金髪ロリお嬢様SFラノベ

第二話

 次にタゴサクが目を覚ましたのは何処とも知れぬ離島の一角であった。

 機体はその砂浜に流れ着いて、片足を砂丘に突っ込み横たわっていた。何より幸いであったのは、他に近場でアーデルハイトとデニスの搭乗機を見つけられたことか。どうやら近隣では潮の流れが一定にあり、皆々が同じ場所へと流れ着いたらしかった。

 機体は野晒しであった。しかし、無様にも倒れていた為なのか、哨戒からは相手にされなかったらしい。時間を置けば回収の憂き目を見ていたかもしれない。ただ、決戦を終えて間もない現状では放置されているらしかった。

 目を覚ましたのはタゴサクが最初である。

 その意識が戻ったとき、既に日は落ちており時刻は午後十時を回っていた。彼は慌てて機体を降りると二人の安否を確認した。共に大事には至っていなかった。また、同時に彼は三人分の機体を砂浜へ埋めて隠蔽を図った。無論、敵軍の哨戒は時折肉眼で確認可能なだけ出回っており、応じて主機の熱は落としての対応である。

 基地は既に陥落の態を見せている。彼の主観時間からすれば数分前となる激戦も、もはや数時間前の出来事であった。一切は形(なり)を顰めて静かなものである。先の一戦が嘘のような鎮夜だ。

 そして、一切の騒動から打ち捨てられた三人は、今、その離島で静かに顔を向き合わせている次第にあった。色々と語るべきことはあるだろう。けれど、一様に口数の少ないのは押して図るべきだろう。

 唯一、アーデルハイトが場を取り持つ程度だ。

「さて、いつの間にやら班員が半分になってしまいましたわね……」

 皮肉とも冗談とも取れない発言に誰も返す言葉が無い。普段ならアッシュやリチャードが何らか軽口を返したのだろう。けれど、場に残った二人は共に口数が極めて少ない。加えてタゴサクにおいては極めて内向的な性格の持ち主だ。

「はっ! 申し訳ありません」

 この程度が関の山だろう。

 二人、出会って間もない人間の死に思うところが無い訳ではない。これでも根は心優しい青年のタゴサクだ。しかし、自らの置かれた状況が、それを語るだけの余裕を彼から奪い取っていた。

「別に誰を攻めている訳でもありませんわ」

「はっ……」

「……でも、外れたのは私のアンカー」

「そ、それも今更ですわ。気にしたところで意味がないかしら」

 そして、それは他の面々にしても決して例外ではない。デニスとタゴサクの発言を受けて、アーデルハイトにしてもまた、平静の剛毅に聊かの陰りが見えた。班員の欠員と基地の陥落である。平素に違わず構えろと言う方が酷だろう。

 しかし、それでも彼女は決して陰鬱を表立ち晒そうとはしない。

「過ぎたことを気にしてもしかたりませんわ。私達は連合軍の末兵として自身にできることを行う義務があるのです。如何に基地が墜ちようとも、こうして助かった身の上を捨てることは叶いませんのよ?」

「……勝機は?」

「諦めず在れば幾らでも沸いて出ようというものですわっ!」

 ぐっと拳を握って語り見せる。

 頭上に茂る背の高い樹木の合間より僅かに差した光の帯が彼女の頬を照らす。今日は満月だった。吐く息も白く濁る真冬にあって、寒さから赤く染まった肌が闇にぼんやりと浮き上がる。

「し、しかし、僅か三機で何が叶うのでありますか?」

「それは作戦次第だと思いませんこと?」

「……何か案が?」

「それを今考えているところですわ」

 目と鼻の先、具体的には数キロだけ離れた位置に奪われた基地は存在する。既に味方の回線は全滅して、この調子ではマスドライバーもまた、敵の手中に収まっているだろうというのが全員の一致した見解だった。

「……しかし、考えるにしても状況は非常に難しい」

「あら、デニスは明日を生きることを放棄いたしますの? 貴方の脳内にも私と同じチップが埋め込まれていると存じておりましたのですが、それは違いまして?」

「……別にそうは言ってない」

「ならば貴方もその聡明な頭脳を私と共に在りなさい」

「……分かった、それが命令なら従うまで」

 皆々の座る場所は離島の砂浜より樹木の茂る林へ入り、しばらくを歩いた地点である。大小の岩や木の幹に身を預けて、今後の方針を探っているのだった。勿論、その場には彼ら三人以外の姿は一人として見られない。

「この離島から脱して安住を得るなど、それこそ基地の奪還に次いで難題ですわ。そして、それが大差ない可能性の上に成り立っているというならば、私はより自身の能力を確実に反映できる側を選びますわ」

「……いや、前者に比べて遥かに高い可能性だと思う」

「私にとってはどちらも大差ありませんわ」

「……そう」

 デニスの言葉をアーデルハイトは一言に切って捨てる。対して、捨てられた側はそれ以上を抗うことなく、大人しく顎を下げて頷いた。そんな様子を眺めて、タゴサクはデニスを非常に掴みどころの無い女性だと認識を付ける。

 思い返してみれば、まだ出会って数時間の間柄である。

「まずは奪われた基地機能がどれだけ機能しているかですわね」

「アーデルハイト殿、そ、その、マスドライバーを破壊して逃げるのは駄目ですか?」

 寒さにがたがたと震える身体を押し付けてタゴサクが口を開いた。

 機密性に優れるパイロットスーツによってある程度の快適性は保証されている。とは言え、決して寒くない訳ではない。機体より外へ出て小一時間が経過した現在では、体感温度も多少厚いコートを羽織った程度だろう。

「本来であればそれが一番の案であったでしょう。しかし、私達の置かれた状況を鑑みれば、それではこちらへ汚名を被せて、上層部へ基地から逃げ出す口実を与えるだけとなりますわ」

「そ、そうでありますか……」

「……残存兵力は?」

「最後に通達された限りでは一個大隊が健在だと示されていましたわ。けれど、それも何処まで正しいのか分かりません。大半は捕虜となって基地内に捉えられていると見るのが良いでしょう」

「となると、一番の可能性はその者達でありますか?」

「ええ、そうなりますわね」

「助け出すのでありますか?」

「私達と同様に孤立した部隊を集めるという手もありますわ。しかし、それでは時間が掛かり過ぎます。その間に敵に見つかる可能性を考えれば、直接に基地を叩いた方が効果的だと私は考えますわ」

「……それには同意する」

 一頻り考える素振りを見せて、アーデルハイトはデニスとタゴサクを前に言葉を続ける。気温は氷点下にも拘らず、寒さに凍える素振りなど微塵も見せない。その堂々とした態度は場を共にする二人の目に非常に頼もしく映った。

「無難なのは敵兵に紛れて潜入、基地内部より工作するのが無難かしら?」

「……どうやって敵兵に紛れるの?」

「付近の海域ならば幾らでも撃墜された敵機体があるでしょう。そこから適当に拝借すれば良いではないかしら? もしかしたら、この離島にも一機や二機は落ちているかもしれませんわね」

「……なるほど」

「はっ、了解であります」

 割とまともな案が出されてタゴサクはほぅと一つ溜息を吐く。てっきり先刻に同じく、基地正面から突っ込めなどと指示されるのではないか、内心酷く怯えていた次第である。そういう意味では彼女は割りとまともな班長であった。

「まあ、いずれにせよ動くなら早々ですわね。今ならば敵も基地の扱いにごたついているでしょうから、この辺りの哨戒だって私達が見つからない程度に緩ですわ。けど、それも一晩が絶てば絶対に違ってくるでしょう」

「……つまり、今晩が勝負」

「ええ、そうですわね」

「りょ、了解でありますっ!」

 アーデルハイトの言葉にデニスとタゴサクは素直に頷いて応じた。

 けれど、タゴサクの脳裏には依然として一つの事柄が引っ掛かっていた。それは前線に立つ軍人として当然の想いである。だから、一度は頷いてみたものの、自然と疑問は口から零れていた。

「ですが、あの、この場合だと援軍は来ないのでしょうか?」

 今まで勤めてきた火星のそれと比較すれば非常に小さな基地である。しかし、マスドライバーを含め、太平洋を挟んで大国を前とした重要拠点には違いない。それが奪われんとしているのだから、援軍の一つは出張って当然だろうと彼は考えていたのである。

 けれど、返された言葉は彼の期待を大きく裏切るものであった。

「援軍ですって?」

 アーデルハイトは呆れ気味に呟いて応える。

「き、来ませんか?」

「……ありえない」

 デニスが淡々と否定の言葉を述べる。

「今の連合軍の情勢を鑑みるに、このような基地へ回す援軍はありませんわ」

「…………」

「……他所から着たばかりの貴方にとっては酷な話かもしれない」

「ここのマスドライバーが今まで残っていたのは相手が奪取後の運用を面倒に思っていたからですわ。それがこうして攻勢に出てきたということは、つまり、近いうちに火星を舞台に争いが始まる、ということを示唆していると私は考えますわ」

「……そうなのでありますか?」

「この程度は誰だって考えれば及ぶものでしょう?」

「はっ、申し訳ありませんっ!」

「ですから、それを取り戻すことは連合軍としても元より考えていない筈ですわ。当初から捨て置いた基地なのですから。そして、それでも爆破してしまわなかったのは、まあ、上層部に色々と良くない蟲が沸いていたに違いありませんわね」

「……了解であります」

 アーデルハイトの言葉にタゴサクは粛々と頷く。

「しかし、それでは壊してしまっても構わないのではありませんか?」

「いいえ、正規に命令を受けた兵なら良いですが、我々が行っては色々と面倒になりますわ。最終的に責任の所在だのなんだの、色々と文句を言われた上で処刑に回されるのが関の山でしょう」

「そ、そんな……」

「……私は先の作戦が一番無難だと思う」

「ええ、私もそう思いますわ」

 デニスの言葉に頷いてアーデルハイトは満足気に語る。

 ともすれば、タゴサクにはそれ以上、口を挟む余地はなかった。そうして一頻りを今後の話し合いに費やし、ある程度の予定が決定する。決行は一時間後、深夜零時を回ってからとの運びと成った。

◆ ◇ ◆

 地球より遥か八千万キロを隔てて空に浮かぶ赤茶色の恒星。その地下に設けられた巨大都市群の一角に、その者達は粛々と席を並べていた。部屋の主だった明かりは落とされて、僅かばかりの間接光が足元を照らすのみ。薄暗くも広さのある一室には巨大な円卓が備えられており、それを囲い談義を講じるのは何れも身形の整った高い身分の男女である。

 一人、その一端に座す者が勢いよく席を立つ。

 ガタンと椅子が揺れて音を上げた。

「待って欲しい、貴方達は我々の意向を無くして断行すると仰るのかっ!?」

 その視線が向かう先は彼と同様に円卓を囲い腰掛けた一人だ。

「これは民主的に意見を募った結果だろう? 断行とは失敬な物言いだ」

「失敬だと? 民主的も何も、そもそも前提が狂っているではないかっ!」

「では逆に聞くが、何の為に今まであのような基地が残っていたと思う?」

「そ、それは……」

「決して少なくない出資を連合から受けてきたのだから、相応の介入もまた我々に与えられた権利だろう。特に今の地球にある資源の全ては、私達の共同の資産と称しても問題ない代物である筈だ」

 ほっそりとした肉付きに黄色人種の男が、体格の良い白人を前に窮している。周囲に座る面々はその様子を黙って眺めていた。円卓を囲む人間の肌の色は白から黒まで雑多に及ぶ。民族種族を異にして連合を構成する長達の会合である。

「しかしっ! それでは我々の国は……」

「あるではないか、この火星という第二の祖国にしっかりと」

「っ……」

 白人男性は強気で黄色人男性へ言葉を続ける。

「既に計画は動き始めているのだ。今更、そちら一国の言い分で止める訳にはいかないのだよ。今日までに費やした費用だけでも、君の国の医療福祉を数年に渡り賄えるだけの額に昇るのだからな」

「それは我が国の現状を見知った上での言葉か?」

「私は客観的な事実を述べたまでだ」

「…………」

 傍目に聞いてもどちらが優勢にあるかは明らかであった。周囲に座す者達もまた、誰も彼もが白人男性に賛同するよう構えている。これ以上は時間の無駄だと言わんばかりに顔を顰めている者も多数だ。

「さぁ、これで十分だろう。君との議論はこれで終わりだ」

「ま、待ってくれっ! 我々にはまだ十分な説明がっ……」

「待たぬよ。それより次なる議題、新造機体の性能評価報告の方が遥かに重要だろう」

「貴方は国より物を取るというのかっ!?」

「それだけ価値のある物だと理解するがいい。君のところの技術者も一緒になって行った仕事だ。その雄姿を一緒に拝もうではないか。でなければ、なぁ? 次はこの席すら保証はできない」

「なっ……」

「さぁ、皆さん、まずはこちらを見て貰いたい」

 手短に切り上げて、早々に白人男性は相手から意識を別へ移す。そして、部屋の一辺に備えられた巨大なディスプレイを指し示した。彼が腕を上げるに応じて、真っ暗だった一角にふっと明かりが灯る。

「これが我々の切り札となる希望の機体だ」

 渋々と椅子へ腰を落ち着ける黄色人種の男性。

 それとは対照的に、白人男性はすっくと威勢よく席を立ち上がる。そして、ピンと背筋を伸ばしてディスプレイへ指先を向けた。

「半世紀前にヘレン博士が残した理論が今、こうして我々の前に姿を現したのだ。遺稿を漁ること十余年、そこから更に研究と開発を続けること数十年。そうして今日という日を迎えるに至った」

 男が言うと、円卓に座る者達がわっと湧き上がった。

 壁の全面を覆う画面に巨大な兵器が映される。

 白に近い銀色に覆われた機体だった。現在、多くの戦場で用いられているものより一回り小さな筐体である。二十メートル程度だろうか。直立不動の立体モデルをカメラが映している。また、ディスプレイの隅へは対象に対する諸情報がつらつらと並べられていく。

 性能を示す文字列が現れる先を追って、居合わせた誰も彼もが目を輝かせ声を上げた。全高から始まって出力、駆動性、搭載兵器、従来機との比較に至るまで、並べられた様々な情報が観客達の顔を喜びに変えた。

「見ての通り、何よりも特筆すべきはヘレン機関を搭載したことだろう」

 男は周囲の興奮に拳を固めて言葉を続ける。

「これにより従来機では不可能であった大きさまで機体サイズを小型化することに成功したのである。加えて、有り余るエネルギーにより、この大きさでも単体で大型の荷電粒子砲を備える。単独作戦可能時間は実質的に無限大となった訳だ」

 ディスプレイの前まで歩み寄って、男が自慢するように語る。

「加えて、サイズの小型化とエネルギー問題の解決に伴い、単機での地球重力圏脱出も可能となった。これによって長らく切望されていた、地球重力圏外からの敵軍基地へ向けたヒットアンドアウェイによる襲撃が可能となった。これは現状の機体が持つ性能からすれば、それこそ機体登場以前と以後の変化に等しく、今までとは一線を画すものだろう」

 その姿は自信と力に満ち溢れて思える。

 力強い笑みを浮かべて男は言葉を続けた。

「より具体的な話をすれば、例えば、諸君は五年前に我が連合のコロニーを襲った隕石を覚えているだろうか? この機体を持ってすれば、あの惨事ですら単機での迎撃可能である。それだけの出力と武装を備えるに至ったのだ」

 応じて、周囲よりわぁと驚きの声が上がった。興奮に席より腰を浮かしている者すら居る。唯一、その様子を渋い目で眺めるのは、今し方に彼より非難の的とされた黄色人種の男性だけであった。

「つまり、これ一機で戦略級の作戦すら手が届くという訳だっ!」

 バンとディスプレイを叩いて語る彼の言葉に他の面々は喝采を上げる。

 そして、当然のことながらその下には数多の質問が寄せられた。皆々が手を上げて、今に説明されたばかりの機体について疑問を投げかけて行く。対して、白人男性はその一つ一つに、自らの子供を自慢するよう、意気揚々と言葉を返していく。

 そんな中で一番に本人の気を引いたのは研究開発に掛かった費用でもなく、各国に渡り散らばったライセンスの問題でもなく、増してや量産の可能性でもなかった。

「ところで、その試作機には誰が搭乗するんだ?」

 そんな短い言葉である。

 ともすれば、彼は仰々しくも声の持ち主へ振り返り口を開く。

「おぉ、良くぞ聞いてくれた。マクスウェル卿」

「やはり、……あの者を使うのか?」

「勿論、それこそ私から国民へ大々的に発表せんとするところ……」

 男は笑みを強くして面々に語り書ける。

「この試作機には皆さんもご存知の通り、火星軍の英雄、アラン・マクドウェルに搭乗してもらうこととなっている。現在、彼のシミュレータでの演習時間は四桁に及ぼうかという頃合だろうか」

「そうして君は次の選挙にも一気に打って出るという訳か……」

 また別所より声が上がる。

「いえいえ、とんでもない。李卿、これは適切な判断ではありませんか?」

「まあ、今はそういうこととしておこうか」

 次々と投げかけられる言葉を適当に避けながら、男は意気揚々と話を続ける。その姿は新しく手に入れた玩具を友人に自慢する子供の様でもある。口元に浮かぶ笑みを決して隠そうとはしない。

「彼に集まる国民の支持は、それこそ下手なアイドルより、無論、我々よりも遥かに高いのだ。他に選択の余地など無いだろう。これで成果の一つでも挙げることが叶ったのならば、我が軍の結束は確実なものとなる」

「ああ、その点に関しては我々も異論はない」

「あれを無碍に扱って得られるものなどないしな」

 男の言葉にマクスウェル、李と呼ばれた両名は小さく頷く。また、二人の他に集まった大勢も特に口を挟むことはない。黙ってその者達のやり取りを眺めている。やはり、例外は先の黄色人種の男くらいなものだろう。

「そういって頂けて何よりだ。実を言えば、既に彼は先の一件に関して現場へと発っているのだよ。それなりに成果を挙げてくれば如何様にでも、否、成果などなくとも今週末には世間へ向けて素敵な報道を流せるというものだ」

「相変わらず手が早いな」

 李が感心した風に言う。

「いやいや、貴方ほどではない」

「そうかね?」

「さてさて、機体、搭乗者共に詳しくはこれより配る手元の資料を見て貰いたい。そこに詳細を示してある。また、機体の扱いに関しても今後、十分に各国間での検討の余地を残してあるので、資料に示した折衷案を下に話し合いを行いたいと思う」

 そうして、男は再び元在った席へと歩みを向ける。

「なにより今は我々の祖国たる地球を取り戻すのが第一ですからな」

 にんまりと厚い笑みを浮かべて、男は皆々に訴えかけるよう言う。

 その後、一室での会議は興奮冷めやらぬまま延々と続けられるのだった。

◆ ◇ ◆

「さて、そろそろ時間ですわね」

 手元の時計を眺めてアーデルハイトが呟いた。小一時間の休息を挟んで体力はある程度だけ回復している。先日より徹夜続きのタゴサクに至っては、砂に埋まる自機の中で数十分ばかり睡眠を取っていた。

 けれど、それも今に終わりである。

 三人は円を作るよう顔を向き合わせて、真夜中の砂浜に立っていた。

「……近い場所に敵機は発見できなかった。ただ、あまり強力な索敵は逆探知の恐れがあり行えていない。自機を動かして探索が叶えば、敵の索敵に引っ掛かる可能性が非常に高いと思う」

「それならば、この自軍機で向かう他にありませんわね」

「……了解」

 デニスからの報告にアーデルハイトは今後の予定を決定付ける。

「だ、大丈夫でありますか?」

「それは貴方の機体を操作する腕前が決定する事柄ですわ。最優先目標は先に伝えたとおり第三倉庫、そこに蓄えられている弾薬庫への砲撃とします。次いで十中八九で敵に抑えられているだろう司令部への砲撃ですわ。基地機能の復帰は地下の第二司令部より行うのが妥当でしょう」

「はっ、それは理解しておりますが……」

「……アーデルハイト、一つ確認したい」

 表情を強張らせたタゴサクを傍らに置いて、一頻りの報告を終えたデニスが口を開く。感情らしい感情を顕としない能面のような彼女であるが、そうして口を開いた瞬間だけは僅かばかり口元が強張って感じられた。

「なにかしら?」

「……それは仮に誰かが墜ちても?」

「ええ、最優先目標は第三格納庫と致します」

「……分かった」

「まあ、私の下に付いたのが運の尽きだと思いなさい」

 応えるアーデルハイトは嬉々としたものだ。それが自らの内にある恐怖を押さえつけんとする為か、はたまた素から来る軽口か、タゴサクには理解が叶わない。けれど、班長のそうした威勢の良さは彼の緊張を僅かばかり解すに至った。

 三人の前には砂浜よりコクピット部のみ掘り起こされた機体が並んでいる。まだ機関に火は灯っておらず、静かにその巨漢を横たえている。

「行きますわよっ!」

 声高々に言い放ってアーデルハイトが自機へ乗り込む。

 そんな彼女の後を追うようにデニスもまた駆ける。

 二人の足裏は勢い良く地を蹴って砂をかき上げる。それがぱらぱらと低い位置を舞って、すぐ近くに立っていたタゴサクのブーツに掛かった。その砂の幾らばかりを見つめて、彼は自らの思うところを心に描く。

「…………」

 死にたくない。

 絶対に死にたくない。

 そんな単純な想いだった。

 きっと二人にしたって同様に想っているだろうと、彼は理解している。ただ、それを如何様に諌めているのか、タゴサクには分からなかった。どれだけ頭を悩ましても答えの得られない悩みである。いつか歳を取れば、いつか大人になれば、全ての分かる時が来るのだろうか。そんな風に漠然とした疑念が延々と募った。

 けれど、今、彼の思索の時間はアーデルハイトの一声に失われる。

「タゴサク、早く支度をなさいっ!」

「は、はいっ!」

 背後を振り返ったアーデルハイトの声に促され慌てて駆け出す。

 そうして走り出した足。

 ともすれば、彼には自らの肉体を自発的に留めるだけの勇気すら失われる

 皆々が発ってより、僅かばかりの間を置いて、それぞれの機体が起動を始める。機関に熱が灯り巨漢が四肢を駆動させる。地響きを立てて大地を揺らし、次々に砂の下より立ち上がっていく様は壮観だろう。

 決起の時である。

 全員が機体に搭乗を終えたことを確認してアーデルハイトが言う。

「それでは、全員、先刻に指示したとおり作戦を開始しますわっ!」

「……了解」

「はっ……」

 轟音を立てて、人の足が巻き上げるのとは比較にならない砂が宙を舞う。機体背部に取り付けられたブースタが爆風を巻き上げる。応じて、三名の乗り込んだそれらは優雅に宙へと舞い上がるのだった。

「いざっ、基地奪還ですわっ!」

 機影が縦一列に並んで空を進む。

 向かう先には数キロを隔てて彼らの基地がある。その傍らには天高く伸びたマスドライバーも健在だろう。周囲には依然として哨戒にでる敵軍の機体が米粒ほどに見える。レーダーによれば常時十数機が警戒に当っている。

 それを正面より打ち破らんとして、タゴサク達は一挙に目的の場所を目指す。

「……敵への探知に反応。探知された」

「二人とも、死なないように注意なさいっ!」

「りょ、了解でありますっ!」

「……来る」

 デニスの言葉に従って敵機が一様に進路を変えた。

 地上を歩んでいた者も、空を飛んでいた者も、まるで蟻が砂糖へ群がるよう、彼らを目指して一挙に集まり始める。彼らの駆る兵器を持ってすれば、数キロなど在ってないようなものだ。両者の間合いは基地を置く陸地と海との合間で零となる。

 数にして幾倍だろう。

 更には基地に備えられた迎撃も考えられる。相手が何処までを制圧しているのかは知れないので、皆々は石橋を叩く重いで先を進まなければならない。けれど、飛行する速度は常に最高速を保ってである。

「このまま列を成したまま中央突破しますわよっ!」

「は、はいっ! 了解であります」

「……三人だけど?」

「何人だろうとやることは同じですわっ!」

 恐怖を紛らわす為か班の回線には言葉が絶えない。

 そんな中でタゴサクは必至になって機体を操作していた。

 彼には耳に届く言葉が嘘に思えて仕方がなかった。震える手を必死に押さえつけて前に進む。電脳制御に因る機体は、僅かばかり彼の震えをフィードバックする。しかし、大部分はノイズとしてカットされて、正常に運行を続ける。

『まだ残っていたか、この糞蟲共がっ!』

 やがて、公開回線で敵軍側より通信が入った。

 先の争いでは大規模作戦に応じて、混乱を避ける為に利用の控えられていた回線だ。それが今は偶然か必然か開かれており、先方より察知されたのだろう。コクピット正面に映されたのは見知らぬ男の顔である。無論、その身体は自分達とは異なる様相のパイロットスーツに包まれている。

『黙りなさいっ! 第四師団五十三連隊、第一大隊三十七中隊、第五小隊A分隊B班、遅ればせながら我が家を取り戻しに戻ってきましたわっ! 討たれたくなければ即座に道を譲るのですわっ!』

 吼えるアーデルハイトの口上は酷いものだった。高々三機の小隊が語るには冗談以外の何ものでもない。けれど、その様子は酷く堂々としていて、聞く者に正当性を訴えるだけの迫力があった。

『この野蛮人どもが、大人しく逃げ出していればいいものを……』

『その台詞、そっくりそのままお返し致しますわっ!』

 静止など聞く耳持たず、即座に双方より発砲が繰り返された。

 上下左右、あらゆる方向から放たれる銃撃を受けて隊列は即座に失われた。けれど、それぞれの進む方向は依然として狂っていない。それをレーダーで確認したアーデルハイトは班の回線で以降を告げる。

『各自、散開して目的の達成を命じますわっ!』

『……了解』

「は、はいっ!」

 タゴサクとデニスは素直に応じて第三格納庫へ向けて進路を取る。

 実を言えばその瞬間、タゴサクは急転換して逃げ出したい衝動に駆られた。正面には敵機が十数機だけ並んでいる。そのうち幾らかは既にアーデルハイトとデニスへ狙いをつけているとは言え、彼が相手をすべき機体にしても片手には数えられないだろう。

 生きて帰れるかと問われれば、頷くことは難しい状況だろう。しかも背後には起動していない機体が大隊単位で控えている。それらへ人員が行き渡ればタゴサク達など数分と持たずに討ち取られるだろう。

「こんな、こんな……」

 ぶつぶつと、その口は何やら独り言など呟く。

「母さん、シオリ、サオリ……」

 コクピットに備えられたマイクでも拾えない小さなものだ。

「……僕は、僕は……こんなの違うのに……」

 カタカタと小刻みに震える両手で、自身を支えるように操縦桿を握る。飛び交う銃弾を胸の鼓動も激しく避ける。急な軌道の変化に身体が軋む。前後左右へ激しく揺れる外の景色と、その前に表示された照準を示す十字を必死に睨みつける。

「当らない……、ああ、もう、どうして……」

 それまで前後にあった同じ班の面々と離れて焦りが増す。

 敵はタゴサクに向けて遠慮なく集って来る。彼が一発を打つ間に十発、二十発、雨霰と銃撃が降り注ぐ。その合間を危ういところで抜けつつ、数秒先の生を求めて必死になって機体を操る。

『この我々に歯向かうだと? それも僅か三機で何ができるものかっ!』

 公開回線越しに嘲笑交じりの声が響いた。

「う、五月蝿いっ!」

 前者はまだしも後者は彼だって十分に理解していた。

 けれど、先を行くアーデルハイトの足取りに迷いは無い。部下である彼は従う他にない。気を抜けば遺族保険の額を数えている自らがいる。それは良くないと理解している。だから、必死で心を奮い立たせて、自らに言い聞かせるようタゴサクは吼える。

「お前らなんて三機で十分なんだよっ!」

 叫んでから、ここまで大きな声を出したのが久方ぶりだと気づく始末だ。

『ならばそれを示して貰おうか』

 名も顔も知らぬ男が機体を操作、空を突き進む彼の脇まで迫り来た。

「なっ!?」

『死ねっ!』

 数十メートルの距離からの狙撃である。

 高性能な照準機器、誘導機器を装備した昨今の機体である。この距離までもぐりこんでの発砲は必中を意味する。無論、相手もまた同様のリスクを犯さねばならない行いだが、今の圧倒的優位を前提の挙動だろう。

 銃口より周囲の空気を焼いて、眩い光の帯が伸びた。

 けれど、その目指す先には何も無い。遥か遠方を目指して光は突き進み、やがて霧が掻き消えるように見えなくなった。続く爆発音は無い。装甲が僅かばかり焼け焦げた程度であった。

 その様相を眺めて、回線越しに敵兵から驚愕が届けられた。

『さ、避けただとっ!?』

 狙撃はタゴサクの機体の脇を掠めるに終わった。

「ああああ、あぶ、あ、あぶ……」

 背中に嫌な汗を垂らしつつ、タゴサクは一撃をやり過ごしたことに一息を吐く。それと同時に、続く追い討ちに備えるべく、大慌てでその場を逃げるようブースタを吹かす。敵は彼の他にも多い。絶え間なく降り注ぐ掃射を避けて、右へ左へちょろちょろと動き回る。

『ま、待てっ!』

 周囲の注目が一斉に彼へと向けられる。

 彼を追う機体の数もまた、その一撃を機会にぐっと数を増した。

 その数はアーデルハイトやデニスにも向かう機影にも勝る。その様子をコクピット内でレーダー上に感じて、タゴサクは自らの運命に戦慄を覚えた。何故に自分ばかり狙われるのかが理解できなかった。

 やがて、舞台は海岸線を越えて隣接する基地内部へと至る。

「く、来るなっ!」

 追われる彼は悲痛な叫びを上げて機体を進ませる。

 自分ばかり的になっては堪らないと、一気に高度を落とした。地に足を擦らん限りの低空飛行である。基地施設の合間を縫うようにして逃げ回る。ともすれば相手も下手に飛び道具を使えずに、追いかけっこは白熱を迎えた。

 最高速の地面飛行である。

『こ、このっ!』

『ちょこまかとぉ……』

『そっちへ行ったぞっ!』

 それこそ基地を挙げての大捕り物であった。

 第三倉庫という目標すら失って、タゴサクは只管に機体を進ませた。

 アーデルハイトの立てた当初の計画など、この時点で既に彼の脳裏より跡形もなく吹き飛んでいた。今を生き永らえるのに必死で、何故に自分がその場に居るのかすら、完全に忘れてしまっていた。

「糞っ! なんでこっちばかり来るんだっ! あっちへ、あっちへ行けっ!」

 そんな彼の下へアーデルハイトより声が掛かる。

『タゴサク、貴方は何処へ向かっていますのっ!?』

「は、はひっ、も、申し訳ありませっ!」

『そっちはマスドライバーですわっ! 第三倉庫とは真逆でありませんかっ!?』

「ですが、あ、ああ、敵が、敵がぁっ!」

『混乱してはいけません、正しく道を取りなさいっ!』

 無茶を言わないで下さい。

 そう喉下まで出掛かったところで、ぐっと不満を飲み込み我慢する。そして、そこまでが彼の限界であった。以降は彼女からの問いかけに答えることすらできなかった。会話などしている余裕がなかった。

 基地には数多の占領軍兵が所在している。

 それが次々に彼の下へと集っていた。それまで静観の態を見せていた機体達にも、時間経過と共に熱が入り、更には基地の迎撃システムも同様、重い腰を上げ始める。早々に排除してしまおうという算段だった。

 とてもではないが他を意識する余裕など無い。

「ま、こんなにっ!?」

 レーダーに映る機影の数が更に増える。

 タゴサクの内にある焦りがいよいよ限界を迎える。

 冷静さが一挙に吹き飛んだ。

 もう駄目だと全てを諦めようとした。

 涙が零れた。

 そんな頃合での出来事である。

 一筋、間近い空を流れる煌びやかな星があった。

 否、頭上より迫る飛来物があった。

 レーダーに引っ掛かったのも僅かな間である。当初は流れ星の類かと思われたそれである。しかし、流れ星にしては一考に光の霞む兆しなく、やがて、それは益々輝きを強くした。そして、彼の下へと凄まじい勢いで迫り来るのであった。

「なっ!?」

 驚愕は彼だけのものでなかった。

 公開回線を通して周囲の敵兵からも驚きの気配が届けられる。

『なんだっ!?』

『何かが降って来るぞっ!』

『やつらの援軍ではないかっ!?』

 末兵達の呟きを受けて、タゴサクはそれが敵とはまた異なると知る。けれど、敵の敵が味方とは限らない世の中である。即座に急制動を掛ける。機体が備える加重制御を超えて凄まじい圧迫感が全身を押し潰す。

 しかし、そこまでしても彼の機体は勢いを殺しきれなかった。

 落下物との直撃コースを危ういところで逸れて、機体は傍らにあった倉庫へと突っ込む。激しい衝撃と共に上と下と右と左の区別が付かなくなる。分厚い装甲と精緻に設計された対衝撃機構の作動により、コクピット内部まで直接的な被害が及ぶことはなかった。突っ込んだ先が柔らかいものを多く収める食料庫であったことも被害を抑えるに手伝ったのだろう。

 しかし、それでも伝えられた衝撃は大したものだ。タゴサクはしばらくを前後不覚となり頭を回す羽目になった。ふらふらとふらつく身体を堪えて、なんとか操縦桿へと両手を伸ばす。普段にも増して即急なる退避を念じる。

 しかし、幾ら直立を命じても機体は動かなかった。

「ど、どうしたんだっ!?」

 タゴサクの声に嘗てない震えが混じる。

「動かないっ!?」

 機体内部からコクピットまで伸びた操作ヘルメット。それを被りなおして再び直立を命じる。しかし、半壊の倉庫内部に横たわる巨漢はピクリともしなかった。機関の熱は依然として顕在、レーダーにも動きがある。しかし、四肢は微塵として動かなかった。どうやら駆動系が壊れてしまったらしい。

「どうしたんだよ、ねぇ、ちょっと、動けよっ!」

 必至になって念じる。

 しかし、結果は何ら伴われない。

「糞っ! 糞っ! 糞っ!」

 そうこうしている内に届けられたのは、外部スピーカーより聞こえてくる敵機体の駆動音だ。依然として熱のあるタゴサクの機体を捉えて、着実に近づいてきているのだろう。そう彼は理解した。

「駄目だ、も、もう、駄目だ……」

 慌ててヘルメットを脱ぎ捨てると、彼はコクピットを脱する。

 そして、何とも知れぬ粉塵の巻き上がる倉庫より外へと駆け出した。彼が屋外へ出るのと時を同じくして、他方より敵機が倉庫へ侵入、横たわる彼の機体を見つけ出した。即時、掃射された実弾がコクピットを的確に打ち抜く。

「ひっ……」

 その破壊音を背に置いて、彼は全身全霊で倉庫より駆けだすのだった。

 ぜぃぜぃと息を上げながら、アスファルトに固められた基地を駆け抜ける。空を飛ぶ機体より隠れるよう、物陰に沿って逃げ惑う。基地は広大だ。そして、彼はそのかなり奥ばった場所まで移動してしまっていた。徒歩で基地外へ出ることを考えると、随分な手間だろう。

「も、もう嫌だ、助けてよ、誰か、たす、助けて……」

 はひはひと息も荒く駆け回る。

 すると、彼の目の前に見えてくるものがあった。

 建物の影を抜けたところで見つけた大きなクレーター。

 その中央に鎮座する機体。

「もしかして……これが?」

 思わず呟いてしまう。先刻に目の当たりとした空からの落し物。それが目の前に鎮座した機体なのだろう。周囲には恐る恐るといった様子で窪みを囲う敵機の姿が五体。更に頭上より近づいてくる飛行音が幾らばかりか。すぐに一帯は囲まれ封鎖されるだろう。そんな光景がタゴサクの脳裏に浮かんだ。

 そして、クレーターとは少し離れた場所にもう一つ別の機体。

「……これは」

 それは先程の衝撃で自分に同じく脱落を余儀なくされた敵軍のものであった。外圧によって中途半端に開かれたコクピットからは人の姿が伺える。しかし、その身はしばらくを眺めても全く動かない。

「…………」

 その様子を眺めて、タゴサクは今後の身の振りを決定した。

 この期に及んでは瑣末なことに構っている余裕などなかった。

「もう、こうなったら……」

 先例は幾らでもある。そう自らに言い聞かせて懐の銃へ手を伸ばす。過去に一度として実地で利用した覚えの無い火器は、酷く頼りなく彼の手中へ納まる。そして、足早に、慎重に、建物の壁へ頭から突っ込んだ機体へと歩み寄った。その間にも垣間見える人物に動きは無い。

 すかさず銃を構えつつ間近まで迫った。

 すると、そこまで来てタゴサクは初めてパイロットの絶命を知る。

「……死んでる」

 操縦桿を握る男の首は見事に潰れていた。

 拉げた装甲が内側へ飛び出て、その尖った先端に喉を押し貫かれていた。

「…………」

 銃を懐に仕舞い込んで一考。

 凄惨な光景を前に思わず吐き気を催す。

 死んだ男は鬼のような形相で明後日な方向を見つめていた。

「……うぅ」

 流石に躊躇する。

 やんわり肉の焼ける匂いと、鉄を感じさせるつんとした香りが鼻腔を刺激した。死後間もない肉体からは血液が溢れて、足元は赤い池が出来上がっている。人の死体を見るのは初めてでないが、それにしたって酷い光景だ。

「……なんで僕ばっかり」

 とは言え、他に手が無いのだから仕方が無い。

 愚痴の一つを溢して、コクピットより遺体を除ける作業を始める。

「…………」

 足首を掴んで身体を外へと押し退ける。体重をかけて肉を引きちぎり、筋を削り、首から下をなんとか外へと放り出す。残る頭部もまた、気色悪い感触を必至になって我慢しつつ、強引に鉄片より引き剥がした。

 そして、多少だけ腕で拭った、けれど、依然として血にぬかるむシートへと腰掛ける。

 死亡した兵士は非常に大柄な体格の黒人男性であった。対して、タゴサクは非常に小柄な体躯の持ち主である。内側へ凹んだ装甲についても、そこまでの問題とはならなかった。少しばかり頭を脇へ傾げた状態で何とか操作ヘルメットを被ることができる。

 不幸中の幸い、操作系統に関しては然したる損傷も見受けられなかった。被害の程度はコクピット正面の装甲が拉げただけらしい。一通りのチェックを走らせて、他に損傷が無いことを確認した。

「……よし」

 滑る座席に腰を落ち着けて、いざ両手を操縦桿へと伸ばす。

 ともすれば彼の願いが届いたのか、機体は確かな反応を返した。

 また、火器の類も基地を発ったばかりと見えて殆ど消耗していない。

「なんとか動いた……」

 思わず声が洩れた。

 それから、彼は慌てて機体の通信チャネルを彼が知る班のそれに合わせる。すると、すぐに求めるところが耳へと飛び込んできた。耳が痛いほどの声を上げて自らの名を呼ぶアーデルハイトの声である。

『タゴサクっ! タゴサクっ! 応答なさいっ!』

 だから、慌てて彼は言葉を返す。

「はっ、応答しますっ!」

 なんて滑稽な応答もあったものだろうとは、口に出した後に気づいたことである。

『タゴサクっ、無事でしたのっ!?』

「自機は損壊しました。ですが、敵機を奪い生きながらえております」

『それは何よりですわっ! それよりも、こちらは予定通り格納庫へ火を放つことに成功しました。次は先に話し合ったとおり司令部への攻撃と、その為の陽動を行います。貴方も動けるのならば拒否権はありませんわよ?』

「はっ!」

『では、回線はこのままに作戦行動を開始し致しますわっ!』

 そうして三度に渡り行動の指針が立った。

 また、時を同じくしてアーデルハイトの声に混じり、それとは別に聞きなれぬ男の声が耳に届いた。大凡は本来の持ち主の上司か同僚のものだろう。怒声に近い、耳が痛いほどの声量で語りかけてくる。

『応答せよっ! ジョン機、応答せよっ!』

 機体の持ち主である誰かの安否を気遣う声だった。

『ジョンっ! 応答しろっ! 明日には嫁さんを迎えに行くんだろっ!?』

「…………」

『おいっ、ジョンっ! ジョンっ!』

 けれど、そちらへ向けた出力回線は既に切断してある。タゴサクの声が洩れることは無い。必死に呼びかけられるジョンという男の身の上を多少だけ羨ましく思いながら、彼はアーデルハイトの言う次なる作戦を脳内で反芻する。

「……僕なんて、僕なんて……」

 果たして、このまま陽動を続けたところで勝利が得られるとは知れない。けれど、アーデルハイトの言葉に従う他に、タゴサクが思い浮かぶ良案はなかった。出会って間もない彼女ではあるが、その堂々とした物言いは彼にそれだけの信頼を与えるに至っていた。

「僕なんてっ……」

『おいっ! どうしたっ!? ジョン、ジョンっ!?』

 アーデルハイトの指示に従い機体を起こす。

 本当は敵に紛れて逃げ出したいところだった。けれど、そうして得られるものは僅かばかりの延命に過ぎない。彼女達と違いチップを埋め込まれていない彼である。しかし、脱兵の称号は永遠に輝き続けるだろう。それよりは奇跡的にも第三倉庫を攻略して見せた彼女にタゴサクは希望を見出していた。

「……ああ、もうっ!」

 唸るように言って機体を操作する。

 立ち上がったそれはすぐさまにバーニアを吹かして上空へと舞い上がる。

 その最中に彼は機体の状況をすぐさま確認する。駆動系から始まってエネルギー残量、実弾残量、推進剤残量、一通りは作戦行動に十分だと結果が返ってきた。唯一の難点はコクピット正面の装甲が拉げている点だろうか。多少だけ開いた隙間より冷たい夜の空気が流れ込んでくる。

『ジョンっ! おい、ジョン、どこへ向かうっ!?』

「誰がジョンだ、僕はタゴサクだっ!」

 誰に言うでもなく吼えて、タゴサクは機体を敵機の只中へと晒す。

 向かった先は先にできたクレーターである。

 その周囲には既に十数機の敵軍機が集まっていた。そして、幾つかは既に墜ちてきた機体に接近していた。銃器を掲げて、公開回線での呼びかけと共に、慎重にその下へと歩んでゆく姿が伺える。

 そこへタゴサクは飛び込んだ。

「あぁああああああっ!」

 叫びを上げて、クレーター中央に鎮座した機体に触れる限界まで高度を下げる。

『なにっ!?』

『ジョンっ!?』

『おい、どうしたっ!?』

 回線を通じて敵軍の狼狽がタゴサクの下へ届けられる。

 その数は一つや二つではない。どうやら相手はまだ自軍機が敵に奪われたことを理解していないらしい。それを何となく推測して、タゴサクはライフルを下げたまま、周囲一帯を飛び回るに徹することとした。

 ともすれば、しばらくは敵軍からの呼びかけが続いた。

 そんな最中の出来事である。

 不意にクレーターの中央に鎮座していた機体が鎌首を擡げた。沈黙を破って、その四肢が動き出す。周囲を囲っていた敵軍機は慌てて後ろへ飛び退き距離を取った。

 タゴサクもまた急いでレーダーに目をやる。すると、機体からの識別信号は彼の味方である連合軍を示していた。ただし、機体の名前は出てこない。正体不明のまま機体の位置情報を示す印だけが点等している。

「……新型機?」

 自然とそんな単語が思い浮かぶ。

 しかし、何故にこのような敵の只中に単機で降りてきたというのだろう。

 自然と疑念が浮かぶ。

 加えて、機体はタゴサク達のそれと比べて一回り小さい。周囲を敵機に囲まれては、なんとも頼りなく感じられる。

『…………』

 機体を飛ばしたまま相手の動向に注目する。すると、正体不明の味方機は周囲に向けて手にしたライフルを掲げた。その形は彼が過去に見た何れとも異なる外見をしていた。銃身が短く口が妙に大きい。

「ちょ、僕まで巻き込まないでよっ!?」

 慌ててその場を離れる。

 敵軍もまた蜘蛛の子を散らすように散っていく。

 それと同時に味方機より閃光が走った。手にしたライフルから放たれた光はそれまで敵機より自機へ向けられていたものと比べて遥かに太かった。その射程上にあった機体は次々に巻き込まれて墜ちた。

「す、凄い……」

 それ自体は過去に目にしたことのある光景であった。

 しかし、全ては母艦からの援護射撃としての代物である。

 それをあのような小型の機体が行えるとは異例であった。

 だから、思わず彼の意識もまた正体不明の味方機へ一心に注がれた。これを援軍と言わずしてなんと言うのだろう。そんな風に自然と解釈した。圧倒的な火力である。タゴサクの乗る敵機も、今まで乗っていた連合軍機も、何れとも歯牙に掛けぬ迫力である。

「これなら、これなら……」

 操縦桿を握る手に自然と力が入る。

『タゴサク、タゴサク、聞こえていましてっ!?』

「はっ! タゴサクです」

『貴方の近くにいる正体不明の味方機はどうなっていますのっ!?』

 早速、アーデルハイトから声が掛かった。

「はっ! それがどうやら援軍らしく思われます。凄まじい火力を持って敵軍を薙ぎ払っております。ですから、ここは彼に任せて我々は別所にて陽動へ回るのが良いかと考える次第です」

『分かりましたわ。それではデニス、今聞いたとおり動きますわよっ!』

 班員へ向けて凛とした声が響く。

『……了解』

 応じて班回線からはぼそりと小さな声が返ってきた。

 あれだけの激戦を潜り抜けて、更には作戦行動を成功されて、しかし、尚も二人は健在。その事実がタゴサクの心に大きな安堵を与えた。辛辣な戦場に風に波立っていた感情が、少なからず皆々の声に収まりを見せる。

 軍という環境に置いて、彼の性格は潔癖が過ぎた。

「……これなら、もしかするかもしれない」

 僅かに沸いた希望は絶望の只中にあった彼へ明星の光と差した。

 自然と機体の動きもまた、先刻と比較して鋭くなる。いい加減に痺れを切らした敵機が強引に取り押さえようと接近する。それを華麗に避けて、タゴサクは自らが口にした通り作戦行動に移る。

『おいっ! ジョンっ! 何をしているんだジョンっ!』

 コクピットのスピーカーからは先刻より絶え間なく敵からの呼びかけがある。

 けれど、それも数分だけ続けた段々と疑念を含み始めて感じられた。

『ジョンっ! ジョンなのかっ!?』

 そろそろ潮時だろう。

 タゴサクもまたアーデルハイト達に同じく攻勢へ頭を切り替える。相手の虚を突くには今以上に絶好の機会はあるまいと理解する。敵が銃器を構えるに先んじて、彼は腰に備えられたビームライフルの銃口を同じ塗装の機体へと向ける。

 コクピットに映し出されたディスプレイには照準を示す十字だ。

「本当……、たまには当ってよっ!」

 強く念じて引き金を引く。

 もう嘗て無いほどに強く願った。

 ともすれば、打ち出されたのは実弾でなく先細い荷電粒子の帯である。

 瞬く間に伸びたそれは彼が狙いを定めた敵機のコクピットを見事に打ち抜いた。撃ち抜かれた側は然したる間もなく爆発、炎上した。それこそ地面に落ちるだけの余裕も無い一瞬の出来事であった。

「あ、当った……」

 何より驚いたのは撃った本人である。

 連合軍へ志願して数年、数多の戦場を渡り歩いて尚、今日まで一発たりとも命中することのなかったタゴサクの射撃が敵機を落としたのである。それも狙いに違わず、光が貫いたのは機体のど真ん中である。

 生まれて初めて人を直接手にかけた感慨より、長年に渡り苦しめられてきた呪縛から解き放たれた開放感からは、タゴサクは心の内に晴れ渡る清々しいものを感じていた。スピーカーからは自軍機の略奪が確実なものとなり、敵軍より騒然とした怒声罵声が届けられる。けれど、それすらも今の彼には届いていなかった。

「やった、やったよ……」

 自然と操縦桿を握る手に力が入る。

 久しく忘れていた喜びの感情がタゴサクを揺さぶった。

 けれど、それも戦場にあっては長く続くものでない。味方機の撃墜を受けて、周囲の敵機は一斉にタゴサクを標的と定めた。十数機にも及ぶ機体が彼を撃墜せんと凄まじい勢いで迫る。

「あぁっ……」

 肩の間接すれすれを光の筋が掠める。

 それに驚いて即座、タゴサクは逃げの一手を打った。

 まともに相手をして勝てる数でない。多くは正体不明の新型機に任せてしまおうという腹であった。彼が手に入れた機体にはライフルの他にミサイルが搭載されている。しかし、まさか自軍基地で発射する訳にはいかない。そういった面倒な事情もあり、また、本人の肝の小ささも手伝って、向かうところは防戦択一である。背に大群を引き連れて、先刻にもそうしたように、地面すれすれの位置を飛んで基地内を駆け抜ける。

「なんとか、逃げて、逃げて、逃げ切ればっ……」

 そうすれば、後は援軍が助けてくれる筈だ。

 空からの応援を信じて彼は機体を飛ばせた。

 背後から迫る敵機。銃口から発せられた光の照射を紙一重で避けて、建物の影から影へと闇を縫うように機体を走らせる。時には走り、時には飛び、そうして延々と鬼ごっこは続けられた。

 既に相手もタゴサクの駆る機を完全な敵として見ていた。

 そんな折の出来事である。

 一切の前触れも無く不意に回線が騒がしくなった。それは公開回線に乗って届けられたものだ。何やら敵兵が騒がしく声を上げている。それも一人や二人ではない。また、先刻とは一変して歓喜を伝える雄たけびだった。

『おいっ! スティーブがやったぞっ!』

『本当かっ!?』

『ああ、何が英雄だ、やっぱりスティーブの方が強かったんだぜっ!』

『新型の癖になさけねぇ奴だなっ! おいっ!』

『よし、このまま一気に残りの鼠共も追い出すんだっ!』

『いっけぇっ!』

 そんな具合である。

 タゴサクにしてみれば何が何やらさっぱりだった。

 ただ、詳細は不明であっても、何か自分達にとってよくない知らせであろうことは理解できた。今し方に芽生えた希望が早々に萎えてゆくのを感じる。それと同時に現場で起こった出来事に感心が寄る。

「ああ、もう……今度は何が起こったって……」

 呟きつつ逃げ向かう先に意識を巡らせる。

 すると、そこで見つけたのは先に起動した正体不明の味方機である。

 それが十数の敵機に囲まれて、静かに膝を突いていた。何やらコクピットの周囲には人が集まりちょっとした騒動となっている。敵機は依然として銃口を味方機に向けている。けれど、機体を降りた人間の幾らかが既にその装甲へと取り付いていた。

 タゴサクは後続の敵軍を思いつつ注意を向ける。

 ともすれば、今まさに味方機より引きずり出される、連合軍の制服に身を包む男の姿が目に入った。両脇を敵軍の兵に固められて、コクピットより強引に連れ出され、脇の建物の内へと連れられていく。

「なっ……」

 タゴサクにとって何よりの英雄が捕虜へ墜ちた瞬間だった。

「ど、どうして……」

 新型機まで投入していながら、なんたる失態だろう。

 そう思わずには居られない光景であった。

 自軍の新型機パイロットは怪我でもしているのだろうか。頭をうなだれたまま、足元も覚束無い様子で連れられていく。その光景を外部カメラより脇に流しながら、タゴサクは再び絶望の二文字を噛み締める。

 これ以上、自分達ばかりが苦労を強いられるのは御免だった。

 何故に自分ばかり苦労して、大変な目に遭って、報われることが無いのか。

 そう考えてしまえば色々と止め処ない。

「くそ、くそ、くそぉっ……」

 唸るタゴサク。

 その意識が向かう先で、おもむろに正体不明の味方機が再起動する。

 どうやら今度は敵が連合軍機を奪い取ったらしかった。

 それまで膝を突いていた機体がゆっくりと起き上がる。基本的に機体の動作に関する根底的な部分は両軍共に変わらない。それなりの道具があれば敵機を自棄として奪うことは、タゴサクが行って見せたとおり難しくはない。

「ああもう、なんてこった……」

 完全に直立した味方機を眺めて思わず声が洩れる。

「アーデルハイト殿っ! 援軍と思われた正体不明の味方機が敵軍に奪われましたっ!」

『そ、それは確かですのっ!?』

「はっ! この目でパイロットの連れ去られる光景を確認しました」

『そうですか、また面倒なことになりましたわね……』

 また面倒なことになった。そんな一言で済ませられることなのか。タゴサクは疑問に思わずには居られない。けれど、他にも悩むべきことは多い。援軍が来たにしても何故に一機限りなのか、そして、どうして空から降ってくる必要があったのか。分からないことばかりで頭が痛かった。

 とは言え、何よりは一分一秒先の自らの命である。

『タゴサク、貴方はそのまま陽動を続けていなさいっ!』

「は、はいっ! 分かりましたっ!」

 決して分かりたくない。けれど、現状で上官に逆らうだけの胆力も余力も持たない彼だから、素直に頷いて応じる。依然として彼の後ろには十数だけ敵機が連なる。回線越しの会話に感けている余裕なんて微塵もないのだ。

 そして、ここへ来てそれに更なる追っ手が加わった。

『まて、そこの泥棒っ!』

 声は公開回線を経てタゴサクの駆る機体まで届けられた。

 コクピットの正面には誰とも知れぬ男の顔が映される。その姿は何処か見覚えのあるものであった。記憶の浅い部分に引っ掛かって、もう少し思い出せそうな、そんな顔立ちである。けれど、切羽詰った状況下では、それが誰彼であったか冷静に思い起こすだけの余裕もない。

 相手からの問いかけに吼えて返す。

「だ、誰が待つものかっ!」

『待たないと言うなら、僕が止めるっ!』

 回線越しに届けられたのは、まだ歳若い少年から青年への合間を思わせる声だった。

 タゴサクとそう違わない年齢の持ち主を思わせる。

「な、こ、これ以上来るなんてっ……」

 操縦桿を握る手が自然と汗ばむ。

 ふと目を向けたのは外部カメラ。

 機体の背後を映す一面には驚くべき光景。

 そこには先刻まで圧倒的火力で敵を打倒していた正体不明の味方機の姿が迫っていた。群を抜いた機動性を伴い、見る見る間に周囲の敵機を追い抜いて、タゴサクの下へと飛来する。

「ちょ、ちょっと、何でこっちへ来るんだよっ!?」

 他にも的はあるだろう。とは危ういところで飲み込んだ。

『お前だけは許さないっ! よくもジョンを撃ったなっ!?』

「仕方ないだろうっ!? それが戦争っていうものじゃないかっ!」

『五月蝿いっ! 戦争だろうと何だろうと関係ないんだっ!』

 相手には瑣末な理屈も通りそうになかった。激昂をそのままに回線越しぶつけてくる。その血気に押されるよう自然とタゴサクの逃げる足も勢いを増す。陽動という作戦を忘れて、本気の逃走が始まる。

『お前みたいな卑怯者は絶対に討つっ! 黄猿が粋がるなっ!』

「そ、そっちだって同じことをしているじゃないかっ!」

『こっちは殺してはいない。極めて人道的扱いを心得ているっ!』

「っ……」

 確かにその通りなのでタゴサクは返答に窮する。

 けれど、言葉に詰まったところで何が起こるでもない。戦場における正義とは敵に勝つこと。最後まで生き残ること。最後まで立っていた存在が一番に偉いのだと、軍に入り戦場に立てば誰だって理解する。

「五月蝿いっ、別に、僕は関係ないんだっ!」

 これも大きく吼えて、タゴサクは機体を最高速で飛ばす。

 基地に点在する建物の合間を縫って、それこそ装甲を掠らせながら地を這うように飛び回る。相手はそれを遥か頭上よりずんずんと追ってくる。そして、僅かでも隙あらば銃口を向けてきた。

 頭上よりの狙撃である。

『ちょろちょろと面倒なっ……、さっさと墜ちろっ!』

「だ、誰がお前の言うことなんか……」

 真上から降り注ぐ光の帯を際どい位置取りで二度、三度と回避する。極太の光の帯は僅かでも触れれば装甲を融解、蒸発させて機体の強度を著しく低下させる。一瞬たりとも気を抜けない攻防に自然とタゴサクの緊張は高まってゆく。先刻に一時でも緩んだ分だけ、再度与えられた緊張は大したものだ。

 しかも、今度の敵は味方が作っただろう新造機である。

『お前らはいつだって、いつだって僕達に酷いことをしてくれるんだっ!』

「そんなの当然だろぉっ!? 戦争してるなから当たり前じゃないかっ!」

『五月蝿いっ! 当然? 当たり前? そんなの態の良い諦めに過ぎないっ!』

「諦めるしかないんだからしょうがないだろっ!? そういう文句はもっと偉い人に言ってよっ! っていうか、どうして僕が攻められなくちゃならないんだよっ!? 君と僕の間柄にどれだけのものがあるって言うだよっ!」

『お前はジョンを殺したっ! だから、お前は僕が殺してやるっ!』

「だったら、は、初めからそう言えばいいじゃないかっ! 回りくどいよっ!」

『う、五月蝿いっ! 黙れっ! それ以上を喋るなっ!』

 依然としてコクピットには相手機のコクピット内部、そして、その正面に操縦者の肩から上が映されている。映像から与えられる感情は憎悪の一色。眉間には深い皺が寄り影を作っていた。

 向けられた銃撃の数多を回避せんとして、タゴサクは操縦桿を限界まで倒す。

 機体背部に取り付けられたブースタがレッドゲージまで震えて火を吐いた。

『逃げるなっ!』

「逃げるに決まっているじゃないかっ!」

 もう陽動も作戦もあったものでない。

 回線越しに怒鳴り込んでくる青年の他にも、十数を数える敵機がタゴサクの後を追っている。攻勢へ転じるなど不可能だった。この鬼ごっこすら後どれだけ続けられるか怪しいものである。

「あ、アーデルハイト殿、そろそろ、げ、限界、限界ですっ!」

 堪らず叫びは上がる。

 けれど、返って来たのは辛辣な作戦続行の指令択一だ。

『諦めることは許しませんわよっ!? まだ誰一人として討たれておりませんわっ!』

「そ、そんなっ!」

 僕が今まさに撃たれようとしています。

 そんな嘆きは彼女に届くことない。

『その調子で敵を集めて、出来るだけ基地本部より遠ざかるよう進路を取りなさい。勿論、マスドライバーへは近づいてはいけませんわ! 叶う限り戦力を分散させて基地の護衛を薄くするのです』

「ですが、あの……、その後に続くものがありませんっ!」

『それは私が類稀なるミラクルで何とかして見せますわっ!』

「み、ミラクルって何ですかっ!?」

『いいから、貴方は貴方の仕事を確りと行いなさいっ!』

「は、はいっ……」

 アーデルハイトの言葉には有無を言わせぬ勢いがあった。

 だから、小心者の彼は容易に語り負けて、気づけば渋々ながらも頷いてしまう。けれど、仕事をしろと言われたところで彼に何ができる。自分が自分で信じられない彼は延々と基地内を逃げ回るしかない。けれど、それもいつかは燃料が尽きて拿捕されるのがオチだ。

「ちくしょぉ……」

 どうしようもない。

 撃たれて終わるか、捕虜として拘束されて終わるか。段々と狭め始めた終日の己を鑑みて、タゴサクは思考を加熱させる。これ以上を逃げてどうするのか。陽動をしたところで、班長は如何なるミラクルを発揮してくれるのか。

 何もかもが信じられなかった。

「ああ、もう、もう……」

 どうしようもない。

 暗鬱とした思いが身体中を満たしていく。果たして自分はいつまで持つのか。同じ班の人間はいつまで持つのか。最後はどうなるのか。死ぬのか。捕虜になるのか。再び家族に会うことは叶うのか。

 そういった疑問と疑問と疑問がタゴサクの精神を圧迫していく。

『墜ちろぉおおっ!』

 そんな時、不意に、一際大きな声が回線越しに届けられた。

 頭上に向けられた外部カメラからの映像へ視線を飛ばす。すると、そこでは両手に件のライフルを構える新型機の姿があった。頭上百数十メートルの位置から、段々と遠ざかるタゴサクへ照準をつけている。

「ちょ、な、なんてことをするんだよっ!?」

 周囲には基地の建物が山とある。

 勿論、その中には人だって大勢いるだろう。仮に狙撃に失敗したのなら如何様な悲劇が生まれるのか。本人の自信がその一手を促すのだろうが、凡夫のタゴサクからすれば阿呆極まる行為に見えた。

「う、撃つなよっ!」

『ジョンを……、僕を舐めるなっ!』

「意味が分からな……」

『その辺りにはお前の仲間くらいしかいないから、ああ、問題なんて一つもないさっ!』

「なっ!?」

 頭に血が上りきっているのだろう。引き金を引くに躊躇はなかった。再び光の帯がタゴサク目掛けて迫り来る。周囲には背の低い倉庫を思わせる建物が幾つも列を成していた。基地勤務であった連合軍の仲間達はそこへ押し込まれているのだろう。

 機体に直撃して爆発しては周囲一体を巻き込み全滅必死。

 かと言って、下手に軌道を取って延長線上に建物を置いても人的被害は計り知れない。タゴサクは心に鞭打ち、その背後に滑走路を取るよう変化させる。

 ともすれば、時を同じく光の帯が一閃。

 容赦なく通り過ぎた光の一陣が倉庫脇のアスファルトを焼いて、タゴサクは脳味噌が沸き立つのを感じた。然して厚くない建造物の壁だから、機体の放つライフルを前にしては紙と錐だ。

「あ、あああああっ!」

 感極まって叫びが上がる。

『ジョンをっ! ジョンを撃った痛みをお前にも与えてやるんだっ!』

「僕が撃ったんじゃないっ! 僕は関係ないんだよっ!」

『知るかっ! そんなの知ったことかっ!』

 そして、相手もまたかなり良い具合に脳味噌が茹っていた。

 どうやらタゴサクが奪った機体の持ち主は、正体不明の味方機を駆る敵軍人にとって非常に親しい間柄にあったらしい。軍人らしからぬ裸の感情を振るい翳して、鬼気迫る勢いで攻勢を続けてくれる。それこそ親の敵を討たんが如くだった。

 その気迫に負けて自然とタゴサクは追い遣られる。

 基地中央より遠ざかるよう北へ北へと機体は向かって行った。

 そちらの側は基地を抜けて森林の連なる領域である。樹木に紛れることが叶えば、もしかしたら逃げ切れるかもしれない。そんな瑣末な希望が今を頑張る気力となって、タゴサクに僅かばかりの力を与える。

『どこへ行くつもりだっ!』

「五月蝿いっ! つ、付いてくるなよっ!」

 非常に程度の低いやり取りを繰り返しつつ、タゴサクと彼を追う一団とは徐々に進路を北へ、北へと向ける。追っ手の先頭は例の新型機である。そして、その数十メートル後方を敵機の十数機が隊列を成して飛行していた。

 延々と放たれるライフルを危ういところで避けつつ、タゴサクは基地を囲う森林を目指して飛んだ。やがて、しばらくを回避に努めれば、数分が経った頃合で舞台は樹木茂る林へと至る。

「こ、ここまでくればなんとか……」

 呟いて背のブースタの出力を弱める。

 それと同時に、樹木の合間を縫うよう地を蹴って大地を走るよう駆り始める。時には樹木を押し倒して、時には丘を越えて、北へ、北へ、敵より逃げて、今を生きる為に陽動と言う名の逃走を続けた。

◆ ◇ ◆

「おい、あの機体はどうなってるんだっ!」

 連合軍に奪取された機体を追う一人、大国軍の一兵卒が声を上げた。ともすれば、それに連なるよう大国軍回線上では声が溢れ始める。その全ては今に自分達が追いかける相手の異質さを語っての話であった。

「この数を相手にしてどうして当たらないっ!?」

「アラン・マクドウェルは先程に捉えたのではなかったかっ!?」

 誰も彼も興奮気味に声を上げる。

「乗ってるのは誰なんだっ!? どうしてこうも当らないっ!?」

「糞っ、後に付いて飛ぶのがやっとだ……」

「冗談、段々と離されているじゃねぇかよ、畜生がっ!」

「まさか偽者を掴まされたんじゃないだろうなっ!?」

「笑えないジョークは止めてくれよ。上にはもう報告しちまったんだぜ?」

 十数機から成る連なりから引っ切り無しに攻撃を受けている一機。放たれた銃撃の数は数え切れぬほど。しかし、その一発たりとも対象に命中しないのだ。それも相手の乗る機体はコクピット付近に損傷が見られる負傷機である。

 その異常性を肌で感じて、大国軍は自らの追う獲物に戦慄を感じていた。

「応援を回せっ、ここまでこけにされて逃せるものかっ!」

「西側より哨戒に出ていた小隊を向かわせてありますっ!」

「よし、これより東西から挟み撃ちにするぞっ!」

 指令機と思われる一機が周囲へ叱咤を飛ばす。それに従い先頭を進む正体不明の敵軍機一機を除いて、各機は東側へ徐々に進路を寄せて行く。この先は険しい山岳地帯が待っている。都合、進む勢いも失われるだろうと踏んでの作戦だった。

「っていうか、本当にあれが俺達の乗ってる機体と同じだっていうのかっ!?」

「ジョンの機体だ。お前だって良く理解しているだろうが」

「し、しかし……、これだけの数を相手に大立ち回りとは……」

「なぁっ! アイツは自殺願望でもあるのかっ!?」

「どうしてぶつからねぇんだよっ! ありゃ幾らなんでもおかしいだろっ!?」

 必死でその背を追いながらも、大国軍の兵達は誰もが口を揃えて逃げる獲物の異常性を語っていた。自分達は何を追いかけているのか。それに加えて、先刻には頭上より振ってきた正体不明の機体である。彼らの内では段々と巨大な疑念として渦巻き始める。圧倒的優位に聊かの陰りを感じる。

 自分達は間違いなく優勢にある。

 そう理解しながらも得も言えぬ恐れが見え隠れする。

「おいっ! スティーブ、先走りすぎるなっ! 敵は未知数だ、数で押すぞっ!」

「でも、アイツはジョンをっ! ジョンを殺したんだっ!」

「だからってお前まで撃たれちまったら話にならねぇだろうがっ!」

 指令機に搭乗した男が、奪取した敵機で先走る少年へと回線越しに怒鳴る。

「だ、だけど、僕はアイツが許せないっ!」

「それにお前が乗ってるのは敵の新造機だ。下手にぶつけて壊したりしたら上から何て言われるか分かったもんじゃねぇぞっ! まだ碌にデータも取れてないんだから、少しは大人しくしてろっ!」

「くっ……」

「東から応援が来る。それと俺達とで確実に挟み討つ」

「わ、分かったよ……、けど、アイツは絶対に僕が討ち取るからなっ!?」

「ああ、そのときが来たら存分に頼むとするさ」

「畜生……」

 今に進む一群を纏める小隊長らしい壮年男性。その冷静な指摘を受けてスティーブを呼ばれた彼は大人しくなる。あと少し若かったのなら、上官の命令に従うことなく一人で突っ込んで行っただろう、そんな血気盛んな様子が伺える頷きであった。

 少年は機体を操作して、巨躯の歩む勢いを段々と落としていく。ともすれば、数十メートルだけ開いていた距離はゼロとなり、すぐに後続の隊と合流する。各人のレーダには孤立した敵機を示す印と、それを囲むよう徐々に距離を詰めてゆく時軍を示す数多の印が映し出された。

 一つだけ赤い色をした小さな丸を眺めて、スティーブは歯をきつく噛み締める。

「糞、絶対に殺してやる……」

「下手に力むと早死にするぜ?」

「い、いいだろっ!? だって、アイツはジョンを、ジョンを……」

「そうして悲しんでいるのはお前だけじゃない。難しいかもしれないが、少しは心を落ち着かせる術を身に付けろ。今のまま出陣を繰り返していたら、いつかは戦場に飲まれて死ぬことになるぞ」

「くっ……」

 男の言葉にスティーブは悔しそうな顔を作る。

 けれど、それが正論であると自ら理解して反論は出なかった。大人しく男が率いる後続の一団に混じり、先へ逃げた敵機を追い詰めんと包囲陣の一端に付く。その姿を外部モニタ越しに眺めて、命令を下した男は一人小さく頷いて見せた。

「よし、それでは各々所定の位置に付いて捕り物を始めることとするっ!」

 声も大きく言い放つ。

 応じて同じ隊の面々より声が上がる。

 基地を奪取して間もないこともあり、誰も彼も士気に溢れていた。何より敵は僅か三機である。それも一機は一部損壊した自軍機である。これで勝てない筈が無いと意気揚々、皆々は少なからず笑みを口元に湛えていた。うぉおおおお、だの、やったるぜぇええええ、だの、声も大きく回線越しに咆哮を轟かせる者も多々居た。

◆ ◇ ◆

「糞っ、囲まれたっ……」

 コクピットに備えられたレーダを眺めて、タゴサクは吐き捨てるように言う。

 西と東からそれぞれ十数機から成る部隊が彼の下へ迫っていた。じわりじわり、確実に距離を詰めてくる。大凡、そうした配置から鑑みるに、相手はタゴサクを一番の脅威として睨んでいる様子であった。お陰で同じ班の他の面々は多少なりとも楽ができている。

 しかし、その事実を理解しているものは混乱の場にあっては一人も居ない。

 タゴサクの他、デニスもまたアーデルハイトの指示に従い延々と陽動を続けている。けれど、それも自らが生き長らえるだけでも精一杯であった。

「どうすれば、どうすれば、どうすれば……」

 必至になって頭を悩ませる。

 数年前に卒業した兵科学校の教科書達を思い起こす。しかし、そこには単機で二個中隊からの包囲を抜け出す技術は示されていなかった。最後の最後に示されていた文句と言えば、絶体絶命においては機体に搭載された高炉を暴走させてでも敵を撃て、との荒々しいお達しだ。救いようが無い。

「ああもうっ! どうすればいいんだよっ……」

 苛立ちが募っていく。

 樹木の下より飛び立っては、一斉掃射で間違いなく撃墜されるだろう。しかし、かと言って地上は既に完全な包囲網が作られている。しかも、その一端を担うのは自軍の新型機である。件のライフルの威力は彼も身を持って理解していた。

「…………」

 陽動はおろか逃げることすらままならない。

 もはや神に祈るしかないと、震える身体をそのままにタゴサクは天を見上げた。

 すると、どうしたことだろう。

 神は彼を決して見捨ててはいなかった。

「なっ!?」

 急接近する味方機の信号がレーダーに映る。タゴサクは何事かと機体を上面へ向けた。すると、彼が立つすぐ近隣へ向けて、頭上よりパラシュートにより降り注いでくる一団があった。幾つもの自分と同じ色をした点がディスプレイに打たれていく。

「え、援軍っ!?」

 思わず声が洩れる。

 機体に備えられた光学観測での拡大に拡大を重ねた先。そこには衛星軌道から大気圏への突入を主とする大型貨物艦の姿があった。機体はそこに乗せられたコンテナから降って来たものらしい。

 そして、レーダーがその存在を探知したのも束の間だ。

 次々と彼の周囲へ機体が立ち並んでいく。ずどんと大地を激しく揺らして、自軍の勲章をつけた巨漢が地上へ降り立つ。一体、二体と数える間もなく、孤立していたタゴサクの周りには十五を数える中隊が揃うに至った。

「あ、あの、自分は……」

 敵機に乗っているタゴサクは慌てて自軍の公開回線を開いて声を掛ける。まさか敵と捉えられていては堪らない。僕を撃たないでくれ、自分はそっちの仲間なんだ。そう叫ぼうとした。

 けれど、全ては語るまでもなかった。

『第四師団五十三連隊、第一大隊の人間だな?』

「は、はぃっ! そうでありますっ!」

『以後、貴様は我々の下に就いて作戦行動に従事して貰う』

「はっ!」

 それはタゴサクが求めて止まなかった命令であった。

『しかし、良くまぁこれだけの敵を相手に一人で立ち回ったもんだ……』

 コクピット正面のディスプレイに現れたのは無精髭を生やした壮年の男性であった。タゴサクと同じ黄色人種である。骨ばった顔は非常に厳つい強面を晒して、肩から上を眺めた限りでも随分と画体(がたい)の良いことが伺えた。身長は然して高くないが、パイロットスーツ越しにも伺える分厚い胸板は、軍人として頗る頼もしく思える。

『お前、日本人だろ?』

「はっ! そうでありますっ!」

『俺もだよ、オヤジもおふくろも生粋の日本人だ』

「はっ、そうでありますかっ!」

『テメェみたいな部隊だったとしても、ああ、その根性だけは評価してやる』

「はっ! ありがとうございますっ!」

『よし、なら挨拶は後回しだ。とっとと周りの奴らをぶっ殺す』

「了解でありますっ!」

『ああ、だけど新型は壊すな。あれの回収が俺達に与えられた命令だ。敵軍に奪われた新型機を損傷させずに取り戻せ、とか言って、なぁ? なんて阿呆な命令もあったものか。天下のアラン様が笑っちまうなっ!』

「そ、そうでありますか?」

『まあいい、行くぞっ!』

 次々と移り変わる状況に頭を混乱させながらも、他者の指示に身を委ねる安楽を感じて、タゴサクの心に僅かばかりのゆとりが生まれた。ともすれば、それと同時に思い起こされたのは同じ班の面々の姿である。

「あの、部隊長、自分と同じ班の人間が基地での陽動に出ておりますっ!」

『ああ、それだったらそっちはそっちでやらしておけ。基地よりもまずは新型だ』

「で、ですが……」

『いいから、行くぞっ!? 遅れたら承知しねぇからなっ!』

 有無を言わさぬ男の言葉にタゴサクは頷くほかになかった。

 相変わらず班の回線からはアーデルハイトとデニスの声が届けられる。現状では二人とも無事らしい。デニスあたりは発言も少なく、また声も小さいことから存在が危ぶまれるものの、それでも何とか定期的な応答が確認できる。

 ならば仕方あるまい。

 タゴサクは自らの安全の為だと割り切って、空からの中隊指揮下に収まることとした。

『いいか、テメェら俺に続いてこいっ!』

 アッシュ以上に荒々しい声を上げて隊長機が突貫する。

 部下達はそれに躊躇なく続いた。

 向かう先には彼らの言う新型機がある。

 周囲の包囲網など何ら眼中に無いといった風だ。彼らは死ぬのが怖くないのか。現状を捉えていないのか。そんな疑問がタゴサクの脳裏に溢れる。けれど、上官の命令は絶対であった。

「もう少し、もう少しで終わるんだ……」

 そう自らに言い聞かせるよう呟いて、彼もまた新型機へ向けてブースタを吹かした。

 レーダーに示された自軍機の連なりが、南東方向へ展開した敵軍へ向けて勢い良く動き始める。対して、敵軍もまたタゴサク達の動きに反応して即座に後方へ距離を取る。何が何でも袋叩きにするつもりだろう。両者の距離は着実に接近してきている。後方より西から迫る敵軍もまた同様だ。

『糞ッ! 一気に突っ込めっ! 袋にされるぞ!』

 だったらどうして敵軍の只中へ降りてきたのか。

 そんな愚痴を危ういところで飲み込み、タゴサクは草木を避けて敵軍へ駆けた。地面を蹴りつける脚部は数十秒に一度だけ土を掘る。足の大地に接する極低空飛行だった。対して、周囲の味方はずんずんと足を脚部を交差させて大地を駆けている。

 やがて、周囲に合わせて森を移動すること数分。

 互いの機影が確認できる程度まで距離が詰まった。それは同時に東西から敵軍に挟まれたことを意味する。しかし、隊長機は依然として勢いを落とさず、中隊各機へ叫びを響かせる。

『行くぞっ! 何が何でも新型を奪い返すんだっ!』

 それに対して、おう、だとか、よっしゃぁ、だとか、行くぜオラァ、だとか、各々が挙げる咆哮が重なった。ここにきて連合軍の巻き返しを図る一戦が始まる。何故だか理由は知れないが、タゴサクを除いて他の面々は士気に満ち溢れていた。

 一つ桁を増やして連合軍が新型機へ一気に駆け寄る。一歩を進むたびにずしんずしんと大きな音を立てる機体が、十数だけ並んでの進軍だ。木々に止まり眠っていた鳥達が一斉に飛び立つ。同じくして放たれた砲撃が周囲一体に轟音を轟かせる。

 距離、数キロメートル。

 突貫を開始した機体にとっては僅かな間である。多少だけ駆ければ銃器も全てが射程内に敵影を映す。しかし、多分に視界を塞ぐ木々の影響で視界は最悪だ。互いの火器は然したる成果を挙げることなく相手の接近を許す。

「さっきは当たった、当たったんだ……」

 タゴサクは震えの収まった指先をトリガーへ添える。

「次も当たる、当てる、当たらなきゃ困る……」

 正面に並んだ敵機へ向かい、ジッとディスプレイに映された十字を合わせる。けれど、いざ打ち出さんとしたところでコクピット内にアラートが鳴り響いた。それは敵機からのロックオンを知らせる警報である。

『お前がジョンをやったんだぁあああっ!』

 それは空から降ってきた。

「なっ!?」

 白銀の機体である。そして、それは先刻に基地へ降って来た正体不明の味方機であった。しかし、今は敵の手に奪われてタゴサク達に向かい銃口を向けている。両手に持った兵器は先刻に数多の機体を一撃の下に葬り去った代物だ。

「に、逃げっ……」

 タゴサクは大慌てで脇へと飛んだ。

 逃げ遅れた味方機の幾らかが光の帯に飲み込まれてゆく。彼の機体は僅か腕の先端部分を掠るに終わる。幸いにして機動に問題はない程度だった。しかし、撃たれた味方の数は三機。たった一発でそれだけの戦力を剥いだ敵の火力を前にして、援軍の間にも強烈な動揺が走る。

 けれど、敵機はタゴサクを除く他の機体に一切の興味を示さなかった。

 ただ只管に彼が登場する機体に迫るのである。

「なっ、ど、どうしてこっちに……」

 自然とそんな呟きが洩れた。

 それが公開回線へ乗って敵機よりの返答に至る。

『お前がジョンを殺したんだろっ!? ジョンを……、ジョンをっ!』

「ま、またそれっ!?」

 機体より届けられる声は先刻と変わらない。

『お前は僕が殺すっ!』

「違うっ! あれは僕がやったんじゃないっ!」

『誰が敵軍兵の言い訳なんて聞くものか、黙って落とされろっ!』

 スティーブと呼ばれた少年の乗る機体がタゴサクの下へ急速に接近する。豆粒程度であった機影がすぐさま大きさを変化させる。やがて、機械的に焦点距離を変化させずとも肉眼で姿を捉えるにまで至った。

「ち、近いっ!」

『この手で、この手で殴ってやらなきゃ気が済まないんだよっ!』

「そんな阿呆なっ……」

 見る見るうちに接近してくる敵機を前としてタゴサクは慌てる。

 口頭での押し問答を受けて、銃を掲げることすら忘れていた間抜けだ。

 樹木の合間を縫うようにして飛び来る敵の勢いは凄まじい。数百メートルの距離が瞬く間に詰められて、両者は数歩を踏み込めば互いの腕が届く距離まで肉薄した。そして、あろうことか相手は自らの拳を振り上げると、擦れ違い様にタゴサクへ向けて振り下ろしたのである。

「なっ、殴るっ!?」

 それを回避できたのは運に因るところが大きい。

 機体を僅かばかり傾けて頭上すれすれの位置で拳骨をやり過ごした。

『糞っ!』

「しょ、正気なのっ!?」

 驚きから思わず自然と敬語で声を上げるタゴサク。

『黙れっ! 大人しく殺されろ、お前なんか、お前なんかっ……』

「だから、違うってばっ! ぼ、僕は違うって言ってるだろっ!?」

 彼もまた攻められてばかりではいられない。

 今し方に一発の命中を得たライフル、それを今一度掲げて照準を定める。ディスプレイに浮かんだ数多の升目の先に機影を映す。そして、当たれ、当たれと念じて吸う瞬の後に引き金を弾く。

 しかし、渾身の一発は敵の足先を掠めるに終わった。

 キラキラと残滓を残して、遥か遠く光の帯は空の彼方へと飛んでいく。

『くっ……小癪な奴だ……』

「どっちがだよっ……」

 数多の樹木を挟んで二機は対峙する。

 双方の間に距離は百数十メートルといったところ。互いに手にした火器を構えたまま、その照準をコクピットへ定めている。満月の薄暗い夜の影に紛れて、それより尚のこと暗いタゴサクの機体と、逆に僅かばかりの月明かりを鮮明に反射して白銀に輝く敵の機体がある。

「この機体の持ち主は僕が見たときは既に死んでいたよっ!」

『嘘をつけっ!』

「嘘なんかじゃないっ! お前が乗っている機体が降って来た時に吹き飛ばされて死んだんだっ! このコクピットの拉げた装甲が首に刺さっていたのを確認したんだから、遺体を確認すれば分かる筈だっ!」

『っ……』

 タゴサクの嘆きににも似た叫びに僅かばかり相手が息を呑む。

「だから、僕は殺してなんかいないっ!」

『お前は敵軍だろっ!?』

「そ、そりゃそうだけどっ、でも、自慢じゃないけど、僕は今日の今日まで一度も敵を撃ったことがなかったんだっ! 初めて人を殺したのはついさっき、そう、この機体を奪ってからのことなんだからっ!」

 勢いのあまり唾が飛んでコクピットのコンソールを汚した。

 言葉を交わす両者の間には、特に味方機も敵軍機も介入する様子はない。本来ならばタゴサクの側の兵が砂糖に群がる蟻の如く新型機へ集っただろう。けれど、それも数にものを言わせた敵軍に囲まれて、今や満足に動くことすらできないでいた。その砲撃はどれも遠く聞こえる。

 対して、標的は単機で彼に挑み来たのだから、そこは二人の舞台だ。

『だ、だからって敵兵を見逃す奴があるかっ!』

 タゴサクの言い訳を受けても当然、相手は退くことをしない。

「そりゃそうだけど、でもっ……」

 追われる当人としては早々に諦めて貰いたいところだった。

『さぞ名の知れた乗り手だろうが、生憎、この機体だって大したものだ』

「だ、だったら何だって言うんだよっ!」

『絶対に討ち取って、その首を仲間への凱旋に代えてやるっ!』

「冗談じゃないっ!」

 タゴサクは機体のフットペダルをこれでもかと踏みつける。

 応じて背面に設置されたバーニアが勢い良く推進剤を吹き上げた。

『逃げるなっ!』

「五月蝿いっ!」

 正体不明の新型である。ただでさえ凶悪な武装を見せられた後だ。そう容易に攻めることは憚られた。タゴサクは味方が戻ってくるまでの時間稼ぎをせんと、機体を僅かばかり浮かせる。

 そして、遠方の戦乱の極まる一角、つまるところ先刻に声を貰った部隊長の側へ向けて飛び発つのだった。戦乱に乗じて相手を他者に任せてしまおうという寸法である。自分はどさくさに紛れて安全を確保しようという安易な算段だった。

 けれど機動に勝る相手機はそれを許さない。

『味方の作った新型機にやられるなんて、皮肉なもんだなっ!』

「っ!?」

『お前だけは目の前で、コクピッテ開けて、この手で無理矢理にでも引きちぎってやるっ!』

「く、来るなっ!」

『ジョンの敵を取ってやるっ、この嘘吐きやろうがっ!』

「だからっ、違うって言ってるだろっ!?」

 背を地面へ斜めに傾げたまま背中を前に高速で後ずさるタゴサク。

 そんな彼へ向けて相手は小型の従来型であるライフルを連射した。

「うぉおあああっ!?」

 腕をバタつかせたり、足を上げたり、腰を振ったり、滑稽な姿を晒しながらもタゴサクは必死に機体を動かす。全ては銃口の向けられる側をカメラ越しに眺めてから、危うい段階での回避運動だった。それこそ運が良いとしか言いようの無い距離に両者は在る。

『ええぃっ! このあんぽんたんがっ!』

「ひぃっ!」

 回線越しに相手より怒鳴り声が届けられる。

 それに身を震わせながら、タゴサクは只管に後退を続けた。

 背面に座す木々に機体をぶつけぬよう、それでいて全面より放たれるライフルに撃たれぬよう、それこそ魂を擦り削る勢いだった。一般車道をバックで走行した経験は無いが、きっと、実際に行ったら今にある感覚と近いものが得られるだろうと、そんな下らない妄想すら浮かぶほどの混乱。

「うぉぁああぁっ」

『このっ、待てっ! このっ……』

 そうして追いかけっこはしばらく続けられた。

 距離にして数キロ。

 延々と森の中を突き進んだ。

 そうした結果、タゴサクは見事に戦乱極まる一帯へと到達した。

「こ、ここまで来れば……」

 彼がそう呟くに応じて味方側の回線より声が届けられる。

『おぅし、良くやった小僧っ!』

 先刻にも眺めた援軍の部隊長である。

「お、お願いしますっ!」

 タゴサクは助けを求めるよう叫ぶ。

『行くぞお前らっ! ここまでお膳立てされて、たったの一機も落とせねぇとは天下のキクチ隊が笑われるってもんだっ! 攻めろ、攻めろ、何が何でも新型を捕縛して手土産にするぞっ!』

 男は唸り声と共に新型機へ向けて突き進む。

 それに連なるよう十数機の味方が後に続いた。

 対して、タゴサクは彼らと入れ替わるように戦線を離脱。逆に乱戦も極まる場に紛れて安全な一角を探し始める。ドクンドクンと激しく脈打つ心臓を休ませようと、血眼になってカメラを動かす。

 けれど、味方は数の上から明らかな通り劣勢にあった。窮地を脱したにせよ、依然として危機は周囲至る箇所に点在する。否、飛び交う脅威の数は先刻の比ではない。

 ただ、至近距離からの射撃ではないので、ある程度だけ心持穏やかとなった。

「や、やっと助かった……」

 本来ならば到底助かったとは言えない状況だろう。

 しかし、今の彼にしてみれば一つ峠を越えた居心地であった。

 けれど、そんな彼の安堵も僅かな間である。

『タゴサク、応答しなさい、タゴサク』

 コクピットへ響いたのは耳に新しい女性の凛とした声である。思わず背筋が伸び上がるのを感じて、居住まいを正しつつ言葉を返す。このあたりは長年の軍従で身に付いた条件反射だった。

「はっ、タゴサクでありますっ!」

『先刻に援軍が到着したのは把握しておりますわね?』

「はっ! 把握しております」

『それにより敵に動きに乱れが生じましたわ。ですから、陽動行為はこれにより切り上げて、以後、私達は基地奪還に向けての作戦行動を開始いたしますわ。幸いにして我が班は残すところ三名、上からも声すら掛かりませんでしたの』

「……基地の奪還で、ありますか?」

『他に何がやることがありまして?』

「い、いえ、何もありませんっ!」

『では、耳の穴を良ぉく掻き穿くりまして私の言葉を聞きなさい』

「はっ!」

 これ以上、疲弊した自分に何をやらせるつもりだとタゴサクは内心ごちる。けれど、それを表に出すことはできない。大人しく耳を済ませてアーデルハイトから伝えられるだろう次なる指令を待った。

『デニスが偶然にも、敵兵により捉えられた味方軍兵の一部を開放致しまわしたわ。ですから、我々は彼らが基地の機能を奪還する手助けを行います。以後、逐次私からの指示に従い動きなさい』

「はっ! 指示に従いますっ!」

『では、何はともあれ早々に基地まで戻りなさい』

「了解でありますっ!」

 アーデルハイトより告げられた指令を耳としてタゴサクはほぅと胸を撫で下ろす。次はどんな困難が待っているかとびくびくしていたが、今よりは安全な持ち場へ戻れそうだと心の平穏を僅かばかり取り戻した。

 依然として公開回線では、敵味方入り混じって怒声に罵声に悲鳴と、様々で物騒な音が飛び交っている。けれど、それも全ては他人事だとばかりにタゴサクは機体を動かす。そして、早々に乱戦の場を後とするのだった。

 先刻に耳とした日本人中隊長の言葉など、既にタゴサクの頭には残っていない。

『お前ぇえっ! 逃げるなぁああっ! この卑怯者ぉっ!』

 途中、何やら賑やかな声も聞こえてくる。

 けれど、それも他人事である。

「聞こえない、聞こえない、僕には何も聞こえない……」

 自らの耳を塞ぐよう機体すら動かして、タゴサクは場外へと急いだ。途中、幾度か遠距離よりの射撃を受けた。しかし、大して照準を付けることも叶わなかったのか、全ては掠るにも至らず虚空へと消えた。

 そして、僅かばかり飛ばし数キロを過ぎる。

 しばらくを過ぎて彼は元居た基地付近まで戻った。

 再び舞い戻ったそこでは、林中と同様、敵機と味方機が右へ飛んだり左へ跳ねたりと忙しく攻防を行っていた。虚を突かれた為か敵機体の稼働率は昼に行われた会戦と比較して三割に届くかどうかと言ったところ。

 どうやら、こちら側にも僅かばかりだが援軍が回されていたらしい。タゴサクの下へ降って来た部隊と同じ装備の機影が数多駆けていた。これ以上の追っ手を新型機を追う部隊へ向けさせんと、必至になって出撃する敵機達を攻め立てている。

 状況は八分二分と言ったところか。

 無論、敵側が八である。

『やっと着ましたわね、これでは遅刻ですわよ?』

「はっ! 申し訳有りません」

『謝罪は結構ですわ。それではすぐにでも作戦行動に移ります』

「はっ!」

 アーデルハイトの機体反応はすぐ近くにあった。傍らにはデニスの反応も同様だ。共に隣接森より戻り来るタゴサクを待っていたらしい。わざわざそこまでしてくれるとは自分なんかの為にご苦労なことだ、とはタゴサクの心内に思わず洩れた呟きである。

 基地周辺は乱戦状態。

 対して、タゴサク達三機は基地に接する森の端にあり、機体を樹木に隠して沈静の構えだ。敵軍は頭上より降って来た援軍を返り撃つに躍起となっている風だった。お陰で彼らの下へ迫る機影は今のところ無い無い。ただ、それもいつまで持つか判らない。

 加えて、タゴサクを除く二人の機体はそれぞれ右上腕部と左肩間接を撃たれていた。動き回るには問題無いが、手に持つことが前提の火器を運用するには難しい。また、残る弾薬の類も底が見えてきている。そう長く戦える状況になかった。

『既に機動前の敵機を狙った動きは援軍より出ております』

 三機は片膝を大地に着かせて、それぞれの背を合わせるよう小さな円陣を作る。そうして周囲の状況に備えつつ、アーデルハイトは二人の部下に指示を飛ばす。

『そこで、私達はこれより基地後方からその内部へと進入を試みますわ』

「……え?」

 凛としたアーデルハイトの言葉を受けて、タゴサクはぎょっと目を剥いた。

『何か問題がありまして?』

「え、あ、いや、その……」

『……私とアーデルハイトの機体は既に戦闘続行不可能』

『そういう訳ですから、貴方も一緒に着いて来なさい』

「…………」

 ようやっと人心地つけたかと思いきや、とんでもない案を持ち出されて絶句である。もとより背格好に乏しい彼であるから、生身での侵入作戦など自殺行為以外の何者でもない。機体に備えられた火器にしたって拳銃の一丁のみだ。

 けれど、そこまで来てもタゴサクには上官に逆らうだけの勇気がなかった。

『いいですわね?』

 有無を言わせぬ問いかけに自然と口は開いていた。

「は、はい、了解であります……」

『よろしいですわ。では、即座に機体より搭降し私の機体の足元へ集合なさい』

「はっ、はい」

「……了解」

 遣る瀬無い現状を憂いてより、どうして僕ばかり、などと口にすることは流石に無い。しかし、胸の内は同様の思いで一杯だ。いい加減に部屋に帰りたい、とは先刻より止まらない願いだった。

 そろそろ限界の近いタゴサクである。