金髪ロリお嬢様SFラノベ

第一話

 戦争が始まったのはタゴサクが生まれた歳の出来事だった。

 戦いを始めたのは火星人と地球人。

 ただ、火星人と言っても元は地球人だった人達である。百数十年前に第三次火星殖民計画が無事に終えられたことは歴史の教科書に必ず載っている大きな出来事。それから数十年の間で火星に住む地球人と地球に住む地球人の関係は悪化して行った。

 争いの発端は簡単な経済論争。火星人達は自分が苦労して開拓した星の資源を地球に送ることを渋り、それを地球側が強引に促そうとして関係が悪化。元々火星への移住に当たって尽力した国家と言うのが、元来の大国であったことも手伝って、それは大国対諸国連合という形で落ち着いた。

 諸国連合から成る開拓者達は、環境汚染と資源の枯渇が進む地球に見切りを付けて、国の首都を火星に移転した。火星は先住開拓者、実際のところ劣悪環境下での重労働者として送られた諸外国の人間に占められた。逆に大国の人間は火星の早急なる開発に見切りをつけて、まずは自国の勢力を絶対的なものとするが為に地球への再移転を始める。

 そこから先は火星諸国連合対地球大国という容易な構図が着々と浮き上がり始めた。

 大規模な最移民の開始から戦争が始まるまで、泥沼の政治論争が続き十数年の歳月が流れた。その間に諸外国の人間の三割以上は宇宙へと旅立った。そして、残った対大国を掲げる者達は、火星連合地球基地として残る地球国土を運営している。

 大々的に開戦宣言が成されてより、今日で十数年を重ねるに至る。共に抱える背景が大きいだけに、それだけの期間を置いても争いは激化の一歩を辿っていった。火星の開発史は有人飛行による第一歩から今だ二百年と経っていない。その内に眠る資源は膨大な量だった。この戦を負けては両陣営共に都合数世紀は立てぬと理解して必至なのだった。

 タゴサクの故郷たる日本にしては開戦当時、国の法が掲げるところもあり、声高々に中立を掲げてきた。しかし、大国の地球上での圧政は甚だしく、数年を経て火星連合側へと回る運びとなった。そういった理由もあり、彼もまた一兵卒として戦争に参加していた。

 しかし、その業績は兵役数年を経ても非常に芳しくない。

「はぁ……」

 一人、自室にあって溜息を吐く。

 本来ならば二人で利用するのが常の部屋には彼一人分の荷物しかない。同室を嫌った相方が他所へと越して以来、ここ数週は彼だけの部屋となっていた。ただでさえ寂しいだろう軍兵の部屋にあっても、酷く殺風景で暖かみの感じられない一室である。

「…………」

 夜間哨戒を終えて現在、火星の現地標準時で午前七時を多少だけ回った頃合である。

 シャワーを浴びて汚れを流し、後は眠るだけの時間だった。

 けれど、度重なる心労所以か疲労こそ溜まれど眠りにつけないでいた。ベッドに仰向けとなれば、色々と考えたくないことが脳裏に浮かんでは消えず、浮かんでは消えず、彼の心を苛む。胸には絶えず締め付けるような痛みが生まれる。まるで心臓をぎゅうと鷲掴みに去れた風だ。

 そして、そんな彼の心象を現すが如く、主だった照明を切った室内は足元にぼんやりと浮かぶ非常灯のみにより照らされて薄暗い。机、椅子、ベッド、生活に必要最小限な物品のみ並ぶ簡素な部屋である。内装自体は他の部屋と大差ないものの、そこに置かれた私物は圧倒的に他者と比べて少ない。

「……はぁ」

 ここ数年で増えたのは敗退と溜息の数くらいか。

 弱々しく息を吐いてごろんと身をシーツの上に転がらせる。

 明日を思いきりきりと痛む胃に手の平を当てる。

 すると、そんな彼の元へ不意に届く音があった。

 耳に良く響く電子音である。部屋の壁に設置されたスピーカーから住人を呼び出すに用いられる音が発せられていた。それは多く緊急時に用いられるが、今に鳴っている音は少しだけ音色が異なる。

「……なんだ?」

 普段の生活のリズムに無い流れを感じて疑問を一つ。

 すると、それに合わせた風に同じスピーカーより男の声が響いた。

「第七十五大隊十四中隊タゴサク・セリザワ、即時、大隊第四執務室まで出頭せよ。繰り返す、第七十五大隊十四中隊タゴサク・セリザワ、即時、大隊第四執務室まで出頭せよ。遅れることは許さない。繰り返す、遅れることは許さない」

 淡々とした渋い声が他に音の無い部屋に流れる。

 自らの名を呼ばれたタゴサクは顔を青くする。

「…………」

 生唾を飲み込むに応じてごくりと喉が鳴った。

 恐れていたことが起こってしまったと、彼は身体を小刻みに震わせる。ただ、そうしていられる時間的猶予は皆無である。寝巻きから制服へと慌てて着替えて、彼は自室を飛び出すのだった。

 件の音声は廊下でも流れていたらしい。

 廊下を駆ける彼の姿を眺めて、同じ職場の者達が嘲笑を向けてくる。口々に語られるのは無様に他ならない。そんな友人とも知人とも言えない誰も彼もの視線を振り切るようにして、タゴサクは指示された場所まで急ぐのだった。

 大隊の第四執務室とは彼の部屋から小走りで十数分といった場所に在る。

 それを彼は五分という記録的数字を持って駆け抜けた。

 道中は不安に酷く胸を脈打たせていた。それこそ全力疾走も手伝って、心不全に倒れてしまうのではないかと危ぶまれる形相であった。はぁはぁと息も荒く、執務室への扉を前に一歩を踏み出す。

 それは人影を感知して自動的に開いた。

 扉の先には人が一人、背腰に手を回し立っていた。ピンと伸びた背筋はスーツに皺を作ることもない。入り口に背を向けて部屋の最奥、扉とは丁度反対側に位置する窓ガラスより外界の様子を眺めている。その手前には幅広な机が置かれていて、山と書類の類が積まれていた。

 タゴサクは慌てて敷居を跨いで部屋に入る。

「タゴサク・セリザワ、ただいま出頭いたし……」

「遅い、私は即時と言った筈だっ!」

 名乗りを上げようと口を開いた彼に男は怒鳴り声を上げる。

「はっ! 申し訳ありませんっ!」

 けれど、それも一瞬のことであった。

「とは言え、もう次は無いんだ、私の小言もこれまでと知れば安堵だろう?」

 皮肉交じりの顔を見せて、男はゆっくりとタゴサクの側を振り返る。

 その表情は彼が廊下で傍らに過ぎて来た者達と同様の眼差しを備えていた。厭らしく釣り上がった口端と、僅かばかり垂れた眦は元来のものでない。彼も良く見知った大隊長である。

「あ、あの……それはどういう……」

「言葉通りの意味だ。貴様はこれより我が大隊を離れることが決まった」

「…………」

 与えられた言葉の意味を理解して、さぁとタゴサクの顔から血の気が引く。

 幾度経験しても決して慣れることのない文句だった。

「貴様も薄々は感じていただろう。幾ら馬鹿が多い隊とは言え、お前のような役立たずを置いておくほどに余裕のある場所でもない。今日付けで貴様は我が大隊を離れる運びとなった訳だ」

「あ、あのっ……」

「早々に荷物を纏めて出て行くがいい」

「では、あの、次は何処へ向かえばよろしいのでしょうか……」

「ああ、それなんだが、存分に喜ぶといい」

「……喜べ、でありますか?」

 タゴサクは訳が分からないといった風に首をかしげる。

 そんな彼の姿が面白いのか、怒鳴り模様から一変して、相手はニヤニヤと笑みを浮かべていた。そして、狼狽する彼を前として随分と楽しそうに言葉を続けるのだ。

「これで貴様の旅路もこれでようやっと終わりだろう」

「あの、どういうことで……」

「次の貴様の行き先は第四師団五十三連隊、その第一大隊だ」

「だ、第四師団の五十三って……そんな……」

 上司の言葉にタゴサクの身が震えた。緊張に四肢が引き攣って、まるでひきつけを起こした風に足先から頭の天辺までが波を打って震え始める。殊更に顔色が悪くなる。青を通り越して真っ白になる。頭の中も真っ白になる。

「細かくは言わずとも分かるだろう? 精々、身を粉にして働くがいい」

「あ、あのっ! 私がどんな罪を犯したと言うのですかっ!?」

「貴様のせいで多くが迷惑しているんだ。そんな簡単なことも理解できんのか? 俺としてはすぐにでもたらい回してやりたかったんだが、こんな場所でも中央の規則は絶対だからな。この辞令を取るのにしても随分と時間がかかったもんだ」

「ですがっ!」

「それとも、なんだ、貴様は上の命令に逆らうと言うのか?」

「い、いえ、ですから、そういう訳ではっ!」

「いいだろう、そういう了見ならば早々にこの場で始末してやる」

 不意に相手の腕が懐へ伸びた。

 その姿を目の前に確認してタゴサクは身を硬くする。それと同時に慌てて声を上げて自らの発言を撤回した。それこそコンマ数秒と掛からず思える早業である。先刻から全身の筋肉は緊張しっぱなしだ。

「も、申し訳ありませんっ!」

「どうした? 行きたくないんじゃなかったのか?」

「申し訳ありませんでしたっ!」

 大隊長の言葉にタゴサクは自らの言葉を失う。

 相手は男にも女にも手が早いことで有名な相手だった。下手に口答えをしてはどうなろうか、容易に想像できる。特にこの近辺の下々とした秩序は大隊長である彼に任されていると言っても過言でない。

「まあ、向こうでも仲良くやるんだな」

「…………」

 懐から手を抜いて、語る相手は陽気なものであった。

 一方で語られる側は、今まで異常に顔色を悪くして、全身をプルプルと小刻みに震わせている。その姿からは余りある恐れと怒りと悲しみが見て取れる。彼がそう思う分だけ、今に下された辞令は重いものであった。

「これ以上、俺の隊には無駄に食わせておける余裕はないんだよ」

「で、ですが……」

「まだ、口答えをするか?」

「……いえ」

「理解したならば出て行け。話は以上だ」

「……はい」

「年越しまでお前と空気を吸わずに済んで、あぁ、清々とするな」

「…………」

 有無を言わせぬ相手の口調にタゴサクは頷くほかになかった。

 上官に逆らえば何をされても文句を言えない。それが中央からの辞令ともなれば、末兵の彼など射殺されてもおかしくない。勿論、撃った側も会議にかけられること必至だが、地位の違いを考慮すれば像が蟻を踏み潰すようなものだ。末端とは言え佐官と、同じ末端でも軍の最底辺たる二等兵では言葉の重みが違いすぎる。

「では、本日1200時までより部屋を開けておくように」

「……はっ」

「すぐにでも代わりが来るんでな?」

「…………」

 そうして、タゴサクは執務室を後とするのだった。

 入るにも増して暗い顔で後とする。ぷしゅっと音を立てて閉じた扉の外には遠目に彼の姿を眺める者達の姿があった。知った顔も、知らない顔も、ひそひそとタゴサクの進退を想像しては楽しげに笑っている。

 タゴサクは群集達から声を掛けられることがないよう、逃げるように急ぎ足で場を後とした。基地には彼に味方する者など一人としていなかった。友人と呼べる間柄の存在は誰一人としていない。作戦行動中にすら凶器を振るわれ毎日である。

 けれど、彼はそれでも軍に自分の居場所を求めていた。

 その一番の理由が家族である。

 彼が心穏やかに言葉を交わせる者は、それこそ、故郷に残した母と妹なくらいだろう。父親と上の兄は彼と妹が生まれてすぐに戦死してしまった。祖父と祖母は戦乱に巻き込まれて逝き、残る家族は母親と妹のみである。

 タゴサクの母親と妹は火星の辺境に住まっている。二人とも数年前に行われた大国の進軍に巻き込まれて大怪我を負い、今は日々の生活にすら不自由する有様である。祖父と祖母もその時に二人を庇って死んだ。元は六人だった家族は戦争が始まると共に僅か数年で三人にまで減った。

 そんな中で障害を持つ母親と妹を支えているのが彼の齎す軍からの給金である。

 彼が軍人を辞めれば彼の家族もまた路頭に迷う羽目となる。芳しくない戦況を思えば戦死にも大した報償は見込めず、兎にも角にも生きて生きて、何としてでも生き延びて稼ぐしかなかった。

 母親と妹を養う。

 それだけがタゴサクの生きがいであり、また、今を生きる意味であった。

 だから、今回の辞令は彼にとって最悪のものであった。

「……はぁ」

 自室の近くまで歩み、周囲に人気が無くなったことを確認して溜息を吐く。

 やることは沢山ある。部屋の荷物を纏めて郵送に出さなければならない。新しく決まった出向先への挨拶も必要だ。更には自らの機体の移動手続きも行わなければならない。目まぐるしいほどの仕事が山積みとなる。

 本来ならば睡眠を取る筈が、小休止を取っている暇すらなくなってしまった。

 けれど、戦時景気も一段落して不景気の気配が漂い始めた昨今である。故郷へ帰っても然したる仕事はないだろう。特に軍から逃げ帰ってきたような者には周囲の目も冷たい。家族を支えるだけの収入は得られないだろう。そして、何よりも軍の給金とは大したものだ。嫌われ者の最末端とは言え、彼にしたって場末の定食屋でウェイターをするよりは断然に貰っている。

 だから、タゴサクは逃げることも出来ない。

 大人しく覚悟を決めて、引越しの為の荷造りを始めるのであった。

◆ ◇ ◆

 翌日、彼は新たな職場を前に棒立ちだった。

 噂話にはよく耳とする場所である。例えば軍人の墓場だとか、例えば地獄の第三層だとか、例えば使い捨ての便所スリッパだとか、只管に耳へ悪い聞き覚えばかりの立つところである。そして、そここそが今日から彼の勤める第四師団五十三連隊、その第一大隊だった。

「貴方がタゴサク・セリザワですか……」

 まだ歳若い女兵がタゴサクを眺めて値踏みするように言う。

「はっ、自分がタゴサク・セリザワであります」

「多少は風の噂に聞いておりましたわ。名前以外は詳しくは語らずとも結構です」

「はっ、そうでありますか」

 彼の前に立つのは十代後半を思わせる女性である。

 ただし胸に付けられた章は彼より二つ上の位を取っていた。最底辺に位置する彼の二つ上となれば上等兵。ある程度だけ兵役を重ねた古参に与えられる階級である。新人の面倒を見るという意味でも具合の良い位置だろう。ただし、年齢からすれば首を傾げざる得ない身分だ。

 けれど、それはそれである。疑問を持っても上官に対して尋ねる内容ではない。

 彼女が彼の今後の上司となる予定の人間であった。

 軍の第四師団五十三連隊、その第一大隊と称される場所には非常に不向きな様相の少女である。目前に立つ華奢な姿を眺めて、タゴサクは心中に幾らかの疑問を孕ませる。突き詰めれば何よりは一つ、何故にこのような幼い少女が自らの上官なのだと。

 とは言え、多分に曰く付きの部隊であり、また、自らも同様、多分に曰く付きの身の上であるからして、大人しく相手の言葉に従う。これは上下関係から来る立場差という理由にも増して、彼自身の小心者が所以の対応だった。

「しかし、予定ではまだ多少だけ余裕があった筈ではありませんこと?」

「はっ、他に予定がありませんでしたので早々に参りました。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません上官殿。よろしければ、今しばらくこの場に待機することを許可していただきたいのですが……」

「まあ、そういうことならば良いですわ」

 加えて、語る相手は今居る場所に似つかわしくない美貌の持ち主だ。

「予定を繰り上げて部隊の説明を済ませるとしましょう」

「はっ!」

 けれど、その如何を探ることなくタゴサクは大人しく頷いた。

 追求して何を得られることも無い。むしろ、逆に目を付けられて不利益を蒙るのが目に見えていた。だから、今は黙って素直に頷いておくのが吉であると、過去の経験より早々に結論を出す。

「そうは言っても、貴方にしたって語らずとも多くは理解しているのでしょう?」

「はっ、多少は他所にあった頃より耳にする機会もありました」

「なら話は早いかしら。その通りだと思ってくれれば問題はないわ」

「…………」

 容赦ない少女の言葉にタゴサクは返答を失う。

 ただでさえ背丈の低い彼であるが、少女はそこから更に頭一つ半だけ小さい。自らの胸の位置にある鋭い双眸を頭上より眺めて、タゴサクは自らの今後を呪う他になかった。少女の言葉は僅かばかり残っていた彼の望みを打ち砕いたのだった。

 外見こそ何処ぞのお嬢様を思わせる可憐な彼女にしても、この場に居るということは相応の経歴の持ち主なのだろう。そう理解せざるを得ない。タゴサクは少女を一目眺めて、抱いた僅かばかりの希望が霧散するのを感じた。

「荷物と機体の運び込みは既に終わっておりますわ。後で事務局へ行って、受け取り手続きをしておきなさい。それと住所の変更その他諸々、随分と慣れたものでしょうけれど、必要な処理は自分で行うこと。良いわね?」

「はっ!」

「ところで、貴方の利用する兵舎だけれど、他に空きが無いから私(わたくし)と同室になりますわ。十四号棟の三階、三○五号室。これはその鍵になります。失くすのでありませんわよ」

 そうして彼女は何気ない素振りでカードの一枚を放る。

「はっ?」

 それを危うく取り落としそうになりながら、タゴサクは素っ頓狂な声を挙げた。

「ここ最近は景気が悪いでしょう? おかげでここへ放り込まれる者達の数も増えてきておりますの。ですから、昨今は兵舎にしても二人部屋へ四人が詰め込まれるほど有様ですわ。その程度は理解できるかしら?」

「はっ……、はぁ、理解できます」

「まあ、その貧相な様相では何をすることもないでしょうけれど?」

 少女はタゴサクの姿を上から下まで品定めするように眺めて素っ気無く言う。全うな男ならば、上官からの発言とは言え、相応に憤怒して然るべきだろう。しかし、過去にそうした視線を向けられる機会に恵まれた彼は、特に何を思うでもなく慌てて首を振る。

「はっ、滅相もありませんっ!」

「と言うと、つまりそれは私に何かするということかしら?」

「い、いえっ、決してそのようなことではありませんっ!」

「そう、なら安心できるかしら」

「はっ!」

「まあ、色々と難治性の性病持っている私だから、そういう意味では貴方の方が危ないのかもしれないわね。ふふ、それでも良いというのなら、ええ、お好きなようにしてみては如何かしら?」

「…………」

 タゴサクが何を言うまでも無く話は進んでいく。

 かなり強引な性格の女性であった。

 端的に評すれば彼女の外見は非常に特徴的である。一目見れば三日三晩は忘れまい。何よりも目に付くのは非常に凛々しい顔付きだろう。生来のものか環境によるものか、鋭く釣り上がった眦と堀の深い顔立ちは、一本芯の通った強い自意識を感じさせる。加えて、腰下まで伸びた黄金色の髪は見事なものだ。生活の場も手伝ってだろう、傍目にもかなり艶褪せている。けれど、丁寧に櫛を通し油を垂らしてやれば、殊更に色白な身を受けて、さぞ美しく映えること違いない。

 タゴサクは一目見て少女の容姿に見惚れていた。

 しかし、場所が場所である。それすら何を言われるか分かったものでないと、早々に居住まいを正した。背筋を綺麗に伸ばして直立不動。次は何を言われるのかと、鼓動を高鳴らせつつ言葉を待つ。

「本日付で貴方は第一大隊の三十七中隊、第五小隊A分隊B班の所属となりますわ」

「はっ、よろしくお願いしますっ!」

「一応、後で部隊長へ挨拶へ行っておきなさい」

「はっ!」

「あと、中隊長は重度の同性愛者ですから気をつけなさい? その顔では万が一にも大丈夫だと思いますけれど、発情しているときは盲目的に見境ない人間だと聞きますわ。痛い目を見る羽目になる可能性が無きにしも非ずかしら」

「はっ!」

 女性らしからぬ少女の物言いにタゴサクは只管、ガクガクと顎を振り頷くのみであった。

「それでは、基地内を案内するから付いていらして」

「はっ!」

 勝手に語るだけ語って踵を返す少女。

 タゴサクはまだ相手の名前すら聞いていないことを疑問に思った。けれど、それを口として何が得られるかと言えば、拳の帰ってくるのが常であった彼の日常だ。大人しくその後に続いた。

 二人はつかつかと廊下を歩む。先を行く少女の背を何とは無しに眺めながら、タゴサクは自らの置かれた身の上を億劫にも振り返る。とうとうここまで来てしまったのだと、諦観の思いすら滲む。淡々と規則的に響く足音を聞きながら、段々と深みに嵌まっていく自らを理解する。

「…………」

 彼が新たに勤める基地は地球にあった。

 火星は九割が連合諸国が独占している。よって、昨今での戦場とは地球上で飛び地的に存在する反大国を採る国を舞台としていた。火星を舞台とした直接的な争いは滅多なことでは起こらない。

 ただし、大国は歴然として自国への侵入には厳しい。よって、国力も弱々しく火星へ乗り出すことの叶わなかった発展途上国や、連合諸国が地球上に所有する軍事基地周辺が主な戦場となっている。

 両者のうち、現時点で勢いづいているのは大国である。地球上に残る連合諸国の国は多くが会戦数年で大国へと吸収されてきた。そして、二年前の火星進軍である。連合軍の一割を打ち破った据えに火星の基地一つを焼いた同会戦は、火星に住まう全ての人間に、大国に対する強烈な悪意を植えつけた。

 後二年もあれば地球は完全に大国の手に落ちるだろうというのが世間で広く語られている常識だ。そして、今でこそ九割を収める火星もまた、年々、その領域を大国が広げつつあるのが現状だ。

 タゴサクが送られた地球の基地というのは、僅かに残った地球上の連合軍基地である。云わば最前線中の最前線とされる場所だ。古い地理の名を用いたのなら、彼の生まれ故郷である日本、その紀伊半島は付け根である。

 大国側からは合衆国第四十一洲、連合軍側からは旧日本領として呼ばれている場所だった。そして、そこに設けられたマスドライバーと、その護衛が彼への主たる任務となる予定であった。

「久しぶりに母国の土を踏んだ感想は如何かしら?」

 不意に先を行く少女がタゴサクへ語りかけた。

「はっ! 国を出た時分は幼いながら記憶薄くも、今の私は感無量にあります」

「そう……、それは良かったわね」

「お気遣いありがとうございますっ!」

「別に貴方へ気を使ったつもりはないから気にしなくてよくってよ」

「はっ! 申し訳ありませんでした」

 少女は語りながら早足で廊下を歩む。

 タゴサクもまた失礼のないよう最低限の返答をしつつ後に続く。

 基地は割と規模があり、二人は差し当たりの無い会話を交わしつつ数分を歩んだ。そうして辿り着いた先にはドアが一つ。正面で一度立ち止まり、少女はタゴサクに向き直った。その口が開いて部屋の意味するところを説明する。

「ここが私達の班に割り当てられた班室になるかしら」

「はっ! 案内ありがとうございます」

「ブリーフィングの他に溜まり場としても機能しているから、一番に利用頻度が高い場所になると思うわ。ただ、集まってる人間が人間だから、その空気は言わずもがな。一応、こういう風に前もって言っておくけれど」

「はっ!」

 タゴサクが声を上げたのを確認して少女がドアの正面に立つ。彼女がドア脇のプレートに手を翳すと、部屋の扉はぷしゅうと僅かばかり動作音をさせて自動的に横へ動いた。

「新人を連れて来たわ」

 敷居を跨いで第一声、少女が部屋の内へ語りかける風に言う。

「ほぉ、ついにやってきたか。盥回しの君が……」

「なんだよ、思っていたよりなよっちいじゃねぇか」

「…………」

 タゴサクの通された室内には人が三人居た。二人は男、そして、一人は女だった。その姿を眺めつつ、タゴサクと少女は敷居を跨いで室内へと歩みを進める。

「これで我がB分隊は五名となった訳ですわね」

 部屋とタゴサクとを交互に見やって少女が言う。

 その一室は酷く狭かった。五人が全員収まれば息苦しく思える。八畳ほどの空間に長椅子と机が並べられていた。そして、壁際は数台のロッカーが並び、型の古い計算機が幾らか設けられている程度だ。廊下へ続くドアこそ立派なものだが、室内はかなりおざなりである。

 しかし、過去に経験のある詰め所と比較しては空気の淀みが少なく、積もる埃もまた然して見当たらない。タゴサクは少しだけ新鮮な気分を持って、今後を世話になるだろう一室を眺めるのだった。

「貴方、挨拶をなさい」

「はっ!」

 少女に言われてタゴサクは一歩だけ前に出る。

「本日付けで第四師団五十三連隊、第一大隊三十七中隊、第五小隊A分隊B班への配属となりましたタゴサク・セリザワです。どうかよろしくお願いします」

 挨拶は最低限必要なことだけを手短に済ませた。

 それは彼の信じる唯一の処世術の現れである。

 彼が頭を深々と下げるに応じて男の一人が立ち上がった。非常に大柄の白人男性である。肩に掛かる長い茶髪を正面に分けた髪型が印象的な北欧人だ。盛り上がった胸筋の肉厚さにタゴサクは思わず目を剥いてその姿を眺める。

「僕の名前はリチャード・ダキテーヌって言うんだ。よろしく、タゴサク君」

「はっ! よろしくお願いします」

 相手の階級章はタゴサクより一つ上であった。

「別にそんなに硬くならなくたって構わないさ」

 対するリチャードは気さくなものだ。

 場末の詰め所と言えば性根の腐った荒くれの多いのが定石である。そんな中でこれだけの余裕を持って他者に接する者は、少女といい、彼といい、非常に稀有な存在だと言って良いだろう。過去に出会ったことのない種の人間だと田吾作は一人心内にごちる。

 対して、長机を挟み彼の対面に座る男は彼の良く見知った人種である。

「しっかし、どうにも使えなさそうな顔してやがるな……」

 リチャードの正面でグラスを煽っていた男が面倒臭そうに言う。そんな彼の態度はタゴサクの最も苦手とするところにあった。だから、自然と身体は硬く強張り、背筋を伸ばして敬礼をしてしまう。

「はっ! 申し訳ありませんっ!」

 延々と現場で虐められ続けてきた為の反射だ。

 そして、そんな彼の素振りを眺めて当の本人は呆れ顔を顕とする。

「おいおい、お前と同じで俺も二等兵なんだけど?」

「はっ、ですがこれは癖のようなものなので……」

「ったく、どんな奴が来るかと思ったら、いよいよ本格的なのが来やがったぜ」

 やれやれだとばかりに手にしたグラスを煽る。薄い緑色の液体をごくりごくりと飲み干して、彼は露骨にも嘆息して見せた。然して酔っている素振りは見えない。これが彼の素なのだろう。

「アッシュ、軽口は後回しにしてくれるかしら? 予定が詰まっているのですから」

「あぁ、悪い悪い、勝手にやってくれ」

 少女の言葉に少しも悪びれた風も無く応える。

 タゴサクよりは背が高く、リチャードよりは背の低い、ごく一般的な身の丈の男だった。ただし、軍人ということもあり肉付きは相応だろう。短く刈り込んだ赤いい髪と同じ赤い色をした瞳が特徴的な男性である。僅かばかり黄色の混じる白を基調とした肌は東欧を感じさせる。人懐っこい表情とは裏腹に、ずけずけと物言いの良い性格を隠そうともしない。裏表を感じさせない男だった。

「俺はアッシュ・リーマンってんだ。よろしくな?」

「はっ! よろしくお願いします」

「アッシュでもリーマンでも、呼びたいように呼んでいいぜ」

「はっ、それではリーマンさんと呼ばせていただきます」

 応えるタゴサクの態度には変わりがない。

 男二人の風貌は極めて軍人らしい。リチャードは纏う雰囲気こそ穏やかである。しかし、外見は大柄な体格と相まり極めて厳つい。一方、アッシュは体形こそタゴサクと変わらぬものの、身振り素振りは彼が最も苦手とする人種のそれだ。

 今に経験するやり取りも過去を思えば、こうして全うに口を利いてくれるのも一過性に過ぎないと彼は理解していた。だからこそ、過度の干渉は避けるべきだと対応もまた相応になってしまう。

「……ったく、つまんねぇ奴が来たなぁ? おい」

「はっ! 申し訳ありません」

 恐縮しきったタゴサクの姿を一瞥して、二人は開きかけた口を閉じる。

「…………」

「…………」

 そうして、それぞれ名前を名乗るだけ名乗ると、すぐに元在った居住まいを直すのだった。。アッシュはそれまで手にしていたグラスが空となるを知り、手近にあったボトルより何某かを注ぐ。リチャードは手にした書籍へと目を落とす。

 タゴサクはそんな二人の名前と顔をすぐにでも覚えんとして、幾度か頭の中で暗唱を繰り返した。傍から見れば彼もまた酷くマイペースな人間に見えるだろう。本人は甚く必至であるが、他者はそのようなこと知ったものでない。

 そして、男二人が名乗り終えたのを見届けて、最後の一人が口を開く。

「……私はデニス・ヴィゴツキー」

「はっ! よろしくお願いします」

 彼女の階級もまた彼と同様に二等兵である。年齢は十五、六といった頃合だ。本等ならば兵役に至る歳ではない。しかし、同部隊についてはある程度の例外が認められている。彼女のような存在もまた、自らをこの部屋を紹介した少女と同様であるのだろうと、彼は勝手に理解した。

「…………」

「…………」

 そして、非常に簡素な挨拶だけを交わすと、彼女はそれきり黙ってしまう。

 対するタゴサクもまた特に語る言葉を持たずに何を続けることもない。

 僅かばかりの沈黙が部屋に広がった。互いに見詰め合ってはいるものの、それが意味するところは本人にも皆目見当が付かない。特に異性との交流に疎かった彼からすれば、適当な回答は皆無だった。

 異様な空気の沈殿する具合を見かねて、ややあり傍らの少女が口を開く。

「そして、名乗るのが些か遅れましたけれど、私(わたくし)がこの班の班長を預かるアーデルハイト・バウムガルトですわ。高々五名の規模なのですから、今この瞬間に覚えたと理解してよろしいですわね?」

「はっ、全て覚えましたっ!」

「なら良いですわ、それでは長居は無用です。次を巡ると致しましょう」

「お願いします、上等兵殿」

「ああ、それと私を呼ぶときはアーデルハイトと読んでくれませんこと?」

「はっ! 承知いたしました。アーデルハイト殿」

「苗字や役職で呼ばれるのは嫌いなのですの」

「承知いたしました、以後、気をつけることと致します」

「しかし、アッシュの言葉ではありませんが、貴方と言う人間はいちいち面倒な物言いをするのですわね? 毛頭、個人の趣味趣向に口を挟むつもりはありませんが、その様子では、どんな対人関係を今まで築いてきたのか、高が知れるというものですわよ?」

 何を言うにしても語頭に一息入れるのはタゴサクにとって癖のようなものだった。無論、独り言を溢すに際しては出ることもない。ただ、他者と面を向かい合わせると、緊張から自然と洩れるのがそれだった。

「はっ、申し訳ありません」

「……まあいいですわ」

 一頻り、アーデルハイトは彼の奇怪な物言いを僅かばかり眺める。けれど、それ以上を何を言うことも無い。一通りの簡単な部屋の説明を終えると、すぐに廊下へ続くドアへと踵を返した。

「それでは、次へ参りますわよ。今日中に一通りを案内して、明日からは通常業務について貰うのですから、そのしょぼくれた頭へしっかりと叩き込んでおきなさい。よろしいですわね?」

「はっ! よろしくお願いします」

 それにタゴサクも慌てて続く。

 否、続こうとした。

 しかし、彼の足が一歩を踏み出すより早く異音が辺りに鳴り響く。

 それは基地の危機管理状況が更新されたことを示す警笛であった。耳が痛いほどのサイレンと共に、壁に掛けられたスピーカーから硬い男性の声が響く。日本語訛りのある英語だった。

『敵襲、敵襲、基地の警戒レベルを第一次まで引き上げる。各要員はそれぞれ所定の持ち場へ着くように。繰り返す。敵襲、敵襲、基地の警戒レベルを第一次まで引き上げる。各要員はそれぞれ所定の持ち場へ着くように』

 淡々とした伝令である。

 それこそ夜勤と昼勤の交代を告げるアナウンスと比較しても大差ない。

 しかし、部屋に居た誰も彼もの顔が強烈に強張るのをタゴサクは見逃さなかった。そして、彼もまた警笛が知らせるところ、第一次が如何様かを理解して、自然と身体を硬くする。一般的に第一次警戒態勢とは、基地が外敵に備える最上級である。基地の存亡が危ぶまれる事態に陥った際に発令される警報である。

 通常、火星界隈で勤務する兵には縁のないものだった。

「まったく、満足に施設を案内している余裕すらありませんでしたわね」

 小さく肩をすくめて、アーデルハイトが何でもないことのように言う。

「こ最近、俺らってば働きすぎじゃねぇか? まともに休んだためしがねぇよ。幾らそういう契約だからって、このまんまじゃ五体満足で外へ出られるかどうか怪しいもんじゃねぇかい」

「それを言うなら僕や彼女達だって同じだろう? 気にしていたら始まらないさ」

「だからって、こんな面倒なことになってるなんて聞いてなかったっつーの」

「そうかい? 僕は大凡を理解してここに居るのだけどね」

「だったら先に教えてくれよ、おい」

「その頃の僕と君とは面識なんて全くなかっただろうに」

「ったく、これだから上の連中はいけすかねぇ。腹が立つったらありゃしねぇ。いつか拳骨を頬骨が折れるくらいぶち込んでやりてぇよ。こう、がつんと、奥歯を圧し折るくらいになぁ……」

「ほらほら、そんな風に吼えていたって仕方がない。急ごうじゃないか」

「糞が、糞が、糞が……」

 アッシュとリチャードが軽口を交わしつつ椅子から腰を上げる。

「…………」

 それに続くよう、デニスもまた無言のまま立ち上がった。ことりと長机の上に置かれたのは歪み曲がった金属の幾つかがくっついた代物だ。俗に言う知恵の輪。暇つぶしの為の玩具である。

「B班、行きますわよ」

 皆々は部屋の出口へ急ぎ足で向かう。乱雑に並べられた椅子の類が音を立てて移動する。手狭い室内を駆け足に進んで廊下へと向かう。どうやら彼らの班もまた、この事態を受けて当該区画を担当する要員であったらしい。

「タゴサク、貴方は地球重力圏内での戦闘経験はありまして?」

 部屋を一歩だけ出たところでアーデルハイトがタゴサクを振り返った。それに慌てて身を留めると、彼は居住まいを正して彼女に向き直る。同じ班の高々二階級差を相手にしては顕著な変化だろう。

「はっ! ありません」

「では火星重力圏ではいかがかしら?」

「はっ! あります」

「では地球重力圏内でのシミュレータ経験は何時間ありまして?」

「はっ! 百五十時間であります」

「それはまた中途半端な時間を経験したものね……」

「申し訳ありません」

「火星とは些か勝手が違いますから、パラメータの設定を怠るとすぐに落ちますわよ。そこのところを注意なさい。この状況じゃあ満足に整備している余裕などないでしょうけれど、こちらも貴方の面倒を見ている余裕はありませんわ。自分でなんとかなさい」

「はっ! 了解しました」

「せいぜい死なないように努力しなさいな」

「はっ! 全身全霊を込めて努力いたします」

「今日を乗り越えたのなら、貴方も晴れて私のB班へ配属となりますわ」

「了解いたしましたっ!」

 部屋に在った皆々は足早に廊下へと抜けて、その先へと駆け足に向かう。タゴサクもまた置いて行かれぬよう、アーデルハイト達の後を追った。まだ格納庫すらも場所を知らされていない状況下での出陣である。当初より酷い場所だとは話に聞いていたけれど、これほどとは。そんな愚痴が自然と心の内で洩れた。

「では、B班、伝令に従い出撃を急ぎますわ!」

 廊下で先頭を駆けるアーデルハイトが叫ぶように言う。

「はいはい、了解だよ」

「わーってるよ」

「……了解」

「はっ! 了解でありますっ!」

 とんだ場所へ飛ばされたものだと、タゴサクは深く心中で溜息を吐くのだった。

◆ ◇ ◆

 B班の面々が駆け足に向かった先は最寄の格納庫である。

 そこには彼らが搭乗する兵器がずらり格納されていた。

 ここで言う兵器とは人の形を模した機械である。身の丈が三十メートルへ達するかどうかといった非常に大きな人工物だ。人が中に入り直接に操縦する機械であって、火星と地球の間の戦争ではここ十数年で頻繁に用いられるようになった道具である。

 そして、それらに乗り込み、基地へ攻め込んできた敵兵と戦うのが、現在のタゴサク達に与えられた任務である。詳しくは各人が受け持つべき拠点やら、戦略的な算段やら多く考慮すべき点がある。ただ、一介の末端兵に過ぎない彼らとしては、上から伝えられたとおりに機体へ乗り込んで、指示された場所へ向かうのが至上の目的となる。

 無論、そこには敵兵が山と待っているに違いない。

「ったく、年末くらい大人しくしてろってんだっ!」

「今日の今日で仕事納めにならないようにしないといけないね」

「うっせぇよ、そういう洒落にならない冗談は大嫌いだっ!」

「ははっ、アッシュにしては余裕のないことだ」

「お前こそ昨日の今日で良く笑っていられるな?」

「そうしていないと、まともじゃいられないんだから仕方ないだろ?」

「はっ、笑えない冗談だな……」

 アッシュとリチャードは愚痴を零しつつ機体へ上がっていく。コクピットは機体中央部、人間で言えば胃が収まる辺りに備えら得ている。隣り合った巨躯は多少だけ装備を変えているものの、基本は同じ形の量産兵器だ。それぞれ人が内へと収まれば、沈黙を守っていた機械に魂の光が宿る。機関に熱が入れられ、頭部双眸に位置するランプに明かりが灯った。

「タゴサク、指示は出撃準備が整い次第に入れますわ。貴方も準備をなさい」

「はっ!」

 アーデルハイトの言葉に従い、タゴサクもまた自らの機体へと大慌てで乗り込む。

 軍部間の輸送は随分と手荒に行われたらしい。コクピットに飾ってあった家族の写真は無残にも足元に落ちていた。上には足跡すら付けられている。とは言え、裂かれていなかったのは幸いか。

「…………」

 それを指先で綺麗にぬぐい、そっと元あった位置へ戻す。

 決して慣れることのない痛みを胸に抱きつつ、上司の指示に従い出撃準備を整える。機体のパラメータを地球上のそれに設定していると、外部よりマニピュレータにより火器が取り付けられ始めた。彼は自らに与えられた獲物がライフル及びミサイルポットと知る。

 そのマニュアルをコクピット正面へ展開しつつ、部隊間の通信を全開にする。

『これで全員が揃いましたわね』

 すると、既に皆々は回線を開いて彼の登場を待っていた。

「はっ! 遅れて申し訳ありません」

『貴方の謝罪を聞いている時間はありません。いちいち五月蝿いので黙りなさい』

「はっ!」

『これより作戦の詳細を伝えますわ』

 機内スピーカを通してアーデルハイトの声が機体内部に響く。

 座席の正面には幾つものディスプレイが展開されて、そこに彼の所属する班員達の顔が描画されている。中央に班長である彼女の姿があり、その周囲を囲うように他の面々が置かれていた。

『私達はこれより基地を中心として防戦にあたりますわ。基地全体に与えられた最上級命令はマスドライバー及び関連施設の防衛。動くに当たっては第一大隊全体を単位として、敵正面からの陽動になります』

『おいおい、上は俺達に死ねって言うのか?』

 アーデルハイトの言葉を受けて間髪置かずにアッシュより非難の声が上がる。

『死にたくない者は各々の技能を持って生き残りなさい』

『相変わらずアーちゃんは酷いことを言ってくれるよね……』

『尚、私達が陽動へ展開するに同じく、第三以下、第四大隊が側面へ回り込み第二陽動を行う手筈となっていますわ。本命は第七以下、飛んで第十二、第十三大隊が運用するエクサマトリクスによる一挙殲滅とのお達しですから、その際には巻き込まれぬよう各々、通信には常に耳を傾けているよう注意をすること』

「はっ!」

 上司の言葉にタゴサクは小さく頭を下げて声を上げる。他の面々もまた同様に頷いて応じるのがディスプレイ越しに確認できた。全員が応答したのを確認してアーデルハイトは号令を出す。

『それではB班、出ますわよ。私に付いて来なさい』

 格納庫の機体正面に掛けられた安全柵が外されて、固定されていた機械の四肢が自由を取り戻す。全ての固定器具が払われると、格納庫内を自由に歩めるようになる。その足で各々は移動を開始した。

 枷を取り払われて自由となった機体は各々の操作に従い発出口へと歩み行く。タゴサクもまた班員に遅れまいと、その最後尾を離れず付いていく。向かった先には巨大なレールと、次々、屋外へ飛び出していく機体の姿があった。

 その列へと並んでB班もまた地上に向けて発進する。

 アーデルハイト、リチャード、アッシュ、デニス、タゴサクの順で発出口は機体を飛ばしていく。鋼鉄のトンネルを抜けると、そこは真っ暗な空と茂る樹木の広がる地上の一角にあった。

 外の暗さを目の当たりにして、タゴサクは今が夜であったことを思い起こす。何気なく時計へ目を向けると時刻は現地時間で午後十二時を回っていた。この部隊はちゃんと深夜手当てが付くのか。そんな疑問を思い浮かべつつの出撃である。

 発出口を立った機体は数十秒を滑空して、目的の場所まで跳び立っていく。打ち出されて初めは慣性の赴くまま、途中からは背部に配置されたブースターを吹かせての細かな位置調整となる。

 やがて、ずんと低い音を立てて大隊の皆々は次々に大地へ踏み立った。

 アーデルハイトは最後に打ち出されたタゴサクの到着を確認して再び口を開く。

『索敵及びマッピングの正常を確認しなさい。以降、特例あるまで上からの命令に従うこととなりますわ。基本は班単位での行動となります。ただ、事が始まれば例によって色々と面倒するでしょうから、その辺は各人の努力でなんとかするように』

『……敵勢力については?』

 指示に応じてデニスがぼそり呟く。

『知りたいというなら教えてあげますけれど、貴方はそれが知りたいの?」

『……やっぱりいい』

『それが懸命ね』

 周囲には彼らB班以外にも多くが集っている。そして、その全てに対して同時に伝令が通達される。タゴサクの搭乗する機体にもまた、コクピット正面へ新たな画像が浮かび上がり、そこに誰とも知らぬ男の顔が写された。同時にスピーカから低く腹に響く声が届けられる。

『これより一同へ任務を伝える』

 随分と厳つい顔の持ち主だろう。立派な顎鬚と多分に刻まれた皺の目立つ壮年男性であった。この国の人間にはありえない堀の深い顔立ちと、色白い肌の持ち主である。肩に付けられた腕章より大隊長かそれ以上の役職であることが伺える。その背に移る光景より、指令は基地内部より届けられるものと見受けられた。

『先に伝えたとおり我々の任務は陽動だ。退くことは許さぬ』

 男は厳かにも淡々と指令を下す。

『逃げ出したものは背を撃つ。それが嫌ならば只管に前へ進め』

 伝えられた命令を耳として、同じ班の面々の表情が渋いものへと変化する。その様子をタゴサクはありありと回線越しに見た。けれど、口答えする者は誰も居ない。そして、一切の反応が無いことに満足して、男は一人勝手に小さく頷く。

『命令は以上だ。各人の健闘を祈る』

 一方的に命令を伝えたかと思うと、僅か数言のみを残して通信は切られた。ディスプレイは多少の間だけ真っ黒を写す。かと思うと、すぐにその枠を霧散させるようコクピットから消え失せた。

 以後、反応が無いことを確認したのだろう。僅かだけ間を置いて班の回線よりアーデルハイトの吼える声が響いた。

『それではB班、A班に並び作戦行動を開始するわ』

「はっ!」

 彼女の機体が背に搭載されたブースタを起動させる。

 それに応じて他の面々もまた機体を滾らせる。

 三十メートル近い巨漢が凄まじい勢いで進軍を開始した。付近に展開した機体は三桁近い。それが一斉に動き出したのである。激しく土埃を立てて、まるで台風でも上陸したが如く強風を唸らせて、機械の兵達が突き進んでいく。

 他にも同じ規模の大隊が幾つも動いているのだから、その作戦はここ数ヶ月で一番のものだと言えるだろう。その巨大な作戦内容に戦慄を覚えつつ、タゴサクもまた先を行く班長の後を必至で追った。

 敵は海上を進んで来ている。

 それを水際で受け止めるのが彼の所属する大隊に与えられた命令であった。

 陽動とは態の良い物言いであって、実際には本命の第二陽動を守る為の肉壁に過ぎない。そして、誰も彼もはそれを知っている。けれど、部隊に従事する者達は一人として上からの命令に逆らえないまま進軍を続けるのだった。

「…………」

 タゴサクもまた、手に汗を握りつつ機体を操作する。

 経験のない地球重力下での操縦。けれど、幸いにして今のところは満足に動かせている。ならば、この調子だ、この調子だ、などと自分に言い聞かせて、彼は胸の鼓動を必至に押さえ込む。

 争いの火蓋は切って落とされた。

『光学で敵影を捕捉、電子戦の封鎖を確認、そのまま突っ込みますわよっ!』

「はっ!」

『糞、ここまで来たらヤケクソだっ!』

『いける、いける、僕はまだまだいける、いけるんだっ……』

『…………』

 班内回線からは各員、肩から上の映像と共にその言葉が行き交う。

 その形相達はタゴサクが今まで経験してきた戦場の何れにも増して鮮烈なものであった。強烈な緊張と後悔と憎悪が混じり合わさって、僅かばかりの映像に本物の人間の生を訴えてくる。

 彼らもまた自分と同じ人間なのだと、そう理解したくなる。

「僕も、僕も……、まだ死にたくない、死にたくないんだっ!」

 自然とタゴサクも感情を溢れさせる。

 呟いた言葉がマイクに拾われた。

 それと同時に、正面より敵機から放たれたレーザー光の一線が輝く。次の瞬間には彼の脇を掠って後方へ飛来。数十メートルだけ後ろに立っていた機体を貫いた。撃たれた味方機はコクピットを飛ばす間もなく爆発炎上、砂上に炎を上げた。

 それを皮切りにして敵が上陸作戦を開始する。

 タゴサク達が搭乗するものと同様に、人の形をした兵器が海向こうから大量に迫ってくる。海上には空に浮かぶ空母を思わせる戦艦が幾十とある。そこから際限なく機体が飛び立って、陸に住まう全てを滅っせんと迫って来る。

『各員、それぞれの援護を忘れてはいけませんわよっ!』

『んな暇があるかよっ!』

『アーちゃん、そりゃ無理ってもんうぉおおっ!?』

 リチャードの脇を実弾が通り過ぎる。

 海上からの機影は瞬く間に迫った。どれもこれも宙に浮いて、ジェット機のように空を飛び陸上を目指している。数層に編成された大隊の一端は、既に海辺のあちらこちらで敵兵と接していた。

「は、話に聞いていた以上だよ……」

 タゴサクは嫌な汗に下着を湿らしつつ、銃を正面に構える。

 左右へ適当に回避運動を取りつつ、モニターへ映された敵機に飛び道具の照準を合わせる。新たなディスプレイへ描かれたスコープの十字を、遥か遠く正面に並ぶ機影の適当な一つに定めて、祈るように引き金を引く。

 けれど、彼の撃った一発が敵に当ることはない。

 脇へとずれて海上で水渋きを上げるに終わる。

 そして、彼が一発を撃てば、敵軍はその幾十倍という量を仕返してくる。タゴサクの近辺へ雨霰と攻撃が注がれた。それこそ実弾から光学兵器まで千差万別である。その様子からも然るとおり、明らか連合軍は数で負けていた。

「あ、ああぁああああっ! だ、だめ、ダメだっ! 駄目だぁああっ!」

 タゴサクは慌てて回避運動を取る。

 自動の乱数回避を手動軌道に切り替えて、迫る脅威の回避に努める。銃を掲げる暇も無く、只管に動いて、動いて、隊列も何もない。有り余る敵の手を考えれば、片腕に供えられた僅かばかりの装甲など紙に等しい。

『くっ、散開っ! 各自回避して反撃に努めなさい!』

『言われなくたってやってるっつーのっ!』

『こ、これは不味いんじゃないのかっ!? アーちゃんっ!?』

『…………』

 戦術もへったくれもなかった。

 同じ班の面々もタゴサクに同じく回避運動に必至だった。敵が居るだろう側へ碌に照準を構えることなく銃を撃つ。もとより防戦であって、攻めて出られる者など一人として居る筈がない。

 攻める大国側はタゴサク達連合に対して二倍以上の兵数があった。

 しかし、それを知らされている者はごく僅かである。

 戦力にしても、情報にしても、多くが足りていない。班内では回線越しに絶え間なく怒声が飛び交う。誰も彼も緊張からか自然と声も大きい。耳が痛いほどの声の連なりを感じつつ、タゴサクは必至になって機体を操った。

 班内では常時回線が開かれており、相互に情報のやり取りが行われている。また、それとは別に小隊単位、大隊単位でも回線は開かれている。ただし、後者についてはそれぞれの集まりを纏める立場の人間のみ参加している。よって、タゴサクの下へ届けられるのは同じ班の五名が上げる叫びに限る。だと言うのに大した声量だった。

『次に砲撃が止んだ頃合で、敵は一気に攻め入ってくるでしょう。今の内に二人一組を意識して回避運動を取るのです。リチャードはアッシュと、デニスは私と、ああ、あとついでにタゴサクも私達と共に動きなさい』

「はっ! わ、わかりましたっ!」

 アーデルハイトからの指示に危ういところで頷く。

 他方、アッシュとリチャードは避難の声を上げた。

『おいおい、この状況でそんな無茶をっ!』

『あ、アーちゃんっ! やばい、これって無理、無理じゃないかっ!?』

『これ以上を下がったら、私達は基地の別働隊から撃たれるのですわよ?』

『あははは、僕らってば堪らないなぁっ!』

『クソッ! てめぇ、笑ってんじゃねぇよ、もっと撃て、撃ちまくれよっ!』

『……六時方向距離五千から巨大な熱源反応』

 賑やかな回線の中にボソッとデニスの言葉が響く。誰も彼もが即座にレーダーへ目を向ける。ともすれば、そこには一般の機体にはありえない速度で迫る何かがあった。そして、それは皆々の立つ場所を目掛けて刻一刻と迫ってきていた。

『皆、九時方向へ全力で飛びなさい、大型の有線ミサイルが着ますわよっ!』

『じょ、冗談じゃねぇっ!』

『この乱戦で大型ミサイルって、ちょっと、相手は弾頭に何を入れてるんだいっ!?」

 デニスの報告に班の皆々は慌てて移動を始める。

 バーニアを全開に噴かして、砂浜を派手に散らしつつの横っ飛びである。アッシュを先頭として数百メートルを一息に越える。そして、海岸線に続く崖から落ちるよう海中へ機体を落とした。一つ、二つ、三つ、ざぱんざぱんと音を立ててデニスの放った予想着弾地点より身を隠した。

 重い金属で作られた機体は飛び込んだ勢いもあってずぶずぶと海底へめり込むように沈んでいく。そんな中で一同の注目はレーダーに映されたミサイルの行方である。それは今まさに自軍領域へ至らんとしていた。

『全員、衝撃に備えなさいっ!』

『……距離、千、五百、三百……着く」

「っ……」

 全員が海底に足を埋めたところで、頭上十数メートルの陸上より巨大な爆発音が届けられた。強烈な地響きは水面に限らず、海中へも四方八方より振動を伝える。ビリビリと震えるコクピットに自らの確実な生を願いながら、班の面々はセンサを凝視する。

 結果、水面を越えて、その影響は彼らの下まで及ぶことはなかった。

『……どうやら危ういところで逃れられたようですわね』

 ミサイルの着弾からしばらく、アーデルハイトが溜息混じりに口を開いた。

『デニっちゃん、ありがとうっ! 君、本当に最高だってっ!』

『……どういたしまして』

『っていうか、ありゃどうなってんだよっ! 味方も吹っ飛んだんじゃねぇのか!?』

『今の一撃で一掃した後に突撃する算段なのでしょう。よって、私達はこれより敵影を抜けて浮上、残る陸上戦力と協力して敵の薄い領域より攻勢を挟み撃ちする形で動くこととなりましたわ』

 上位回線より得た指令をアーデルハイトが班員に伝える。

『もういいだろ? 帰ろうぜ、畜生が……』

『今すぐに死にたいというのならば、私は止めはしませんわよ』

『糞ったれ……』

「…………」

 タゴサクは何も言えないまま、黙って班員隊の言葉に耳を傾ける他なかった。一番に意見が近いとすればアッシュだろうか。けれど、表立ってそれに頷いてみせる勇気すら持ち合わせていない。

『それでは移動しますわよ。皆、静かに私へ続きなさい』

 機体の姿勢を取り直したアーデルハイトが海底にあって歩み始める。けれど、それも数歩と進まないうちに次なる警告から静止した。先刻に同じく、それを齎したのは索敵に優れるデニスである。

『……敵センサーに感知された。ミサイルのロックオンを確認』

『ちょっ、海中でっ!? なんだよ、海中でロックオンって魚雷かっ!?』

『黙りなさい、魚雷でもミサイルでも、なんでもいいから迎撃しますわよっ!』

『あ、アーちゃん、待ってくれよっ!』

『ああもうっ! どうなってんだよ、今日って日はよぉっ!?」

『タゴサク、しっかり付いて来なさい。貴方は動作に戸惑いが多々見受けられますわ』

「は、はいっ!」

『魚雷、距離五百、三百……』

『数は?』

『……十一です』

『でしたら全員で迎撃しますわ。腕部アンカー準備、距離五十以上で打ち落とすのです。魚雷の迎撃が完了次第、海中を移動してセンサーにマップした場所へ向かいましょう。そこが合流地点となっているのですわ。データは今に送ります』

『魚雷、迎撃限界まで来ました。アンカー発射』

『当れよっ!? 当らないと恨むからな、畜生がっ!』

『行け、僕の両腕っ!』

 全員の両腕に装備されたワイヤー式のアンカーが打ち出される。総数二十本のそれは十一本が外れて、八本が迫る魚雷を炸裂させた。残る一つは周囲の爆発に巻き込まれて、僅か数瞬だけ置いて同様に弾け飛んだ。

 大量の水泡を撒き散らしながら金属片が水中を泳ぐ。

 視界は青と白に覆われ視界は一瞬にして失われる。各人のレーダー上にあった印の幾つかがパッと音もなく消えた。けれど、安堵する暇など微塵たりともない。即座にデニスより危機の報告が挙がる。

『九発の排除を確認、残る二発、来る』

 それに応えるようアーデルハイトが吼えた。

『全員、全力で避けなさいっ!』

 一斉に班員全員の機体が動く。魚雷は各人に対して軌道が設定されていたらしい。打ち漏らした二発の魚雷はリチャードとアッシュを求めて向かう先を変更した。その勢いは他の追随を許さない。

 そして、タゴサク達が乗る兵器は水中での運用を考慮されていない。幾ら足掻こうにも満足に動くこと叶わず、二人は見る見る間に魚雷の接近を許した。これが陸上であったならば結果は幾分か違ったろう。けれど、叶わずとも水中であり、二人は苦心の甲斐なく着弾を許してしまった。

『うぉぉおああああっ!』

『だ、駄目だぁああああっ!』

 回線越しに二人の叫び声が届けられた。

 それと同じく水中に轟く炸裂音。

「なっ……」

 ずずんと低い音が装甲越しに届けられる。魚雷が撒き散らした金属片によりレーダーの感度が著しく鈍る。アッシュとリチャードの叫び声はある一点でぷつりと途絶えて、そこから先は全く聞こえなくなった。

 大きく海水が流動して、残るタゴサク達を揉みくちゃにする。前後左右、上も下も分からないまま水面下を流される。割と近い場所で炸裂した為か、その勢いを殺すことは難しく、残る三名は随分な距離を流される羽目と成った。

 そして、一様にコクピット内部で頭をぶつけでもしたのだろう。デニス、アーデルハイト、タゴサク共に機体は挙動を失う。回線には一切の音が絶えて、先刻までの騒動は嘘のように静けさを取り戻した。

 搭乗者の正常なバイタル信号を失い、機体は自動的に機体機能を最低限の生命維持に留め熱を落とす。索敵から逃れるよう機関は停止して、即座に予備電源に切り替わる。索敵も逆探知を逃れるよう切られて、レーダーも光を失う。コクピットからは小さな非常灯を残して明かりが落ちる。

 後は海流が赴くままであった。