金髪ロリお嬢様SFラノベ

第四話

 タゴサク達三名はアーデルハイトの先導のもとマスドライバーの管制施設までやってきた。周囲に敵兵の姿はない。どうやら警告放送が入って間もなく逃げ出したのだろう。僅か前まで人が活動していた後が見られる。

「こ、ここまで来て今更ですけれど、どうするんですかっ!?」

「先刻に打ち出されたまま放置されていたのですわね。システム自体は動いていますから面倒な操作は必要ないでしょう。幸いにして機体の格納された空きシャトルがありますから、すぐにでも打ち出せるのではないかしら? 地上管制はデニス、貴方に任せるので頼みましたわよ」

「……分かった」

「ここまでお膳立てが成されているとは、私達はついていますわね」

「つ、ついてるって、あの、僕にはとてもそんな……」

 果たしてそれが自分にとって幸か不幸か。タゴサクには何れとも返す言葉が無かった。目の前で状況が目まぐるしい勢いで変遷していく。その流れに身を委ねるしかない。否、流れに飲み込まれる他ない。

「で、では、あの、僕は……」

「貴方はシャトルの操縦を行いなさい。私が機体に乗りミサイルの迎撃を行いますわ。機体を放り出すタイミングはこちらから指示を出しますから、貴方はその指示に従い機体を開放なさい」

「し、しかし、あの、シャトルの操縦経験はシミュレーションで数時間のみです。それも一人でシャトルの操作だなんて……」

「そんなものやってみなければ分かりませんわ」

「そ、そんなものって……」

「要はミサイルの照準を合わせて打ち出す時間さえあれば良いのですわ。貴方はシャトルを運用するだけなのですから、そう気負うことはありませんでしてよ?」

「…………」

 アーデルハイトの言葉にタゴサクは愕然と項垂れる。

 そんなことが本当にできるのかと疑念ばかりが浮かぶ。加えていうならば、このような大きな機器の操作、シャトルの航宙管制をデニス一人で行えるのか。打ち上げ作業からして信じられなかった。通常は五名から成る熟練者達の行うが常だ。それが自分とそう変わらぬ年齢の少女一人に行えるとは思わなかった。

「あの、で、デニスさん、君も無理なら無理と……」

「……別に無理じゃない。私は私の仕事をするだけ」

「え、あ、そ、そうなのですか?」

「……そう」

「…………」

 八方塞だった。

 もはや誰に声を掛けることも叶わずタゴサクは口を閉ざす。

 何処までが本当で何処までが嘘なのか。自分の立っている場所が理解できなかった。きっとこれは夢なのだと、そんな阿呆な、在り来たりな、ど下手な現実逃避に至りたくなった。けれど、耳に届くアーデルハイトの声は何処までも現実味を伴い彼の元へ響く。

「さて、では早急に行動いたしますわよ。タゴサクはシャトルへ」

「は、はい……」

「しっかりなさい。ここは貴方の国ではなくって? 自分の国を自分の手で守るのは当然のことですわよ? 少しはヤル気と根気と負けん気を出してみた如何かしら? それでも股の間に玉はぶら下がっていらして?」

「た、玉ってっ、そ、その、あの……」

「何を赤面しているの?」

「わ、わか、分かりました」

「ならば準備を急ぎなさい」

「はっ!」

 上司に急かされて、タゴサクは慌てて準備にかかる。既にパイロットスーツは着ているので、後はシャトルの発射準備となる。しかし、既にシャトルの発射を試みた人間がいたのか、そちらに関しては大半の作業が終えられて、打ち上げを待つまでになっていた。

 アーデルハイトの言葉ではないが良くできた状況だろう。

「そんなに世界は僕に死ねっていうのかよっ……」

 ヤケクソ気味に呟いてシャトルへと向かう。

 その隣にアーデルハイトもまた並ぶ。

「有象無象の一として死ぬよりは、派手に大きくことを成して死ぬ方が男して本望ではありませんでして? それとも部屋の隅でガクガクと震えて怯えて、自身が気づく間もなく最後を迎える方が好みかしら?」

「ぼ、僕は死にたくないんですっ!」

 緊張からか素の隠すことを忘れてタゴサクが吼える。

「ならば死なないよう努力なさい。必ず死ぬとは誰が決めたことかしら? この世に絶対なんて決してありませんわ。たとえ他者が絶対に無理だと言っても、自分自身が信じている限り可能性は費えませんことよ?」

「…………」

「そうではなくて?」

「で、では……、貴方は明日の自分を信じているのですかっ?」

「当然ですわ。でなければ、このような阿呆を誰が行うものですか」

「しかし、機体とシャトルの装甲では……」

「それもやってみなければ分かりませんでしょう?」

「…………」

「それよりも今は急ぎますわよ。お喋りのせいで間に合わなくては笑えませんわ」

 そうしてアーデルハイトはタゴサクを先導するようシャトルへと乗り込んでいく。ともすれば、彼もまた後に続かざるを得なかった。

 叶うなら逃げ出したかった。

 一番に思うことはと言えば、地上に残るのだというデニスへの羨望。それこそ泣いて叫んで交代してくれと主張したいほどである。しかし、彼には地上管制を行うだけの能力も無いから、そして、何よりも小心者だから、全ては叶わない願いままシャトルへとステップを越える。

 そして、そうこうしている内に発射準備は着々と進められていった。

 シャトルが機械のアームにより発射台に乗せられ固定される。

 敵軍兵には基地放棄の命がなされている為か、特にこれと言って邪魔が入ることは無かった。レールの先に続く空には、遠く並んで飛び発っていく機影達が連なって見える。撤退は迅速に行われて思えた。

 そして、その様子がタゴサクの心持を一層のこと波立たせる。

 ガコンガコンと揺れるシャトル内で操縦席に座り、発射の時を今か今かと恐怖に待ち構える。隣には同じくパイロットスーツに身を包んだアーデルハイトの姿があった。彼とは対照的に、その表情には恐れのおの字も見つけることは叶わない。

「あ、あの、アーデルハイト殿……」

「何かしら?」

「アーデルハイト殿は……その、怖くないのですか?」

「怖い? それは何を思ってのことかしら?」

「それは、その、死ぬことに決まっています」

「死ぬこと? それなら怖いに決まっていますわ」

「で、でしたら、何故にそうして平然としていられるのですか?」

 タゴサクはがたがたと震える膝を抑えるのに必至だ。

 対する彼女の平然とした態度が、羨ましいを越えて憎らしいほどである。

「そんなの今の自分が、今の自分にとって、何より一番の選択の上に乗っているからに決まっていますわ。ならば行うべきは怯えることではなくて、今の自分の最高を世界へ目一杯に表現することではなくて?」

「……今の自分の最高、でありますか?」

「明日などと遠い未来の出来事など、全ては今の自分にとって何ら関係のない話ですわ。そのような瑣末に囚われて、今に最高を保てないことほど馬鹿らしいとは思いませんこと? それこそ恐ろしいですわ。そして、そんな今は最高であった過去の今より積み重ねられ、作られてきたのですから、それこそ何を悩むことがあるというのです」

「で、ですが、人間の心はそんな簡単には……」

「それは貴方の心の問題でしょう? 私の心はそうして作られていますのよ」

「…………」

 アーデルハイトの語りには微塵の陰りも見られない。

「自分の思う最高を常に表現し続けることこそ、私にとっての生ですわ」

「自分を……表現……」

「貴方は随分と自分を表現することに億劫なようですわね?」

「で、ですが、そんな、自分の命がかかっているのに表現だなんて……」

「他者に死生観を語る趣味はありませんけれど、貴方はどうにも後ろ向きでいけませんわね? たまには、思い切りはっちゃけてみることも大切だと、私は思いますわよ? それこそ、先刻に見せたように」

 ジッとアーデルハイトがタゴサクを見つめて言う。

 髪と同じ金色の瞳がタゴサクのそれを強烈に捉える。

「は、はっちゃけるなんて、ぼ、僕は……」

「これ、飲みまして?」

 アーデルハイトが懐より何かを取り出す。

「こ、これは?」

「ウィスキーですわ。震えが止まらないというならば一杯に限り許可いたします。万が一にもシャトルの運転を失敗して貰ってはたまりませんから、酔いの回らない程度に口としなさい」

「あ、え、は、班長はいつもそのようなものを?」

「……班長?」

「あ、いや、アーデルハイト殿は普段からそうしたものを?」

「悪いかしら?」

「い、いえ、滅相もないですっ!」

「お酒は心の潤滑油ですわ。緊張を取るにはこれに限りますことよ?」

「は、はぁ……」

「これもまた今の最高を維持するのに大切な要因ですわ」

「……左様ですか」

 手渡されたそれを眺めてタゴサクは小さく相槌を打つ。

 酒など滅多なことでは飲まない彼である。過去に口とした経験は数度しかない。ウィスキーと言われてもアルコール度数の高い酒類というイメージしか浮かばない。決して酒に弱いという訳ではないが、自分には似合わないと勝手に決め付けて縁遠いものとしていた節がある。

「では、その、頂きます……」

「ええ、好きなように」

「…………」

 キャップを外して一口、咥内に多少を含む。

 そうして、一息に薬でも飲み込むようゴクリと嚥下した。

 途端に広がる胸を焼くような感触。思わず口を開いて大きく息を吸って吐いてする。過去に僅かばかり飲んだ記憶のあるビールやらワインやらと比較して、圧倒的に濃いアルコールが彼の食道を焼いた。肉体が一瞬にして熱に茹だる。

 思わず身震いなどしてしまう。

「あら、お酒は苦手だったかしら?」

「あ、いや、こういうのは初めてだったもので……」

「そう? 遙か昔は処方箋にも名の書かれたお酒よ?」

「そ、そうなのでありますか?」

「だから、あまり震えるのは止めなさい。そうして震えている貴方が最高の貴方というならば私は止めませんわ。思う存分に震えているが良いでしょう。けれど、今の貴方はきっと最高ではありませんでしょう?」

「…………」

「折角、と言うのも貴方にしては笑えない話でしょうけれども、紆余曲折、このような舞台に立てたのですから、一世一代、貴方の最高の男を見せてみてはどうかしら? それくらいの根性がなくては成せるものも成せませんでしてよ?」

 相手の顔を覗きこむようにして言うアーデルハイト。

 タゴサクは何と返したものか、言葉に悩んだ。

 そんなとき、不意にシャトル内のスピーカーからデニスの声が響く。同時に操縦席の正面に大きなウィンドウが浮かび上がり、管制室に座ったデニスの姿を映し出した。何やら忙しなく両手を動かしては、周囲に並ぶ機器と格闘している。

『……シャトル内には機体が一機積まれている。兵装は宇宙仕様』

「ええ、分かったわ」

『……では、発射のカウントに入る』

「頼みましたわよ、デニス」

 マイク越しに受け答えする二人は酷く淡々としたものだ。

 酒のボトルから口を離して、タゴサクはその様子をただ見つめる。この二人は自分とは違う生き物なのだと、そう実感していた。思考からして別物、部隊が違えば人もまたここまで違うのかと、そんなことに思考を占拠されていた。

 そうして、彼が迷走を続けている間に状況は整えられていく。

「あ、あの、これ……」

 タゴサクはハッと思い出したように手にした酒をアーデルハイトへと向ける。

「結構ですわ、貴方が持っていなさい。後で返してくれれば良いですわ」

「は、はい……」

「では、貴方もしっかりと頼みますわよ」

 そうしてアーデルハイトは席を立ち、彼の肩をドンと叩くと操縦室を後とする。席の後ろに設けられたドアは、シャトル後部に続く機体の格納庫へと続く。タゴサクはその先へ消えていく上官の姿を無言のまま見送るしかできなかった。

 やがて、彼女が去ってからしばらく。

『アーデルハイトから応答を確認。発射、三十秒前』

 機械的な少女の声がシャトルの操縦席に響いた。

 また、それと同じくしてアーデルハイトの声がタゴサクの元へマイク越しに届く。操縦席正面に新たなディスプレイが浮かび上がり、そこに機体内へ収まった彼女の姿が浮かび上がった。デニスのそれと合わせて、横に二つが並ぶ形である。

『タゴサク、しっかりと頼みましたわよ? 同期は私がとりますから、それに合わせて後部のカーゴを全開に開いて機体を放り出しなさい。回収のタイミングも同様にこちらから指示を出しますわ』

「はっ、了解であります」

『では、一つ頑張ると致しましょう』

「はっ!」

『……十秒前』

 淡々と伝えられるデニスの秒読みを受けて、タゴサクの緊張も鰻登りだ。

 手に握る操縦桿は汗で滑りてかてかと光るほどである。

 お酒の為か、緊張の為か、身体の内に熱いものを感じてタゴサクはハァハァと息も荒く呼吸を繰り返す。そうしていると、不意に、発射の秒読みを始めたデニスより急遽報告が入った。

『上空において急速に地表へ接近してくる何某かの存在を確認した。三、二、一、零、秒読みを飛ばして発射する。各自、急な衝撃に備えるべし……』

「えっ!?」

 タゴサクの呻きにも似た疑念の声。

 それと同時に全身が座席へと押し付けられる強烈な圧迫感。

 シャトルが発射された。

『デニス、まさかかしら?』

『……その可能性が高い』

『くっ、なんとかして間に合わせますわよ。全力で飛ばしなさい』

『……分かった』

「ちょ、ちょぉおお、す、すご、か、身体がっ!?」

『タゴサク、この程度でうろたえているのではありませんわ。静かになさい』

「で、ですがっ……」

 強烈な圧迫感を受けてタゴサクは身を震わせる。

 シャトルに乗ってマスドライバーで打ち出されるのは始めての経験であった。

 一方、その目前に浮かんだ画面には平然とした表情でデニスと会話をするアーデルハイトの姿がある。自分と大差ない、それも女の身である彼女の何処にここまでの胆力があるのか、疑問に思わずには居られない光景であった。

 青空と緑の広がっていた周囲の光景が、しかし、瞬く間に後方へと流れて消えていく。地表を眺められたのは十数秒足らずだ。凄まじい勢いで加速したシャトルはあっと言う間に空を上っていった。

 やがて、雲の層を幾つか越えると急に周囲の景色が淡白になり、やがて、上空に眺める空の色が変化する。青から紫へ、そして、やがて先に待つ黒へと段々色を濃くしていく。その様子を映像に眺めて、タゴサクは自らが本当に地球を脱したのだと知る。

 そして、そこまでくると目に映る光景は宇宙と大差ない。障害物の失われた進行方向では、時折、星が瞬くようにキラキラと光り輝く何かが見える。それも一つや二つではない。数え切れないほどの光の瞬きが彼の目に映った。

 そして、その意味するところを理解して彼の心はどっと重いものに押しつぶされる。

「あ、あぁ、あれは……」

 遠く光の帯が伸びる。

 軌跡を辿るように幾つもの星が瞬いては消えていく。

 音のない世界で眺める静かな花火だった。

『タゴサク、推測される対象を機体のレーダに捉えましたわ』

「はっ!」

『この距離だと詳細は知れませんが、恐らくは無線誘導されるミサイルの類でしょう』

「はっ!」

『相手の軌道データを送りますから、機体の開放座標を確認なさい。万が一にも失敗は許しませんわ。下手を扱きましたら、後で性病のカクテルをプレゼントしますから、覚悟なさい』

「りょ、了解でありますっ!」

 シャトルの操縦席に映るアーデルハイトが言う。

 タゴサクは慌てて送られてきたデータを端末へと入力していく。

 シャトルのレーダーにはまだ反応がない。しかし、シャトルに収められた機体より送られてくるデータには、その存在が確かに示されていた。タゴサクは送られてくるデータから以後の軌道を計算して、迎撃可能な地点を割り出す。結果、得られたうちより最も地球より距離のある地点を一つ選び出す。

 その結果は即座にアーデルハイトの機体へと報告されて、承認の報が成された。

『よろしいですわ、では、作戦行動を開始しますわよ』

「はっ!」

 望む先には依然として小さな星々の瞬く様子が拝める限りである。

 しかし、着実に近づいてくる脅威を思うと、タゴサクの操縦桿を握る手は自然と硬く強張った。予測された軌道が目の前の画面に映し出されて、刻一刻とシャトルの元へ近づいてくる。

『シャトルと機体を同期させましたわ。以後、管制をタゴサクに預けます。こちらは機体の操作とミサイルの発射タイミングに頭を割くこととなるので、それ以外は全てそちらで持つこと。良いですわね?』

「ま、万が一、失敗した場合は……」

『その時はタゴサクが味方兵敵兵、合わせて数十万人を殺したことになりますわね』

「なっ……」

『それが嫌ならば確実に成功させなさい。わかりましたわね?』

「ですが、そ、そんな、自分には……」

『貴方は男でしょう、そのような情けない台詞を吐くものではありませんわ』

「だけど、数十万なんて、僕は、僕は……」

 アーデルハイトからの容赦ない叱咤を受けて、タゴサクは胃がズキズキと痛むのを感じた。それこそ皮膚も肉も越えて、直接、臓器を鷲掴みに握られた風である。自然と顔色は青くなって、ただでさえ情けない顔だ更に貧相なものに変化する。

 けれど、彼の上司は優しい言葉を掛けることはない。

『さぁ、そろそろ到着しますわよ。シャトルの制御をなさい』

「……は、はい……」

『失敗は許しませんわよ』

「……了解であります」

 陰鬱とした思いを抱えたままタゴサクはシャトルを操作する。

 作業に最低限必要な訓練は受けてきた。しかし、実際のそれが敵兵味方兵合わせて数十万の人命をかけた作戦ともなれば、手だって震える。椅子に座ってすらガクガクと絶え間ない身体を必至に押さえて、タゴサクは作業を進めた。

 シャトルの後部ハッチが開けられる。

 地球の影に隠れて真っ暗なシャトル、その内より明かりが洩れる。火の灯る機体は両眼をキラリ光らせて応答を見せた。タゴサクは機体より絶えず送られてくるデータにより補正を掛けつつ、目的の地点へと誘導を行う。

 そして、全てのデータが合致を見せたところで、アーデルハイトの登場する機体に掛けられた枷を取り払う。四肢の固定を外されて自由になった機体はすぐにシャトルから距離を取り、レーダーが示すところへその鼻先を向ける。

『ミサイルによる迎撃が失敗した場合、シャトルを軌道上へ上げてぶつけます。すぐに退去できるよう準備をしておきなさい。その場合は私の機体で貴方を回収するので、そのことも念頭に置いておくことですわ』

「りょ、了解であります」

『さて、では逐次ミサイルの軌道予測データを送ってくださいまし』

「はっ……」

 言われるがままに端末を操作してタゴサクは機体からのデータを計算、リアルタイムでフィードバックしていく。その値を確認してアーデルハイトは機体の位置を操作、同時に発射体勢となったミサイルのパラメータを更新する。

『標的が射程圏内に入りましたわ。ミサイル、発射しますわよ』

「は、はいっ」

 先刻までの戦場を思えば、とても静かな戦いだった。

 けれど、鼓動の緊張の度合いは比でなかった。

 ごくりと唾を飲み込む音がシャトルの操縦席に響く。

 そこで、不意にアーデルハイトの声が上がった。

 それは今までの落ち着いた彼女のそれとは一転して、焦り交じりの一声である。

『っ……、しまった、タゴサク、すぐにシャトルを避難させなさいっ!』

「……は、はい?」

『レーダーに機体反応、ミサイルはまだ発射されてませんわっ!』

「え?」

 アーデルハイトの言葉にタゴサクの身が固まる。

『まさか、地球の重力圏ギリギリまで粘るとは自軍ながら大した度胸ですわ……』

「あ、相手は機体ですか?」

『ええ、機体が五機、牽引のミサイルが五十機、悲しいことに全て味方機ですわ』

「そんな……」

『それだけ合戦は連合の優位に進んでいるのでしょう。先に基地へと機体を落としてきたのも伊達ではありませんわね。基地に限らず遠征に参加した敵軍の全てを根絶やしにするつもりなのですわ』

 ぎりとアーデルハイトの歯を食いしばる音がマイク越しにシャトルまで届けられる。珍しくも感情を露呈させる上官の姿を眺めて、タゴサクは自らの内の不安を増大させる。機体と違い物資の運搬に特化したシャトルには大した武装もない。敵に狙い打たれては容易に撃沈されるというのが定石だ。

「で、では、どうするのでありますかっ!?」

『そんなもの尋ねるまでもありませんでしょう? この場で駆逐するまでですわっ!』

「そんな……、たった一機で倒せる筈がありませんっ!」

『やってみなければ分からないでしょう? それとも、貴方は私に地上のデニスを見捨てろと言うのかしら? ただでさえ人員の減った班員を更に減らすような真似を私は致しませんわよ』

「ですがっ……」

『敵の索敵距離にも入っているはずですから、貴方はシャトルを操作して戦闘領域から逃れなさい。そして、万が一にも私が打たれたならば、その機体をぶち当ててでも相手の進行を止めるのですわ』

「…………」

 アーデルハイトの有無を言わさぬ命令にタゴサクは絶句する。

 そして、そうこうしている内に相手は二人の下へと近づいてきた。シャトルが逃げる間もない。相手より一斉に機体搭載のミサイルが放たれる。ロックオンを知らせるアラートがシャトルにも機体にも鳴り響く。それを合図として戦闘は開始された。

『いきますわよっ!』

「う、うぅっ……」

 ずきずきと痛む胃を必至に抑えて、タゴサクは無理矢理に操縦桿へと手を向ける。人型を模していない為、脳波による操作の難しいシャトルである。それでも死にたくないから、ただそれだけを念じて彼は必至に体勢を立て直す。機体を収めるカーゴを元に戻して、その正面を敵の迫る側とは反対に向けて対面積を最小に保つ。

 あとは、只管に逃げ回る限りだった。

『きましたわっ! タゴサク、貴方も男なら頑張りなさいっ!』

 そうしてアーデルハイトの機体がシャトルの傍らより飛び立っていく。

「うあ、ああぁ、ぁっ……」

 間髪置かず、索敵の範囲全面が一斉に赤い印で埋まった。それは凄まじい勢いでタゴサクの乗るシャトルへ向かい進み来る。だから、彼にできることは唯一、推進剤を散らし逃げ回ることだけだった。

 相互に距離を詰めれば戦闘もすぐさま始まる。

 アーデルハイト機と敵機、それぞれ手にした飛び道具が右へ左へ絶え間なく飛び交い始める。それは先刻に光の帯としてみた戦場の流れ星。けれど、今は自らの命を脅かす脅威の瞬きである。

「うぉああああああっ!」

 右へ左へ、タゴサクは必至になってシャトルを操った。

 相手取った五機、そのうち一機がタゴサクを落とさんと光学兵器を放つ。それを薄皮一枚、表面装甲を散らしてぎりぎり回避する。同時に次への回避運動へと繋げる為、正面に取り付けられた小型ミサイルの幾らかを散らす。シャトルに搭載された唯一の武装である。

『なっ!?』

 ともすれば、終始開かれていたオープンチャンネルより交戦機に乗る者の声が届けられた。タゴサクが向けたミサイルを旋回に次ぐ旋回により回避して一息、機体より続けられたのは罵声の連打である。

『貴様っ! シャトルの分際で面倒な真似をしてくれるっ!』

「だ、だったら退いてよっ!」

『おいっ、そのパイロットスーツは何だっ!? 貴様、まさか連合軍兵かっ!?』

「だったら何だって言うんだよっ!」

 シャトルの操縦席正面に浮かんだ画面には、見慣れたパイロットスーツの男が一人映し出されている。顔こそ知れないが、間違いなく連合軍の兵であった。それも階級はタゴサクより五つも上である。

 そして、そんな相手もまたタゴサクを画面に眺めて、自らと同じ所属を示す姿に疑問の声を上げる。

『まさか、この土壇場で味方を裏切ると言うのかっ!? 何のつもりだっ!?』

「そっちこそ核を落とすだなんて、どういうつもりだよっ!」

『黙れ、命令は絶対だっ! 貴様も軍人ならばその程度を理解できないでどうするっ!』

「そんなの君が今の君の立場に居るからこそ言える言葉じゃないかっ!」

『やかましいっ! 犯罪者如きが偉そうに講釈を垂れるなっ!』

「ち、違うっ! 僕は断じて犯罪者なんかじゃないっ!」

『えぇい、貴様のような下種とくっちゃべっている暇などないのだ、とっとと落とされろっ! シャトル風情で何ができる。こっちは昇進が係っているのだっ!』

 バランスを整えた敵機が再びシャトルへ銃口を向ける。

 対してタゴサクはその射程より外れようと必至に距離を取る。しかし、如何せんシャトルと機体とでは機動性に大きな開きがある。バーニアを吹かして迫る敵を相手取っては、幾ら急いでも逃れることはできない。

『くたばれっ!』

「うぁぁぁああああああっ!」

 眩い光帯が放たれる。

 機体と比較して装甲の貧弱なシャトルだ、まともに当たれば撃墜必至。

 けれど、それをタゴサクはまたしても回避した。

『なっ、ま、また避けただとっ!?』

「い、嫌だっ! 死にたくないっ、死にたくないっ、死にたくないっ!」

 涙と鼻水とでぐちょぐちょになった顔をガタガタと震わせながら、それでもタゴサクは逃げることを諦めていなかった。前も後ろもない真っ暗な宇宙の一片で、己の感ずるがままにシャトルを操る。

『糞っ、このっ、ちょこまかと動きやがってっ!』

 繰り返し放たれる光の帯をタゴサクはどれも紙一重で交わしていく。

 じゅっと装甲が焼かれるたびに胃が痛んだ。

 けれど、それを諌める余裕すらなく、ただ、只管に次なる避け道を探して宙を飛び回る。

『当たれっ! 何だ貴様っ、何故に機体のライフルがシャトルに当たらないっ!?』

「あた、あたた、当たったら、当たったら死んじゃうじゃないかぁぁぁあっ!」

『当たって死ねと言っているんだっ!』

「絶対に、嫌だぁあああっ!」

 そうしてシャトルと機体の追いかけっこは延々と続けられることとなった。

 恥も外見もなく喚くタゴサク。

 その後を追って相手もまた声も大きく叫びを上げて迫る。

 その繰り返しだった。

 一方、アーデルハイトもまた、元の五機より一機を除いた四機を相手として戦闘を開始していた。敵は当初、シャトルに一機、機体に一機を除き、他は二人を無視して地球へ進まんと迫った。そこへ食いついた彼女が、全てをミサイルで狙う形となり、今の状況を作り出していた。

 五十機あった核うち、早々に地球へ向けて撃ち放たれた十機については、全てがアーデルハイトの機体が放つミサイルによって打ち落とされた。その光景を目の当たりとして、敵もまた彼女の撃墜を作戦完遂の必須条件として認めたらしい。

 連合軍兵はアーデルハイトの周囲を囲い込んで執拗なまでに攻め立てる。

 けれど、タゴサクに同じく彼女もまた早々に撃たれることはなかった。

『まだまだ、この程度ではやられませんわよっ!』

『くっ……』

『四人の精鋭を相手に立ち回るなど……、貴様、本当に基地の人間かっ!?』

『そうだと言ったら、この物騒なものを後ろへと引いてくれまして?』

『はっ、冗談は寝てから言えっ!』

『いい加減に落とす、高々一機で何ができるというのだ、犯罪者風情がっ!』

『やれるものならやってみなさいっ!』

 敵から絶え間なく放たれる光の帯を危ういところで避ける。そして、狙うのはその背後に連なるミサイルの一群である。敵機には構うことなく、彼女は依然として数の揃うそれを必死になって狙い続けた。

『おいっ、撃たせるなっ! 早く落とすぞっ!』

『分かっているっ!』

 そうして双方共に焦りばかりを増大させながら、地球を目と鼻の先においた攻防は続けられた。既に地球の重力はその場の誰も彼もの足へ絡み付いて、じわりじわりと争いの場を地上へ向けて進め行く。

 やがて、それぞれの機体に鳴り響くのは危機圏内を知らせるアラート。

 時を同じくして、アーデルハイトの機体が敵機からの直撃を受けた。

「くっ……」

 紫電を散らして右腕が肩から吹き飛んだ。

 握るライフルごと弾かれて、更には無様にも遠方へと転がっていく。

「アーデルハイト殿っ!」

『う、うろたえるのではありませんわっ!』

 敵から逃げ回るばかりであったタゴサクの元にも、その様子は機体からの同期信号として鮮明に入ってきた。それまでとは調子を変えて座標を移すアーデルハイト機。その姿に彼の焦りは一層のこと酷いものとなる。

「で、ですがっ!」

『まだミサイルは打ち落としていませんわっ!』

「無理です、も、もう無理ですよっ!」

『初めから無理だと決め込んでいては、叶う筈の何事も叶わなくなってしまいますわ!』

「全然、初めからじゃないですっ!」

『なんですってっ!?』

「もう沢山、頑張った、凄く頑張ったじゃないですかっ!」

『沢山? 頑張った? まだまだ全然ですわよっ! これからが本番ですわっ!』

「そ、そんなのっ……」

 怖いほどの闘志を見せる画面越しに眺めて、タゴサクの背筋に寒いものが流れる。何がそこまで彼女を駆り立てるのか、彼には何もかもが理解できなかった。もう逃げ出してしまいたい。何もかも知らない、ただ、今と言う場所から逃げ出してしまいたいと、そんな想いだけが彼の中に渦巻いていた。

 けれど、それは幾度呼びかけても否定される。

『タゴサク、ミサイルを打ち落とすのですわっ!』

「で、ですがっ!」

『逃げてばかりいては何もできませんことよっ!? 貴方はそれで満足なのでしてっ!? そんな逃げてばかりの人生で満足ができると思いまして!? そんな下らない平静なんて私は御免ですわっ!』

 アーデルハイトの機体がミサイルの一群へ目掛けて飛び向かう。

『私の最高は今に逃げるべきでないと告げておりますわっ!』

「あ、アーデルハイトさんっ!」

『っぉおおおおおおっ!』

 喉を越えて腹の底から、雄々しい叫びすら上げて彼女は突貫する。

 そして、次々と伸びてきた光の帯に突かれて今度は両足を失った。

「あ、ああっ!? 班長ぉおおおっ!」

 不意に、タゴサクの目にコクピットより投げ出される少女の姿が映った。

 自分より背の低い、とても小柄な女の子だ。

「あっ、あ、あぁ……は、はん、は……」

 その光景があまりにも儚くて。

 もう何がなんだか自分でも理解できなくて。

 だから、タゴサクは咄嗟にシャトルを動かしていた。それこそ思考を全く通さない反射の領域である。自らを追う敵の姿すら忘れて、その小さな小さな、宇宙空間にあっては一度目を離せば二度と見つけられなくなってしまうような、彼女の姿を追った。

「はんちょぉおおおおおおっ!」

 機体の爆発からアーデルハイトを守るよう、その間にシャトルを盾とするよう滑り込ませる。それこそ神業とも思える操舵技術だった。僅か数十センチという間隔での急接近と停止である。

 そして、その隙を狙わない敵はいない。

 五機は一斉にアーデルハイト機へ、シャトルへと銃口を向けた。

『馬鹿めっ!』

 アーデルハイト機は直撃を受けて四散した。

 一方、シャトルは向けられた二筋の光の帯を装甲面で明後日な方向へと弾き飛ばす。

 電磁コーティングの成されたシャトルの一面を、直進する荷電粒子の帯に対して絶妙な角度に傾ける。これにより、本来ならば爆発炎上であったところを危うく免れたのだった。反射された光の帯は明後日な方向へと飛んで行く。

「あ、あぶ、あぶあぶあぶ……」

 ばくばくと痛いほどに脈動する心臓。それをぎゅっと服の上から押さえつつ、タゴサクはシャトルのカーゴを操作する。先刻に閉じたそれを再び開いて、背面に庇ったアーデルハイトを内側へと収容する。それと同時に僅か残された武装、ミサイルの全てを撃てる限り撃ち放った。

 他方、防がれた側は驚愕の一言に尽きる。

 まさか相手が今の危地を切り抜けるとは思っていなかったらしい。五機のうち二機はシャトルのミサイルの直撃を受けて大破した。残る三機は危ういところで逃れたものの、追尾するそれを撃ち破壊する為に大きく距離を取るに至る。

「は、班長っ! 班長っ! しっかりしてくださいっ!」

 操縦桿へ手を置いたまま、タゴサクは必死の形相でマイクへ呼びかける。

「班長っ!」

 パイロットスーツは宇宙空間での船外活動も考慮して作られている。その機能が十分に働いていたならば、まだ可能性はある。その僅かな希望に縋るよう、タゴサクは叫び続けるのだった。

 ともすれば、その願いは神に届いたのか。

『……は、班長では、ありませんわ……』

「班長っ!? 無事ですかっ!?」

『あ、アーデルハイトと呼びなさいっ、タゴサク……』

「あ、あぁ、良かった……」

『ここは……シャトル、ですわね?』

「は、はいっ……くっ、ま、また敵がっ!」

 上官の一命を確認したのも束の間、すぐに敵機からの砲撃が迫る。光の帯が音もなく伸びて装甲を焼かんと飛び来る。それを紙一重で避ける。同時に、タゴサクは今後の行動指針を求めるべくアーデルハイトに伺いを立てる。彼の頭は混乱の境地にあった。

「あ、アーデルハイト殿っ!?」

『ミサイルは、ミサイルはどうなっておりますのっ!?』

「は、はい、残り三十八機が依然として健在です」

『くっ……』

 マイク越しに悔しそうな声が届けられた。

「う、うぁぁぁあああああっ!」

 そして、その声をかき消す勢いでタゴサクの悲鳴がシャトル内に響く。

『な、何が起こりましたのっ!?』

「て、敵が、敵の増援の反応がっ!」

『なんですってっ!?』

 索敵に映る赤い印の数が、いつの間にか数を増していた。それこそ今までの比ではない。数十から成る大隊がタゴサクのシャトルを目指して遠方より迫っていた。そして、その中には既に発射されて思われるミサイルを示すものも多数存在する。

「み、ミサイルも迫っていますっ!」

『弾頭はっ!?』

「わ、わかりませんっ!」

 マイク越しやりとりを繰返していると、カーゴから操縦室まで移動したアーデルハイトがタゴサクの前に姿を現した。その姿を一目眺めてタゴサクは思わず目を疑う。パイロットスーツこそ無事だが、額からはだくだく夥しい量の血が流れていた。

「あ、は、班長っ!?」

「これくらい大した怪我ではありませんわ」

「ですがっ……」

「それより、今はミサイルをどうにかすることが先決ですわ」

 気丈にも振舞って、彼女はふらつく足取りのままタゴサクの隣へと腰掛ける。決して大丈夫とは言えない姿だった。出発前の覇気も薄れて、押せば容易に倒れてしまいそうな危うさが感じられる。

「タゴサク、ミサイルを撃ちなさい……」

「で、ですが……」

「みさ、ミサイルを……」

 そうして、席に着いて安堵したのか、そのまま彼女は気を失ってしまった。

「は、班長っ!? 班長っ!?」

 慌てて脈を取る。

 幸い事切れてはいなかった。

 しかし、その表情は険しいままである。時折、苦しそうに過呼吸を繰り返すあたり、体調は相当に良くないと彼の目に映った。それこそ、すぐにでも病院へ運び込んでの処置が必要に思われた。

 けれど、戦場は待ってくれない。

「ど、どうすれば、どうすればいいんだよぉっ!」

 誰に言うでもなく叫ぶ。

 ともすれば、そうこうしている間に難を逃れた敵機三機が迫り来る。

 まさか、シャトルで機体三機を相手取るなど人間業でない。

『この、シャトルの分際でよくも仲間をっ!』

『いい加減に落ちやがれっ!』

『ジョニーを、ジョニーをよくもやりやがったなっ!』

 敵もまた仲間を討たれたことで必死だった。

 今度ばかりは絶対に当てると銃口をシャトルへ向ける。周囲を囲うように囚われては、今までを凌いできたタゴサクにしても絶望を感じる。思わず何もかもを放棄して、その先にある安らぎを幻視してしまった。

 あぁ、これで終わるんだ。

 そんな淡い想いが胸の内に溢れる。

 けれど、世界はまだ彼に安らぎを与えることを許さなかった。

『待てぇえええええええっ!』

 声は公開回線に乗ってその場の全員に届けられた。

 同時に凄まじい勢いで、地球重力圏内より迫り来る機体の姿が、誰も彼もの元へと届けられる。索敵に示された機体コード不明の何かが、一直線にタゴサク達の戦場へ向けて迫ってくる。

「こ、今度は何だって言うんだよっ!?」

『そこを退けっ!』

「えっ!?」

『いいから、そこから退けって言っているんだよっ!』

「あ、あうああああっ!」

 何がなんだか分からないまま、タゴサクは慌ててシャトルを操縦する。

 ともすれば、彼がその場より退いた瞬間、周囲一帯が凄まじい太さの光の帯によって埋め尽くされた。タゴサクを狙っていた三機は逃れる暇も無い。光の奔流に飲み込まれて、その内で大きな爆発を繰り返し落ちていった。

「な、何が……」

 呟いたところで操縦席正面に見覚えのある顔が映る。

『お、おい、カーゴを開けてくれ、早く』

「え、あ、え!?」

『いいから、早くカーゴを開けろっ!』

「あ、わ、わかりましたっ!」

 スティーブだった。

 そして、彼の搭乗していたのはあろうことか味方の新造機であった。それこそ敵も味方も血眼になって探し回っていた一機である。それを彼が乗り付けて今この場に現れたのだった。

 タゴサクは言われるがままにシャトルのカーゴを開ける。

 ともすれば、彼は機体をその内へと収めて、ガレージへと機体を固定させる。

 機体が納まったのを確認して、タゴサクは慌ててカーゴを閉める。内部の気圧及び酸素濃度を地球上のそれと同様まで加圧。そして、索敵範囲に存在する敵が依然として遠距離にあることを確認、駆け足で操縦席を後とした。全くと言って良いほどにほどに状況が理解できないでいた。それゆえの駆け足である。

 廊下を駆けて、扉を幾つか抜ける。

 ともすれば、そこには銀色に光り輝く従来機より一回り小さな機体の姿。

 そして、半開きになったコクピットから覗く敵兵の姿。パイロットスーツのまま、項垂れるようにしてぶら下がっている。どれだけ贔屓目に見てもまともな姿ではなかった。死んでいるのではないかとすら思える。

「ちょ、ちょっと、どうしたんだよっ!?」

 一切合財が理解できなくて、タゴサクは慌て調子のまま駆け寄った。

 ともすれば、ぴくりその身体が反応を見せる。

「これ、持ってきてやったんだから……、あとは頼んだ、からな……」

 見れば彼の身体は血塗れだった。

 太股の傷口からの出血が激しい。加えて、右腕に銃で撃たれた痕がある。弾丸は貫通してるようだった。彼が動くに合わせて、ぷしゅっと音を立てて血液が飛沫する。また、全身の至る箇所に殴打の痕が見られる。それこそ満身創痍を絵に描いたような姿だった。

「ちょ、ちょっと、後は頼んだってどういうことっ!? ねぇっ!?」

「…………」

 タゴサクは必死の形相で問う。

 しかし、相手は何を問うても応えてくれなかった。

 ただ、目を瞑りその場に在るのみである。

 ぐったりとした肉体には力が感じられない。

「な、なんだよ、なんだよっ! 僕にどうしろっていうんだよっ!?」

 タゴサクは慌てふためいた。

 とりあえず脈を確認する。そこで彼が事切れた訳ではないことを理解する。しかし、だからどうしたとすぐに暗鬱が迫る。上官も意識不明、助けに来てくれたのだろう敵兵も意識不明。加えて、敵兵と化した味方兵の数十があと数分後に到着予定。更には依然として残るミサイルの山。

 そして、自分はこの宇宙空間に一人きり。

「なんでっ、どうしてっ、僕ばっかりっ!」

 ふつふつと怒りにも似た感情が胸の内で煮沸するよう湧き上がる。

「あ、ああ、ああああああっ!」

 逃げ場もない、何もない、ただ、焦りばかりが募りタゴサクの精神を乱していく。混乱に次ぐ混乱でまともな思考は保てない。今までアーデルハイトの後を追うことが叶ったのですら奇跡に近い。そう思わせる咆哮だった。

 だから、目の前でぐったりと横たわった少年の姿に何かが切れる。

 タゴサクの中で、何かとても大切なものの切れる音が響いた。

「こ、こんなの、こんなのっ……」

 脳裏に響いたのはアーデルハイトの言葉。

 そんなの今の自分が、今の自分にとって、何より一番の選択の上に乗っているからに決まっていますわ。ならば行うべきは怯えることではなくて、今の自分の最高を世界へ目一杯に表現することではなくて?

 言うのは非常に簡単で、行うのも彼女ならきっと簡単なのだろう。

 タゴサクはそう強く想った。

 そんなだから。

 そんなだから。

 そうして語った彼女すら憎らしくて、強く握った拳が震える。

 色々と限界だった。

「ああああああああああっ!」

 ポケットにしまわれていたウィスキーのボトルと取り出す。

 そして、それを一息に全て飲み干した。

 喉を痛いほどに焼く灼熱が食道を越えて段々と下がりゆく。その火傷しそうなほどの熱に胸を焦がしながら、一瞬にして茹で上がった肉体は、タゴサクの内に残っていた最後の枷を取り払った。

 それは自制とか理性とか、そんな風に呼ばれるものだった。

「もう知らない、僕はっ、何も知らないんだからなぁああっ!」

 空のボトルを放り出す。

 スティーブをコクピットから引き摺り下ろして、カーゴより操縦席へと運び込む。そして、開いたスペースへと自らの身をドシリと収めた。白銀の機体に何を物怖じすることもない。機体の整備など、それこそ日常的なものであったじゃないかと、そうして考えれば腕は勝手に動いた。必要なパラメータを設定して、駆動に問題が無いことを手早く確認する。

「もう、もう、これで終わりなんだよぉっ!」

 そうして、タゴサクはシャトルから機体を飛び立たせるのだった。

 一つ、雄たけびと共に。

◆ ◇ ◆

「敵に反応、新造機が近づいてきますっ!」

「先発隊はどうしたんだっ!?」

「ぜ、全滅です。ミサイルも全て破壊されてしまっていますっ!」

「何だとっ!?」

「凄まじい勢いで、せ、迫ってきます」

「糞っ、どうなっていやがるんだっ!」

 核を手に地球を目指す同部隊は大いに慌てていた。

 本来ならば、数刻前に出発した先発部隊で全て片付く筈であった。それが何故か全滅。しかも相手はシャトルと機体のコンビである。このままでは部隊全体の沽券に関わると、慌てて後発隊を編成した次第だった。

 そして、そんな彼らの元へ迫るのが奪われた筈の新造機である。

「おい、貴様っ、何者だっ!? 敵かっ、味方かっ!?」

 機体に搭乗し部隊の指揮を執る男が語りかける。

 ともすれば、彼の前に現れたのは自軍のパイロットスーツに身を包んだ少年兵である。その姿を目の当たりとして、彼は地上部隊が奪還作戦に成功したのだと、思わず頬を綻ばせた。

 しかし、それも僅か一瞬の出来事である。

「おお、見事奪還してみせっ……」

 最後まで言葉が紡がれることは無かった。

 それは新造機から放たれた極太の荷電粒子砲によって掻き消された。

 強大な光の帯が僅か数瞬の間に部隊の半分を光の渦へと掻き消した。真っ白な中で味方機は一様に爆発、大破した。それこそ何を想う間もない出来事である。敵も味方も何もあったものでない掃射だった。

 密に並んでいたのが災いして、一群はたった一撃で三分の一が失われた。

「て、敵だっ! こいつ敵だぞっ!?」

「捕えろ、と、とと、捕らえるんだっ!」

 明確な敵意を示されて、どっちつかずに在った態度が一転する。

 五十を越える機体が一斉にタゴサクの駆る機体へと銃口を向けた。誰が声を上げるまでもなく、そこからは一斉に光の帯が放たれる。まるで眩く光り輝く雨が如く、白銀へ目指し降り注ぐ。

 けれど、その一筋たりとも彼に触れることはない。

 その合間を縫うよう凄まじい勢いで飛び交っては、片手間に近隣の機体を次々と手にしたライフルで打ち落としていく。そして、僅かでも余裕が生まれたならば、即座に荷電粒子砲を撃ち放ち、宙に数多の星を咲かせる。

「ば、化け物っ……」

 連合兵は何を呟く暇もない。

 たった一機を相手に手も足も出なかった。

 それも自分達が作った機体を相手にである。

「ひ、ひぃいいっ!」

 五十が四十に、四十が三十に、三十が二十に、連合軍は白銀を追う筈が逆に追われて、凄まじい勢いで数を減らしていった。それと同時に、用意したミサイルが至るところで爆発、誘爆を誘いそこらじゅうで核の花火が上がる。

「来るなっ! く、来るなぁあああああっ!」

「やめろぉおおおっ!」

「し、死にたくないっ、死にたくないぃいいいいいっ!」

 そして、それをものともせずに白銀は宙を駆り続けた。

 視界が真っ白に染まっても躊躇しない。

 それこそ、その場にある全ての機体を駆逐せんという勢いであった。

 始まりの光は一瞬のこと。終わりなど何処にも見当たらず、ただ、延々、只管に敵機を目指しては打ち落とし続けるのだった。手にしたライフルは一度たりとも外れることはなく、狙った先では必ず機体が四散する。

 必中必殺。

「やめてくれぇえええっ!」

「うぁああああああああっ!」

「嫌だっ! 嫌だっ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁあああああっ!」

 そんな一方的な破壊活動は、その宙域一帯に陣を成した連合軍の全てが駆逐されるまで終わることは無かった。争いの場が地球の重力圏に囚われても、それに構うことなく延々と続けられた。

 途中、白銀も腕が折れて消えた。足が取れて散った。

 けれど、それでも操縦者は、タゴサクは、一向に手を止めようとはしなかった。そうする以外に選択肢はないのだと、熱に茹だった風に、ただ只管に敵を求めては打ち倒すという作業を続ける機械と化していた。

 そうして、やがて、戦いは連合軍の撤退という形で終焉を迎える。

 タゴサクの地上への落下という形で終焉を迎える。

 バーニアを吹かしても逃れることは叶わない。背部に四機備えられたうち三機は全壊して、重力下では満足に機体を動かせない。片腕片足になって、武装すら失っては、既に機体としての機能を喪失していた。

 ただ、コクピットから悲鳴が上がることはいつまで経ってもなかった。

◆ ◇ ◆

「……こ、ここは……」

 シャトルの操縦席で目を覚ましたのはアーデルハイトだ。

 頭(かぶり)を振って自らの置かれた状況を思い起こす。そして、自分が機体を失い、タゴサクに助けられた一連の経緯を思い起こす。ともすれば、同時に懸念すべきミサイルの所在が凄まじい勢いで脳裏を駆け巡った。

「そうですわっ、み、ミサイルはどうなりましてっ!?」

 慌てて計器へと目を向ける。

 すると、そこには一切合財の印が消えた綺麗な画面があった。

「……え?」

 ぽかんとして口を開く。

 つい先刻まで溢れていた連合軍の印がすべて失われたいたのである。一瞬、シャトルが別のとんでもない場所まで飛んでしまったのかと疑う。しかし、その座標は戦場の延長にあって、然して離れていない。

 では、絶望的とも思えた状況は何処へ消えてしまったのか。

 何が何だか分からないままアーデルハイトは頭を悩ませる。

 そこで、ようやっと彼女はすぐ隣の操縦席に腰掛ける少年の姿に目が言った。

「あ、貴方は敵軍のっ!?」

「やっと気がついた、ようだな……」

「どうしてここにいますの!?」

「そんなことより、今は奴を助けるのが先だっ」

「……奴?」

「そこを見てみるといいさ。今まさに地球へと落ちていく機体があるだろ?」

「…………」

 スティーブの言葉にアーデルハイトはレーダーへと目を向ける。すると彼の言葉どおり、地球に引っ張られて段々と高度を下げていく機体の姿があった。そして、シャトルはその機体を目掛けて最高速で飛行していた。

「ど、どういうことですの!?」

「あれはタゴサクだ。奴がミサイルを全て叩いてくれた」

「それは、ほ、本当ですのっ!?」

「ああ、だから、次は僕が奴を助ける番だ……」

 地の滲む手で必死に操縦桿へと手を乗せて、向かう先、白銀を追ってシャトルを走らせる。血の滲む肉体に構うことなく、必死の形相であった。足元には赤黒い池ができて、いまもぴちゃぴちゃと垂れる雫に音を立てている。

「タゴサクがあれに乗っているのですのっ!?」

「ああ、奴が僕の仲間達を、部隊全員を救ってくれたんだ……」

「そ、そうですか……」

 スティーブの言葉にアーデルハイトは一瞬だけ感慨深い表情を見せる。

「だからっ……つぅ……」

「な、ならばこれは私の仕事ですわ。貴方は退きなさい。そのような身体で何ができるというのですか。シャトルは私が操作しますわ。貴方は自分の身体の面倒を見ているべきですわ」

「い、いや、しかし……」

「いいから退きなさいっ!」

 有無を言わせぬ口調でアーデルハイトは操縦桿を奪い取る。そして、強引にその席へと腰を落とした。肉体の不自由もあってか、そこまでされてはスティーブも叶わない。大人しく隣の席へと腰を落ち着ける。

「何が何でも助けますわよっ!」

「当たり前だ。これで奴を地球へ落としてみろ。僕は一生笑われ者だ」

「ふふ、上等ですわ」

 口元に笑みを浮かべてアーデルハイトは応える。

「あの機体は……、信号が連合の新造機と一致しますけれど、貴方が持って来て?」

「ああ、帰ったら銃殺刑確定だ……」

「報われませんわね」

「いいんだ、どうせこの怪我じゃあそう長くはない……」

「悲観することはありませんわよ。諦めなければ道は必ず見えてくるものですわ」

「敵兵の慰めなんて要らない」

「別に慰めなんかではありませんわ」

「……そうなのか?」

「今、私がこうしているのも同じではなくて?」

「…………」

「さぁ、本日最後の作戦行動ですわ」

「……分かった」

 語るアーデルハイトの顔には満面の笑みが浮かんでいた。そこには微塵として苦痛も、悲しみも、焦りもない。ただ、絶対に自分が自分の望むとおりになるのだと、そう信じて疑わない自信だけが溢れていた。

 だから、そんな彼女に頷くスティーブも同様。

「いきますわっ、絶対に助けますわよっ!」

「ああ、当然だっ!」

 それからしばらく。

 シャトルと白銀の機体とは無事にランデブーを果たすのだった。