喰らえ、メテオストライク!

導入 二

 真っ暗が終わり、薄暗がりが戻ってくる。

 シャツの生地越しに、固いアスファルトの感触を、肉体が脳に伝える。瞼の僅かな痙攣と共に、意識は浮上した。瞳が開いた先、何にも先んじて目に入ったのは、空に浮かんだ大きなお月様。

 ひゅぅと吹いた生ぬるい風が頬を撫でる。

「…………」

 目が覚めた時、身体は変わらず路上に転がっていた。

 倒れたときはうつ伏せだったのに、今は何故か仰向けだ。

 空に眺める月の位置には、そう大きく変わりがない。

 赤い変態も角の生えた幼女も見当たらない。

 しかし、手元からは酒瓶とつまみの入るビニール袋が失われて、代わりに背の下、いつの間に生まれたのか、大きな血の溜まり。現場状況は、一連の出来事が決して夢ではないことを物語っていた。猫の死骸と段ボール箱もそのままだ。

 恐らく時間にして数分ばかりの意識喪失。

 更に不幸が一点。

 ここ数ヶ月、俺の右肩に留っていた可愛いペット。

 幸せの青い鳥ちゃんが、消えていた。

 きっと、鬼やキチガイが怖くて逃げてしまったのだろう。

「マジか……」

 人外の連中に襲われたのなら、まだ諦めはつく。彼らの与える理不尽は絶対的で、人間の限界を遥かに越えたものだ。言わば自然災害のようなもの。

 だけれども、人間相手に殺され損ねた上、尚且つ、これを鬼に救われるとは、想定外の出来事だ。しかも前者の姿格好や言動があまりにも衝撃的で、後者が霞んで思えた。

「警察に通報した方がいいんだろうか」

 少し悩んで、けれど、端末に伸ばしかけた手を止める。

 面倒だ。

 止めておこう。

 事情聴取だの何だのと、無駄に時間を消費するばかりで得がない。

 なにより隠しようのない大量出血の跡。

「……この道は、当分の間、使わない方が良さそうだな」

 ゆっくりと身体を起こす。

 二本の足で立ち上がる。

 路上の様子がより遠くまで確認できるようになった。今一度、周囲を窺ってみる。だが、赤い変態と鬼の幼女の姿は見つけられない。やはり、共に場を去った後らしい。

 一帯は静かだった。

 普段と変わりなく、いわゆる閑静な住宅街というやつ。

 ジージジジとオケラの鳴く音が唯一の音源。

 ただ、今も視界の端々には、色々なものが見える。

 それは例えば絵に描いたような幽霊であったり、分けの分からない霞であったり、内蔵や目玉の飛び出した犬っころであったりと、多岐に渡る。これらは本来であれば、見えてはいけない類いの色々。

 見えないふりをしていれば、相手は何もしてこない。

 逆に見えることをアピールしていると、ちょっかいを出される。

 相手によっては問答無用で喰らい付いてくる。。

「……傷も残ってないとか、スゲーなぁ」

 特に鬼や鬼の亜種に類する化け物は、その中でも性質の悪い部類に入る。少なくとも自身の経験や、書物の類に得た情報ではそうだ。害悪の固まりってヤツだ。

 だからこそ、あの幼女の反応は酷く新鮮なものだった。まさか行きずりの相手を助けるとは思わなかった。どうやって瀕死の俺を復活させたのか。凄い謎だ。

 そもそも生粋の鬼など、滅多なことでは出会えない。レアだ。レア。吸血鬼や餓鬼といった亜種に比べて、ガクッと絶対数が減る。自分も過去に一度しか見たことがない。

「なんだったんだろな……」

 まあ、考えても仕方がない。

 家に帰るとしよう。

 多分に疑問を孕みながらも、早々に解決を諦めて、帰路に着く。

 良く分からないものは、どれだけ考えても、やっぱり良く分からないのだ。調べても分からないことなんて、世の中、幾らでもある。

 そして、それらは往々にして、凡夫が知るべきでないものだ。

 気にしないのが長生きの秘訣。

「あ、酒……」

 が、Uターン。

 当初の目的を果たさねば。

 もう一度、コンビニへ行くことにした。