喰らえ、メテオストライク!

終末 五

 気付いたら意識を失っていた。

 ゆっくり身体を起こす。周囲の様子を窺い、今に自分がエリーザベト姉妹のバーラウンジに居ると理解する。同ボックス席では、俺の他、エリーザベト姉妹、千年、佐藤さんの姿もある。

 どうやら見事にオーバードーズを喰らった様子だ。

 姉妹はソファーにもたれ掛かり眠っている。千年は俺の太股を枕にしている。佐藤さんは床に座り込んで、ソファーテーブルに突っ伏している。皆、呼吸は確かなので、死んでは居ないだろう。特に佐藤さん。

 速攻で倒れた為か、部屋への被害はゼロ。ここ数日の成果を思えば奇跡的だ。

「もう、十時か……」

 時計を確認して、独りごちる。

 あとどれくらい、時間は残されているのだろうか。

 千年を起こさないよう、ゆっくりと立ち上がり、窓際へと移動する。

 カーテンを幾らか開けて、外の光景を眺めてみる。

 すると、そこには驚愕の光景だ。

「……マジ、か」

 一目見て何よりも先行したのは、恐怖にも勝る驚き。太陽や月とは比較にならないサイズで空に浮かんだ、名前も知らない隕石の姿。顔の前に拳を掲げた程度だろうか。表面に数多のクレーターを確認できるほど。

 それが二つも。

 まるで地球を抜け出し、別の星に移民したような気分だ。

 酷く幻想的な光景だった。

「そりゃ死ぬだろ、人類」

 今までどこか他人事な感があった。人類が滅亡するのだという、酷く機械的な情報だけが、一方的に頭にすり込まれていた。実感など無かった。もしかしたら、どこかの偉い科学者の計算ミスなんじゃなかろうかと。

 けれど、こうしていざ本物を空に見つけてしまうと、否応に今後を思い知らされる。確かな感触を伴い、自分に将来はないのだと、人類に明日は無いのだと。今日で何もかもが終わってしまうのだと。

「……ん」

 外の光景を眺めていて、ふと気付いた。

「なんか、モヤモヤが増えてるな」

 身体から昇る黒い靄が勢いを増している。

 昨晩までが火に掛けたヤカンの口から昇る湯気だとすれば、今はボウボウと燃える焚き火の煙ほど。濃さも増して思える。大型ダンプの排気ガスほどだったそれが、今は墨でも空気に溶いたよう。

 とは言え、空に浮かんだ隕石を思えば、気にしても仕方の無いことだ。

「まあ、今更か」

 ゆっくりとサイズを大きくするそれを眺めて呟く。

「んー、なんか浮いてるなー」

 ふと、声が響いた。

 誰かと思えば、千年が俺の隣に並び立っていた。

「起きたか」

「おー、おきたー」

 彼女もまた俺が見つめる先へ意識をやる。

「なんだあれ? 月じゃないよな?」

「あれが隕石だ。前に説明したやつ」

「なるほど」

 二人して空に浮かんだ会心の一撃を眺める。

 流石の千年も思うところあるのか、数度を交わした限り、言葉も失われて静かになった。ただ、その金色(こんじき)の瞳は、ジッと揺るぎなく隕石を見つめている。果たして彼女は、この後に待つ大崩壊を耐えきることができるのか。

 正直、俺にはまるで分からない。

 窓際に二人並んで、しばらくを黙って眺めていた。

 すると、ふと背後に気配を感じた。何かと思い振り返ると、そこにはエリーザベト姉妹の姿があった。どうやら千年に釣られて目覚めたようだ。俺の背中越し、眠そうな顔で窓の外を見つめている。

「たしかに、こうして見ると大きいわね」

「でっかいねぇー」

 語られる調子は、感無量と言った様子。

 どう足掻いても逃れら得ない運命に全てを諦めた感じ。

「妹さん、ちょっとひとっ飛びして、軌道修正を頼むよ」

「そーだねぇ。それが出来たら、本当に嬉しいんだけどねぇー……」

「じゃあ、姉の方で」

「空を飛ぶ練習はしているけれど、まだ無理なのよね」

「え、吸血鬼なのに飛べないの?」

「し、仕方ないじゃない……。まだ十七なのだから」

「私は少しだけど、飛べるんだよねぇー」

「へぇー、そういうものなんだ。初めて知った」

 ほんの僅かな希望を込めて下らない冗談を口にした。これに返ってきたのは、平素からの適当な軽口だ。まさか叶うはずも無い。でも、言わずには居られなかった。否応無い恐怖が、これ以上、身体を包む前に、なんとか精神を逃したくて。

「じゃあ、千年、ちょっと頼むわ」

「ん?」

「あの隕石、ぶっ壊してきてくれ」

 格好悪いとは思いつつも、千年にまで縋る。

 もうどうにもならないというのに。

「いいぞ。けど、あと少しだけ待て」

「だよな、無理に決まっ……え?」

 だから、彼女から返された言葉に、俺は酷く驚いたんだ。

 一瞬、相手が何を言っているのか、分からなかった。

「え、あの……千年?」

「まだちょっと足りない。けど、この調子なら、すぐに集まる」

「……あの」

 千年が何を言っているのか、俺には理解が出来なかった。

 そして、これはエリーザベト姉妹も同様だった。

 鳩が豆鉄砲を喰らったような、酷く呆けた表情にその姿を見つめている。意識は空に浮かんだ隕石から千年に移っていた。三人が三人、和服姿の、頭に角を生やした、褐色のロリータに注目していた。

「オマエも手伝え。私一人だと、二つ一度はきっと危ない」

「え、あ、おい、俺? 俺もなの?」

「おう」

 ジッと隕石を見つめながら、千年は言った。

 もしかして冗談を言っているのか。なんて考えたところで、出会ってから数日、俺は一度として彼女が冗談を口としたことが無いことを思い返す。

 千年は一度やると言ったら、必ずやってみせる女だ。

 例えそれがどれだけブッ飛んだ事柄であったとしても。

「……千年、空飛べるの?」

「飛べるぞ」

 俺やエリーザベト姉妹に向き直ることなく、ジッと隕石を見つめながら答える。

 果たして、そうすることに何か意味があるのか。クリクリとした大きな瞳は、僅か震えることもなく、ひたすらに空を見つめ続ける。猫のように縦に細く伸びた瞳孔が、日の光を反射して輝く様子が、なんだろう、とても美しい。

「俺、飛べないんだけど……」

「たぶん、オマエも飛べるぞ?」

「……マジすか」

「まー、今は無理でも、私が連れてくから気にするな」

「あ、あざす」

 どうやら連れて行かれてしまうらしい。

「ちょ、ちょっと、どういうことかしら? 話が見えないのだけれどっ!」

 エリーザベト姉が声を荒げた。

 傍らでは妹さんもまた、その通りだと言わんばかりの表情。

「あれくらいの石ころなら、私でも大丈夫だ」

「いや、あ、貴方、石ころってっ……」

「ただ、その後のことは、オマエに任せるぞ」

「え?」

 隕石から視線を外した千年が、俺に向き直った。

「そ、それってどういう……」

「オマエを取り込んでおいて良かった」

「いやいやいや、まるで状況が見えてこないんだけど」

「私はこの星を壊したくないからな」

「……千年?」

「アイツはもう死んじゃったし」

「…………」

 なんだろう。コイツもコイツで、色々と歴史があるんだろうか。

 なんて、ふと思った。まるで意図が理解できない千年の発言は、これまで接してきた中で、一番に真面目な響きを伴い感じられたから。

 だから、俺も真面目な顔に応じることとする。

「よく分からないけど、任せろ。俺はアンタが大好きだからな」

 無駄にカッコつけて言ってやる。

 すると、これに千年は素直に頷いて応じた。

「そか。なら良かった」

「おう」

「私もオマエのこと、かなり嫌いじゃないぞ?」

「そいつは嬉しいぜ」

 ニコッと静かに笑う千年だった。

「んじゃ、行くぞ。溜まった」

「溜まった? 何が?」

「私は鬼だ。そして、鬼は人の負の感情から生まれた存在だ。だから、昨日くらいから溢れてる人間共の嘆きが、私の下には沢山集まってきている。正直、今の私は最強だぞ? きっと、誰にも負けない」

「お、おぉ」

「そして、それは私の中に居るオマエも同じだ」

「……な、なるほど」

 なんかよく分からないけど、凄いぞ千年。

 鬼という存在の起源は、人間に代表される高等な精神活動を行う生き物が湛える、負の感情だと言う。これが膨大な時間を掛けて集まり、一カ所に濃縮、やがては形を取り、鬼という存在へ至ったのだと言う。

 そんな話を俺も師匠から聞いた気がする。

 つまり、人間がご飯を食べて日々の糧とするように、鬼は人間の負の感情を食べて、それを原動力とするのだそうな。これは鬼と名の付く存在にとっては、酷く一般的で、ごく当たり前のことだという。

 とは言え、一口に鬼とは言っても、昨今、実にバリエーションに富む。元来からの負の感情に限らず、人と交じり血を欲する吸血鬼や、夜な夜な徘徊しては屍肉を啜る屍鬼のよう、多くは求めるところに変化を生んでいた。

 ただ、元々はそういう存在だということ。

 故に鬼としての純度が高ければ高いほど、その影響は大きいのだそうな。

 そして、今、千年は終末に嘆く人間の負の感情を大量に取り入れている。

 曰く、最強だと言う。

「ちょ、ちょっと、まさか貴方の名前って……」

 何かに気付いた様子で、エリーザベト姉が呟いた。

「鬼……」

「んー? 今は千年だぞ?」

「お姉ちゃん、あの、鬼って、前に千年ちゃんが言ってた……」

「まさか、本当に始祖だったなんて……でも、そんな……」

 酷く戦いて思えた。

 隕石を前とした際にも増して、驚いているように思える。

「よし、んじゃ行くか」

 これに構わず、千年は言う。

「だっこしてやるぞー」

「お、うぉっ!?」

 いきなり千年に抱きかかえられた。

 お姫様だっこだ。

「お、おい、千年っ……」

 言葉は最後まで言葉にならなかった。気付いたら、俺と彼女とは、窓ガラスをぶち破って空へ飛び出していた。

 僅か数瞬のこと、遠く、エリーザベト姉と妹さんの上げる悲鳴染みが叫びが、聞こえたような、聞こえなかったような。

 見る見るうちに、俺と千年とは、地上から遠退いていった。