喰らえ、メテオストライク!

二日酔い 四

 気付いたとき、俺はベッドの上に横たわっていた。

 しかも両手両足を縄にしばられて、碌に身動きも取れない姿勢のままである。都合、シーツの上に大の字となり、四肢を投げ出す形だろうか。

 そして、同室には他に誰の姿もない。

 早々のこと、思い起こされたのは昨晩の出来事である。

 それとなく室内を伺えば、ベッドの脇にはカップ麺の容器が転がっていた。

「…………」

 猛烈な後悔と共に押し寄せる、あぁ、またやっちまった感。

 昨晩、このベッドの上での出来事は、鮮明に思い起こされた。どれだけ酔っ払っても、酔った最中の出来事を全て覚えているのが、悲しいところだ。

 咥内に蘇るのは自らの精液の風味。

「……これ、隕石が衝突しなかったら、逆にヤバいレベルだよな」

 強く思う。

 何気なく右腕を動かすと、ブチン、手首にくくりつけられていた縄が千切れた。これはどうしたことか。他に左腕と両足に関しても、拘束に抗うよう引っ張れば、同様、容易に引き千切られた。

 俺の身体はどこへ行こうとしているのか。

 十中八九で千年が原因だろう。

 のそのそとベッドから降りて、床へ自らの足に降り立つ。

「……さて」

 多少ばかり二日酔いが残るけれど、昨日や一昨日ほどではない。

 とりあえず、バーラウンジへ向かうこととした。

		◇		◆		◇

 訪れた先、眺める光景は死屍累々だった。

「なんていやらしい……」

 バーラウンジとこれに隣接するリビングには、昨晩のメンバーがそのまま酔い潰れていた。エリーザベト姉妹も千年もダンディーもお姉さんもスズメ嬢も。ダンディー以下に関しては、果たして誰が飲酒を強要したのか。

 部屋の隅の方、壁に背を預けて眠っているスズメ嬢は、まだお行儀が良い方だ。バーテンのお姉さんも彼女の隣、その肩に頭を任せる形で、スヤスヤと眠っている。座ったまま眠るとか、余程のこと疲れていたのだろう。

 他方、人外連中は酷い。

 千年はリビングの床の上で大の字になり、和服の帯も外れては臍丸出し、気持ち良さそうに腹を上下させては、いびきをくーすか。フロアが土足前提の作りとなっていることにも、なんら躊躇した様子無く、長い黒髪を散らしている。

 エリーザベト姉妹は二つあるバーラウンジのソファーそれぞれを占拠して、ベッドに眠るよう、仰向けで横になっている。ソファーテーブルには飲みかけのグラス。最後の最後まで飲んでいたのだろう。

 妹さんはドレスの裾がめくれて、ローレグの紐パンツから、可愛らしいピンク色のクリトリスが見え隠れしている。姉の方は片足が大きく背もたれに乗せられて、下着が局部へ食い込んでは、マンスジまでくっきりと。

 共にこの世のモノとは思えない素晴らしきはしたなさ。

 素晴らしい。ロリ素晴らしい。

 そして、残るダンディーはと言えば、食い荒らされていた。

 両手両足をリビングのソファーテーブルに手錠で固定されて、仰向けに括り付けられている。更には衣服の一切合切を向かれて素っ裸だ。下着に加えて、靴下や靴までもが奪われた状態である。

 腹の肉を破られて、肋骨がへし折られて、その先に収まる内臓は、まるで棒でも突っ込んでかき回したようにグチャグチャ。強引に引きずり出されたのか、こぼれた腸がテーブルから垂れて床にとぐろを巻いている。

 首筋には幾つもの歯形。

 凄惨な表情から察するに、生きたまま捌かれたのだろう。

「…………」

 当然、今は死んでいる。

 そのセンセーショナルな光景を目の当たりとしては、気怠さも吹っ飛んだ。

「……マジかよ」

 エリーザベト姉妹、ビッチ認定のお知らせ。

 その事実だけで、俺は二日酔いを完全に過去のものとした。

 心中、ビッチだビッチだと罵っていたけれど、いざビッチがビッチ足るところを見せつけられると、かなりショックだ。相思相愛、エリーザベト姉妹と純愛セックスするのが、俺の夢だったんだよ。

 少なくともエリーザベト姉とは清いお付き合いをしたかった。互いに互いだけを愛して、なんというか、こう、君さえいれば他は何も要らない系のラブが、凄く欲しかった。チュッチュな関係になりたかった。

 なりたかったのだ。

「……とりあえず、掃除だよな」

 破れたダンディーの大腸から漏れた糞が微妙に臭う。何を始めるにしても、まずは掃除をさせないとヤバい。室内は空調が効いているとは言え、それでも常温、放って置いたら隕石が落ちてくる前に腐り始めるだろう。

「んぅ……」

 などと呟いたところで、不意に妹さんから反応があった。

 どうやら目覚めるようだ。小さく呻き声が聞こえたかと思えば、ゆっくりと瞳が開く。途端、右手に額を抑えて、酷く辛そうな表情だ。意識が戻ったことで、二日酔いの辛みが、ドッと押し寄せたのだろう。

 ゆっくりと上半身を起こして、背もたれに身を預けるようソファーへ腰掛ける。

「どうも、おはようございます」

 やぁ、右手を挙げて朝の挨拶。

「……ぇ、あ……あぁ……え?」

 これに彼女は一瞬、寝ぼけた顔に首を傾げる。

 ただ、そんな可愛らしい間抜け顔を拝めたのも僅かな間である。早々のこと記憶を取り戻した様子で、表情を強ばらせた。

 即座、フロアの惨状を自らの目に確認して、殊更に顔をしかめる。

「あ、あはぁー、これはなんだろねぇー」

 軽い調子に笑みを作るが、口元が引き攣っていた。

 この様子では、恐らく姉とは違って、ちゃんと記憶を残しているだろう。視線が泳いでいるのがその証拠だ。もしかしたら、ダンディーが捌かれている点は、彼女が犯人なのかも知れない。

「飲み会で割腹死体とか、どこのメキシコマフィアだよ?」

「カップ麺で扱かれてイクような変態には言われたくないかもぉ?」

 寝起きを狙ったにも関わらず、鋭い反撃を受けた。

 こういう気の強い子から、めちゃめちゃに逆レイプされるのが夢だと、素直に告白したい衝動に駆られる。ああ、もしかしたら昨晩の酒が、まだ残っているのかもしれない。

「…………」

「…………」

 互いに見つめ合ったまま、無言。

 何とも言えない空気がフロアに流れる。

 数十秒ばかり、静かな時間が流れた。

 ややあって――――

「今回は痛み分けにしよう」

「そうだね。争いは何も生まないよね。不毛だよ」

 どちらともなく矛を収める運びとなった。

 全てはお酒が悪いのだ。我々は何も悪くない。

 そういう決着だ。

 お酒最高。

「業者を呼ぶなりなんなりして、まずは部屋を片付けないか?」

「そうだねぇ……」

 二人してハァと深い溜息を一つ。

 既に昨日も一人殺しているエリーザベト姉妹だから、ここでダンディーの死体が増えたところで、然したる問題とはならないだろう。この点は安心だ。ただ、今回は他にスズメ嬢という門外漢が存在する

 もしも一連の光景を目の当たりとしていたのなら、別に口止めをしないと大変だ。

 風俗嬢の存在がアングラだったのは昭和の時代の話。現代日本では女性の十人に一人が、身体を売ってお金を稼いだ経験があるという。ヤクザ映画のように、暗黙の了解でどうのとはいかない。

 ただ、今はそれ以上に気になることがある。

「あのさ。アンタに一つ聞きたいんだけど、いい?」

「なぁに?」

「君やお姉さんって、あのオッサン喰っちゃったの?」

 貴方たちは処女ですか、非処女ですか、問い掛ける。ビッチですか、非ビッチですか、問い掛ける。

 好きな人が自分の知らないところで、他の男と交わっている。そのプレッシャーは、想像した以上に大きなものだ。正直、挫けそうになる。

 そして、聡い妹さんは俺が求めるところを正確に把握していた。

「そういう貴方は童貞だよね?」

 ぐぎぎぎぎ。

 答えるつもりはないのか。

「……素直に答えたら、教えてくれる?」

「さぁ?」

「っ……」

 悔しい。悔しいよ。

 っていうか、思い返してみれば、そもそも俺の息子の社会経験は、既に昨晩、姉妹へ伝えていたのだった。しかも土下座のおまけ付きで。

 今更、素直に答えたところで、何が変化することもないだろうわ。

「あははっ、童貞とか気持悪いよねぇー! だからカップ麺でイっちゃうんだよ」

「う、うっせっ! 昨日も言ったけど、初めては好きな人とって決めてるんだよ」

「そうやって、ぐずぐずして、三十路を越えて、四十、五十と過ぎて、素人の味を知らないまま死んでいくんだよねぇ。ただの一度も異性から好かれることなく、お金を介さなければ、その肉体に触れることができない。惨めだよねぇ……」

「っ……」

 本当にそうなりそうだから、もう、泣きそうだ。

 演技なのだろうが、心底同情したような振る舞いが痛い。

 そして、やっぱり可愛い。

「そ、そんなの理解しているのだよ。この美少女ビッチめ」

 もしも酔っ払っていたのなら、それでも大好きだ、愛している、大きな声で叫びを上げてた。間違いない。一晩を過ぎて、ようやっと冷静を取り戻した頭は、これ以上の無駄な恥を回避。セーフセーフ。

 大好きなモノは大好きだ。

 中古とか新品とか、ビッチとか非ビッチとか、やっぱり関係ないね。

 例え肉便器になっていても大好きだ。

 金髪ロリ美少女、愛してる。

「君みたいなキモオタ顔って、非処女ってだけで、すぐにそう言うよねぇ」

「ぐっ……」

「だから恋人ができないんだよぉ? 童貞のままなんだよぉー?」

 昨晩の失態を補うつもりなのか、これまでに増して攻撃的な妹さんだった。こちらが応じる間もなく、辛辣な言葉を向けてくれる。

 表情一つ取っても、普段の掴み所のない穏やかな笑みから一変、笑いながらも鋭い眼差しを湛えて思える。もしかしたら、こちらが彼女の地だろうか。

 そういうサディスティックな彼女も大好きだ。愛してる。

 俺は金髪ロリ美少女に対して、無条件でマゾヒスト属性を発揮できる。

 ただ、今はあまり長く楽しんでいる猶予もないだろう。バーテンのお姉さんやスズメ嬢が目覚めて騒ぎ出す前に、穏便に事を処理してしまいたい。

 エリーザベト姉にしても、酔うと記憶を失うので、目覚めたら少なからずショックを受けるだろう。もしかしたら他二名と同様に喚き始めるかも知れない。

 千年だけは、何も言わないと思うけれど。

「どうしたのぉー? 童貞さぁん?」

 こちらを挑発するような発言を繰り返す妹さん。

 これに俺は声色を改め、努めてキモい声に応じる。

「ところでさ、この焦らしプレイって、ど、どこまで楽しんでも良い?」

 ニヤニヤとイヤラシい笑みを浮かべて言う。

 自慢のブサメンが殊更にブサイクに歪むように。

 おかげで成果は上々。

 俺は効率厨。

「……うわぁ、本当に気持悪いね」

 これまでとは一変、妹さんは心底嫌そうな顔となる。

 本当にこれ以上は無理っていう、生理的に受け付けないっていう。

「好きでこの顔に生まれてきたわけじゃないんですけど?」

「あぁー、君はもういいよ。もういいから」

「うっわ、切ないわぁー」

「本当にキモーイし……」

 しかし、このキモイという僅か三文字の秘めたる破壊力の斯くも大したものか。遡ること百余年。江戸時代のブサメン諸兄も、気持悪うございます、そんな女性からの寸感に胸を痛めては、枕を涙に濡らしていたのだろうか。

 冷静に考えて、ふと思う。

 最近、俺は自分がブサメンに生まれたことに、何か運命めいたモノを感じる。

「んじゃ、あとはよろしく。キモい俺は退散するから。寝直すから」

「え? あっ……ちょっ……」

 ペコリ、頭を下げて、俺は逃げるようにリビングを後とした。

 カップ麺の部屋に戻って二度寝するのだ。