金髪ロリお嬢様SFラノベ

プロローグ

「おい、タゴサクの奴、また自分で機体を弄ってるぜ」

 格納庫で油に塗れる青年を遠目に見つけて、フロアを進む幾人かの男達が笑い声を上げた。その誰も彼もは軍指定のパイロットスーツを着ている。基地周辺の哨戒任務を終えたばかりの兵士達であった。

 場所は幅広で天井の高い軍事基地の一角にある。壁から伸びたクレーンの類に吊られてそこらかしこに巨大な兵器が並んでいる。四方は金属の光沢もそのままに甚く硬そうな壁に囲まれており、人間が暮らす空間とは一線を越えて無機質な光景が広がっていた。

「なんだ、昨日も夜遅くまでやってなかったか?」

「整備の連中も成果を上げない馬鹿の機体なんて面倒見れるかよ」

「はは、違いない」

「まったくご苦労な話だよな? 笑えるぜ」

 時折、鼻に香るのは機械油の焼けた香ばしい匂いだ。耳には何処からともなく喧しい重機の動作する音が届けられる。遙か頭上の天井に灯る明かりは昼夜を通して落とされることはなく、その下で動き回る人間もまた引っ切り無しに入れ替わり立ち代り。時折、白や黄色で引かれた線の上を工作車両やトラックなどが行き来する。

 そんな中での出来事だった。

「他所より程度が悪いって言われるうちの隊でもこれだ、次は無いだろうなぁ」

「それなら、ほら、あれだ、きっと外壁修理の下請けにでも回されるさ」

「おいおい、それって軍人か?」

「これを機会に転職ってのも悪くない話なんじゃねぇの?」

「ありゃあ機体を転がしてるより土でも弄ってる方がよっぽど似合うぜ」

「ああ、それは言えてるわ」

 語られる全ては明らかに笑われている当人の下まで届いているだろう。

 しかし、タゴサクと呼ばれた彼はただ黙々と作業に従事していた。向けられる侮蔑の声も軽蔑の視線も取り合わない。汚らしくも身体を油に塗れさせて、額に汗を流して、格納庫に聳え立つ巨体の上を這い回っていた。

「そういや、アイツって前回の戦闘でも戦果はゼロだんだとさ」

「まぐれ当たりが何発かあったらしいけど、数年やってて一機も落とせないってなぁ?」

「そりゃお前、逃げ回ってばかりだからに決まってるだろ? 今更じゃねぇか」

「本当、今までよく軍人やってこれたよな……」

「あれで本当に訓練校出て来たのかね?」

「さぁ? トインツの訓練校だってアイツよりはマシな奴を出してるよ」

「なんつーか、アイツって夜に枕元を飛び回る蚊みたいな奴だよな」

「あぁ、それは言えてる」

「アッチへ逃げたりコッチへ逃げたり、まったく鬱陶しいったらありゃしねぇ」

「そうそう、とっとと撃墜されてくれないもんかね」

「いや、血を吸ってく分だけ蚊の方がまだ度胸があるんじゃねぇか?」

「ははっ、違いない」

 一日の仕事を終えた男達は口々に罵倒や皮肉を繰り返す。その声は天井も高く広い作りの格納庫へ遠慮なく響いた。鋼鉄の壁は音を良く反響させる。当然、語られる本人の耳にも全ては届いている。けれど、そうして交わされる彼等の会話に非難が返されることはない。当人は黙々と作業を続けている。

 そして、そんな彼の態度が態度なら、彼を眺めて男達の態度もまた日頃の日課に違いなかった。ここ数週に渡って延々と繰り返されてきた光景である。だから、突っ込みを入れる者もまた誰一人として居ない。他の人間は我関せず自らの仕事に黙々と従事している。

「ったく、本当、アイツを見てると苛々するんだよな」

「だったらまた苛めてやればいいじゃん。今日はもう疲れたって」

「ああ、それに腹も減ったしな」

「そうそう、とりあえず飯にしようぜ、腹の虫が鳴いて鳴いて仕方ねぇ」

「ったーよ、俺だってシャワー浴びてスッキリしたいしな」

 やがて、ある程度を語ったところで満足がいったのか、男達はフロアから脇に伸びた廊下を遠ざかっていく。カツカツとブーツが床を叩く硬い音が不揃いに響く。会話の声が少しずつ聞き取れなくなって行った。ともすれば姿もまた建物の影に隠れて見えなくなる。

 そのことに少なからぬ安堵を憶えて、溜息混じりに額の汗を拭ったのが件の青年。

 軍部でも有名な出来損ない、タゴサク・セリザワその人であった。

「はぁ……」

 手元には手垢に塗れた情報端末がある。今、彼は人の形を模して作られた兵器のコクピットに潜り込み、その整備を行っていた。本来ならばそれは専門に行う者が従事すべき作業だった。しかし、それも彼は多く大半を自身の手で行っていた。

 全ては今し方に彼を詰り去った者達の言葉の正しいが所以である。

「……今日もまた眠れない」

 額から頬を伝い滴り落ちる汗の雫。

 その不快感をシャツの袖で拭いながら、彼は必死に作業を続けていた。

 いつ訪れるとも知れない敵襲に備えて機体は常に万全にしておかなければならない。弾薬の補充や、破損した装甲の交換こそ行ってくれる整備兵達だけれど、それ以上のことは一切してくれない。これは彼の機体に限る例外だ。

 しかも、作業は全てが乱雑であって、激しい戦闘の見込まれる前線での運用に耐えうるものではない。様々なパラメータの設定から締まりの甘いボルトの点検まで、タゴサクは日々多くを格納庫で過ごしていた。

 無論、全ては自らの過失が発端だ。

 けれど、今はそれを恨まずに居られない状況があった。

 下手に愚痴を零すことすら許されない環境である。

「僕だって、僕だって頑張ってるのに……」

 小さく歯を食いしばって、何も言い返せない惨めな自分に耐える。

 皮膚の荒れた指先には、洗っても落ちないほど油が黒く滲んでいた。

 手にした端末を叩きながら何かに耐えるよう呟く。

「で、でも、なんとかしないと……」

 ちらり胸元に揺れるロケットへ視線を向けては唇を噛み締める。端末のキーを叩く指に自然と力が入る。全ては今し方に彼の同僚が語ったとおりだった。だから、自然と彼の内で悲しみは高まっていく。

 終わりの見えない作業に光が差したのは、それから数時間が過ぎた頃であった。