金髪ロリ魔王ラノベ

エピローグ

 その日は葬式だった。

 式場には喪主を筆頭として、亡くなった者の身内が十余名。特別何を語る事も無く、素面に集まっている。交わされる言葉は極めて儀礼的。不幸の挨拶に始まり、形式的な時期の文句に繋がり、頭を下げて別れの言葉に締まる。

 故人は交友関係に乏しい人物であったらしい。

 フロア正面の壇上には、立ち花に囲まれて、二十代中頃を思わせる男性の顔写真が設けられている。会場に集まる大半は彼より、一回りも二回りも歳を重ねた者達であった。

 やがて、流れ始まる念仏。

「超発稀有大弘誓、五劫思惟之摂受、重誓名声聞十方……」

 会場に涙は無い。

 ただ淡々と坊主の垂れる文句が響く限り。

 集まった参拝者達は儀礼に倣い、静かに喪へ伏す。誰が何を言うことも無い。世に数多在る葬式の一つ。世間の慣習に従い執り行われる全ては、極めて平凡で、極めて無難で、極めて無様で、著しく無刺激的な一つ。

 フロア最奥、祭壇前に置かれた棺桶は静か、ただ場に置かれるのみ。

 収められた青年の遺体は、簡素な木箱に収まる。顔が位置する部分に関して、蓋は四方形に切り取られて、透明なプラスチックの反対側に、無様な死に顔を晒す。一切の感情を奪われた、死に化粧。

 その周囲に詰められた花が、当人を差し置いて鮮やかに彩る。

 故人を哀れむ声は、彼の顔のすぐ横に、長年使われたシャープペンを添えた。

 使い古された、安いプラスチックのシャープペン。

 グリップの汚れて、幾年と使い古された、ぼろぼろの一本だった。

 生来の彼が長らく利用していた品である。本人がどのような気持ちでそれを利用していたかは、この場の誰も知らない。ただ、周囲の者達は、それが彼にとって、とても大切なものであると決めていた。考えていた。

 故に共連れの相手。あの世への道連れ。

「これより、出棺致します」

 念仏を唱え終えてしばらく、一通りの式進行を終えた坊主が告げる。

 あと小一時間もすれば、青年の肉体は焼かれて、煙と消える。

 残る灰と骨も、小さく砕かれて、地面に埋められて、全ては時間の後ろへ。

 仏壇の傍らに腰掛けた肉親は無感情。ただ、淡々とことの行く末を見守るのみ。何を語ることもない。式の始まる前にしても、周囲からの言葉に応えて、当たり障りの無い言葉を返す限り。その様子は酷く淡々としていた。

 集まった親族もこれは同様。

 故に式は滞り無く進んだ。

 事前に想定された進行以外、何も起こらない。

 人の価値は、その人物が死んだ時、泣いた人間の数で決まると言う。

 ならば、今この瞬間に死を知らしめた彼の価値は、無価値。

 この世界に数多流される涙は、一ミリリットルとして彼に与えられなかった。

 悲劇は遠い世界の出来事。

 あまりにも遠い。

「その前に、これより故人との、最後のお別れの時間となります」

 粛々と坊主が告げる。

 応じて、親族一同が席を立つ。各々、歩みを進めて、青年の遺体が収まる棺桶へと向かった。そして、木製の棺の感触を確かめるよう、一撫で。続けて、口々に彼の哀れを一言に語り始める。

 こんなに若いのに、可哀想に。

 若いのに不幸なことね。

 世の中、なかなかどうして無情なものだ。

 来年には就職だったろうに。

 社会を見ずに逝くとは可哀想に。

 口々に発せられる哀れみの言葉。誰も彼もが棺桶に収まる彼へ、今に晒す無様を言葉にして投げ掛ける。そこには相手に向ける諫めの感情に加えて、今に生きる自らの生を誇る想いが窺えた。

 生きていることが全ての世の中で、彼は死んだ。

 終わった。

 後に続くのは、どのような世界なのか。

 人を遥か越えた遠い世界とは、この場の誰にも知れない、摩訶不思議。

 不思議。

 そうしたこの世で一等上等な無様を眺めてのこと、不意に響く幼い言葉。

 まだ年齢も一桁。小学校へ上がろうか否かといった年頃の童女。

 母親に付き添われて、棺桶を眺めてのこと。

 その口に呟かれた何気ない言葉。

 プラスチックに透過された、顔の部分をのぞき込んでの寸感。

「おかあさん! このひと、ぶさいくだねっ!」

 少女の呟きが、妙に大きく会場に響いた。

 彼という存在の死が世間に与える、何より純然な反応は、これだった。

 彼のこの世界に対する価値と居場所は、それが全てだった。

 事故だろうか、彼の顔は死に化粧に隠しきれないほど、酷く腫れていた。

◇ ◆ ◇

 平日、午後二時を多少ばかり過ぎた頃合い。桜の花びらが舞う穏やかな春の景色を、窓ガラスの一枚先に隔てて、屋内、空調の行き届いたフロアの一角に所在する二十畳ほどの居室。都内に所在する某大学、某研究室でのこと。

「ちょっと、エイズって……エイズってなによっ!」

「いや、んなこと俺に言われたってっ……」

「私、これからどうすればいいのよっ! こんなの聞いてないっ!」

「薬があれば大丈夫なんだろ? き、気にしない方がいいって」

 一室に響く耳喧しい言い合い

 語らい合うのは所属する学生二人。一人は男子学生。もう一人は女子学生。共に同学校へ籍を置く生徒だ。女性に関しては、今に居する研究室の生徒であり、男性は一つ上のフロアの研究室に所属する。共に学部三年生。

 語る調子から、今まさに喧嘩していることが窺えた。

「それになんで吉田君は隠性で、私だけ陽性なのよっ!」

「そりゃ、ほら、お、男の方が感染しにくいって言うしっ……」

「こんなことになるなら、バンドなんて、やらなきゃ良かったっ! 信じられないっ! なんで私ばっかり、こんな目に遭わなきゃならいのよっ! しかもなんで大学の友達とか、もう出回ってるのっ!?」

「いや、んなこと俺に言われても……」

「訴えてやるっ、アンタのこと、絶対に許さない、訴えてやるっ!」

「おいちょっと待てよっ、なんで俺がそこまでされなきゃならないんだよっ! そもそも、誘いに乗ってきたのはそっちだろ? 合意の上だったんだから、隠性の俺には何の責任もねーよっ!」

「アタシだけなんて、絶対に許さないっ! 許さないっ!」

 たった二人の会話ながら、それだけで一室は賑やかだった。両者の間に語られる会話は、交わされる言葉の歪んだ調子に違わず、非常に暗鬱としたものであったのだろう。男子生徒も、女子生徒も、顔に深いしわを作ってのお話だった。

 エイズ、陽性、同意、などなど。一連の単語から察するに、性交の末に性病へと感染したようだった。声が届けば当事者で無くとも窺える。青春を謳歌する学生に相応しい、とても残念なやり取りだった。

 ならば、そんな二人を正面に置いて、黙々とコンピュータに向かう男が一人。

 不幸なことに女子生徒が腰掛けた席の対面、机合わせの位置である。

「…………」

 距離にして一メートル半。当然のこと、全ては彼の耳へ届く。

 否応なく意識してしまう男女の話し声。

 それを努めて無視するよう、カタカタ、カタカタ、男は課題に打ち込む。机の上にはコンピュータ。コンピュータに繋がるディスプレイ。椅子に腰掛けて、一心不乱にキーボードを叩く。

 全ては自分には関係の無い世界の出来事だと、決して耳を貸すまいと、堅く心に決めてのこと。代わりに差し迫った課題の提出期限に神経をすり減らす。与えられた課題は膨大で、ちょっとやそっとじゃ終わりそうにない。

 時刻は昼の十二時を回った頃合。一室には三人の姿だけがあった。

「絶対に、許さない。私の一生を台無しにした罪、償って貰うからっ!」

「はぁ? ふざけんじゃねぇよっ! お前が勝手に感染したんだろうが!」

「アンタのせいよっ! アンタが無理矢理したんじゃないっ!」

「だから俺は陰性だって言ってるだろっ!?」

「陰性陰性って、うるさいから叫ばないでよっ! むかつくんだよっ!」

「僻んでんじゃねぇよっ! この陽性っ! しつけぇんだよっ!」

「ひ、酷いっ、そんなこと言うなんてっ……」

「俺はこれから真美ちゃんと練習するんだから、ついてくんじゃねーぞっ! このエイズ女っ!」

「あ、ちょっとっ!」

 口喧嘩の末、男生徒が踵を返す。

 早歩きに部屋の出入り口へと歩んで行く。

 すると、彼がドアノブへ手を掛けようとしたところだ。不意にドアの側から動きがあった。触れる直前、ノブが捻られたかと思えば、その先から顔を出したのは、身長二メートルを超えるエプロン姿の大男。

「ぬ、すまぬな」

「ぅえ? こ、コック?」

 あまりに妙な姿格好を目の当たりとして、咄嗟、動きを止める男子生徒。

 その間、コックは勝手に部屋へと入り込む。

「探したぞ。昨晩はよくも逃げてくれたな?」

「げっ、なんでコックがここに来るんだよっ……」

 コンピュータと睨めっこする男、山田紅蓮もまた、ディスプレイから大男へと意識を移す。そして、見知った相手の存在に顔を顰めるのだった。彼にしては、今、一番に会いたくない相手である。

 喧嘩をしていた男女も口を閉じては、驚いた様子で二人のやり取りを見つめる。

「さぁ、約束通り肉を頂くとしようか。今月の家賃と食費分だ」

「ちょ、ちょっと待てよ。いきなりこんなところで何言ってんだよ」

「とりあえず、腕一本を頂くとしようか」

「っていうか、ここは関係者以外立ち入り禁止だぞっ!? 入り口にはゲートだってあるのに、どうやって入ってきたんだよっ! 下手したら警備員どころか警察が飛んで来るぞっ!?」

「警察が怖くて調理人など勤まるものか」

「どんだけアングラな仕事だよ!」

 随分と慣れ慣れしく言葉を交わす二人。

 その姿を眺めて、男子生徒が何かを思い出したように言葉を漏らした。

「おい、この人って例のレストランで有名なコックじゃ……」

 巨大な体躯と、常にエプロンを手放さないスタイル、そして、すっ飛んだ言動所以のキャラクター性から、最近ではメディアへの露出が目立つ同コックだった。つい先日にはゴールデンタイムに放映される料理番組のレギュラーとなったらしい。本人はあまり乗り気ではないようだが。

「ここで無理ならば、私の店に来てまな板の上に寝るといい」

「行かねーよっ! 寝ねぇーよっ!」

「むぅ、約束を違えるとは、人の風上にも置けぬ奴だな」

「分かった、分かったから、だから今はちょっと勘弁しろよっ!」

「本当だな?」

「本当だって! 嘘じゃねぇよっ!」

「ふむ……ならば、今晩は必ずと約束をして貰おう」

「クソっ、がめつい奴だな……」

「当然の権利だ。どうせすぐに生えるのだから、良いだろう」

「ぜんぜん良くねーよっ!」

 幾ら癒え放題の生え放題だからと言って、自ら進んで肉を供給したがる奴は少ないだろう。どれだけ不思議な肉体に果てようと、山田の感性は未だ一般人のそれである。人肉を食べようが、ウンコを食べようが、それは変わらない。

「では、この契約書に……」

 コックが懐から一枚の紙面を取り出す。

 腕っ節には叶わないと理解してより、最近は理詰めで山田を追い詰める機会が増えた彼だった。伊達に数カ国語を話せていない。方針を切り替えて以後は、やり込められること多々の現役大学生か。

 そうした頃合のこと、不意に別所より他に山田の相性を呼ぶ声が響く。

「おいっ、ウンコイーターっ! こっちにコックが来なかったかっ!?」

「あ、お前までっ……」

「いたっ! おいこらっ、ふざけるなっ! 私に店を任せてなにしてんだよ!」

「ぬぅっ、魔王か……」

 今にコックが押し開いたままのドアから、今度はロリ嫁が顔を覗かせた。

 彼女もまた、誰に断りを入れる間もなく、ズカズカと部屋へと押し入る。都合、大男と金髪ロリータが山田の机を囲う形だろうか。詰め寄られる彼にしては、他の学生の手前、椅子に腰掛けたまま二人の勢いに流される限り。

「ちょっと、お前もなに勝手に来てんだよっ! 前に来るなって言ったろ!?」

「黙れウンコイーターっ! 私はコイツを連れ戻しに来ただけだ!」

「だったらさっさと連れて帰れよっ! っていうかウンコイーターやめろ!」

「嫌なこった。お前は一生ウンコイーターだ」

「こ、このクソガキっ……」

 騎士団の襲撃を受けて以後、貯蓄を含めて金銭を失った山田は、ロリ嫁と共にコック宅で世話になっているのだった。

 具体的にはレストランの二階に設けられた応接室のソファーで寝泊まりしている。毎日がネカフェでは、金銭的に厳しい貧乏学生と貧乏吸血鬼である。

 一日三食付き。賃料は山田の肉だ。

「あぁ、そう言えばウンコイーター、昼にあの髭がやって来たぞ」

「髭? それって監督のことか?」

「そうだ。明日の晩に打ち上げだとって言ってたぞ。ディスクの売れ行きいいから、美味いもんを奢ってやるとか言ってたな。あの小娘も一緒だそうだ。あ、でも占い師には言うなよ? 絶対に付いて来るだろうからな」

「マジかっ!? っていうか占い師ハブかよっ! 酷いだろっ!?」

「ぬぅ、美味いものだと? それは聞き捨てならんな」

 ちなみに彼が声を担当したアニメは、先月に続編の放送が決定されていたりする。

「あっ! あとっ、今晩は絶対に八時までに帰ってこいよなっ!?」

「なんでだよ?」

「な、なんでもだよっ! いいから、分かったなっ!? 絶対だぞっ!」

「まあ、別に予定とか無いからいいけどさぁ……」

「よしっ、そんじゃさっさと帰るぞ。おら、貴様もさっさと歩け」

「ぬぅ、従業員に捕まるとは不覚……」

「そう思うんだったら自分より腕の立つ従業員を雇うんじゃねーよ」

 山田の突っ込みも尤もだろう。

 しかも料理の腕はいまいちな少女である。雇用は現従業員の側から一方的に結ばれたものだ。コック本人が嫌がるも、半ば無理矢理に厨房へと立っているのが、今のロリ嫁の立ち位置である。

 彼女は雇い主を追いやるよう、部屋の出入り口まで移動。

 そして、今一度、その意思を確認するよう、山田を振り返る。

「今日は早く帰ってこいよっ!? 絶対だからなっ!」

「分かったっ! 分かったからさっさと行けよっ!」

 万が一、教授陣を筆頭として大学関係者に見つかっては大変だ。謹慎は当然として、下手をすれば退学処分にもなりかねない。割と本気で、どっかへ行けと必至のジェスチャーをする山田だろう。

 ドアの向こう側に二人を見送ってホッと一息だろうか。

 ただ、それでも、彼の口元には小さな笑みが浮かんでいた。

 山田紅蓮は、今この瞬間、この世の誰よりも幸せだった。