金髪ロリお嬢様SFラノベ

エピローグ

 極東の島国から太平洋を挟んで対面に存在する巨大な大陸。

 その中枢に位置する都市の一角に時代が選んだ英雄達は居た。

 何故に英雄が英雄足るかは単純明快。その者達の勇敢な行いに救われた人命は十万を下らない。現場に居合わせた誰もかもは英雄達の行いを褒め称えた。特に現場で働く者達から上がる賞賛の声には敵味方の区別もなく、一昼夜を絶え間なく響き渡っていた。

 十数年と続く戦時下にあって、しかし、その瞬間だけは連合も大国も一切の垣根を取り払って、今を生きる幸せに肩を抱き合ったと言う。この度の合戦は、両軍にそれだけの影響を与える出来事であった。

 圧倒的な数を揃えた兵達の言葉は、瞬く間に地表を駆け抜けて、地球に根を置く大国の世論を大きく動かした。曰く、憎むべきは連合軍にあって、その末兵の個人意思にまで怨恨を向けるべきではない、とのことだ。

 彼らは命を懸けて自分達救ってくれた。

 連合軍にありながら、拳を交えて在った大国軍の窮地を救ってくれた。

 まるで祭りのように沸き立つ兵達の歓喜は、やがて、大国の一般市民にまで伝わった。

 こうした一連の流れを受けて、大国にしても英雄を無碍に扱うことはできなかった。また、その英雄達の内に大国の産業基盤を支える巨大企業グループの愛娘、それも数年前に幾重不明になったのだと伝えられていた存在が含まれていたとあれば、当然、相応に思うところがあった。

 つまり、これほど美味い話は無いと、飛びつかん勢いで英雄達を祭り上げた。

 大国にとって、この度の出来事は決して悪いものではなかった。

 英雄達の活躍は大国にとって最高のパフォーマンスとなった。卑怯にも自国領土に自国軍兵を囮として核を落とそうとした連合軍。それを防いだのは皮肉にも自国軍兵と連合軍から成るチームである。これだけ人の心を揺さぶるシチュエーションは他に無いだろう。世論は政府の語るがままに沸き立つのだった。

 自らの命、軍人生命を捨て去ってまで、敵味方隔てなく核の脅威より兵達を守った英雄達である。その身に連合のパイロットスーツを纏う者達であっても、大国の民衆はその存在を大いに祝福した。

 そして、今、彼ら英雄達は一国の主との会見を前に在る。

「あ、あの、アーデルハイト殿、これは、どうなっているのか……」

「どうなっている? それはどういった意味ですの?」

「いや、ですから、何故に自分がこのような場所まで……」

「それは先方が貴方を呼びつけたからに決まっているからですわ」

「で、ですから、その理由が私には判らないのですが……」

「それだけの働きをしたのですから、当然だと受け止めれば良いのですわ」

「しかし……」

 慣れないスーツに身動ぎを繰り返しつつ、タゴサクは忙しなく視線を動かす。特に何をするわけでも無いが部屋の中を眺める。あっちを眺めたり、こっちを眺めたり、落ち着きなく目の向かう先を移ろわせる。それにあわせて身体もぴょこぴょこと動いて、眺める者にとっては鬱陶しいことこの上ない態度である。

 というのも、その一室は荘厳にして最高級。彼が今までに寝泊りしていた軍の詰め所とは雲泥の差であった。足元に敷かれた絨毯は足が埋まるのではないかと思うほどに毛長く、調度品の数々は触れることに抵抗を思うほどの存在感を放っていた。

「少しはジッとしていられませんの?」

「いえ、その、こんなことは初めてですから……」

「というか、それよりも私は貴方に幾つか聞きたいことがありますわ」

「な、なんでありますか?」

 アーデルハイトとタゴサクの他、同室にはデニスとスティーブの姿もある。それぞれタゴサクに同じく正装である。デニスは静かに椅子へ腰掛けて、手にした携帯端末を弄繰り回している。スティーブにしては、タゴサクほどではないものの、やはり落ち着かぬ様子できょろきょろと室内を見回している。

「貴方の機体を後で回収して調査を行いましたわ」

「わ、私の機体でありますか?」

「例えばライフルですけれど、銃身はガタガタ、結合部は緩んでいて規定の強度すら保てておりませんでしたわ。他にも脚部、腕部、そのいずれにしても非常にずさんな管理が成されていたようですわね」

「え、あ、そ、それは……」

 アーデルハイトの言葉にタゴサクの顔がぶわっと赤くなる。

 虐められっ子であった自らを彼女に知られるのが恥ずかしかったのだ。

「あれでは機体の補正すら意味がありませんわ。むしろ機械的に歪んでいるのですから、幾ら補正したところで当たる筈がないでしょう。よくあのような機体で今まで生き永らえて来れましたわね?」

「い、いや、それは違うんです、別に、僕は虐められてなんか……」

「貴方が過去の職場で酷い虐めを受けていたことは既に耳へ及んでいますわよ?」

「っ……」

「別に隠すことはありませんわ」

「で、ですが……」

 ソファーに深々と腰掛けたアーデルハイトは、おもむろに足を組み替えて対面を眺める。正面には足の短いテーブルを挟んでタゴサクの姿があった。同じ作りのソファーに浅く腰掛けて、緊張から背筋をピンと気味が悪いほどに伸ばしている。

「正直な話、まさか、あれほどの能力を持っているとは思いませんでしたわ」

「……え?」

「シャトルで機体を三機撃墜、加えて、幾ら高機能な新造機を用いたとは言え、単機で連合軍の艦隊を沈めたのですから、ええ、本来ならば三階級特進の上で勲章を二つ三つ貰っても、まだ山とお釣が返って然るべきでしょう」

「…………」

「それなのに当人である貴方がその調子ではどうするのですの?」

「え、あ、いや、でも、僕はただ夢中で……」

「……夢中でしたの?」

「は、はい」

「では、貴方はあの時、何に夢中で味方の軍兵を討って回ったのですの?」

「そ、それは、その……何と言いますか、自分でも……」

 黄金色に輝くアーデルハイトの双眸が、タゴサクの瞳をジッと見つめる。

 ともすれば、蛇を前にした蛙のようにタゴサクは身体を動けなくなった。言葉を濁すに唸ることもできない。何を言っても誤魔化せないと知って、自然、その口は大人しく自らの思うところを吐露した。白状した。

「それは、だって……貴方が自分の最高を表現しろって言うから……」

 尻窄みになりながら、赤面を隠せずにタゴサクは言葉を続ける。

「だから、その、だって、自分だってこのまま終わるなんて嫌だったし……」

 今更になって自らの行いに身が震える思いだった。もう二度と連合軍には帰れないのだと、もう連合には自分の居場所など無くなってしまったのだと、強烈な絶望となってタゴサクの胸中を抉った。

 けれど、そんな彼の悩みなど笑い飛ばす勢いでアーデルハイトは返す。

「あら、私の言葉など覚えていてくれましたの?」

「ど、どうせお酒によった勢いですっ!」

「ならば、酒に酔った勢いで殺された連合軍兵は、堪ったものじゃありませんわね」

「そ、それは……」

「今っていうのは、永遠に続くのですわよ? 今だって、その先の今だって、その更に先の今だって、あの時と同じではなくて? 何か特別に違うところがありまして? 少なくとも私は無いと思いますわ」

「…………」

「だから、ほら、今もしっかりと構えて自らを立たせなさい。私は直接に見た訳ではありませんけれど、後で確認した貴方の戦跡はとても素晴らしくて、カッコイイものでしたわよ?」

「か、カッコイイ……、でありますか?」

「ええ、ですから貴方はもう少し今の自分に自信を持つべきですわ」

 うんうんと頷くようにアーデルハイトが言う。

 ともすれば、傍らよりスティーブもまた言葉を投げ掛けてくる。

「お前は、お前以外にはできないことをやって見せたんだ。それは他者へ誇って然るべきだと僕も思う。むしろ、今のうじうじしているお前の姿を眺めていると、こんな奴に助けられたのかと少し腹立たしく思うくらいだ」

「い、いや、だけど、そんな……僕は……」

「その態度が良くない。もっと胸を張って生きろって言ったんだよ」

「……甲斐性無し」

「……え?」

 ぼそりとデニスまでもがタゴサクを眺めて呟く。

 四方八方から攻められて、タゴサクは所在無く肩を窄めて身を小さくする。幾ら言われても元来の性格だ。そう簡単に直すことは難しい。それは誰よりも本人が一番良く理解している。他者に言われたからと言って一石一鳥になんとかできるものではない。

 胃が小さく痛んだ。

「そういう訳ですから、せめて式中位は気丈に振舞ってくださいましね?」

「…………」

 けれど、そうして語るアーデルハイトを眺めてタゴサクは一つ気づく。

 胃の痛みとはまた違った、その少し上の胸の辺りがキュッと締まる感覚。

 彼女の言うとおりにしなければならないのだと、そんな風に強く感じている自らの心持に気づく。抗うことのできない、目にも見えない、形の感じられない不可思議な力を感じていた。

「分かりましたら、さぁ、まずはその情け無い顔をしゃんとなさい」

「い、いや、この顔はどうしようもありませんよっ!」

「そうかしら? もう少しキッと眦を吊り上げるくらいできませんこと?」

「無理ですよっ! アーデルハイトさんと一緒にしないで下さいっ!」

「まったく、やはり貴方は駄目駄目ですわね……」

 タゴサクの言葉を受けて、アーデルハイトはハァと有態に溜息など吐いて見せる。

 そして、そうこうしているうちに部屋の扉が開いた。現れたのは大国軍の軍服を着た下級士官である。全員が一室に揃っていることを確認して、それぞれの名を呼んで自らに付いてくるよう指示を出す。

「ほら、それじゃあ行きますわよ。タゴサク、デニス……」

「はっ、りょ、了解でありますっ!」

「……分かった」

 アーデルハイトの言葉を受けて二人は彼女の背に続く。

「それと、ええと、……スティーブでしたかしら?」

「なぁ、僕は君の隊の人間ではないのだけれど?」

「そのような細かいことを気にしては良い男になれませんわよ?」

「ふん、勝手に言っているといい」

 皆々、席を立って部屋を後とする。

 扉を抜けてしばらく歩くと、屋外に面したテラスへと通ずる廊下に至る。そして、続く先からはマイク越しに届けられる演説と共に、圧倒的な声量で響く歓声があった。まるで質量を持って思えるほどの声、声、声である。

 タゴサクは緊張から右足と右手、左足と左足を同時に前後へ運ぶ。

「タゴサク……、貴方、もしかして私を馬鹿にしていませんこと?」

「い、いえっ、そんなことはありませんっ!」

「ならば、もう少し人間らしい動きをしては如何かしら?」

「じゅ、十分に、ににに、人間らしい動きでありますっ!」

「まったく、本当に困った班員ですわね……」

 要領を得ないタゴサクの姿にアーデルハイトは少しばかり頬を膨らましてぶぅ垂れる。

 そして、何を思ったのか、不意に彼の脇へと並び立ち身を近づかせた。

「な、何か?」

「これで少しは緊張を解しなさい」

 そして、その頬にすっと口付けをするのであった。

「え……っ!?」

 タゴサクは思わず足を止めて、その場に留まってしまう。

 一方でアーデルハイトは然して意識した様子もなく普段通り歩みを運ぶ。

「さぁ、さっさと行きますわよ」

「え、あ、あのっ……」

「あぁ、それと以前に言った性病云々は自衛の為の嘘ですから安心なさい」

「い、いや、そういう意味じゃなくてっ!」

「ほら、遅れるではありませんわっ!」

 そうして後ろを振り返り笑うアーデルハイトは、自信に満ちる笑みを浮かべていた。

 一方、タゴサクはただただ戸惑うばかりだった。

 けれど、彼は確かに感じていた。今、この瞬間だけは、この戸惑いだけは、過去に感じたそれらとは全く異なるものなのだと。そして、決して居心地の悪いものではないと理解していた。

 ただ、それが大きな感情の瑣末な一端なのだと知るのは、まだ、もう少し先の話である。