せられているようだ。その証拠に彼女の周囲に生える植物は、どれも根元から凍っていた。

 確かに青梅と言えば、雪女の伝説は観光商材になるほど有名だ。

「あれは雪女ねっ!」

 ドヤ顔でエリーザベト姉が言う。

 俺は妹さんに尋ねた。

「吸血鬼とどっちが強いんだ?」

「えっとぉー……一概には、判断できないと思うなぁ」

「つまりヤバいってことだな」

「……あと百年くらい待ってくれれば、あんなの一発なのにねぇー」

「大変に素直でありがたいよ」

 ってことで、ピンチです。

 若い吸血鬼は本当に使えないね。態度ばかり大きくて困るよ。

 とは言え、自分も人のことは言えない。雪女に関して、どれだけの経験があるかと言えば、以前、幼生に一度会ったことがある程度。しかも、その時ですら殺されかけた。小学生就労前くらいの小さな雪女に命の危機を感じたものだ。

 対して、今に眺めるのは、どう計っても成体。グラマラスなお姉さんである。大きく開いた和服の胸元から、ボインボインのオッパイが頭を覗かせている。お尻もムッチリと安産型で最高にエロい。俺の男の子な部分が全力で中出しを望んでいる。

「貴方たちっ、何をボウッとしているのっ!?」

 ガゥンッ! ガゥンッ!

 火薬の爆ぜる音が響いた。

 何事かと思い、音の聞こえてきた側へ意識を向ける。すると、そこには片手に拳銃を構えて、雪女を狙い立つエリーザベト姉の姿があった。

「って、ハンドガンかよっ!?」

 しかもかなりの大口径だ。

 ガゥン! ガゥン!

 日本の警察が携帯するニューナンプとは比べものにならない。名前は知らないけれど、映画などによく出てくるS&WのM500のような外見の回転式拳銃だ。到底、子供が撃てる代物じゃない。成人男性でも取り回しに苦労するだろう。

 それを腕の一ミリも揺らすことなく、連続で撃ち放つ。

 正直、格好いい。ガチで惚れる。

 ただ、なんか違う。

「もう少し、こう、なんつーか、吸血鬼的な対応はないのかよ?」

「黙りなさいっ! 下手に殴るより効果的じゃないっ」

 これは幻滅だよ。人外的に。

「ぉぉぉおおおおおっ」

 対して、これを受けた雪女は吠える。

 弾丸は彼女の胸や頭部へ次々と命中した。頭部が砕けて、首から上が完全に吹き飛ぶと、悲鳴すらも満足に上げられなくなる。胴体には心臓を中心として、衣服を巻き込み、大きな穴が空いていた。

 だが、それも僅かな間のこと、次の瞬間には、患部がニョキニョキと生えて元通りとなる。雪女は一般的な物理耐性に加えて、強い蘇生能力を備えている。普通に争ったのでは、人間にどうこうできる手合いではない。

 不意の遭遇に対して、最も有効なのは手立ては交渉だと、師匠も言っていた。

「なっ……」

 一連の蘇生を目の当たりとして、驚愕に瞳を見開くエリーザベト姉。

 どうやら雪女の生態を知らなかった様子だ。

 コイツ、全力でドヤってた癖に、知ってたの名前だけかよ。

「いやいや、それくらい知ってろよ。コイツらに拳銃は利かないぞ」

「そ、そういうことは最初に言いなさいっ!」

 マジで狼狽えている。

 狼狽する金髪ロリータも可愛い。

 ディープキスしたい。

「言う前に撃ってたじゃん。っていうか、交渉する前にいきなり撃つなよな」

「だって危険じゃないっ! 冷気を放ってきたのよっ!?」

「そりゃアンタ、雪女なんだから仕方ないだろ? 人間で言えば、中年親父の加齢臭みたいなもんだよ。パッシブなんだよ。常時効果発動中ってヤツなんだよ」

「幾ら分かりやすくても、下品な例えは止めてちょうだいっ!」

 こうなってしまっては平和的な解決など望めない。先に手を出したのはこっちだ。やっぱり今の無しで、とは通じないだろう。僅かばかりあった可能性が、彼女の初動により確実なゼロへと落ちた。

 頭部の蘇生が終わると同時、ジロリ、彼女の真っ赤な瞳が俺たちを睨み付ける。

「に、逃げるわよっ!」

 大慌て、リムジンへと走り出す、エリーザベト姉。

 気づけば妹さんと運転手は、既に自動車へ乗り込んでいた。なんて逃げ足の速い奴らだろう。ブロロロロとエンジンが掛けられて、ゆっくりと動き出しつつある。タイヤの砂利を踏みしめる音が妙に大きく聞こえた。

「お姉ちゃん、早くっ!」

 妹から差し出された手を取り、後部座席へと転がり込む姉。間一髪、危ういところで乗り込んだ。吸血鬼としての身体能力が功を奏したのだろう。

 これに応じて、自動車が急に走る勢いを増す。急発進。

 完全に置いてけぼりの俺。

 相手はオッパイ丸出し。オマンコも丸出し。しかもパイパン。

 その色香に惑わされて、一瞬ばかり初動が遅れてしまった点には、少なからず反省すべきだと思う。けれど、流石に問答無用で置いてけぼりは酷いんじゃなかろうか。

「あ、おいこらっ! 俺も乗せてけよっ!」

「早く出して頂戴っ!」

「ちょっとぉおおおおおっ!」

 閉まりかけ。半開きだった後部ドアへ、咄嗟のこと飛びつく。

「ぉぉぉおおおおおおおっ!」

 背後では雪女が吠える。

 先程とは比べものにならない冷気が、俺の身体を襲った。冷たいと感じたのは一瞬のこと、次の瞬間には背面の感覚が失われる。どうやら凍り付いてしまったようだ。

 急に身体が重くなる。自重の狂う感覚。

 自動車のドアの突起、しがみついた先から指が外れて、そのまま路上へと転がり落ちた。碌に舗装もされていない砂利道に叩き付けられる。背面からちんグリ返しの姿勢で、酷く惨めな落下。

 カシャンと何かの砕ける音が聞こえた。

 凄い勢いで遠のいていくリムジン。

「ちょ、待って……」

 腕を伸ばすも、まさか届くべくもない。

 身体は満足に動かなかった。恐らくは凍り付いた背中が、落下の衝撃に砕けたのだろう。どこまでが破損したのかは知れないが、人間として致命傷に間違いない。あまり想像したくない状態だ。

「あ、ヤバ……」

 急に視界の暗くなる感覚。

 そこで俺の意識は失われた。