喰らえ、メテオストライク!

ラッキー砲 二

 延々と待つこと約束の時、最後の時間が訪れた。

 場所は変わらず、ビルの高層階に所在する例の大広間。

 ただ、フロアの様相には幾分か様相を変えている。だだっ広いフロアには、例えば祭壇が設けられていたり、例えば山のように料理が並べられたテーブルが用意されていたり、更には水の入ったプールが設置されていたりと、突っ込み泥湖満載の光景。

 姉妹に確認したところ、個々のラッキー連中が最大限に力を発揮する為の措置なのだそうな。人間の男性に例えると、床オナ派には畳を、壁オナ派には壁を、それぞれ与えるようなものだろうか。曰く、儀式装置とのこと。

 また、これに加えてフロア正面、その壁には巨大なディスプレイがドン。

 ビル壁面に設置される屋外ディスプレイのようなサイズだ。

 映された光景は、まさかの宇宙航空研究開発機構。JAXA。

 正面にはこちらとの応対を行うオペレータ、その背後にはせわしなく右往左往する局員たちの姿。更には脇に現在の隕石の位置と、今後の進行方向をトレースするレーダー情報が、一つの画面にまとめ映されていた。テレビのニュース番組に眺める台風の進路予想、その隕石版みたいなものか。

『こちら宇宙航空研究開発機構、管制センター。用意は調いました』

「ええ、ありがとう。それじゃあ作戦を開始するわ」

『分かりました』

「よろしく頼むわね」

『はい。よろしくお願いします』

 自分の父親ほどの年頃な男性局員を相手に、けれど、タメ口のエリーザベト姉。

 もしかして、こちらの様子も向こうに流れているのだろうか。国内最先端の科学技術な現場が、こんなファンタジーな連中と繋がってしまったことに、将来は理系に進みたい人間としては残念感を抱かざるを得ない。

「マジか……」

 俺はと言えば、フロアの中央、周囲を人外連中に囲まれて、エリーザベト姉妹と共に立っている。ちなみに千年はと言えば、別フロアのバーで一人酒を飲んでいる。福寿録様の目もあるので、俺が待機をお願いした。

 地球が壊れたらお酒も飲めなくなると説明したのが利いたようだ。

「それじゃあ始めるわよっ!」

 エリーザベト姉が声高らかに言った。

 応じて、人外たちがラッキーに励み始める。

 人間の男性に例えれば、一斉にオナニーを開始した形だ。

 膝を突き両手を組んで何処へとも祈祷を始める人型がいれば、いきなり全身をピカピカと光らせ始める物体エックスもいる。やっている本人はきっと必至なのだろうが、傍目には謎以外の何物でも無い光景だった。

 ただ、そこから得られる成果は、俺の肉体にも影響を与える。

「お、おいっ、なんか、なんかくるっ……」

 これまでに感じていたものにも増して圧倒的な幸福感がフロアを満たす。

 過去これほどまでに幸せだと思ったことがあろうか。

 いや、ないな。

 これならもう、今すぐに隕石が落ちて来て死んでも良いわ。

 むしろ落ちてこい。

 この幸せが失われる前に、早く、早く俺を殺して下さい隕石。

 ああもう、お願いだから、この幸せを永遠のものに、早くっ。

「静かにしなさい。他のものたちの邪魔になるわ」

「う、ういすっ……」

 幸せだ。幸せすぎる。

 だがしかし、確かに、邪魔は良くないな。邪魔は。

 大人しくことの成り行きを眺めることとする。

 極力、周囲へ意識を向けることのないよう、意識をある一点に集中。

 口をつぐんでフロア正面のディスプレイへと目を向ける。

 すると早々のこと、画面の向こう側から、反応が返ってきた。

『は、反応がありました!』

 先程に耳とした事務的な口調とは異なり、素から来る驚きの声だった。

 オペレータを持ってして驚きを隠し得ないほどの変化が訪れたようだ。

「そうね。少し軌道に変化があるわね」

 エリーザベト姉がディスプレイに映し出された隕石の軌道を眺めて言う。

 その口調は画面向こうのオペレータと比較して随分と落ち着いたもの。

『そんなっ、本当にこんなことがっ……』

「あとどれくらい時間が必要かしら?」

『は、はいっ! 依然として圏内にはありますがっ! ですがっ!』

「私はあとどの程度が必要かと尋ねたのよ? 自分の仕事をなさい」

『申し訳ありませんっ! このまま続けて下さい。軌道は確実に地球を逸れる形で修正が掛かっています。現在の間隔で進めば、凡そ一時間ほどで完全に直撃コースを免れることができます』

「だそうよっ! 皆、聞いたわねっ!?」

 エリーザベト姉が声を張り上げる。

 酷く力強く、カッコ良い声だ。

「あと一時間、なんとしても今の状況を死守して貰うわよっ!」

「お姉ちゃん、あっち、さっそく一匹ヤバそうなの居るよっ!」

 妹さんが吠える。

 見れば彼女の見つめる先、辛そうな表情で頭から湯気を上げる坊主が一人。

「そういうのはハイジ、貴方の方でサポートして。そこの男も使って良いから」

「う、うんっ! 分かった!」

「え、俺もっ!?」

 サポートって何すりゃいいんだよ。

 団扇で扇いでやれば良いのか。分からない。

 とは言え、協力できることは協力するか。

「行くよ童貞っ!」

「お、おうっ!」

 先んじて駆けだした妹さんを追って、俺もまた走り出す。

『す、凄いっ! 核ミサイルでも変わらなかった軌道がっ!』『うぉおおおおおおおおおおおおおおっ!』『なんだこれはっ! け、計測ミスなんじゃないのかっ!?』『どの計器も同じ値を示していますっ!』『本当に、本当にこんなことがっ!』『っていうか、あの子は何なんだっ!? まだ子供だろうっ!?』『それを言うなら、他に映ってるヤツらは何なんだよっ!?』『スイィイイイイツゥウウウウウウウウウ』

 スピーカー越し、局員の方々の戦く声が聞こえてくる。

 これを背景に俺はラッキー坊主を脱いだジャケットで仰ぐ。

 坊主は床に両膝を突いて、必死の形相に祈りのポーズ。

「頑張れっ! 頑張れっ! アンタの頑張りに全てが掛かってるんだっ!」

 なんという名前の化け物かは知らないが、ひたすらに応援だ。

「ぅぅぅぅうううううう」

 呻き声を上げている。

 とても辛そうだ。

 元々、そう力のある存在ではないのだろう。

 パッと見た感じ、倉ぼっこか何かだろうか。

「頑張れっ! 俺なんかで良ければなんでもしてやる! 頑張るんだ! アンタってば、今最高にイカしてる。最高にラッキーだ。どんな強力で強烈な化け物でも、今のアンタほど輝くことはできないぜっ! マジでっ!」

「そうだよっ! 応援してるよっ! 君ならできるよっ!」

 傍らでは妹さんもまた、坊主を応援。

 他に扇ぐモノがないのか、ドレスのスカートをパタパタとしている。

 腕を上へ動かすに応じて、黒のローレグパンツが丸見えで、俺はもう堪らない。勃起してしまう。だが、今は情欲に負けている場合じゃ無い。襲い掛かりたい気持ちを抑えて、必死に坊主を応援だ。

「頑張れっ! 頑張れっ! 頑張れっ!」

「頑張るんだよっ! 君なら頑張れるよ!」

 酷く無責任なことこの上ないが、今ばかりは仕方ない。

 とにかく頑張ってくれ坊主。

『進路状況が更新されました! あと四十五分です!』

 オペレータから声が掛かる。

 これに応じてエリーザベト姉もまた声を張り上げる。

「あと四分の三よっ! 苦しいだろうけれど、頑張ってっ!」

 声色は酷く必死だ。

 ただ、そんな彼女の訴えも虚しく、坊主に変化が訪れる。

「ぅぁ……ぁぁ……」

 その身体が消えてゆく。

 まるで霞みのように、空間へ滲んで、段々と薄くなって行く。

「お、おいっ! しっかりしろよっ!? おいっ!」

「ちょ、ちょっとぉっ!」

 妹さんと二人して慌てる。

 声を掛ける。

 けれど、こちらの訴えも虚しく、坊主の姿は消えて無くなった。

 肉の一欠片も残さず、フッと、最後は消えてしまった。

「ま、マジ、かよ……」

「…………」

 延々と応援していた手前、その光景は酷く衝撃的だった。

 倒れるならまだしも、消えて無くなるとか、なんか、なんか胸が痛いよ。

「二人とも、次はあっちをっ!」

 しかし、そんな俺らに対して、エリーザベト姉は矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 彼女が見つめる先には、今し方の坊主に同じく、段々と存在を薄くする物体エックスの姿があった。キラキラと輝く身体は、しかし、うっすらと背後の景色を映している。

 このまま放っておけば、どうなってしまうのか、今し方に坊主の最後を目の当たりとした俺には、良く理解できた。

「お、おいいぃいいいいいいいいいいいいいっ!」

 大慌てにその下へと駆けた。

 そんな俺に妹さんも連なる。

「多くは人の励ましこそが、なによりの薬だ。他の者たちを頼む」

 福寿録様の声が聞こえた。

 その意志にどうしても答えたくて、俺はがむしゃらに叫び続けた。

 頑張れ。頑張れ。

 もう頑張らなくても良いとは、切に思いながらも。

		◇		◆		◇

 フロアに沢山いたラッキー連中も、随分と数を減らしてしまった。ラッキー砲が発動してから、既に五十分が経過していた。この間にフロアの人口、否、人外口は二割を下回ることなった。

 死屍累々。

 姿を残してくたばるモノもいれば、姿を消すモノもいる。

「が、頑張れっ! 頑張れよ座敷童子ちゃん!」

 そして俺は今、座敷童子ちゃんを応援している。

 どうやら、座敷童子ちゃんは後者のようだ。

 段々と影を薄くしてゆく和服美少女。

「座敷童子ちゃん! いや、も、もう、頑張らなくてもいいから! いいから!」

 思わず本音が漏れた。

 けれど、そんな俺に彼女は微笑み返して言う。

「まだまだ、わしはこんなものじゃないぞぅ」

「いやいやいやいや、もうこんなものだから! だから止めていいから!」

「おぬしに、ひとに、ここまで言われて、止めることはできんのぉ」

「座敷童子ちゃん!」

 なんて良い笑顔なのだとは、酷く場違いな寸感。

『あと五分ほどで完全に軌道が逸れますっ!』

 オペレーターから催促するような声が掛かる。

 お前はちょっと黙ってろ。

「もういいから、少し休もうよっ! 休んでからでもいいじゃんっ!」

「いやいや、休めんよのぉ。まだまだこれからが本番じゃ」

「だってまだレストラン行ってないしっ! 約束守ろうよっ! ねっ!? 俺と一緒にディナーしてくれる約束だったじゃん!」

「それはこれが終わってからかのぉ」

 朗らかな笑みを浮かべんがらも、顔はびっしょりと汗だくだ。

 すぐ傍らでは妹さんもまた同様、今まさに消えようとする相手に声を掛けている。口にするのは、つい数十分前までとは些か趣を変えた、応援兼気遣いの言葉か。その表情はとても辛そうだ。

「ざ、座敷童子ちゃんっ! 足がっ! 足っ! 足っ!」

「んぬぅ……少々、色が薄いかのぉ」

「薄いなんてもんじゃないだろっ!? 消えちゃってるよっ! 足っ!」

「おぬし、足が無い女は嫌いかのぉ?」

「冗談言ってる場合じゃ無いだろっ!? 大好きだよっ! だから止めようよっ!」

 隕石もへったくれも無い。

 どうせ死ぬなら俺と一緒に隕石で死んでよ座敷童子ちゃん。

「悪いが、わしは先に逝くのじゃ」

「ざ、座敷童子ちゃんっ!」

「せっかく助けてくれたのに、悪かったのぉ……」

「ちょ、ちょっとぉおおおおおおおっ!」

 座敷童子ちゃんの身体が、フッと、どこぞの坊主がそうであったよう、どこへとも消え失せた。身につけていた衣服すら残さず、髪の一糸すら残さず、無くなってしまった。

 脳裏にこびり付いた微笑みが、どうにも心苦しい。

「……おいちょっと、流石に辛いじゃん、これは」

 なんかもう、ヤバい感じ。

 座敷童子ちゃん。

 気付いたら頬に涙が伝っていた。

 美しい幼女が逝く姿は、とても悲しい。

 なんて悲しいんだ幼女。

「ちょっとっ! 遊んでないでそっちへ手を回して頂戴っ!」

 座敷童子ちゃんを看取って即座、エリーザベト姉から声が掛かる。

 一瞬、反発の声を上げそうになる。

 これを飲み込んで、俺は次なるラッキーの下へと駆け足に向かった。

		◇		◆		◇

 結局、最後まで残ったのは福寿録様だけだった。

 他は全てが逝ってしまった。

「まさか、こうまでも強力な手合いとは、思わんかったなっ……」

 陽気を装い語ってみせる姿は、けれど、それまでの頼もしさが失われて思える。俺たちに威勢を張る元気も無いよう。今や姿すら縮んでしまい、外見こそ変わらずとも、大きさは未就学の子供ほどのサイズに変化してしまっている。

 それでも必死に念じ続ける姿は、流石は広く名の知られた善神。

『あと三十秒、二十九、二十八っ!』

 作戦開始当初には喜びを感じたオペレータの声。

 けれど、今はそれがどうにも苦しい。

『十秒、九、八っ、七っ!』

 カウントが徐々に減ってゆく。

「も、もう少しですよっ! 福寿碌様っ! 頑張ってくださいっ!」

 こうなれば、俺ももう応援するほかにない。

 全身全霊を込めて訴える。

「うむ、お主の心の底からの訴えが伝わる。力となるぞぃ」

「応援してますから! 頑張って下さいよっ! 残って下さいよ!」

「分かっておるわい。まさか、ここまできて折れる訳にはゆかぬわ。でなければ、先に逝ってしまった他のモノに示しが付かぬだろうが」

「う、うぃすっ!」

 頼もしい福寿碌様の声。

 これを信じて声を掛け続ける。

 隣では妹さんも、エリーザベト姉も同じく声を張り上げている。

『六、五、四っ』

 オペレータからのカウントダウンが、いよいよ。

「あと少しですっ! 少しですからっ!」

「ぬぅうううううううううっ!」

 フロア中を揺さぶるような、大きな声が神様の口から吐かれる。

『三っ、二っ、一』

 そして、ようやっと、永遠にも感じられたカウントダウンが終えられた。

『ゼロ! 完了です。隕石軌道、完全に地球を脱しましたっ!』

 オペレータの声がフロアに響き渡った。

 応じて、ディスプレイの向こう側から人間たちの狂喜乱舞する声が届けられる。

 喜びの声が。

 他方、俺のすぐ側からは神様の声が届けられる。

 長らく人の世を見守ってきた存在の最後の声が。

「うむ、これで、万事、幸福だ……」

 最後、ニコリ、満面の笑みを浮かべて、福寿録様は死んでいった。

 俺やエリーザベト姉妹が何を返す間もなく、その姿はフロアから消え去った。

 一方的に苦手だとか思っていたこと、ごめんなさい。