喰らえ、メテオストライク!

座敷童子 一

「すみませーん」

 純和風な造りの門を正面に置いて、俺は声を上げた。

 一路、向かった先は小田原に所在する日本邸宅。都内の高級住宅街に立ち並ぶ成金家屋と比較しては地味に映る。けれど、その造りは確かなもので、歴史を感じさせる荘厳な風格は現代建築のいろはを知らない俺にも十分に理解できた。

 坪面積もかなりのもので、こうして門前に立ち眺める先、母屋までは相当の距離がある。庭の造りも手が込んでおり、華やかさこそ控えて思えるなかにも、微に入り細に入り、職人のこだわり的なものが感じられる。どこぞの御用邸にでも訪れたようだ。

 一重に言えば、座敷童子の効果効能を示唆して止まないお宅だった。

 費用だけを考慮すれば、他にもっと金の掛かった家はあるだろう。けれども、それ以上の何かが、この先には存在するのだと、訪れる者に予感させるだけの、妙な存在感がこの邸宅の先には感じられる。

「すみませぇーん!」

 で、そんなお宅を前として、俺は声掛けをしている。

 後ろにはエリーザベト姉妹の他、エンジンを切って停止する高級外車のリムジンも控える。この無駄に緊張させてくれる展開が、どうにも居心地悪い。小学校の時分、あまり仲の良くない友達の家にプリントを届けに行くような感じ。

「すみませぇーーーん!」

 何度を繰り返しても、すみませんの言葉に応答がない。

 仕方なしに声高々に叫ぶこと幾十回。

 何度も呼んでいるのだけれど、一向に反応がないのはどうしたものか。もしかして留守なのだろうか。であれば、どれだけ呼んでも無駄だろう。段々と虚しくなってくるじゃないですか。

 何故にインタホンがないんだよ、この家には。

「なぁ、本当にいるの? っていうか、ここって誰の家だよ?」

「留守でないことは確認してあるわ。事前に連絡を入れたもの」

「連絡取ったのかよ?」

「ええ」

 だったら何故に反応がないのか。

「だったらどうして反応がないんだよ?」

「さぁ?」

「さぁって、ちょっとアンタ、そういう性格だったっけ?」

 あまりにも投げやりな発言を受けて非難を一つ。

 すると、これに応じたのは妹さんだった。

「お姉ちゃん、見かけ通り肝っ玉が小さいから、隕石の衝突を間近に控えて、かなりピリピリしてるんだと思うよぉ? 出掛ける前もトイレに籠もってたし。まあ、いわゆる八つ当たりってやつだね」

「ちょっとハイジっ!」

「あふんっ」

 吠えるエリーザベト姉。

 笑う妹さん。

 二人とも超絶可愛い。

 とは言え、今の発言には突っ込まねばなるまい。

「見た目という観点については、妹さんもお姉さんと大差ないんだけど」

「えぇ? この違いが分からないの?」

 妹さんから、真顔で言われた。

「え? っていうと、俺、まだまだエリーザベト姉妹について理解が足りないってことっ!? そんな馬鹿なっ、いや、でもっ、二人の容姿は完全にマスターした筈っ……」

 ちょっと凹む。

「私とお姉ちゃんで、見た目の違いすら見抜けないなんて、ねぇ、今までどの口で愛しているだの何だの囁いてきたの? それは流石に酷いんじゃないかなぁー?」

「うっ……」

 まったくもってその通り。

 思い人の違いを見分けられないなど、決してあってはいけないことだ。俺はエリーザベト姉の感じる全てを理解し、把握し、解釈する必要があるのだ。その為にはどれだけの労力をも惜しまない。筈だったのに。

 くそう。完全な敗北だ。

「ご、ごめんなさい……」

 これほどショックなことはない。

 素直に謝る。

「貴方も貴方で納得しているんじゃないわよっ!」

 姉の方に怒られた。

 けれど、これは当然の叱りだろう。

 仕方ない意見だ。

 だから、俺はひたすらに自らへ与えられた役目を真っ当するまでだ。

 姉妹のために馬車馬の如く働こう。

 差し当っては問題の邸宅の門を延々と叩く。

「すみませぇーんっ! すみませぇーん! 」

 軽く握った拳に門を叩きながら、すみません、すみません、すみません、幾度となく繰り返す。ひたすらに声を上げる。頼むから応答してくれよと。

 おかげで、力を込め過ぎたのか、バキッと言う音と共に、閉じた門の正面、格子状に組まれた板が割れた。

「ちょっと貴方、なに壊してるのよ」

「え、あ、いや、もっと頑丈だと思ってたんだけど……」

 これも千年の影響だろうか。ベッドに括り付けられていた際、縄を引き千切ったことといい、どうにも身体能力がおかしい。若干、人間を辞めつつある感じが。

 ただ、今回はこれが良いように転がった。

 流石に自宅を壊されるのは嫌だったのだろう、反応が返ってきた。

 どこからともなく声が届けられる。

『エリーザベト様方ですね? 少々お待ち下さい』

 スピーカー越し、良く通る女性の声だった。

 これに応じて、今に俺が叩き割ってしまった門が、ガラガラ、誰の手に押されることも無く、横にスライドして開いた。その先に広がるのは広大な庭と、遙か先に設けられた純和風のお宅。

「まったく、無駄に時間を取らせないで欲しいわね」

「だよねぇー」

 躊躇なく進む姉妹の後を追って、俺もまた入場だった。

		◇		◆		◇

 一行が通された先は、広々とした畳敷きの一間だった。

 まず目に付くのは、開かれた障子戸の先、同室に面する縁側と、その先に眺める庭だ。特に金が掛かって思える。

 時折、カコン、小気味良い音を立てて鹿威しが鳴く。なんとも風流なものである。他に灯籠やつくばいの並ぶ様子は、典型的な日本庭園を絵に描いたよう。

 意識を室内に戻すと、部屋の中央には大きな和テーブル。

 そして、この正面に腰掛けているのが、七十代から八十代を思わせる老年の男性だ。俺の祖父より尚のこと歳を取って思える。

「こんな場所に何の用だ?」

 老体は我々をしかめ面に迎え入れた。渋みの効いた、有無を言わさぬ迫力の感じられる声色だった。ヤクザの大親分的な気迫を感じる。

 彼の正面にはテーブルを挟んで、三つばかり座布団が並んでいる。

 そこへ座れということだろうか。

 俺は大人しく座布団の側へ向かおうとした。だが、エリーザベト姉妹はと言えば、部屋に入って二、三歩を歩んだところで静止。立ったまま相手と対峙する形だ。

 都合、相手を見下す位置取りとなる。

「お、おい、座らないのかよ?」

 彼女たちより数歩ばかり前に出てしまったところで、抗議の声を上げる。

「座敷童子を貰いに来たわ」

 俺の言葉を無視して、エリーザベト姉が言った。

「さっさと出そうねー?」

 隣に並んぶ妹さんも同じくだ。

 彼女たちの振る舞いには、目の前の老体に対して、敬意のけの字も感じられなかった。むしろ全力で煽って思える。俺に対する際と比較しても、殊更に適当だ。

「…………」

 これを受けて、老体はスゥと目を瞑った。

 一瞬にして沸いた怒りを静める為だろうか。

「早く出しなさい? でなければ、どうなっても知らないわよ」

「そうだよ。ちゅーちゅーしちゃうぞ? あ、でも、流石にこれは嫌だなぁ……」

 しかし、妹さんの決め台詞ってば、本当にラブいな。

「どうせもう長くないのだから、さっさと渡しなさい? 最後くらいは楽に逝きたいでしょう? それとも生きたまま腹を割かれて死ぬのが良いかしら」

「あと四十才くらい若かったら良かったのにねぇ。流石にここまでしわくちゃだと、私たちも食指が動かないよ、おじーちゃん」

「……黙れ、糞ガキ共が」

 出会って数分と経たずに老体がキレた。

 今し方に閉じられた瞳が、けれど、カッっと早々のこと開かれる。

 その表情は憤怒一色。

 自身の孫より歳幼いだろう姉妹にマジギレだ。

「それはこちらの台詞よ? 糞ジジイ」

「っていうか、お茶の一杯も出さないって、どーなの?」

 まあ、彼女たちも相応に厚かましいので、ドッコイドッコイか。いつ老体が腰を上げて二人と喧嘩になるか、俺としては気が気でない。

 これ以上、目の前でスプラッタは勘弁だ。

「この儂を舐めているのか? 最近は随分と羽振りが良いようだが」

「こんな小さな島国で、僅かなパンを取った取られたしている乞食風情が、随分と大それたことを言うものね? フィクサーだの何だとの囃し立てられて、勘違いしてしまったのかしら?」

「あ、もしかして老害ってやつー? 私、初めて見たぁー」

「こ、この糞ガキ共っ……」

 特に妹さんの立ち振る舞いは、傍目、俺も少しイラッとするレベル。

 他人をおちょくるセンスがあるよ。彼女には。

「私は父ほど甘くないわよ? 死にたくなかったらさっさと出しなさい」

 エリーザベト姉が凄む。

 背丈や体付きなど、外見は完全に小学生のそれ。けれども、吸血鬼としての風格がそうさせるのか、あるいは弱者に対する強者としての奢りが遺憾なく発揮されているのか。一連の言葉には妙な威圧感が込められて思えた。

 だからだろうか、相手も続く言葉に躊躇する。

「……何が、目的だ」

「事前に本部の方から通達を入れたわよね? 第一、私たちが伝えなくとも、貴方にだって事情くらいは伝わっているのでなくて? それとも既に手を尽した後で、NASAの抽選にでも漏れて、ふて腐れているのかしら」

「別にこの屋敷のものでなくとも、他に幾らでも探せば良い」

「うっわぁー、すっごい自己中だぁー」

 老体もまた隕石の件については知識があるようだ。

 とは言え、決して協力的とは言えない。

「話にならないわね。勝手に貰っていくわ」

「っ、ま、待てっ! 馬鹿なことを言うなっ!」

「もう十分に楽しんだのだから、そろそろ諦めなさい?」

「こ、このっ……」

 老体が膝を挙げて立ち上がらんとする。

 これにエリーザベト妹は、数歩ばかりを歩み寄る。かと思えば、彼の正面に置かれたテーブルを、自らの足に蹴り飛ばした。

 まるで空き缶でも蹴るような気軽さだった。

 しかし、腐っても吸血鬼。重そうな木製の和テーブルは、まるでちゃぶ台返しにでもあったよう、見事にひっくり返り老体へ飛んだ。

 ガツン、彼の顔面が天板とぶつかり、大きな音を立てる。

「へぎゃっ!?」

 情けない声が上がるに同じく、彼は下敷きとなって倒れた。

 気を失ったのか、それでも死んでしまったのか、ピクリとも動かなくなる。こちらから窺えるのは、凶器の下敷きとなり、ぐったりと伸びるその下半身ばかり。

 足の爪先すらも動く気配が無い。

「おーう、見事にやっちまったよ」

「黙りなさい? さっさと回収して帰るわよ」

 果たしてこの老体が誰なのか、気にならないでもない。

 とは言え、知ったところで何になる訳もなし、今は大人しくエリーザベト姉の言うとおりにするのが良いだろう。下手に逆らって、帰りの自動車に乗せて貰えなくなったりしたら嫌だからな。