喰らえ、メテオストライク!

飲み会 五

 事の始まりは何気ない俺の呟きだった。

「ぶっちゃけ、アンタらってあのバーテンダーさんとヤッてるの?」

「ぶふぅううっ!」

 問うたところ、正面に座るエリーザベト姉が、俺に酒をぶっかけてきた。昨晩に同じく、口から霧吹きの要領で、上半身がびしょびしょだ。しかも今日はワインだよ。よりによって赤を飲んでるよ。

「うわぁ、真っ赤じゃんおいっ……」

「ちょ、ちょっと貴方、いきなり変なことを聞かないでくれる?」

 服が酷く汚れた。

 シャツとズボンは、返り血でも浴びたように真っ赤となった。

「あ、私もそれ気になってたんだよ、お姉ちゃん」

「ちょっと、あ、貴方まで何を言い出すのよハイジっ!」

 カウンターには依然としてダンディーの姿がある。

 姉の困惑は激しかった。

「だってあれ、間違いなくアンタらの好みだろ?」

 さりげなく自分への追求を姉に受け流すあたり、妹さんは強(したた)かな女だ。そういうところも非常に魅力的である。ビッチで腹黒なところが凄く良い。

「な、なんでそういうことになってるのよっ!?」

「だって言ってたじゃん。ああいう男の血が一番おいしいって」

「っ……」

 ビクリ、エリーザベト姉の身体が震える。

「お、お客様、大丈夫ですか? 今すぐにお拭き致します」

 そんな彼女を助ける為なのか、或いは職務に真面目なのか、酷く慌てた調子でバーテンダーの女性がおしぼりを手に駆け寄ってきた。

 他方、彼女の背後、カウンターの内側ではダンディーが、平静を装い、けれど、それまで磨いていたグラスをシンクに落として割る。

 ガシャン。

「p,p,please excuse me for this silly mist……も、申し訳ありません」

 渋い声が控えめにホールへ響いた。

 意外とメンタルが弱いのかも知れないな。あのダンディー。

 っていうか、二人とも外人なのに日本語ぺらぺらなのね。

「ああいや、大丈夫です。じ、自分で拭けますので」

「替えのお洋服を用意致します。少々お待ち下さいませっ」

「え、いや、そこまでして貰わなくても……」

 断る間もなく、美人バーテンダーは駆け足でバーから去って行った。

 至れり尽くせりだな。

「……貴方、ロリコンじゃなかったの?」

「ロリコンだけど、ムチムチ美人も割とイケるくちなんで」

「きしょいわね」

「いやいや、そっちは普通だと思うんだけど」

 ああいうムチムチな女の人に激しく責められるのは夢だ。

 くそ、想像したら殊更にムラムラしてきた。

 どうしてくれる、この射精したい感は。

「それで、お姉ちゃん、どうなの? もうヤっちゃったの?」

「だ、だからっ、貴方はどうしてそういうことを聞くのっ!?」

「だって私も狙ってたのに、先にお姉ちゃんに食べられたらズルーい」

「ちょっと、そういうことを言わないの! 別にた、食べないわよっ!」

「そうなの?」

「そうよっ! そんな簡単に、た、食べてしまったら勿体ないじゃない……」

「へぇー、お姉ちゃんにしては珍しいね。大切にしてるんだ?」

「……悪いかしら?」

 ガチャン。

 またグラスの割れる音が響いた。

「も、もも、申し訳ありません」

 見ればカウンターの先、明らかに怯えるダンディーの姿がある。

 大の大人がそこまで露骨な反応を見せることもないだろうに。俺としてはこっちの双子姉妹より、アンタの方が余程のこと恐ろしい外見をしていると思うのだけれど。

 思えばお姉さんの方も、どことなく怯えていたような気がする。

「あの人、大丈夫なのか? スゲェ割りまくってるけど」

「お姉ちゃん、高ぶるとすぐに食いついちゃうから」

「……あぁ、なるほど」

 が、それもすぐに訳を理解だ。

 思い起こされたのは昼間の出来事。人間の生き血を啜る彼女たちの姿だ。今に眺める知性などまるで嘘のよう。地べたに這いずり回り、嬉々として死体を漁る姿は、確かに化け物として相応しいものだった。

 恐らく、血の臭いを嗅いだだけで、みたいな感じなんだろう

 俺がそんな彼女たちを眺めて、思わず勃起してしまうのと同じだ。

「アンタらまだ若いもんな」

「わ、悪かったわねっ!」

「これだから吸血鬼は卑しい存在だよなぁー」

「ぐっ……」

 鬼っ子の何気ない台詞が、エリーザベト姉の表情を険しくさせる。相変わらず、この鬼っ子は吸血鬼という存在が気に入らないらしい。

 一方で否定された側はと言えば、自身の種族を無碍にされることが、そこまで腹立たしいことなのか、決して敵わない相手とは理解しても、憎まれ口がこぼれる。

「そ、そう言う貴方こそ何者なのよ? 偉そうに言うけれど」

「ん? 私か?」

「そうよ」

 これに鬼っ子は、酒に気分を良くしている為か、素直に答えて応じる。

「鬼だぞ」

「そ、それは分かっているわよ。私が聞いているのは、どれだけの鬼かということよ。鬼なんて、純粋な鬼なんて、滅多なことでは人の世に姿を見せないわ」

 エリーザベト姉の言葉には激しく同意である。

 数多に及ぶ亜種ではなく、純粋な鬼とは、それはそれは強力な存在だ。そこいらの神様と比較しても、なんぼか強い。つい先日に出会った福寿録様だって、鬼と喧嘩したらどうなることやら。

 故に個体も少なくて、世俗では滅多なことでは出会わない。

「実はそれがよく分からないんだよなー」

「はぁ?」

 呆気カランと言ってのける鬼っ子。

 手にしたグラスを大きく傾けては、ゴクゴク、ラフロイグの古いやつで喉を鳴らす。相変わらず良い飲みっぷりだ。ロックなのにまるで堪えた様子が無い。碌に氷も溶けていないのに。

 ダブルを一息に飲み終えて、プハァ、酒臭い息を吐いた。

「ふぃー」

 ゲフっと可愛いげっぷ付き。

 が、その仕草に萌えてばかりもいられない。

「おいちょっと、それは俺としても聞き捨てならないぞ」

「ん、どうしてだ? 私のことが気になるのか?」

「当然だろ? ほら、俺とアンタとは一蓮托生のパートナーな訳だし……」

「覚えてないんだから、仕方ないだろ? なんか曖昧なんだ」

「なんですかそれは。俺に詳しく教えて下さいよ」

「なんかやってた気がするんだけど、気付いたら猫殺して箱の中に入ってた」

「いやいやいや、意味分からないから。あと猫を殺しちゃ駄目でしょ」

 三日前、オマンコ吸血鬼に日本刀で通り魔された際の出来事が、鮮明に思い起こされた。捨て猫を殺して、まんまと段ボール箱をせしめた鬼っ子。彼女との最初の出会いは、未だ記憶に新しい衝撃的な光景。

「私は猫が嫌いだ。あの媚びへつらったような外見がムカつく。オマエは?」

「俺? 俺はどっちかっていうと犬派だから、猫とかどうでもいいし」

「おー、本当かっ! それは良いな!? オマエは良いヤツだ!」

 ペカーっと良い笑顔となる鬼っ子。

 猫に何か恨みでもあるのだろうか。

「そんなに猫が嫌いか」

「おう。見つけたら殺す。速攻だ。近いうちに絶滅させる」

「マジかー……」

 正面のソファーでは、何やらエリーザベト姉が堅く拳を握り、厳つい表情にコチラを睨み付けている。どうやら彼女は猫派らしい。鬼っ子に殺された子猫の無念を、その胸の内に抱いているのだろう。

 とは言え、命は惜しいのか、それ以上の反応を見せることはなかった。

「でも、名前くらいは思い出せるんじゃないですかぁー?」

 不意に妹さんが言った。

 そう言えば、俺はコイツの名前を知らない。

「それもそうだよ。俺もアンタの名前とか知らないし……」

「名前?」

「そ、そうよ。自分の名前くらい覚えていないの?」

 妹の言葉を攻勢の糸口として、姉の方からも追撃が飛ぶ。

「名前は鬼だ」

 対して、当人は呆気カランと言ってのける。

 だからだろう。自分が馬鹿にされたとでも捉えたのか、姉が吠える。

「それは種族としての話でしょう? 私が尋ねたのは名前なのよっ」

「だから鬼だって。オマエ、ばか?」

「きぃーー!」

 ソファーに腰掛けたまま、地団駄を踏むという器用な真似が真正面で行われる。

 あまり長くないドレスの裾がめくれて、肉付きの良いムチムチとした太股が、チラリチラリと垣間見えた。それだけで息子は堅くなる。エリーザベト姉が可愛すぎて、正直、結婚したい。彼女のお腹を大きくさせたい。子孫をこの女の腹に残したい。

 しかしながら、そうした情動は完全に隠し通す俺クール。不具合の発生したちんポジは、何気ないふうを装い、手の甲でさらりと最適化だ。底辺カーストでは、このスキルが非常に重要なものとなる。万が一、他者に発見されては鮮烈な苛めの幕開け。

「言いたくないんだろ? いいじゃん、別に」

「こ、この子はっ……」

 鬼っ子を見つめて、本気で悔しそうなエリーザベト姉だった。

 二人のやり取りを受けては、妹さんからもそれ以上の追求はなかった。

 下手に関わっては危ういと、正しく理解しているのだろう。

 なんて対照的な性格をした姉妹だ。どっちもラブい。

「とは言え、名前がないと不便と言えば不便だし、あだ名を進呈しよう」

「あだ名?」

「アンタの二つ目の名前だ」

「おー、私に名前をくれるのか?」

「アンタが要らないなら、自動的にそっちの美少女のあだ名になるけど」

 呟いて、俺は正面に腰掛けた金髪ロリ吸血鬼を眺める。

「わ、私はそんなゴミいらないわよっ!」

「残念。俺の苗字をプレゼントしようと思ったのに」

「最悪ね」

「君もめげないよねぇー」

 妹さんにまで感心されてしまった。

 彼女も姉に同じくワイン派らしい。口元に傾けているのは、口の広いブルゴーニュのグラス。小さな彼女の顔と比較しては、本来のサイズよりも一回り大きく感じてしまう。アンバランス。背伸びをする子供のようで微笑ましくも可愛らしい。

 ただ、もしも口にしている赤が一筋、その口元に垂れたのなら。

 想像するだけで、とても大人なレディー。

「なんて名前をくれるんだ?」

「今日から俺はアンタのことを、千年(せんねん)と書いて、千年(ちとせ)と呼ぼう」

「ちとせ? なんだそれ」

「例えば今、アンタが飲んでいる酒は、三十年前に仕込まれたものだ。要は三十歳。で、さっき飲んだヤツと、今飲んでるやつ、アンタ的には、どっちがおいしい?」

「今飲んでるヤツ!」

 即答だった。

 良かった。助かった。ほっと一息。

 この辺りの好みは割とスッパリ分かれるので、一種の賭けだった。

「さっき飲んでたヤツは二十一年前だ。つまり二十一歳」

「それがどうした?」

「つまり、ほら、あれだよ」

 お酒の力を借りて、頑張る。俺、頑張る。

 言葉を続ける。

「昔からこう言うだろう? 酒と女は古い方が良いって。そして、アンタは無茶苦茶に良い女だ。アンタみたいな良い女と一緒にお酒を飲めて、俺は凄く嬉しい」

 全ては本心からの訴えである。

 この鬼っ子てば、最高に可愛い。ラブい。

「しかしながら、一つだけ問題がある。俺はアンタが何歳か知らない。これはアンタ自身も知らない。果たして、今この瞬間を共にする良い女は、どれだけ古いのか」

「ほう?」

「ということで、とりあえず千年だ。千年(ちとせ)だ。俺にとってのアンタとは、アンタが今、その酒を飲んで美味しいと思った以上に、その何十倍も情熱的で熱狂的なものだと思ってくれれば良い」

 ちょっとカッコ付けて、フッ、とか、ニヒルだろう笑みを浮かべる

 ブサメンだけど。

 俺ってばマジキチ。

 分かってる。

 ただ、それでも胸をドキドキさせながら、鬼っ子を見つめていると。

「なにそれスゲェ格好いいな!」

「だろっ!?」

 よっしゃ、認められた、俺のセンス。

 嬉しい。

 なんだろう。凄く嬉しい。

 っていうか、こんなナルってる台詞まで言えちゃうとか、お酒の力は偉大だろ。

「ふ、ふぅーん? 何を格好つけているのかしら? 下らない……」

「なんだよ? だ、駄目かよ?」

 すぐ正面から、酷く不服そうな声が響いて聞こえた。

 せっかく人が充実した気持ちで胸を一杯にしているのに。

 即興ながらも渾身の愛を囁いたというのに。

「別に私は否定したつもりなど、全くないのだけれど?」

「なるほど、焼き餅か? それなら俺はアンタにもあだ名をプレゼントだ」

「い、要らないわよっ! 誰が焼き餅なんかやいているものですか! 変態っ」

「おーい、ちょっとー、オマエ文句とか言うなら殺すぞ? 私のなまえー」

「っ……」

 ジロリ、鬼っ子に見つめられて、続く言葉を失うエリーザベト姉だった。

 ふふん、どうやらこの場は俺の勝利。

 悔しそうな表情の金髪ロリ吸血鬼を眺めて気分を良くする。

「まーまー、いいじゃんお姉ちゃん。千年ちゃん、可愛い名前だよ?」

「……だから、別に悪いとは言ってないわよ」

 妹にまで宥められて、そっぽを向いては腐れるエリーザベト姉。

 これに構わず、鬼ッ子改め千年は満足気な表情に言った。

「んふ。良い気分だから、もっと飲むぞ」

「おう、俺も飲む」

「よーしよし、一緒に飲むぞ。千年と一緒に飲むぞ」

「おうしおうし、千年と一緒に飲むぞ。たくさん飲むぞ」

 俺は自分のグラスと彼女のグラス、それぞれにお酒を注ぐ。そして、どちらともなく杯を掲げては、乾杯と声を上げて、遠慮無くゴクゴクと。

 美味しい。

 お酒、美味しい。

 千年が千年を認めてくれて、俺は凄く幸せな気分だった。

 天にも昇る心地だった。

 そうしてしばらくを幸福に浸っていた。

 すると、ややあって届けられたのが、第三者の声。つい先程に替えのシャツを取りに行った、バーテンのお姉さんが戻って来た。

 手にはビニール袋に収まるストライプ柄のワイシャツと、これに遭わせたスラックスを抱いている。サイズの都合だろう。幾つか数があった。

「大変にお待たせ致しました」

 余程のこと急いで持ってきてくれたのだろう。

 ハァハァと息を荒くしていた。

 額にはじんわりと汗が滲んでいる。

「あ、いえ、こちらこそすみません」

 素直に応じる俺を眺めて、エリーザベト姉が言う。

「貴方はどうして、彼女にはそんなに素直なのよ?」

「いや、普通じゃね?」

「……なんか、納得がいかないわね」

 軽口を叩き合う姉と俺を眺めて、お姉さんは甚く恐縮した様子に言葉を続ける。

「恐縮ですが、更衣室までご案内させて下さい。よろしいでしょうか?」

「え? あ、はい。すみません」

「こちらです」

 バーテンダーのお姉さんに連れられるがまま、俺は場所を移した。