喰らえ、メテオストライク!

ラッキー砲 一

 エリーザベト姉妹の言う本部とやらは、彼女たちの自宅を経ってから、自動車に揺られること小一時間のところにあった。都内でも取り立てて地価の高い、尚且つ居住には適さないオフィス街の一等地。

 神社だとか、お寺だとか、そういったロケーションを想定していた俺としては、完全に面食らう格好となった。まさか、昨年に竣工したばかりの超高層ビルが、人外連中の巣窟になっているとは想定外だ。

 近代建築技術の粋を集めて作られたという触れ込みは、完成から数ヶ月を経て尚も世間に響きが良い。電波塔の類いを除いたのなら、高さでも、総面積でも、二位を大きく引き離して国内トップを飾る。

「マジか……」

「何を呆としているの? 行くわよ」

「あ、あぁ、うん」

 自慢のつもりなのか、リムジンはわざわざ建物の正面玄関前に停車した。この規模の建物ならば、地下にデラックスな車受けのスペースが用意されているだろうに。いちいち人目の在る場所を通る必要もないだろう。

「すげー、初めて見たわ……」

 下車して早々、立派過ぎる軒構えに俺は唖然。

 以前に耳としたニュースの類いによれば、この建物に入っているのは、国の一部省庁、大手有名企業の有力事業部、更には海外からの賓客を迎えるような一流ホテルなど。一般人には一生に一度として縁のないものばかり。

「ふぅん? こんなものが珍しいの? これだから貧乏人は嫌よねぇ?」

「わ、悪いかよっ、ビビってて悪いかよっ!?」

「でもさぁー、お姉ちゃんも最初に見たときは感心してたよねぇー」

「ちょ、ちょっとハイジっ!」

「いやいや、分かるよその気持ち。デカイもんこれ」

「べ、べ、別に貴方に同意して貰っても全く嬉しくないわよっ!」

「おう、早く中へ行こうよ。気になるし」

「ぐっ……」

 正面玄関前とあって、周囲にはスーツ姿の大人が沢山だ。

 リーマンとOLが沢山だ。

 誰も彼もは唐突にも停車したリムジンと、そこから姿を現した金髪ロリ美少女の姿に注目である。今日の姉妹はクラシックなドレス姿。姉の方が黒で妹さんが白。例によって色違いの同一デザイン。

 ちなみに俺は何とかという有名メーカーのスーツだそうな。

「あ、おいっ、千年忘れたっ! 千年っ!」

 車内に千年を忘れてきた。

 慌ててリムジンへと戻る。

 座席では未だにスースーと眠る褐色ロリータ。コイツが身につけているのは、何とかという有名な人が作った和服。紅色の生地に艶やかな白の刺繍が目を引く。

 妹さんに和服を頼んだところ、それならと渡された次第だ。都合良く子供用が手に入ったところからして、元々は姉妹の為に送られたものなのだろう。

「おーい、おきろー、ちとせー」

「んぅ……」

「おきろって。着いたぞ-」

「ん? あ、なんだー?」

「とりあえず、車から降ろすからな」

「うお?」

 千年を抱きかかえて車から降りる。

 伊達にロリータしていない。とても軽い。特に身体能力が異常に発達している今の俺なら、片手でも容易に持ち上げられるほどだ。

 だから、プニプニとした柔らかい肉の感触も余裕を持って味わえるし、さらさらとした肌の滑りの良さも、偶然を装い撫でては愛でること容易に候。

「早くなさいっ。置いて行くわよっ!」

「おう!」

 寝ぼけ眼な千年をお姫様だっこに抱えて、俺はエリーザベト姉妹の後に続いた。

		◇		◆		◇

 正面玄関を抜けて続くエントランスへ進む。

 高級ホテルのそれを思わせるフロアは、姉妹の自宅マンションのそれと比較しても何ら遜色ない。規模で言えば遙かにこちらの方が大きい。また、そこらかしこに警察官の姿が確認できた。特別警戒中というやつだろうか。

 そうした只中をピシっとしたスーツ姿が右往左往している。凡人には酷く物々しい空間に思えた。一歩を踏み込んだ瞬間から、誰に何を言われた訳でもないのに、どうにも緊張してしまう。これがエリート社会の一端かと。

「何を呆としているの? 行くわよっ」

「お、おぅ」

 周囲から寄せられるのは、相変わらず奇異の視線。

 フロアには俺たちの他に、未成年の姿は窺えない。誰も彼も大人。とは言え、それだけでジロジロと視線を向けられることはないだろう。理由の大半は連れ立つロリータ一式の存在だ。

 やはりエリーザベト姉妹は可愛すぎる。これに加えて更に、角付き褐色ロリータが和服を着用の上で同伴となれば、誰だって気になるだろう。俺だって気になる。写真の一枚は撮りたくなる。

 ただ、注目の的である同姉妹にしては、周囲からの視線もそ知らぬ顔。我関せずにズンドコと先へ進んでゆく。こうした場面も彼女たちにとっては日常なのだろう。千年は千年で半分眠っているし、結果、俺が一人で居たたまれない気分。

「お、おいっ、ちょっとどこへっ……」

「黙って付いてこようねぇー?」

 妹さんの有無を言わせぬ笑顔。

 返す言葉もございません。

 そのまま歩むことしばらく。両脇を警察官に固められた、駅の改札を思わせるゲートを発見。本来なら相応の認証作業が入るのだろうが、これを姉妹は顔パスで通過。途端、周囲から人の気配が無くなる。一般立ち入り禁止区域なのだろう。

 ゲートを越えた先、更に少しばかり歩んだところにエレベータを発見。

「相変わらず直通ですか。専用エレベータですか」

「悪いかしら?」

「お金持は嫌いだね。思わず嫉妬してしまう」

 俺、自宅のボロアパートに帰りたくない。

「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。私も貧乏人は嫌いよ?」

「ごめん。嘘言いました。大好きです。ヒモになりたいです」

「自分の食い扶持も碌に稼げない男に何の価値があるのかしら」

「ぐっ……」

 チンッという軽い音と共に到着したエレベータ。

 これに乗り込み一同は上階を目指す。

 停止階を示すスイッチの一覧には一階の他、地下五階と地上百九十二階の文字だけが続く。無駄に大きな箱のサイズは、四人が乗り込んで十分に余裕がある。四畳半程度だろうか。調度品に飾られた空間は、まるで普通の部屋のよう。端には腰を掛ける為のソファーすら設けられている始末だ。

「スゲェ、普通に生活できるじゃん」

「なら今日から貴方はここで生活なさい? 幾らでも貸し切ってあげるわよ」

「いやいやいや、貸し切っちゃ駄目でしょ。他の人が使えないし」

「今のところ私たちくらいしか使わないから、なんら問題ないわね」

「……妹さん。アンタのお姉さんが俺に辛く当たるんですが」

「普通じゃない?」

「そっすか」

 千年が眠っているので、どうにも相手に勢いがある。

 トゲトゲしさが従来比二倍といったところ。

 目的階までの所用時間は二、三分ばかり。伊達にソファーが付いていない。手持ちぶさたに姉妹と軽口など交わしていると、再び、チンッと軽い音が響いた。待ってましたと眺める先、ドアが左右に開かれる。

 続く先は廊下。

「こっちよ」

「うす」

 エリーザベト姉妹に導かれて、続くフロアを歩む。

 ふかふかの絨毯が敷かれており、どうにも足下に違和感。照明も値の張りそうな間接照明が並び、曲がり角やら何やら、要所には壺とか絵画とか、高級そうな調度品が並べられている。

 普通の建物と比べて廊下も幅広に作られており、天井も高く五メートル近い。

 多少ばかり歩んだところで、到着したのは大きな大きな観音開きを思わせる扉。結婚式場に眺める出入り口のそれを殊更に大きく豪華にしたよう。ドアハンドルも酷く厳ついものが、俺の頭ほどの位置に取り付けられていた。

「着いたわ。ここよ」

「すごいラスボス感なんだけど」

「無駄に豪勢だよねぇー」

 エリーザベト姉が懐から端末を取り出した。これを指先にサラサラと弄くるに応じて、目の前のドアがゆっくりと開き始めた。どうやらカギの代わりらしい。流石は最新のビルディング。ハイテクだ。

 ちなみに横開き。

 徐々に明らかとなる室内の様子は、俺が想像した以上のもの。広さとしては何百平米とある。部屋と呼ぶには違和感を覚える巨大な空間。天井も我が母校の体育館に喧嘩を売って勝てるほどに高い。

 そして、そこにズラリと並んだ数多の人外。

「っ……」

 反射的に身体が強ばるのを感じた。

 幾十、幾百と人間以外のものが集まっていた。

「……なにこの迸る幸福感」

 凄く幸せな気分だ。

 扉を越えた先、ヒシヒシと感じる幸せな感じ。

「ここに一日も居れば、末期ガンだってどうにかなるわね」

「私も何度か来てるけど、帰る頃には身体の調子とか凄く良いんだよねぇ」

「マジっすか。凄いじゃないですか」

 でも、それくらい容易に納得できるほどの幸福感。

 こうして部屋の外に立っているだけでも、ほわぁとする。ほわぁと。

「二泊ぐらいすれば、俺のブサメンも治るかな?」

「それは何年経っても無理だから諦めなさい。そもそも元からブサイクなのだから、どう足掻いても治りようがないじゃない」

「幸せの無駄遣いだよねぇ。勿体ない」

「……これだけの力を持ってしても、俺の顔は修復不可能なのか」

 姉妹の言葉を信じるのなら、集められた人外のどれもこれもは幸せ系の連中。本国在住と思しき手合いから、明らかに海向こうなヤツ。小さいのから大きいの。人の形をしたヤツから、何が何だか分からない物体エックス。家内安全から町内の安泰、更には単体で地域の発展を司るものまで。実に様々な集まり。

 過去、これほどまでラッキーが一カ所に集まったことがあるだろうか。

「この場に立ち会えたことを私たちに感謝なさい?」

「俺なんかが入ってもいいのか?」

「ここで見てても良いわよ」

「是非、入らせて頂きます」

 相手は人外。怖いには違いない。福禄寿様の一件を鑑みても分かるように、どれだけラッキーな連中であろうとも、牙を剥けば脅威となる。幸せが無条件で安全であるとは限らないのだ。

 けれど、それ以上に刺激されるところあって、俺は部屋へと足を踏み入れる。

 先行するエリーザベト姉妹。

 彼女たちが部屋へ入るに応じて、室内に集まっていた奴らの意識が動いた。

 一様に同姉妹の下へ、幾十、幾百という視線が向けられる。

「待たせたわね。早速だけれど始めましょう」

 到着早々、ラッキー連中へ語り掛けるエリーザベト姉。

 妹さんはその傍らに。

 俺は千年を抱えたまま二人の後ろへ。

 もしかして、彼女らはこの場でリーダー的な存在だったりするのだろうか。中間管理職的な立ち位置を想定していたので、出会い頭に早々、酷く偉そうな態度を取る彼女の姿に若干ビビった。

 どう贔屓目に見ても、この部屋の中に集まった連中の中で姉妹は雑魚の部類。

 だと言うに言葉は続く。

「つい先日に失敗を認めた人間は元より、他に大勢が挑んでは、幾度となく敗退してきたのが、今回の困難極まる仕事よ。南方の龍も、西方の精霊も、東方の英霊も、北方の神々すらも、迫る巨大な隕石を前としては、碌な抵抗が叶わなかった」

 なに偉そうなこと言っちゃってんの。

 アンタの後ろにいる俺とか、既にチビりそうなんだけど。

 格上相手に説教とかヤバい。

 怖い。

 そんな俺の心中などいざ知らず、エリーザベト姉は口上を続ける。

「それを今晩、貴方たちが成し遂げるわっ! 絶対にっ!」

 声高らかに言い放ってくれる。

「普段は人間から良いように扱われて、同じ人外からも適当な扱いを受けている。そんな貴方たちだからこそ、今日この日、貴方たちが溺愛するか弱い人間たちの為に、出来ることがある。どんな凄いヤツにも出来なかった、出来ることがある」

 マイクなど使っていないのに、部屋全体に響くほどの声量は大したもの。

 凛とした声は素直にカッコ良い。

 こうしたところで無駄にスペック高いのが、エリーザベト姉の良いところだ。

「貴方たちこそが、この星で最強なのだと、森羅万象に示すことができるわ!」

 グッと拳を握り、熱く語った感を出す演説系ロリータ。

 すると、これに答えたのが、数多の人外の中から一人。

 否、一神。

「して、吸血鬼の娘よ。仲間集めはもう良いのか?」

 つい数日前に出会ったばかり。

 福寿録様だ。

 相変わらず凄まじい貫禄と存在感である。

「ええ、今この場に集まった者で行わせて貰います」

「そうか、分かった」

 エリーザベト姉の大仰な物言いに、けれど、素直に頷いて見せる神様。すると、他のラッキー連中もまた、納得した様子で応じた。うおうおと声が上がる。口が無い連中は身体を揺らしたり、全身をスピーカーみたいに振動させたり。マジでカオス。

 どうやら福寿録様は、このフロアにあっても、相応の力の持ち主のようだ。

 一連の光景を眺めるに、エリーザベト姉妹が掲げる同ラッキー作戦は、実は凄く微妙なバランスの上に成り立っているのではなかろうか。ここまで辿り突けた時点で、既に奇跡的、とんでもないレアケースではないかと、今まさに感じた。

 力が全てである人外の世界で、雑魚吸血鬼が随分とまあ頑張ったものだ。

 俺ならきっと挫けてる。

 そういう意味では、二人とも凄い。尊敬する。

「このなかの幾割かは星と運命を共に為ねばならぬ。そして、それは人の神である儂もまた同様だろう。であれば、何もかもを投げ出すつもりで、存在そのものを賭けてでも、必ずして成し遂げてやろう」

 福寿録様が言う。

 応じて、ラッキー連中から少なくない賛同の声が上がった。

 エリーザベト姉の訴えに際しては上がらなかった声だ。

「ところで、そこの鬼はなんだ?」

 不意に福寿碌様の意識がこちらへ向いた。

 角丸出しな千年を見つめてのこと。

「え? あぁ、オマケで付いてきただけなので気にしないで下さい」

「ふぅむ……」

「あの、彼女が何か?」

 少しばかり焦るエリーザベト姉。

 ただ、追求はそれ以上に及ぶことは無かった。

「……まあ、あの時の人間が抱えているのであれば、良かろう」

「気を揉ませてしまって申し訳ないわ」

「いや、大事の前の小事だ。気にするな」

「お気遣いに感謝します」

「ありがとうございますぅー」

 姉妹にしても福寿録様の存在は無視できないのだろう。問答に際しても、俺に対するのとは雲泥の差。多分に気遣いが窺えた。妹さんとか露骨な猫なで声である。媚を売る姿もキャバ嬢みたいで非常に愛らしい。

 他方、神様は神様で千年に厳しい視線を向けてくれる。ただまあ、なんとかなったようだ。千年が眠っていてくれて良かった。下手をしたらメンチの切り合いで、この場に喧嘩だったろう。

「あ、人間じゃ」

 福寿録様の語りが一段落したところで、不意に声を掛けられた。

 目を向けた先、こちらへ向かい駆けてくる人外が一つ。

 昨日に攫った座敷童子ちゃんだ。

「おぉ、一晩ぶり」

「一晩ぶりじゃー」

 千年と同じ和服姿にオカッパ髪の日本童女然とした姿。

 俺的どストライクなラブ幼女である。

「おぬしの知り合いか?」

 その姿を認めて、福寿碌様が口を開いた。

「知り合いじゃ。人間に囚われていたところを助けて貰ったのじゃ」

「ほぅ」

 神様の視線が俺へと移る。

「……あの、な、なにか?」

 この爺さん、どうにも苦手だ。

 初印象がべらぼうに怖かったので、どうしても及び腰になってしまう。

「いいや、なんでもない。だが、その良き行いは他者に褒められて然るべき。この度の面倒が解決したのなら、改めて儂の下を尋ねると良い」

「え、あ、いや、あの、自分はそんな大したことしてないですし、そもそも発端はコイツらなんで、褒めるのであれば、是非ともコイツらを褒めてやって下さい」

 そう言ってエリーザベト姉妹を指し示す。

「ちょ、ちょっと、私に振らないで貰えるかしら!?」

「そうだよぉー」

 彼女たちにしても、この神様は苦手らしい。

 慌てて首を横に振り始める。そもそも吸血鬼という肩書きも手伝い、非常に相性のよろしくない相手だろう。鬼と善神と言えば、それこそ水と油、犬と猿、ブサメンと美少女、それくらいによろしくない関係だ。

「ふぅむ? ならば共に来ると良い」

 だが、そうした背景にも関わらず、福寿録様は事も無げに言ってのけた。

「えっ、あのっ……」

「あのぉー……」

 姉妹は青い顔。

 俺は仕方なく頷いておく。

「わ、分かりました……」

 嬉しいような、怖いような、微妙な感じ。

 神様に褒められたら嬉しい。当然、嬉しい。

 けど、それでも人外は怖いものだ。

 などと福寿碌様の一言にあたふたしていると、クイクイ、ジャケットの裾を引っ張られた。何かと思えば、すぐ傍らまでやって来た座敷童子ちゃんだ。小さなお手々に引っ張ってくれたらしい。

「わしとの約束もちゃんと守って貰うのじゃよー?」

 上目遣いに問うてくる。

 高級レストランで小豆ごはん云々だ。

「おうおう、分かってる。ちゃんと準備して待ってるから。任せとけい」

「おぉ! ありがとうなのじゃー!」

 良い笑顔を貰えて、俺もありがとうなのじゃ。

「しかし、鬼を抱えて来るとは、妙な人間も居たものだ」

「それは俺も思います。はい」

 未だ眠る千年を眺めてしみじみと。

「まあ良い。では今しばらく、時間が訪れるのを待つとしよう」

「ええ、そうですわね」

 なんでも作戦は外部の機関と連携の上で実施されるそうな。

 その約束の時間まで、残すところ数時間。姉妹に確認したところ、地球上に準備された対隕石作戦は、彼女たちが正真正銘の最後らしい。つまり、これが失敗したのなら、本当に打つ手が無いまま、地球人類は消滅せざるを得ない。

 まさか人類史の分かれ目に立ち会えるとは、幸運な話もあったものだ。