喰らえ、メテオストライク!

遭遇 二

 翌日、目覚めは二日酔いと共に訪れた。

「頭いてぇ……」

「うぅ……きぼちわるいぃ……」

 いつの間に用意したのか、畳の上には布団が一組、とても敷いたとは言えないほど乱雑に並べられていた。収まっていた襖は案の定、開かれたままだ。恐らくはギリギリのところで引っ張り出し、そのまま意識を失ったのだろう。

 すぐ傍らには幼女の姿もある。鬼の癖に俺よりも辛そうだ。仰向けに寝転がって、とても苦しそうな形相に呻いている。褐色の肌が少しばかり白味を増して、顔面蒼白。なんか本気でヤバそうな感じ。

「やべぇ、久しぶりに重いのきたわぁ……」

「うぅ、いたい、おなかとか、あたまとか、いたいぃ……」

 部屋の隅の方には、注文した覚えのないもんじゃ焼きが二つ出来上がってる。しかもあろうことか、畳の上に直置きだよ。俺か、コイツか、それとも二人分か。正直、まるで記憶にない。

「おい、だ、大丈夫か?」

 自分も相当ヤバいが、鬼のほうは今にも死にそうだ。

「やばい、だいじょうぶじゃない。死ぬ。これは死ぬぅ……」

「アル中で死ぬ鬼とか聞いたことねぇよ」

「あぁ……いたぃ、つらいよぉ……つらいよぉぉお……」

 こりゃ駄目だな。

 俺も駄目だが、コイツはもっと駄目だ。

 調子に乗って飲ませすぎた。

 なんか、ハァッハァッハァッって感じで、呼吸を荒くしている。出産の最中にある妊婦みたいだ。天井を見上げる瞳も焦点が合っていない。これ、救急車とか呼んだ方が良いんじゃなかろうか。普通に焦るレベル。

 時計を確認すれば、時刻は午前十時を少し過ぎた頃合。深夜零時くらいまでは意識があった。もんじゃ的空白を三時間と見積もれば、眠ってから少なくとも七時間は経過している。つまり、グッスリ寝て起きてこれ。うわ、尋常じゃないな。

「おい、水飲むか?」

「み、みず、むりぃ……きもちわるぃ……つらいよぉ……」

「そ、そか……」

 辛いと言われても、俺にはどうしてやることもできない。

 これ、幼女の姿格好でやられると、なんか哀れ度がヤバイな。

 ちょっと見てらんない。

「うぅ……おさけ、こわい……つらい、きもち、わるぃぃ……」

 せめて頭の下に枕を入れてやる。

 今日はコイツの看病で一日が終わりそうだ。

 なんて考えていると、ピンポーン、ピンポーン、玄関の呼び鈴が響いた。普段なら雑音に過ぎない音が、今は脳味噌へのダイレクトアタック。高めの音が良い感じで、二日酔いの脳味噌を揺さぶり、不快感を誘う。

 しかも連打されている。

「こんなときに誰だよ……」

 気だるい身体に鞭を打って身体を起こす。這う這うの体で玄関まで向かった。途中、足下がおぼつかなくて、何もない場所でひっくり返りそうになった。立ち上がってみて実感する。こっちも相当に酷い。

 その間にも、ピンポンピンポン、呼び鈴は喧しく鳴り続ける。

 近所迷惑だっつーに。

「はいはい、どちらさまで……」

 錠を落としてドアを開く。

 すると、そこには見知った相手が立っていた。

「貴方、いきなりサボっ……って、くさっ、なによこれっ! 酒臭いわよっ!?」

 金髪ロリータなドイツ人。

 エリーザベト姉だ。

「マジで来やがったし……」

「このクソ忙しいときに何をやっているのかしらっ!? あと五日しかないのよ? 昨晩、私は伝えたわよね? もしも働かないというのであれば、その身がどうなっても保証はしないと」

「痛っ、頭に響くから、あんまり大きな声を出さないでくれよ」

「黙りなさい。そっちこそ臭い息を吹きかけないで欲しいわ」

 自身は全くと言って良いほどに感じない。だが、室内は相当にアルコールの匂いが籠もっているのだろう。相手の眉間には、深くシワが寄っていた。

 今にも殴りかかってきそうな形相だ。

「捜査はどうなっているの? GPSに動きが見られないのだけれど」

「いや、今はそれどころじゃなくて……」

「空の上の面倒事以上に、それどころじゃない問題があるのかしら?」

「病人がいるんだよ。いや、病人っていうか、二日酔いだけどさ」

「それだけ喋れれば十分よ」

「俺じゃねぇよ」

「他に誰かいるの?」

「居るから困ってるんだよ」

 俺は素直に頷いて答えた。

 すると、エリーザベト姉は、チラリ、こちらの肩越しに、室内の様子を窺うよう視線を向けた。自然と俺の目もまた、背後を振り返るよう、居室の側へ向けられる。

 僅かばかりの廊下を越えた先、そこには仰向けに横たわる鬼ッ子の姿だ。しわくちゃな布団の上、仰向けに延びている。顔色がすこぶる悪い。

「……何なのよ、あれは」

「何なのよって言われてもなぁ……」

 知り合いというほど交友を持った覚えはない。けれど、であれば何故に俺の部屋で倒れているのか、まるで説明がつかない。一方的に自宅へ乗り込まれた間柄か。

「ロリコン? その歳で人外とセックスしたの?」

「ちげぇよっ!」

「それにしても随分と弱っているわね。餓鬼の類いかしら」

「本人は普通に鬼って言ってたけど」

「鬼? あれが?」

「お、おう……」

「冗談は辞めて欲しいわね。あんなひ弱な鬼、いる筈がないじゃない。碌に力も感じられないわ。それこそ人間のそれと大差ないほど。きっと私のデコピン一発で沈むわね」

「いやいや、少しくらいは本人の言うこと、信じてやろうよ」

「今は餓鬼に構っている余裕などありません。餓鬼のラッキー度はゼロだわ」

「ゼロなのか……」

 たしかに幸の薄そうなヤツではあるな。

「貴方はこれから私と共に学校へ向かいなさい」

「は? なんでだよ。真面目に授業受けてる余裕なんてないんだろ?」

「誰が真面目に授業を受けろと言ったの?」

「じゃあなんだよ」

「貴方は自身が通う学園の歴史に理解があるかしら?」

「ぜんぜん?」

「となると、それなら間違いなく知っていないわね……」

「金髪ロリ先生。こっち話がぜんぜん見えてこないんですけど」

「次にそれ言ったら殺すわよ?」

「ひぃっ……」

 ロリ扱いはアウトらしい。

 今のボディーに何かコンプレックスでも持っているのか。

 十分に可愛いじゃんかよ。良いじゃんかよ。俺は大好きだよ。

「せ、説明をお願いできませんかね……」

「ブルーバードが自ずと寄り付くような土地であることからも分かるとおり、この辺り一帯は他と比べて、些か霊的に特殊なの。その原因を調べさせていたのだけれど、昨晩、ようやっと判明したのよ」

「そっすか……」

 霊的とか言われてもサッパリですよ。

「この学園が立っていた土地には、元々、ある神を奉る祠が建っていたらしいわ」

「それがラッキー系の神様と?」

「ええ。想像以上の大物が釣れたわ」

「マジですか」

 大物とか怖いよ。

 神様と名の付く手合いを、俺は何度か見たことがある。主に正月三箇日、両親に連れられて行った初詣とかで。場所はテレビで放映されるような有名な神社だ。明治神宮とか、成田山新勝寺とか。

 そこで目の当たりとした神様一同は、誰も彼も圧倒的で、ぶっ飛んでいて、正直、直視するのが憚られるようなヤツらばかりだった。例えるなら、裸眼で太陽を観測するようなものだ。あ、コイツに逆らったら一瞬で死ぬな。みたいな。

 だからこそ、そうした手合いが、毎日を過ごす学校に所在するとは驚き。

「福禄寿の分神よ」

「分身? っていうと、忍者的な意味で?」

「分けるに神と書いて分神よ」

「……あぁ、そっちね」

「同じ神であっても、それを奉る神社は沢山あるでしょう? それと同様に、力の強い神であれば、自身の分身のようなものを、日本全国津々浦々、あっちこっちに分けて置いているのよ。力のある存在なら、誰もが考えるところかしらね」

「実は知ってた」

「やっぱり殺すわ」

「いや、ほ、本当は知らなかった。スゲェな神様! 分裂するのかっ!」

「この男は……」

 腕を振り上げたところ、ギリギリで踏み止まるエリーザベト姉。

 彼女は憤怒の表情のまま、言葉を続けた。

「けれど、どれだけ探しても見つからないの。仮にも社があって、撤去された記録も、移設された記録も無い。となれば、そのまま埋もれている可能性が高い。と言う訳で、貴方もこれを手伝いなさい」

「そういうことなら納得だわ」

 見えるヤツが人海戦術ってことか。

「あ、けどさ……」

「なにかしら?」

「いやほら、ちょっとアイツを放っておけないっていうか……」

 背後に自称鬼ッ子の呻き声を耳として、金髪ロリに物申す。

 調子に飲ませてしまった手前、罪悪感も一入といったところ。これで相手が同級生であったら、或いは放って置いたかもしれない。けれども、鬼だろうが何だろうが、幼女の格好をしているから、なんとも気まずい感じ。

「大事の前の小事よ。放っておきなさい」

「オマエ、さらりと酷いな」

「飲み過ぎ? 自業自得じゃない。ほら、行くわよっ!」

「うぉっ!?」

 腕を引かれた。

 流石は吸血鬼、力がハンパなく強い。

「わ、分かった。行く、行くからせめて着替えさせてっ!」

「なら早くなさいっ」

 そんなこんなで学校へ行く羽目になった。