喰らえ、メテオストライク!

宝刀捜索 三

 社務所は1DKの手狭い木造平屋建てだった。玄関を超えてすぐ先、板張りのダイニングが出迎える。隣接する畳敷きの居室は、障子に隔てられた間続きで、これを開くと、大凡十数畳ばかりのワンルームといった態になる。

 横文字を使えば聞こえは良いが、築後五十年は経過しているだろう。酷くボロい。玄関を土足のまま上がり、板張りのダイニングを歩むと、ギシギシ、心許ない音が足下から返ってきた。壁は土壁で落ちたクズが足下を汚す。

 そうした有り体の、どこにでもある、古い神社の、古い社務所。

 とは言え、伊達にエリーザベト姉妹の捜査網に引っかかっていない。

 建物の最奥に位置する居室で見つけたのが、一振りの刀だった。

「おぉ、なんか本当にあった……」

「これか?」

「そうじゃないのか? 姉の方が宝刀とか言ってたし」

 鬼っ子と二人して、居室の片隅、半畳ばかりの床の間に立てられた刀を眺める。木製の支えに立てかけられて、直立する形で二人を迎え入れた。鞘に入れられており、手に取らずんば刀身を拝むことは叶わない。

「スゲェかっちょいいんだけど」

 こういうのは憧れだ。

 中学校の卒業旅行、京都で木刀はデフォだった。

「パクるかー?」

 鬼っ子の悪魔のようなささやき。

 なんて魅力的だ。

「あの二人に渡すのは少しばかり勿体ないな」

「だな!」

 おう、鬼っ子のお墨付き。

 別段これと言って、日本刀を見るのは初めてじゃない。

 が、これはカッコ良い。

 スラリと長い刀身は、二メートル近い。鞘に収まっていても、余りある存在感を感じる。正直、自分の背丈より長い刀をどうやって扱うのだという点については疑問も然り。しかしながら、格好良さは実用性の上を行く。

 欲しい。これが欲しい。

 隕石が衝突したとき、最後はコイツを抱いて死にたいくらいだ。

「よし、パクろう」

「おー!」

 鬼っ子の承諾が得られたところで、今後の方向性を決定だ。

 ラッキー砲だかなんだか知らないが、こんなカッチョイイ日本刀を、あんなパツキン西洋人に与えてしまうなんて、勿体ない、勿体なさ過ぎる。

 ということで、早速、拝借することとした。

 手にとってみる。

 支えから外して、鞘に収まるそれを手に取り引き寄せた。

「おぉ、スゲェずっしり感が」

「割としっかりした作りだなー? 悪くないと思うぞ」

「そうなのか?」

「あとこれ、ぜんぜんラッキーじゃないぞ」

「え?」

 鬼っ子の何気ない呟きに、思わず聞き返してしまう。

「どっちかっていうとアンラッキー。美味しそうな匂いがする」

「おぉ、ラッキーの反対を知ってるとか偉いな。マジは博識だし」

「だろっ!?」

 俺が褒めると、素直に笑顔となる鬼っ子。

 やばいくらい可愛い。

 ファミレスで受けたフェラのおかげで、俺はコイツにゾッコンだ。

 ブサメンは惚れっぽいんだよ。無料フェラとかされたら一生を誓うレベル。

「ご褒美に今晩は、おつまみに美味しいお菓子を追加してやろう。オススメのやつ」

「お-! オマエいいやつ!」

「だから悪いけど、どんだけ良い匂いがしても、これは喰わないでよな? いいよな? こういうのは男の憧れなんだよ。超絶格好いいじゃん、無駄に長すぎる日本刀とか」

「いいぞ、喰わない! 我慢してやる!」

「ナイスだ! ありがとう!」

「代わりにちゃんと美味しいのくれよな! 絶対だぞ?」

「おうおう。絶対だ。俺のとっておきをオマエにくれてやる」

「おぉおおお、とっておき! スゲェ!」

 よっしゃ、日本刀ゲットだぜ。

 男だったら誰だって、こういうの振り回すの憧れだろ。

 死ぬ前に一度はやってみたかった。人を切ってみたかった。

 師匠も一本、スゲェ格好良いの持ってたし。

 彼氏の形見だからって、一度も触らせて貰えなかったけど。

「けどまあ、どうしたもんか。アンラッキーってのは見過ごせないな」

 エリーザベト姉の情報が誤っていた点については、この場に問い詰めるべき問題では無い。まあ、そういうこともあるだろうし、本人があの為体(ていたらく)では仕方の無いことだ。

 しかしながら、流石に前知識なしで抜くのは怖い。この手の物品が取扱注意である点は、俺の些末な過去の経験からも窺える。予備知識為しに引っこ抜いて、そのまま昇天した例は、文献にも散在するし。

「どういう感じなんだ? 抜くと不幸になるとか?」

「抜くなら注意しろ。今のオマエだと微妙に喰われる」

「え……」

 不吉な助言を頂戴した。

 微妙ってどのくらいですかね。

 喰われるとか、アンラッキーどころの話じゃない。

「それってどういう……」

「もう少しだけ、オマエの魂が私に馴染んでからの方が良いと思う。これ、そんなに強いヤツじゃないけど、今だとまだちょっと足りてない気がするから」

「え?」

 鬼っ子の言葉が理解できない。っていうか、馴染むってなんすか。

 あと、必然的とか、随分と難しい単語を使われますね。

「ちょっと待った。俺はアンタの言うことがよく分からない」

「どこがだ?」

「オマエの魂が私に馴染む、っていうあたりから」

「馴染んじゃ駄目なのか?」

「そりゃ状況によりけりだろ」

 キョトン、首を傾げる鬼っ子を前として、内心、ドクンと胸が大きく脈を打つ。こちらの関知しないところで、よろしくない状況が進行中っぽい。

 日本刀を手にしたまま、彼女の側へと向き直る。

「俺の魂って、アンタの腹の中にあるんだよな?」

「あるぞ!」

「いまどんな具合?」

「ちょっと一体化してる。私と」

「マジかー」

 表現が抽象的すぎて意味が分からないぜ。

「いつもはすぐに食べちゃうから、こんな長い間、人間の魂を腹に入れたままだったの初めて。私も驚いてる。もう半分くらいくっついちゃって、吐き出せないっぽい。改めて食べることもできない感じ」

「分かった。とりあえず、俺の魂がヤバいってのは理解できた気がする」

「ヤバくないぞ? ちょっと場所が変わっただけ」

 それが重要だと思うのだけれど。

「……まさか、そのまま吸収されて無くなったりしない?」

「別に無くならないぞ」

「二つのウンコが肥だめの中で一緒になって見分けが付かなくなるイメージ?」

「そうそう、そんな感じ」

「なるほど」

 ならいいや。

「あ、でもさ、それと日本刀がどうして関係してるんだ?」

「私と完全に一体化してからの方が、オマエも強くなる」

「あー、そういうものなのか」

「そういうもんだ」

「具体的にはどれくらい?」

「あと二晩くらいで、ぜんぶ一緒になると思う」

「なるほど」

 隕石衝突を待たずして、妙なことになる可能性大って感じか。

 今更ああだこうだと言うのも面倒だろう。この場は流されるがままで良い気がしてきた。一度は変態吸血鬼に日本刀で刺殺された手前、その在り方には多分に救われている。感謝こそしても、忌諱する必要はないと思っとく。

「それってさ、意識とかって大丈夫なの? 消えて無くならない?」

「なくならない。ふつう」

「なるほどねー」

 少し理解。

 要は鬼パワーのおこぼれを俺も頂戴できるという訳だろう。

 今でこそエリーザベト姉の裏拳一発で頭部を散らす貧弱な肉体だけれど、それも鬼っ子との一体化の暁には、二発くらい耐えられるかも知れないってことだ。

「それなら別にいいや。気にすんな!」

「おう!」

 今の不老不死状態は便利だから良し。

 当然、この鬼っ子と一蓮托生というのは、少しばかり不安も残る。コイツってば、相手が誰であったとしても、ムカついたら速攻で腹パンしそう。もしも対象が強かったりしたら、逆に自滅コースだろ。

 けれど、それも俺が一緒に居て行動を制限すれば、問題なし。

 となれば、下手に人間でいるより美味しいじゃないですか。特にここ数日は金髪ロリ吸血鬼姉妹のおかげで、死亡率がグンと上昇している。むしろ今の状況で元に戻されてもヤバい感じだ。

 こう考えると、あまり深刻な問題ではない。

 っていうか、そもそも残すところ四日だし。

 ヤケクソだな。鬼でも何でもどんと来いだ。

「んじゃ、コイツは回収な」

「回収だー! 後で試し切りな! 試し切りっ!」

「そうだな」

「あの血吸い虫で試そうな! 胴体ぶつ切り」

「いや、流石にそれはどうかと思うけどな」

 この鬼っ子、そんなにエリーザベト姉妹が嫌いなのか。

 ぶつ切りとかエグい。

 もしかしたら、鬼と吸血鬼は種族的に仲が悪いのかも知れない。

 勝手な想像だけど。

「となると、あとはコイツを如何にしてあの二人から隠すかだな」

「隠すか?」

「そうだなぁ」

 ぐるりと部屋を見渡す。

 流石に部屋の中に置いておいては、気付かれてしまいそう。姉妹はここに目的のモノがあるだろうと探す訳だから、見つかるまでは延々と探し続けるだろうし。

 あぁ、そう言えば、俺たちより前に捜索へ来ていた人たちはどうなったんだろうな。この様子だと、誰も彼も殺されてしまったのか。

「……いっそ、外に放り投げるか」

 壁の一面、窓の外を眺めて呟く。

「後で取りに来るのか?」

「あぁ、でも、それだと他のヤツに拾われたら面倒だよなぁ」

 これだけの長モノだ。そこいらに落っこちていたら、人目に付くこと請け合い。モノがモノだけに通報必至。そうなれば永遠に手の届かないところに行ってしまう。

 さて、どうしたものか。

 頭を悩ませていると、鬼っ子からの提案。

「アイツらに抜かせるか?」

「あー……」

 果たして、これを抜いたら何が起こるのか、見てみたい気がしないでもない。また、この日本刀がアンラッキーである旨も伝わり、一石二鳥とはまさにこのこと。

 しかしながら、そうした些末な好奇心から、貴重な金髪ロリ吸血鬼マンコを失うのは、非常に惜しい。エリーザベト姉、愛してる。

 さて、どうしたものか。

 などと思考を重ねているうちに、状況とは勝手に進んでゆくものだ。

 不意に足音が響いたかと思えば、社務所の外より聞こえ来る足音。俺と鬼っ子の意識が音の聞こえて来た側へ向くに応じて、ダイニングの先、開けっ放しであった玄関ドアの先から、問題の吸血鬼姉妹が顔を覗かせた。

「貴方たち、何を勝手に動いているの?」

 口の周りをべったりと血に染めて、けれど、それを強引に制服の袖に拭ったのか、顔は酷いことになっていた。落としきれない血液は肌の上に残り、雪のように白い肌の上に掠れ滲む。

 けれど、姉妹共々これを気にした様子はない。ズンズン、こちらに向かい来る。当然、その歩みは靴を脱ぐこと無く土足のままだ。もしも俺が意中の相手であったのなら、或いは対応も違ったのだろうか。

「それが宝刀かしら?」

 早々のこと、エリーザベト姉の視線が、俺の手の下へと向けられた。

 この脳天気な吸血鬼のことだ。

 抜くぞ。

 間違いなく、これ抜くぞ。

「貸しなさい」

「……いいのか?」

「何を言っているの? いいから早く貸しなさい」

 引ったくるように日本刀を奪われた。

 策を仕込む必要もなく、鬼っ子の提案したままに状況は流れた。

 なんて阿呆なエリーザベト姉。

 そういう間抜けなところも大好きだわ。

 愛している。結婚したい。

「日本刀、というのかしら? この国の伝統的な剣なのよね」

「あっ、いいなぁ! お姉ちゃん、それ私も持ってみたいんだけどぉ」

 日本の文化文明に興味があるのか、しきりに反応してみせる姉妹。

「随分と長いわね……」

 おもむろに姉が刀の柄を握る。もう一方の手は鞘を握ったままであるからして、腕が動くに応じて、ゆっくり、刀身が抜き放たれてゆく。

 鞘の先から見えたのは、ギラリ、鈍い輝きを見せる銀色の刃。

「うわ、躊躇無く抜きやがった……」

「何か言った?」

「いいや?」

 吸血鬼の怪力にモノを言わせて、スルリと切っ先までを抜ききる。放り捨てられた鞘が、カラン、音を立てて彼女の足下に転がった。

 随分とぞんざいな扱いもあったものだ。

「へぇ、綺麗なものなのね。まるで鏡みたい……」

 ウットリとした表情で刀身を見つめるエリーザベト姉。

 視線の先には、手にすれば天井まで達する長さの日本刀。

 変化はこのタイミングで起こった。

 柄を握る彼女の手が、急に萎れ始めたのだ。歳幼い艶やかで張りの良い肌が、数秒という間に、年寄りの其れへ、更には骨と皮を残して、肉の厚みすらも失われゆく。

 皮膚の表面からは、うっすらと白い煙のようなものが上がっていた。

「なっ……」

 自らの変化に気付いて、咄嗟、彼女は刀から手を離した。

 支えを失った日本刀は、そのまま畳の上へと落ちる。

「なによこれっ……」

 皆々の視線はエリーザベト姉の腕へ向かう。柄を握っていた右腕は、肘から先が完全に干涸らびていた。まるで肉や脂肪を皮膚の上からストローに吸い出されたよう。骨と皮を残すのみ。

「お姉ちゃん、だ、大丈夫?」

「……治癒が、凄く遅いわ」

 熱いものにでも触れたよう、戦々恐々とした様子に刀を見つめる姉妹。

 これに構わず、横から鬼っ子が手を伸ばした。

「これ、コイツが欲しいらしいぞ」

「あ、ちょっと貴方っ!」

 彼女は何気ない調子に柄を握り、腰の高さで畳と水平に日本刀を構えてみせる。姉妹のときも感じたのだけれど、数キロはありそうな巨大な日本刀を、小柄な童女が片手に楽々と扱ってみせる様子は違和感大だ。

 でも、ちょっと格好いい。ロリに日本刀とか良いね。

「えっ……」

「あ、あれぇー……?」

 姉と妹が見つめる先、けれど、鬼っ子の腕は僅かばかりも萎れなかった。

 なるほど。これが彼女の言っていた、微妙に喰われる、もう少し待て、といった発言の意図するところなのだろう。抜かなくて良かった。鬼っ子の注意を受けていなければ、俺の腕もエリーザベト姉のようになっていたかも知れない。

「私をオマエらと一緒にするなよー?」

「っ……」

 金色の瞳が、ジッと吸血鬼二名を見つめる。

 その先にあるものを理解して、身を震わせるのが姉だろうか。化け物としての格の違いを見せつけられて、ぐぅの音も出ない様子だ。

 一方で妹さんもまた、二人のやり取りから鬼っ子のスペックを把握だ。想定外であったらしく、随分と戦いて思える。

 姉の脇腹を人差し指の先にちょいちょいと突いて言う。

「お、お姉ちゃん、この子ってっ」

「……貴方も迂闊なこと、言うんじゃないわよ」

「納得だよぉー……」

 悲しそうな表情を見せる妹さんだった。格下だと思っていた相手が、実は自分より強かった。そのショックは、化け物連中にとって死活問題だ。彼女らの世界は人間が思っている以上に力が全てだそうな。

 ここまで露骨に実力差を見せつけられれば、以後は俺の言葉でも無碍にはされないだろう。鬼っ子の威光を借りまして、目当ての日本刀をゲットさせて頂く。

「なんでもこれ、全然ラッキーじゃないらしいぞ?」

 二人に向き直り、事情を説明だ。

「……そうなの?」

「むしろアンラッキーだってさ。コイツが言ってた」

 視線に隣立つ褐色ロリを指し示して言う。

「……そう」

「そ、そうだよねぇ。流石にこれはラッキーっぽくないよねぇー……」

 干涸らびてしまった腕を眺めて、姉妹も大人しくなる。

「アンタのところの調査員がミスったんじゃないのか?」

「可能性は決して小さくないわね。このプロジェクト全体からすれば、こうしたミスも相応の数が報告に上がっているわ。今回はその内の一つを私たちが引いてしまった、ということなのでしょう」

「なるほど」

「一ヶ月くらい前にも、それで協力者が沢山死んだもんねぇ」

「……アンタら普通に酷いよな」

 彼女たちの説明を鑑みれば、とにかく数を集めているようなので、そういうこともあるだろう。特にこうした伝承の類いは、古い言い伝えなどが主な情報の元だ。誤りを掴むのも仕方の無い話だと思う。

「大事の前の小事ってやつだよー」

「死んだ本人にとっちゃどっちも大事じゃね? 可愛そうに」

「それは私たちには関係ないわね。弱いのが悪いのだから」

「そっすか……」

 外見は人間と何ら変わりないけれど、中身はまるで別モノの姉妹だった。

 けどまあ、見た目が可愛いから許す。金髪ロリ最高。

 俺は金髪ロリータが大好きだから。

「そんじゃ、今日のところはこれで終わりですかね?」

 ズボンから端末を取り出して時刻を確認する。

 既に午後五時を回っていた。夏場なので日は落ちていないが、帰宅の移動時間を加味すれば良い頃合だ。自宅へ戻る頃には日も暮れているだろう。

「そうね。悔しいけれど、今日のところは良しとしましょう。流石に私も、この腕のまま他を回る気分にはなれないわ」

「お姉ちゃん、本当にその腕、大丈夫なの?」

「感覚的に一時間から二時間ってところかしら。ごっそり力を吸われたから。ほとんど痛みを感じないのが不幸中の幸いかしら。麻痺しているみたい」

「うわぁー……触らなくて良かった」

 露骨に眉を顰める妹さん。

 例えば水とか火とか、或いは人間の生命力的な何かとか。そういった有象無象を吸い込む類いの作用は、ある種の道具の性質として、割と一般的に知られている。決して珍しいものではない。

 昔、自身もまた彼女と同じような苦労をした覚えがある。

「それじゃー、このまま帰る感じかな? 帰りも車? それともヘリ呼ぶ?」

 続けざま、姉に確認を入れる妹さん。

「自動車だと渋滞に巻き込まれるかも知れないから、今日はヘリで帰りましょう」

「りょーかい! それじゃあ呼んどくねっ」

 スカートのポケットから端末を取り出し、ピポパとやり始まる。電話一本でヘリを持ってこれるなんて、やはりこの姉妹、ガチで上流階級の出身なんだろう。羨ましいったらありゃしない。

 他方、通話を始めた妹さんの傍ら、ふと、鬼っ子が姉に向かい言った。

「それじゃあ、帰ったら一緒にお酒な?」

「え、えぇ……」

 答える側の顔は渋い。

 両者の力関係は明確だった。

「っていうか、また俺んちなの? 部屋とかアンタらのせいで血まみれなんだけど。そもそも、俺は今晩、本当にあの部屋で眠らなきゃならないの? 真っ赤だよ?」

「たしかに汚いよなー!」

 半分は貴方のせいですよ。褐色ロリータさん。

「……それなら私たちの家に向かいましょう」

「え、マジで? いいの?」

「あのような小汚いアパートで飲むなんて、正気の沙汰でないわ」

「汚れの半分はアンタの血肉だけどな」

「黙りなさい」

「へいへい」

 自身のホームであれば、余程でない限り、昨晩のような痴態は晒すまいという、自戒の意図も手伝っての判断だろう。

 こっちとしては、憧れる異性のお家にお邪魔とか、最高にテンション上がる。

「けどまあ、そういうことならお言葉に甘えて……」

「オマエんちってお酒あるのかー?」

「あるに決まっているでしょう? そっちの冴えない男が用意する安酒などとは、比較にならないほど上等なものを、幾らでも揃えているわ」

「おぉ!」

「足りないモノがあれば、なんでも取り寄せられるわよ?」

「それ本当かっ!?」

「ええ、それくらい何でも無いことよ。エリーザベト家を舐めないで欲しいわね」

「凄いぞ! オマエんち凄いぞ! 優秀だな!」

 キラキラと目を輝かせる鬼っ子。

 その姿を傍目に眺めて、不意に口元へ笑みを浮かべるエリーザベト姉。チラリ、俺の表情を窺っては、ニィと言外に見下げてくれる。

 これはちょっとまずいかも知れない。

 彼女に鬼っ子のコントロール術がバレてしまったようだ。

「……では、今のうちお酒の手配を進めておこうかしら」

「美味しいのがいい。不味いの寄越したら駄目だからな?」

「ええ、分かってるわ。任せてちょうだい」

 妹さんに並び、姉もまた何処へとも連絡を取り始める。

 その姿を鬼っ子は嬉しそうに見つめている。

 俺はと言えば、何を語ることもなく、手持ちぶさたなまま待ちぼうけ。

 それから数分の後、ヘリコプターは早々にやって来た。昨日に青梅で置き去りとされた際、帰り道に乗せて貰ったヤツと同じ機体だ。これに乗り込み、一同、都内を目指して夕暮れ空を移動である。

 航空法第七十九条によれば、警察や消防、自衛隊などのそれを除く、いわゆる民間機が常時着陸可能な都内のヘリポートは、アークヒルズの屋上に設けられたアークヒルズヘリポートが唯一である。

 これを無視して、同機は姉妹の自宅へ向かい一直線だった。