金髪ロリお嬢様SFラノベ

第三話

 アーデルハイトの指揮の下、B班が基地への潜入を解した頃合である。

 渦中にある基地の格納庫、そこから連なる廊下での出来事だ。

 若者が二人、何やら軽口を重ねている風景があった。一方がもう一方へ挑むような口調で愚痴を溢している。一人はパイロットスーツ、もう一人は油にまみれたつなぎを着ている。どうやら機体搭乗者とその整備兵といった具合だ。

 二人とも忙しない周囲を気にした風もない。

「糞っ、どうして僕が退かなくちゃならないんだ……」

「仕方ないだろ、お前が乗っていた機体を敵に奪われる訳にはいかないんだよ」

「だからって最前線だったんだぞ?」

「最前線だからこそに決まってるだろうが、この馬鹿」

「うっさいな、誰が馬鹿だよっ!」

 不貞腐れた風にいうのは十代前半を思わせる背の小さな男の子。先刻まで敵軍より奪った新型機を操縦していた少年である。対するは二十代前半を思わせるすらりとした長身の青年。片手に持ったスパナで自身の凝り固まった肩をトントンと叩きながらの問答である。

 男の子の下に帰還命令が出たのは数分前のことだった。本人は大層渋ったものの上からの命令は絶対である。その圧倒的な機動を持ってして、彼の言う最前線より今し方に帰って来た次第であった。

「ったく、あれを取り上げられたら僕の機体はどうなるんだよ……」

「いいじゃないか、あとは悠々と基地で寛いで居ればいいんだから」

「冗談じゃない、まだジョンの敵は討っちゃいないんだぞっ!?」

「それもお前だけの問題じゃない。同じ部隊の誰も彼もが同じ心持でいるだろうさ」

「っ……」

 悔しそうに歯を食いしばる彼とは対照的に、

「敵の新型機を奪取したんだ。それも相手は敵国のエースときたもんだ。この騒動が終われば昇進はまず間違いないだろうさ。もしかしたら、勲章の一つや二つ貰えるかもしれないぞ?」

「昇進? 勲章? それが何になるっていうんだよっ!」

「だから、今はそうして他の何かに気を紛らわせておけってことだよ」

「そ、そんなことできる訳がっ……」

「今お前がここで吼えたって仕方ないだろ? それでジョンが生き返るのか? もう機体からは降りたんだし、少しは落ち着けよ。今からその調子じゃあ幾ら腕が優れていたって長生きできないぞ、スティーブ」

「でもっ、それじゃあ、僕ばっかり長生きしたところで何の意味があるんだよっ!?」

「俺だってお前と同じ気分さ。だけど、俺は適性が無いから万年しがない整備兵。お前みたいに出撃することすら叶わない。だとすれば、なぁ? こうして決着が着かずとも、その身を持って一戦を交えてきたお前が羨ましくて堪らない」

「っ……」

 すぐ隣から届けられる全うな意見。悔しい思いを腹に溜めつつ、スティーブと呼ばれた彼は喉下まで出掛かった反論を飲み込んだ。確かにその通りだと、彼自身もまた理解してしまっていた。

「ほら、少し休んで来いよ」

「……わ、わかったよ」

「お疲れさん、スティーブ」

 肩を落として廊下の先へと歩み行く同僚に、男は小さく言葉を送る。それに多少だけ腕を上げて返すと、失意の男の子はとぼとぼと廊下を歩み、格納庫を後とするのだった。見送る青年の眼差しは大層優し気なものだろう。

 ただ、そんな思いも彼に届くことは無かった。

 当人は気を滅入らせたまま、口を硬く閉ざして歩みを基地の奥へ向ける。

 スティーブは廊下に張り出された案内版に従い、つい数刻前に確認したばかりの道程を進んだ。敵軍の基地は占領したばかりである。加えて、現在進行形で敵軍からの強襲を受けている。おかげで周囲は蜂の巣を突いたように騒がしい。右へ左へそこらかしこで忙しなく人の駆ける音が、叫ぶ声が、延々と絶え間なく届けられる。

「…………」

 それが今の彼には無性に気に入らなくて、自然と歩みは落ち着きを求めて歩み回ることとなる。背後からは今し方に後としたばかりの格納庫より喧騒が、他方、廊下を遙か遠く反響して何れとも知れぬ方角より数多人の気配が。その両者より逃れるよう、スティーブは喧騒から離れんと行く先を取る。

「…………」

 基地帰還後の彼に与えられた命令は現状待機だった。ならば格納庫脇の待機室で延々と待つのが相応しい。しかし、基地は敵軍に不意を突かれ襲われてより、出撃可能な機体を大幅に減らしていた。パイロットは幾らでも余っている状況にある。ならば大人しく待っていたところで、つい先程に帰ったばかりの自分に出番など回ることは無いだろうと想定しての行いだった。

 他に何をするでもなく延々と歩き続ける。

 仮に仲間の下へ向かっても満足に話をすることは難しいだろうと、スティーブは現在の自分を端的に評価する。そんな風に滅入った精神を隠そうともしないから、歩みは静かな方へ、静かな方へと向かって行った。

 やがて、数分も歩けば周囲の風景はがらりと変わる。耳に届く喧騒も大分小さくなった。時折、地響きが足下を振るわせる程度だろうか。傍らに設けられた案内板へ目を向けると、現在地は彼が一切を知らぬ場所であった。

「…………」

 基地には占領宣言が成されたものの、依然として敵が基地に潜んでいる可能性は捨てきれない。周囲から物音が消えたことで聊かの警戒心が鎌首を擡げた。カツンカツンと自身のブーツの床を叩く音が妙に大きく響いて聞こえる。

 ふと思い出したように彼は懐から銃と取り出した。

 別に誰が居ると知覚した訳でもないが、警戒するに越したことは無い。

「……静かだな」

 自ら望んでおきながら、いざ閑散とした場所へ出ると緊張してしまう。

 途中、エレベータを越えたり階段を降りたり昇ったりと上下を繰り返した為に、彼は今、自分が基地のどの辺りに居るのか理解がなかった。延々と伸びる廊下の両脇には同じ作りの扉がずらり並び、その内に明かりを灯すことなく静かに閉じられている。

「……何処だ、ここは」

 憂鬱に任せて歩みを進めていたからこその一言だった。

 自分が今何処に居るのか、今更ながら現在地を把握しようと廊下の壁に備えられた端末へと向かう。既に基地内の制御系等は上が抑えてある。こうした機能を利用する分にも問題は無いとのお達しが末端まで伝わっていた。

「しかし、連合の端末は使い難い、操作性が最悪だ……」

 下らない不満を溢しつつスティーブは廊下の壁に埋め込まれたディスプレイへ指を伸ばす。指先が画面に触れるに応じて基地全容が大まかに映し出され、やがて彼が所在する場所と、その周辺の地図を浮かび上がらせる。

「なんだ、いつの間にか地下まで来てたのか……」

 目の前に現れた案内を前に一人ごちる。

 基地とマスドライバーとは幾本かの通路により通じている。その基幹の一つが進む先に合流すると知って、これはまた随分と歩いたものだと感慨深く溜息を吐く。周囲に人気は皆無である。

 しんと静まり返った一帯をそれとなく伺い、少しばかり不安になる。

「……誰も居ないのか」

 自然と独り言が増える。

「外は未だに争いが続いているというのに、妙に静かだな……」

 時折、ずしんと地響きが届けられる。しかし、それを除いては他に大した音も聞こえてこない。多くは振動であるから先刻と比べれば彼の耳は平和なものだった。ただ、自ら求めておきながらも、いざこうして閑散とした空間に一人放り出されると、少しばかり浮き足立つ。

「……戻るか」

 これ以上を進んでは危ういと本能的に感じ取りその場に立ち止まる。

 下手に歩き回って、上が指示する指定外領域へ首を突っ込んでしまっては堪らない。また、依然として何処に敵が潜んでいるとも知れない敵軍基地である。指揮管制を離れては不安も増す。そういった具合に、幾らかを歩いて冷静を取り戻したスティーブは自らを思い直して、今に来た道を戻らんと踵を返した。

すると、しばらくを歩んだところで彼は気づく。

「……ん?」

 先刻に歩んだ道を戻って来た筈だった。

 しかし、多少を進んだところで違和感に気づく。周囲に眺める光景は見覚えの無い通路だった。それは壁に走る溝の並びであったり、両側に並ぶ扉の数であったり、僅かではあるが確実な差異だ。

「…………」

 迷子になった。

 そんな阿呆な結論がふっとスティーブの脳裏に浮かぶ。

 同時にどっと強烈な焦りが彼の胸中に生まれる。

「え、えぇと……」

 どこか手近な端末はないかと周囲をキョロキョロと窺う。

 勝手を知らぬ敵軍基地である。敵兵の掃討は終わったとは言え、絶対の安心など得られない場所だ。他に味方が居ないという状況も相まって、自然と身も強張る。それまで鬱陶しくて仕方なかった他人の声が急に恋しくなる。

「……どっちへ向かえば……」

 右を見て、左を見て、とりあえず右に進む。

「…………」

 自然と足音を殺して、静寂に紛れるよう抜き足差し足忍び足。

 延々と続く廊下を先へ、先へと向かった。

 そして、幾らかを歩み、数度だけ通路に角を越えたとき、それは出会った。

「あ……」

「え?」

 間の抜けた声が辺りに響く。

 抜き足差し足、足音を殺して歩んでいた最中の出来事である。死角より不意に現れたのは見慣れぬパイロットスーツの三名。彼に同じく緊張した面持ちで、廊下の曲がり角より顔を出したのだった。二人は女、一人は男。

 予期せぬ出会いを受けて、両者共に呆け顔。

 けれど、それも一瞬のことである。

「タゴサク、デニスっ!」

「連合かっ!?」

 互いに即座のこと緊張を取り戻す。

 ばっと後ろへ飛び退いて、それぞれ自らの身を曲がり角の影に隠した。懐から銃を抜いて、十字路の先に居るだろう相手に集中する。数メートルの距離に互いを置いて、気配から位置を探ろうと必死に五感を巡らせる。

「今のは……ジョンの機体に乗っていた……」

 スティーブは誰に言うでもなく小さく漏らした。

 廊下の壁を挟んで数メートルの距離に敵兵が三人。

 火器を携帯していないということはないだろう。

 対する自分は一人で、手元には頼りない小型の拳銃が一つ。

 如何にして切り抜けたものか、彼の中には巨大な焦りが渦巻くこととなった。敵よりは物音一つ聞こえてこない。それだけで相手の相応に場慣れした経験が伺える。圧倒的な不利を悟って、その額には緊張から汗が流れた。背を廊下の壁に預けて、限界まで鼓動を高めた心臓を落ち着かせんとして、努めて深く呼吸を繰り返す。

「…………」

 しばらくは緊張のまま静寂が残った。

 相手も、そしてスティーブも動かないまま、ただ静かに時が流れる。

 十字路で直交した廊下の壁越しである。顔を出せば撃たれる。顔を出さなければ撃てない。双方共に身動きが取れず、どうしたら良いのかと思考は混乱を極める。彼としては即座にも逃げ出すのが最善。しかし、今し方に見た三人の内一人は彼にとって特別な存在であり、目の当たりとしては背を向けるなどできなかった。

「アイツ……逃げ出しておいて、どうしてこんなところまで……」

 苛立ちからぎりりと歯軋が軋む。

 身体の内でようやっと冷え固まり始めていた闘志が再び湧き上がる。

 どうしてくれよう。絶対に掴まえてやろう。仲間の敵は僕が討つのだ。そういった感情がふつふつと心中に膨れ上がる。銃を持つ手にも自然と力が篭められた。視線は一分の揺るぎも無く廊下の角を睨む。

 今か、今か、スティーブは時期を待って精神を研ぎ澄ませる。

 そんな頃合であった。

 完全に想定外の出来事である。

 不意に別所より人の話し声が届けられた。

 それは閑散とした廊下を反響して、人の姿を知らせずとも、何処からとも無く響いて聞こえた。カツカツと床を鳴らす靴の音と共に、男が二人、何やら言い争って思える口調で言葉を交わしている。

「わ、私はこんなこと聞いていなかったっ!」

「それは私も同様だ。しかし、現に上の連中は既にシャトルで逃げ出した後だ」

「糞っ、おかしいと思ったんだ。俺なんかにこんな美味しい話が回ってくるから……」

「それは私も同じだ。それより今は今後をどうするかを考えるべきだろう」

「どうするだって? この状況がどうにかなるのか!?」

「それは分からん。しかし、ただ黙って見ているだけが手ではない」

「この期に及んで何処へ逃げろっていうんだよっ! 基地は連合の奴らに襲われているからシャトルで逃げ出すこともできない。今飛び出せばそれこそ良い的さっ! 俺達に逃げる余裕なんてある訳ないだろうがっ!」

「そのようなこと、私も理解している。しかし、お前はこのまま諦めるのかっ!?」

「馬鹿言えっ! 誰がこんな誇り臭い敵軍基地で死んでやるものかっ!」

「ならば頭を使え。まだこうして生きているんだ。出来ることは山ほどあるだろう?」

「……糞っ!」

◆ ◇ ◆

 タゴサクは激しく動揺していた。

 なんとか忍び込んだ自分基地の中で、しかし、敵軍兵と這い合わせてしまったからだ。加えて、運の悪いことに相手は自分を目の敵としていたパイロットである。出会い頭、その表情は一瞬にして沸騰した。小心者の彼は肝を縮ませる思いである。

「ど、どうしますか?」

 震える声で上司に尋ねる。

「落ち着きなさい、タゴサク。相手は一人、ならばやることは一つですわ」

「しかし、そ、そんな……」

「……味方を呼ばれる前に殺すべき」

 相手に聞こえないよう、息を殺してアーデルハイト、デニス、そしてタゴサクの三名は言葉を交わす。それぞれ手には銃が握られていた。銃身には既にサイレンサーが取り付けられて、準備万全といった具合である。咄嗟の出来事としては、皆々、良く訓練の行き届いた兵であった。

 ただし、全ては条件反射の賜物である。

 若干一名、精神面の追っついていない者がうろたえている。

「これは命令ですわ。私の合図と共に飛び出して敵を討ち取りますわよ」

「っ……」

 有無を言わさぬ上司の言葉にタゴサクは身を小さくした。

 兵役数年を重ねる彼だが、機体を降りて人を殺した経験は一度として無いのだった。それどころか、このような土壇場で初の白兵戦である。機体にばかり乗っていたので、こうして自らの手で武器を持つのは訓練を除けば初めてのことであった。

「行きますわよっ!」

 腰を低く落としたアーデルハイトが二人に言う。

 そんな時である。

 彼女の口上と合わせて他方より人の声が届けられた。

「わ、私はこんなこと聞いていなかったっ!」

「それは私も同様だ。しかし、現に上の連中は既にシャトルで逃げ出した後だ」

「糞っ、おかしいと思ったんだ。俺なんかにこんな美味しい話が回ってくるから……」

「それは私も同じだ。それより今は今後をどうするかを考えるべきだろう」

「どうするだって? この状況がどうにかなるのか!?」

「それは分からん。しかし、ただ黙って見ているだけが手ではない」

「この期に及んで何処へ逃げろっていうんだよっ! 基地は連合の奴らに襲われているからシャトルで逃げ出すこともできない。今飛び出せばそれこそ良い的さっ! 俺達に逃げる余裕なんてある訳ないだろうがっ!」

「そのようなこと、私も理解している。しかし、お前はこのまま諦めるのかっ!?」

「馬鹿言えっ! 誰がこんな誇り臭い敵軍基地で死んでやるものかっ!」

「ならば頭を使え。まだこうして生きているんだ。出来ることは山ほどあるだろう?」

「……糞っ!」

 双方共に焦りや怒りといった感情の強く感じられる語り草である。

 まさか味方の兵がこのような場所でのうのうと談義に興じているとは思えない。その声を耳としてアーデルハイトは危うくも身を留める。一歩、踏み出しかけた足を慌てて角の影へと戻した。

 そして、口の前に人差し指を一本立てると、二人に聞き耳を澄ますよう指示を出す。

「敵軍……のようですわね」

「……間違いない」

「な、何かあったんでしょうか?」

「分かりませんわ。ですが、相手陣営に何かしらの問題が発生したのは確かでしょう」

「……様子を見るべき」

「ええ、そうですわね……」

 デニスの言葉に頷いて皆々元在ったとおり身を沈める。

 幸いにして敵兵は攻勢を見せず静かなものだ。大凡は三対一という構図に躊躇しているのだろう。そう適当に理解を置いて、タゴサク達は廊下の先、姿の見えぬ第三者の会話に耳を傾けた。場合によっては今に見た相手が助けを求めるやもしれない。その兆候を逃してはならぬと三人とも必死の形相である。

 一方、そうした敵兵の存在と思惑を知る筈も無く、声達は言葉を続ける。声の数と調子からして相手は男性が二人に思われた。もしも加勢となっては大きな脅威だろう。アーデルハイトを筆頭として、三人は緊張に冷や汗を垂らす。

「しかし、あぁ、上の連中は何を考えているんだっ? 呆けてるんじゃないか?」

「私に言われても分からない。ただ、我が軍も必死だということだろう」

「冗談じゃない、それで一緒に昇天させられる身にもなってみろと言うのだ」

「それに関しては私だって同じ意見だ。しかし、上では我が軍がそうはさせまいと頑張っているではないか。ならば、今はそれを信じて耐え忍ぶのが軍人というものだとは思わないか?」

「それこそシャトルで逃げた連中へ聞かせてやりたい文句だ」

「まあ、そこは否定しないがな」

「そこまで知ってるなら俺達も一緒に乗せていけっていうんだよ、糞共が……」

「それでは作戦にならないだろうが。今の状況を考えてみろ」

「何が作戦だ。態の良い捨て駒じゃねぇか……」

「軍とはそういうところだと学校で習わなかったのか?」

「だからって、早々に納得できるもんじゃねぇよ。あらかじめ分かってたのなら、それくらい知らせてくれたっていいだろ? この期に及んで敵の新型機が落ちてきましたとか、笑えねぇよ」

「まあ、戦況は芳しくないようだがな」

「負けたら承知しねぇぞ、本当、どうしてくれるよ……」

「そこは神に祈るしかあるまいよ……」

「本当に勝つ予定の作戦なんだろうな?」

「少なくとも、上層部が早々に逃げ出したということは、事前に情報を握っていたということだ。その上でこれだけの戦力を割いたのだから、地上の合戦も宇宙の合戦も相応の自信があってのことだろう」

「ったく……どうしようもないな。正直、この状況だと信じられないってもんだぜ」

「それを今私に言われても困るのだけれどな」

「まだ死にたくねぇよ、糞っ……」

「それは私も同じだ」

 そして、語調も荒く続けられる二人の会話は、それを聞く者に大きな衝撃を与えることとなった。淡々と届けられる足音に混じり、極めつけの一言はタゴサク達の下へと届けられる。

「しかし、連合軍は何を考えてるんだよ、おい」

「そんなことは今に始まった話ではあるまい?」

「だけど、正気の沙汰とは思えないだろ? 自軍諸共、核で一掃だなんて……」

「それに関しては私も同意見だ」

 静かな廊下にブーツが床を叩くカツカツとした硬い音。

 男達の話す声と共に段々と遠ざかっていく。

 緊張に身を震わせながら、タゴサク達は半ば呆然として聞き送るのだった。

 やがて、足音と話し声が聞こえなくなると、再び一帯には静寂が訪れる。誰の話し声も聞こえてこない。人の身動ぎする気配すら伝わってこない。ただ、何かに打ちのめされたように、凝り固まった人の姿が三つ、加えて一つ、そこに残されるのだった。先程にも増して妙にしんとした空気が場を包む。

 タゴサク達は何を言うでもなく顔を見合わせる。

 そうして、各々、今一度だけ自ら耳にした言葉を反芻する。

 核とは史上初めての利用から幾百年経っても、依然として世界の禁忌に違いなかった。そして、それが今まさに自らの頭上へ降り注ごうとしているのだから、被害者予定の面々が驚かない筈は無い。加えて、同作戦を執り行おうとしているのが味方であるとすれば、与えられる衝撃は尚更だ。

 どれくらい時間が経っただろうか。

 誰にも先んじて、ようやっと口を開いたのはタゴサクである。

「あ、あの、班長……」

「……班長ではありませんわ。アーデルハイトと呼びなさい」

「はっ、も、申し訳ありません……」

 豪胆な性格の持ち主であるアーデルハイトにしても、流石に驚きを隠せない様子にあった。タゴサクの言葉に聊か不機嫌を晒し答える。視線は自らの手に握られた銃と、曲がり角の向こう側とを忙しなく行き来している。

「い、如何致しますか?」

「…………」

 タゴサクの問いにアーデルハイトは口を閉ざす。

「……この基地は囮だった」

 そんな彼女の沈黙に抗するようデニスがぼそりと呟く。

「お、囮って、そんな……」

「タゴサク、このような場所で無闇にうろたえるのではありませんわ」

「ですが、今、核って、核って……」

「ええ、私も少しばかり読み違えていたようですわ……」

 タゴサクとデニスを前にして、アーデルハイトは顎に手を当てて何やら悩む素振りを見せる。そんな彼女の姿を眺めては二人も何を言うでもなく黙る他にない。それから、しばらくを痛々しい沈黙が過ぎた。

 ややあって、彼女は考えを纏めた風に再び口を開く。

「今の敵軍兵は、上では我が軍がそうはさせまいと頑張っている、と言っておりましたわ。そして、先刻にタゴサクが相対していた正体不明の味方機は頭上より降って来たものです。その後には援軍すら降下して参りましたわ」

「……上でも同様の争いが?」

「ええ、十中八九でそうですわね。それも味方を降下させてまで回収を試みる虎の子が落ちて来るくらいですから、相応に泥沼と化しているに違いありませんわ。上層部が基地を脱した点からも不確実性が伺えるというものですわ」

「た、確かに、そうですね……」

「……ということは、まだ頭上に核はある?」

「もしも戦闘が続いているなら、あるいは新型機奪還との天秤ですわね……」

「で、ですが、アーデルハイト殿、それはつまり……」

「最悪、新型機の奪還が不可能となった場合、維持でも上は核をこの基地へと落として、その存在の隠蔽を図ることと思いますわ。それこそ今に降りてきている正規兵や、先程の戦闘で捉えられた英雄の存在すら歯牙にもかけずに……」

「な、そ、そんな……」

 上司の言葉を受けてタゴサクの顔は真っ青になる。

「この基地に勤務する隊の人間身分を思えば、上も躊躇無くこの案を可決したのでしょう。ですが、敵にも味方にも有能な間諜は食い込んでいたようですわね。新型機のお披露目に使う筈の作戦が、よもや決死の合戦になるとは思いもしなかったことでしょう」

「では、あ、あの、我々はどうしたら……」

「上の意向を汲むならば、新型機の奪還、然る後に蒸発、といったところかしら?」

「じょ、蒸発って、そんな……」

「しかし、現状を鑑みるに新型機の奪還は不可能にも近いですわ。援軍もやって来ましたけれど、明らかに苦戦していましたでしょう? 数の上では倍以上ですわ。それが回収の上、核の影響範囲外まで脱出など夢のまた夢ではありませんこと?」

「それは、そうですけど、でもっ!」

「……最後に新型機の反応を見つけたのは基地のすぐ近くだった」

 ぼそりデニスが機体のレーダー反応を思い起こして呟く。

 ともすればタゴサクの緊張は鰻登りに上昇する。

「じゃ、じゃあ、僕達はっ、僕達はっ……」

「ええ、このままでは何をすることも叶わず全員まとめてお陀仏ですわね」

「…………」

 無慈悲なアーデルハイトの発言にタゴサクは言葉を失った。

 自信と同じ境遇に置かれながらも、他の二人の語りは酷く淡々としたものである。同じ人間かと疑問を持ちたくなる彼だった。それこそ、君達は自身の助かる術を他に知っているのではないかと尋ねたくなるほどだ。

「……ところで、壁の向こう側には敵兵が居る」

「ええ、そうでしたわね……」

 ひそひそ話に一区切りを置けとデニスが言う。

「タゴサク、この場で死んでしまっては核も何もありませんわ。今は今を生き抜くことだけを考えて行動なさい。これ以上のお喋りは場を脱したあとで行うことと致しますわよ。よろしいですわね?」

「はっ、わ、分かりました」

 そうして、アーデルハイトは手にした銃を肩の高さに構えて、廊下の角へと身を寄せる。タゴサクとデニスも同様に銃を構えて、その後ろへと並んだ。膝を折って、その先を地に突く形である。

 その折、壁の向こう側から大きな声が届けられた。

「おいっ! お前達っ!」

 歳若い感を思わせる少し高めの凛とした響きである。

 まさか先方より話しかけられるとは想像していなかったのだろう。その声を耳としてタゴサクは大きく身を震わせる。また、アーデルハイトとデニスも同様、彼ほどではないものの緊張に身を硬くする。

「今のは……本当か?」

 相手も同様に耳としていたらしい。

 驚き混じり戸惑い混じりの声が響いた。

 アーデルハイトは多少だけ悩んだ後に口を開く。

「……仮に事実だとしても、現場で働かされている私達に知らされているとでも?」

「…………」

 すると、再び相手は静かになった。

 今までとはまた少し違った沈黙が場を覆う。

 味方上層部の思惑ともなれば、むしろタゴサク達の方が受けた衝撃は大きかった。その為か自然と口数も減って、何を語ることもなく相手の出方を待つ。各々、表に出すことなく自らの心内を静かにざわめかせる。

 皆々は油断なく銃を構えて壁越しに敵の気配を伺う。

 そんな心中の相手を知ってか知らずか、角を曲がった先から言葉は続けられた。

「さっき降って来た、僕が乗っていた機体。あれはお前達の新型機だろう?」

「……だとしたら、なんだと言うのですの?」

 デニスとタゴサクが何を言うまでも無く、アーデルハイトが言葉を返す。

「…………」

「連合である私達と、敵である大国の貴方との間に何の意味があるのです?」

「……味方をそのままに……核だなんて……」

「上がそのように決定したのなら、それが連合のやり方なのでしょう」

 相手からは疑念の入り混じる小さな呟き声。

 他方、自らに言い聞かせるようアーデルハイトが言う。

 双方共に混乱があった。

「そんな馬鹿な話が……」

「世間に語られぬだけであって、このような事例は探せば幾らでも出てくるでしょう」

「っ……」

「それで、貴方は私達に何を語るつもりですの?」

 それでも、あくまで冷静に彼女は問う。

「…………」

「我々は我々のやるべきことを成すだけですわ」

「だ、だったら、一つ、そこに居るだろう奴に聞きたいことがある」

「……そこに居る奴?」

「名前は知らない。僕から逃げ出した卑怯者だ」

 怒気を多分に孕んだ声が角の向こうから届けられた。

 自然とタゴサクの肩が震える。他者から悪意を向けられることは日常茶飯事だった。しかし、だからと言ってそれに慣れているかと言えば、彼の脆弱な精神上、幾ら繰り返しても決して慣れることのできない感覚である。胃が鷲掴みに力一杯握られた風として、ズキズキと痛むのを感じた。

「そ、それって、あの、もしかして……僕?」

「ああ、その声だ。その声がジョンを……」

「違うっ、ち、違うんだよっ! あれは僕がやったんじゃないっ!」

 タゴサクは慌てて否定する。

 それこそ全力で否定する。

 すると、少しだけ間を置いて言葉は返された。

 それは多少だけ気落ちして、しかし、依然として挑むような口調である。

「……ならば、ジョンの最後はどうだったんだ?」

「そ、それは……」

「ジョンは、ジョンは……最後まで勇敢だったかっ!?」

「…………」

 何度聞かれても死んでいる姿しか見ていない彼だから、どうして応えたものか言葉に困る。先刻にも自分が見たときには既に死んでいたと伝えた筈である。それにも関わらずこうして尋ねてくるあたり、彼にとってのジョンとやらはそれほど重要な人物であったのだろうとタゴサクは邪推した。

「ま、まあ、確かに、最後まで操縦桿から手を離すことはなかったみだいだよ……」

 だから、口は勝手にもそんな風に応えていた。

 それは彼が見つけたときのジョンとやらの姿を思い起こしてだ。大凡は操縦桿を手放す暇も無かったのだろう。しかし、敢えてそこまで伝えてやる必要もあるまい。黙って姿の見えない声の主を思う。

「そうか……」

「……うん」

「最後まで、手を離すことはなかったのか……」

「…………」

「まったく、アイツらしいよ……本当……」

 少しばかり穏やかな、そして、大きく気落ちした声が壁の向こう側から届けられる。

 スティーブの声を耳として、アーデルハイト達はどうしたものかと顔を見合わせた。そして、そうした自分達の態度を振り返って、今更ながら、大きく戦意の喪失している己の心内を知る。先刻の衝撃的な事実が、基地へ望むに際して高めた彼らの闘志を根こそぎ奪い取っていたのだった。

 ある種の覚悟は日常的にしていた。けれど、いざ局面が訪れてみれば、衝撃はやはり大きなものだった。それが特に無差別の核爆破の被害の一端を担ともなれば、不満の一つや二つは挙がって当然だろう。

「……タゴサク?」

「え、あ、す、すみません……」

 アーデルハイトに呼ばれてタゴサクはハッと自らの発言を思い返す。

 そんな二人を眺めてデニスが呟く。

「……相手の思うところが分からない」

「戦闘を回避できるのならば、我々としては越したことありませんけれど……」

「い、如何致しましょうか?」

「そうですわね……」

 タゴサクに問われて顎に手をやり悩むアーデルハイト。その姿を二人の部下はジッと黙って見つめる。二人の視線に晒されながらも怯んだ様子無く、彼女は淡々と今の自分達の置かれた状況を鑑みる。

 すると、不意に壁の向こう側から声が届いた。

「……お前達の言う例の新型機を操縦していたのは僕だ。あれが無ければ核はここへは落とされないのか? あれを別の場所へと、例えばこことは遠く離れた場所へ向かわせることができれば、ここへ核の落とされるのは防げるんじゃないのか?」

「さぁ、それはどうかしら? その離れたところへ別働隊を向かわせて、基地には従来の作戦にあったとおり核を落とすのが無難だと私は推測しますわ。折角作ったものなのですから、叶うならば取り戻したいと思うのは当然でなくって? そもそも、既に連合の部隊が地上へ降りてきていますし」

「そうか……」

 どういった意味があっての言葉なのか。三人とも顔を見合わせる。発言の意図を図りかねているようだった。タゴサク達へ語り書ける調子が先程と比較して多少だけ穏やかになっている点にも気が行くのだろう。

 そこを仕切り直すよう、今度はアーデルハイトが先んじて相手に口を開く。

「元々は大国側で全てを握っていたのでしょう? 核共々討ち取る予定であったのが、今や随分と難航しているようですけれども、その辺を貴方達はどう思っていまして?」

「……それは、僕も聞いてない。上官が聞いてないんだから、当然だろう?」

「ええ、それもそうですわね」

 再び響くのは壁の向こうから届けられた少年の声。

「でしたら、私達はこれからどうすれば良いのかしら?」

「…………」

 少年は応えない。

 彼もまた大国軍に置いて末端の一兵卒に過ぎない。何を知らされることもなくこの場に挑んでいたのだ。状況が状況であったのなら、つい数刻前にそうしていたように、友人知人に愚痴を溢していたことだろう。

「軍の為に一駒として仕事に殉じるのか、それともここへ来て命を請うのか……」

 自分以外の三名に尋ねるようアーデルハイトが言う。

「……他に流したら、きっと基地内部は大騒ぎ」

「ええ、そうですわね。間違いありませんわ。上から降下してきた部隊にしたって、無事に範囲外まで退避できる猶予が与えられているかどうか怪しいものですわ。なんと言う部隊かは知りませんが、大した度胸の持ち主達ですわね」

「……あ、あの、アーデルハイト殿……」

 おずおずとタゴサクが上司に挙手する。

「何かしら?」

「我々は、こ、この後はどうするのですか? このまま基地に残るのですか?」

 唇が震えているのは小心者の彼を思えば当然とも言えた。

 乗っている飛行機が今まさに墜落するのだと告げられたのに等しい。まともな状態で居られる人間の方がおかしいだろう。それを思えば、下手に騒ぎ立てせずにいる分だけでも優秀だと言える。

「貴方は如何したいのかしらね?」

「え、あ、わ、私はっ……」

「……私は、別にどうだって構わない……」

「そう?」

「わ、私はっ! 私は死にたくないでありますっ!」

 淡々と応えるデニスを押し退ける風にしてタゴサクが言う。

「僕は、僕はっ、まだ死にたくないっ! 死ぬなんて、そんな、そんなっ……」

 握る銃に視線を落としてガクガクを身を震わせる。

 むしろ平静としている残る二人が異常である。

「まあ、こうして生きているのだから死にたくはないですわよね……」

「……そう?」

「貴方は怖くないの? デニス」

「……別に」

「……そう、豪胆なものね」

 応える二人が妙に素っ気無くて、それが更にタゴサクの心中に波風を立てる。

 けれど、周囲は彼の心持が落ち着くのをまってくれやしない。段々と落ち着きを失っていく彼を尻目に状況は淡々と進んでいく。次いで動いたのは、壁の向こう側に立つだろう彼だった。

「お前達の目的はなんだ? やはりこの基地の奪還にあるのか?」

 微塵として隠されない緊張と疑念の乗る声が届けられる。

「我々がこの場に居ることで他に何か意味があると思いまして?」

「まあ、そうだな……」

 対して、アーデルハイトは何を語ることもないと無碍に切って捨てる。

 それによって僅かばかり緩んでいた場の空気がぐっと引き締められた。皆々が銃を握る手にも力が加わる。周囲には他に人の気配も皆無。交わす言葉が失われると、途端に場はしんと静まり返り、やがては何の音も聞こえなくなった。

 否応ない静けさが更なる緊張を生む。

「…………」

「…………」

 皆々は息の吸った吐いたすら殺して、壁越しに互いの挙動を読もうと必至だった。

 タゴサクもまた震える身体を必至に抑えて、銃へ縋るように身を構えて立つ。危地に次ぐ危地の連続で彼の精神は疲弊の一途を辿っていた。それこそ、これ以上を何か与えられれば、一切合財がストレスに吹っ飛んでしまいそうなほどである。

 何でもいいから早く終わってくれ。

 それが彼の今一番の望みであった。

 しかし、彼の望みはいつだって叶わない。

 それこそ、彼がこの世に生を受けてから、いつだってそうだったと、本人曰く、天命のようなものらしい。だから、今にしても願いは聞き届けられることなく敗れた。彼の受難はまだまだ続く。

 そして、その受難とは具体的に空からやってきた。

 轟音が周囲に轟いた。

 それと時を同じくして、皆々の立つ床が上下左右に大きく揺れる。

 まるで地震だった。

「なっ、何っ!?」

 誰よりも先んじて声を上げたのがタゴサクである。

 追ってアーデルハイトが場を仕切る。

「落ち着きなさいっ!」

「……地震?」

 デニスが呟くも、誰もその答えを語ることはできない。

 揺れは非常に短い一過性のものであった。数秒間だけ揺れたものの、すぐに収まりを見せた。しかし、驚愕はそれだけに留まらなかった。次いで訪れたのは唐突にも崩れた天井と、そこから視界へ割り込んで来た巨大な何かである。敵と鬩ぎ合う十字路より数十メートルだけ離れて、黒光りする鋼が土煙を巻き込み突っ込んでいた。

 それが人型兵器の頭部であると理解したのは、誰も彼も数瞬の後のことである。

「っ……」

 一同の顔が強張る。

 外では依然として激しい戦闘が繰り返されているのだ。こうした事態も想定されて然るべきだろう。誰よりも早く事情を察したアーデルハイトが声も大きく部下二人へと指示を飛ばした。

「慌ててはなりませんっ、現状維持ですわっ!」

「は、はいっ!」

「……了解」

 壁を挟んで反対側でも、うわー、だのと敵兵の悲鳴が届けられた。

 その声から依然として銃口は健在だと三名は身を引き締める。

 しかし、話はそう簡単に終わらなかった。

 次いで訪れたのは更なる機体の衝突である。今に脚部を基地内部へめり込ませたのとは別の一体が、今度は十字路の中央部へと突っ込んできた。それは曲がり角を盾に敵兵と対する三名よりぎりぎりの位置であった。

 建材が散らばって、あたり一帯に大小さまざまな破片の数々が飛び散る。幸いであったのは、そのどれもが面々に当たることなく背後へと過ぎたことだろうか。しかし、それまでの静かだった廊下は一転、瓦礫の崩れる喧騒に包まれることとなった。

「くっ……」

「ア、アーデルハイト殿っ!」

「……これ、二つとも敵軍の機体。そして、ここは基地の地下十三階。幾らなんでも撃墜されて落ち込むにしては深度が過ぎる。何か良くないことが地上で起こっている可能性を考えるべきだと考える」

「こ、これはまた、面倒な話もあったものですわね」

 アーデルハイトが吼える。

 すると、それに応ずるが如く基地内部にサイレン、そして、スピーカーに乗り敵兵の声が響き渡った。それは基地の非常事態を知らせる告知である。焦り調子に壮年男性を思わせる野太い声が響く。

「上空より味方機が多数地表へ向けて降って来ている。総員、可能な限り地下階へと避難するように。繰り返す。上空より味方機が多数地表へ向けて降って来ている。総員、可能な限り地下階へと避難するように」

「な、ふ、降って来てるっ!?」

「……アーデルハイト、これは決定的かもしれない」

「いよいよ、覚悟を決めなければならないの、……かしら?」

 三名共々、声に緊張が混じる。

「っていうか、ピンポイントで基地へ落とすなんてどんだけですかっ!?」

「連合側は意地でも新造機が敵の手に渡るのを阻止したいようですわね……」

「だからって、機体まで落とさなくても……」

「……ある種の嫌がらせ。計算機リソースの無駄遣い」

 予期せぬ出来事を受けて、誰も彼もその身は否応なく強張って思える。

 一方、曲がり角を挟んで届けられたのは悲鳴だ。

「ぐぁ、あっ、あ、ああああっ!」

 出元はつい先程まで言葉を交わしていた敵兵のものである。

「えっ!?」

 そして、つい廊下の曲がり角より顔を出してしまったのはタゴサクである。

 特に何を思ったわけでもない。悲鳴を受けて反射的にそちらへ注意が向いてしまったのだった。人としては当然とも言える反応だが、現状、致命的とも言える行動である。

 咄嗟にアーデルハイトが吼えた。

「タゴサクっ! 何をやっているのですっ!?」

「は、班長っ! 大変ですっ! 破片がっ! 破片が刺さってっ!」

「班長ではありませんわっ、アーデルハイトと呼びなさいっ! それと大変なのは貴方の頭ですわっ! 今のが敵の陽動で無いという保証はなかったのですわよっ!? それをいきなり顔を出すなんて……」

「でもっ、破片が彼の足に刺さってっ!」

「っ……」

 銃を構えることすら忘れて立ち呆けるタゴサク。

 その姿に危険が無いと判断したのか、アーデルハイトとデニスもまた敵兵が居るだろう壁の向こう側へと一歩を挑む。ともすれば、二人の目の前に現れたのは建材の破片に足を貫かれた少年の姿だった。

「くっ、つぅ……、く、来るなっ、来る、なっ!」

 彼は無様にも床へ尻を突いたまま、必至になって後退を続ける。

 その手に銃は握られていなかった。どうやら腿を突かれた際に飛ばしてしまったのだろう。遙か十数メートルを隔てて、後方に転がっている様子が伺えた。彼自身は痛みに耐えるので一杯一杯といった様子だ。

 そして、そんな彼の姿を眺めて、タゴサクは呆気に取られているのであった。

 少年の太股には拳ほどの建材が突き刺さり、赤いものを滲ませていた。出血こそ激しくは無いが、それもいつ状況が変化するか分からない。当人は大層苦しそうに顔を歪めて耐えている。

「っ……」

 指先が突き刺さった建材へ触れたのか、少年の顔に更なる苦渋が浮かぶ。

 ともすれば、誰よりも早く反応したのはタゴサクだった。

「て、手当てをしないとっ!」

「ちょ、ちょっと、待ちなさいタゴサクっ! それは敵兵ですわよっ!?」

「あ、え、あ……」

 一歩を踏み出したタゴサクは、しかし、アーデルハイトに言われて咄嗟に歩を止める。

 彼の正面にはもがき苦しむ自分とそう大差ない年頃の少年の姿。その表情には大きな戸惑いが見て取れた。身を乗り出した姿勢のまま身を固めて、背後に立つ上官を振り返る。その表情は今にも泣き出しそうだった。

「し、しかし、アーデルハイト殿、相手の戦意は既に喪失して思えますがっ……」

「……本当にそう思いまして?」

 アーデルハイトは挑むような目つきでタゴサクを見つめる。

「…………」

 彼女は油断なく敵兵に銃口を向けたままである。

 そして、それは彼女の横に並び立つデニスもまた同様だった。

「貴方、白兵戦は始めてかしら?」

「……そ、そうであります」

「そう、ならばこういうときはどうするべきか、私が教えて差し上げますわ」

「っ……」

 アーデルハイトの言葉を受けて少年の身が強張る。

 全身を庇うように背を丸めて、両膝を胸の内に抱え込み、床に転がり両手で頭を覆う。何も見えない聞こえない。恐ろしい外の一切合財から逃げるように、震える肉体を隠そうともせずに全身を硬直させる。

 そして、そんな敵兵の姿はタゴサクの古い記憶をフラッシュバックさせた。

 数年前、彼の故郷が大国軍に襲われた際の出来事だ。敵の機体に家を潰されて、家族を潰されて、家族が三人減った日のことである。生き残った母親と妹と彼は、今の少年がしているように、ただ、脅威が過ぎ去るのを待って延々と身を丸めていることしかできなかった。そんな光景だ。

「そんな温いことばかり言っているから、貴方は私達の隣に立っているのですわ」

「……敵は敵」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」

「何かしら?」

「戦意を喪失した敵を相手に手を上げることは国際法規で規制されている筈ですっ!」

「それは貴方の上司である私が判断することですわ。そして、私はこの敵が依然として戦意を喪失していないと考えます。ですから、ここは国際法規に乗っ取り、正々堂々と決着をつけることと致すのが正解ですわ」

 アーデルハイトの指先がトリガーに掛かる。

「は、判断は各兵士のそれに委ねられているのではっ!?」

「作戦行動中では部隊長の判断が優先されますわっ!」

「そんな馬鹿なっ!?」

「貴方はこの場で死にたいのですの?」

 長く従軍経験のあるタゴサクであったが、上司の言葉通り、白兵戦は初めての経験であった。ともすれば、こうしてカメラでなく、自らの目を持って傷ついた兵を見るのも初めてのことである。唯一の例外は数刻前に敵機を奪った際のそれだろうか。けれど、それにしたって死体と生きた人との大きな違いがある。そして、耳に届く苦悶の声は、彼の脳裏へ強烈に訴えるものがあった。

「さぁ、そこを退きなさいな」

「っ……」

 いい加減、タゴサクの脆弱な精神は限界だった。

 佳境に次ぐ佳境は彼の繊細な心をずたぼろにしていた。

 だから、上司の言葉であっても、これ以上の我慢はできなかった。

 無理だった。

 今まで延々と、数年の従軍経験中に溜めてきたものが溢れ出た瞬間だった。

「も、もう、これ以上は嫌なんですよぉおっ!」

 タゴサクはアーデルハイトの銃を押しのけて敵兵の下まで駆け出した。

「なっ……た、タゴサクっ!」

 誰が止める間もない。

 彼は敵兵の元へと走り寄っていた。

◆ ◇ ◆

「まったく……、上官の命令無視とは軍法会議ものですわよ?」

「……普通だったら銃殺刑」

「で、ですが、自分はもうこれ以上は……」

 辛いものは見たくないんです。

 危ういところでタゴサクは続く言葉を飲み込んだ。

 少しばかり時間を置いて、自分がしでかした行いの重大性を理解したタゴサクである。顔をさぁと青くして、しゅんと頭を下げた彼はアーデルハイトに観念してみせる。。

けれど、依然として内には熱く滾る何かがあるのか、口に出る非常に弱々しくあっても、どこか頑なな意思が篭って思える。タゴサクにしてはらしくない態度だろう。

「まあ、やってしまったものは仕方がありません。良しとしますわ」

「……よ、良いのですか?」

「今は一人でも仲間が多い方が良いのですから、ここで貴方を撃ち殺す訳にはいきませんわ。それよりも今後はこうした軽率な行いに出ないよう重々気をつけることを私に誓って下さいましね」

「も、申し訳ありません」

 タゴサクの暴挙の後、敵兵の治療は彼が望むとおり行われた。

 無論、治療と言っても大した設備がある訳ではない。大出血の可能性を考慮して、太股に突き刺さった破片の摘出は叶わなかった。突き刺さった拳大の建材ごと包帯で腿をぐるぐる巻き、硬く固定して麻酔薬を打った限る。

「……どうして助けた?」

 不意に敵兵の少年、スティーブが口を開く。

「まったくですわ」

 敵兵の言葉に頷いてアーデルハイトも続ける。

「タゴサク、貴方、もしかして頭が沸いていて?」

「べ、別にどうもしていませんっ! 人として普通の反応ではありませんかっ!?」

「ええ、ですが兵士としては呆れた行いですわ」

「……僕なんて、人質に捕ったところで何の意味も成さないぞ」

「そんなつもりは無いです。足が動くようならすぐにでも、何処へでも、好きなように行けばいいじゃないですか。僕はただ、もう、こういうのが嫌なです。悲鳴とか、聞いていて胃が痛むんです。全部、自分の為なんです」

 パイロットスーツの上から腹部へ手を当てて言う。

 その表情は非常に苦々しくあって、見るからに辛そうだった。ここ数年、胃薬が手放せない彼だから、その思いは肉体的にも切実である。ここ最近は睡眠導入剤すら欠かせない毎日だった。

「タゴサク、貴方……」

「……かなりの馬鹿?」

「ば、馬鹿でもいいですよっ! 僕にとってはこれが一番だったんですっ!」

 上司や同僚に取り繕うことも忘れて、タゴサクは素のままに自らの思うところを語るのだった。こうして自分の言葉を口とするのも何年ぶりだろうか。そんな阿呆な疑問すら浮かんで来る有様である。

「従順な素振りを見せておいて、その実、随分な激情家ですこと……」

「……熱血系?」

「なんでもいいです、けど、もう、僕はこれ以上は嫌なんです。こんな悲惨でどうしようもない理不尽は嫌なんです。これ以上、もう、酷い光景は見たくないんです。ですから、どうか彼は……」

 そうしてタゴサクはスティーブを見つめる。

「な、なんだよっ……」

 対して、両腕を背後ろに縛られた少年は彼の視線に多少ばかり狼狽。

「班長、これでこの場は方がついたのですから、良いのではないかと考えますっ!」

 少年から上司へと意識を移してタゴサクが言う。

「だから、班長ではなくアーデルハイトと呼びなさいっ!」

「駄目ですかっ!? 班長っ!」

「っ……、分かりましたわ」

 頑なに見つめてくるタゴサクの眼差しを受けて、渋々といった様子でアーデルハイトは折れるのだった。やれやれだとばかりに肩を竦めて、両手の平を肩の高さまで上げて見せる。出会ってから今に至るまでの彼とは多少だけ印象を変えてみせるその姿に彼女も思うところがあったのだろう。

「貴方がそこまで言うならば良しと致しましょう」

「あ、ありがとうございます!」

「しかし、これは本来ならば決して許されぬことですわよ?」

「はっ、十分に理解しておりますっ!」

 呆れ調子に頷いた上司の姿を目の当たりとして、タゴサクは大慌てで頭を下げて礼を言った。それは彼が上官と名の付く存在に初めて自らの意見を通した瞬間だった。今まで女性の上官に当たったことも幾度かあった。けれど、それでも、自分の意見を目上の人間に口としたのは初めてのことであった。

「だから、なぁっ! どうして君は僕をっ……」

「そ、そんなの僕だって分からないよっ……けど、いいじゃないかっ!」

 何か言いかけた敵兵を黙らすようにタゴサクは言葉を続ける。

「…………」

「それとも君はこの場で敵軍兵に殺されて満足したのかいっ!?」

「そ、それは、だから……」

「君は自由を奪われて僕達の前にある。誰が見ても捕虜だ。ならば、僕達は捕虜を捕虜たる待遇で扱うことが国際条約によって厳命されている。それに従うことに理由なんて一つも無い筈だ」

 依然として感情が高ぶっているのか、僅かばかり勢いに乗って捲くし立てる。

 非常にタゴサクらしくない振る舞いだった。

「…………」

 そうして、彼が声も大きく吼えると、それを境に場から言葉が失われた。

 誰も話す者が居なくなって、急にしんとして辺りが静まりかえる。

 天井を突き破り廊下まで落ちてきた機体はピクリとも動かない。つい先刻までは熱せられた装甲の表面がじゅくじゅくと音を立てていた。けれど、それも大分冷めて今は大人しいものだ。無論、そのコクピットから人の降りてくる素振りは微塵として感じられない。内部は酷いことになっているだろう。基地の地下第三層までを貫いた機体は、既に物言わぬ鉄塊と化していた。

 居心地の悪い沈黙はしばらく続いた。

 そんな頃合である。

 静寂を破ったのは廊下に備えられて尚、破壊を免れた放送設備からの音声である。

『全軍、基地を放棄して撤退せよっ! 繰り返す、全軍、基地を放棄して撤退せよっ!』

 それはまさかの撤退宣言であった。

「っ!?」

 一斉に皆々の視線が音源へと注目する。

「な、なんですってっ!?」

「……撤退?」

「え、あ、あの、撤退って……?」

「っ!?」

 同時に表情が険しいものへと変化する

 今の時点で敵軍に基地を捨てた撤退勧告が発令される理由など一つしかない。

 基地の完全制圧も間近にあって、敵軍の新造機まで奪取した上で何故に逃げる必要があるのか。答えは一つしかない。この場に在っては逃れることのできない巨大な危機が迫っているに他ならない。

 そして、この場の誰もはその危機が何であるかを理解していた。

「は、班長っ!」

「アーデルハイトと呼びなさいっ! これはいよいよ持って大変ですわよっ!」

「……秒読み態勢に入ったと考えるべき」

「そ、そんな、まかさ、そんなことが……」

 途端にそれまでの落ち着きが嘘のよう失われる。

 放送は警告に連ねて、次々に各部隊への指令を流していく。それを耳としながら、タゴサク達は自分達の基地が置かれた危地を鮮明に理解する。対象は敵軍の全てに及んだ。ただ、撤退の理由だけは頑なに語られない。放送が繰り返すのは逃げろ、逃げろと、ただ急かす言葉ばかりだ。

「このままでは私達も揃って蒸発ですわね……」

「……敵の進軍規模を考えて、全員が全員撤退できるとは思えない」

「そんな……、こ、ここまで来て終わりだなんてっ……」

 着任早々の悲劇である。

 まさか、タゴサクにしても一日と持たず自らの所属が没するとは思わなかった。

「糞っ、連合の奴らめっ……核なんて持ち出しやがってっ……」

 スティーブが悔しそうにだんと廊下の壁を殴りつけた。額にはびっしりと脂汗が浮かんでいる。痛みは麻酔薬で殺した筈であるが、肉体的な痛み以上に感ずるところがあるのだろう。その表情は苦虫でも噛み潰したように渋い。

「こうなってしまっては私達も作戦行動を改めなければなりませんわね」

「……撤退?」

「連合軍兵としては、ええ、それが一番に無難な選択ですわね」

「りょ、了解であります。では早急に撤退の支度を整え……」

「しかし、それも間に合うとは思えませんわ」

 タゴサクの言葉を遮ってアーデルハイトは言葉を続ける。

「連合軍が核を落とすとなれば、死に物狂いで新造機を狙うことでしょう。そして、先程に落ちてきた敵機の具合と今の放送を鑑みるに、既に上は連合側に軍配が上がったとみて間違いありませんわ」

「そ、そうなのですかっ!?」

「宙からピンポイントで基地へ機体を落とすような真似をしたのですわよ?」

「……そして、元より落とすつもりで来ていたのなら躊躇は無い筈」

「ですから、何メガトン級の代物が何発飛んで来るのかは知れませんけれど、その被爆予測領域から大国の索敵を騙し抜け出すのは、どうかしら? それこそ神技にも等しいことと思いませんこと? 私は敵に撃たれて散るか、蒸発して昇華するかの違いにしか思えませんでしてよ」

「それは……その……、たしかに……」

 タゴサクはアーデルハイトの断言を前に返す言葉を失う。

 ともすれば、彼女は二人の部下を交互に見据えた後に、腹を括った様子で表情を引き締め言うのだった。女性にしては低い、けれど何処か凛とした声が、静まり返った基地地下の一帯に響く。

「ですから、基地機能を用いて核を基地より迎撃しますわ」

「え、えええぇっ!?」

「……正気?」

「ちょ、ちょっと待てよっ! それは本気で言ってるのかっ!?」

 アーデルハイトの言葉を受けてタゴサクが目を見開く。今回はデニスも例外でない。加えて、外野である筈のスティーブまでもが、彼女の言葉に耳を疑っていた。何故ならば、それは軍兵としての責務の一切合財を投げ出した選択に他ならないからだ。軍法会議云々の話ではない。完全な寝返り、裏切り行為だった。

「し、しかし、そんなことをしてはっ……」

 当然の如く、保守派筆頭たるタゴサクが口を挟む。

 けれど、アーデルハイトはそれを許さず言葉を続ける。

「では、貴方は死にたいのですか?」

「別にそうは言っていませんっ! ただ、ただっ……」

「ならば何故に問題がありまして?」

「こうして敵軍でさえ撤退を選んだような状況下でありますっ! たった三人で何ができるというのでありますかっ!? むざむざ死にに行くようなものではありませんかっ!?」

「他に手立てがありませんわ。幾ら連合軍兵とは言え、このような非人道的な作戦内容を知らされてまで、その一端を担うことはありませんわ。貴方が今し方に私へ歯向かって見せたのも同じ気概ではありませんくて?」

「そ、それは、その……」

 その語り口調は随分と堂々としたものだ。

 タゴサクは返答に窮してしおしおと言葉を下げる。彼にしたって基地と一緒に蒸発するつもりは毛頭ない。死ねと言われて大人しく死ぬような真似はできない。もしも自分が死ぬことで自分を家族を含めた数多の味方国民が助かるというならば、多少は考えることもあっただろう。しかし、今に自らを殺して助かるのは軍上部の利権くらいなものである。そんなものの為に自らを犠牲にできるほど彼は軍という組織に陶酔していなかった。

「この基地は伊達にマスドライバーを備えておりませんわ。シャトルに機体を載せて打ち出し迎撃しますわよ。大気圏降下行動中での同時作戦行動が可能な機体はこの世に存在しませんわ。核は十中八九で宙より投下されるでしょう。それも先程の撤退宣言からして、物量で圧倒する形になるに違いありませんわ」

「し、しかし、マスドライバーでは……」

「……相手がミサイル単体だと仮定すれば、シャトルに機体を積んで打ち出し、作戦空域でパージする。対象の数にもよるが、機体の補正を受けたミサイルなら迎撃も十分に可能だと考えられる」

「それって、あの、乗る人間は……」

「シャトルの操縦者と狙撃主はどうなるか分かりませんわね」

「…………」

「この状況下でのシャトル発射ですから、先刻に何処かの誰かが言っていたよう、敵軍、場合によっては味方軍からも撃たれて、宙へ達するまでに木っ端微塵という可能性も決して低くない筈ですわ」

 デニスとアーデルハイトの言葉に場がしんと静まる。

「ですが、他に私達が生き残る手立てはありませんでしてよ?」

「あ、あの……そもそもマスドライバーを動かすことができるんですか?」

「できますか? ではありませんわ。何とかしてやるのですわよっ!」

「いや、し、しかし……」

「……動くなら急いだ方がいい」

「ちょ、ちょっと待て、君達、それで君達はっ……」

 がやがやと敵軍兵を前に騒がしく会議を始めた三人。その有体な様子を目の当たりとして、流石に思うところがあったのかスティーブが声を上げる。けれど、今として彼には然したる意味が与えられなかった。

「怪我人は大人しく味方に保護して貰うがよろしくってよ?」

「だ、だが、君達がやろうとしていることは……、いいのかっ!?」

「良いも悪いも命あっての物種ですわ。そうは思いませんこと?」

「しかし……」

「それとも、貴方はこの基地に噛り付いて命運を共にするつもりでして?」

「そんなことはない。しかし、君達は連合軍だというのに……」

「仮にも私の班員の故郷ですわ。そこへ二度も三度も核を落とさせる訳にはいきませんことよ。ならば見事に打ち落として、精々、この天井の空へと派手な花火を咲かせてやるべきとは思いませんこと?」

「っ……」

 極めて切り替えの良い性格の持ち主である。

 そうしてアーデルハイトは三人に背を向けて言う。

「行きますわよっ!」

「あ、ま、待ってくださいっ!」

「…………」

 上官の有無を言わせぬ口調。そして、他に選択肢はないという現状に、タゴサクとデニスはその後を続かざるを得ない。躊躇無く歩みだしたその背を追って、慌てて床を蹴り小走りに駆け出した。臆病者に至っては覚悟を決める猶予すら与えられない。

 そんな面々の姿をスティーブはただ遠く見守る他に無かった。