金髪ロリツンデレラノベ 第一巻

プロローグ

「お前が私を解き放ったのか?」

突如として目の前に現れた奴は第一声、そんな言葉を投げかけてきた。あまりにも唐突な事態に何と答えればよいのか。

「な……何だ……」

俺は問いの意味も理解できずに、ただただ目の前で起きた出来事の不可思議さに思考を囚われていた。

「まあいい、どちらにせよ結果は同じだ。運が無かったと思え」

一歩一歩、そいつはゆっくりとした動作で近寄ってきた。俺はといえば椅子からひっくり返って、床で尻餅をついている。

「なぁに、大した事はせん。お前がこれから私の下僕となるための契約をするだけだ」

カツカツとブーツが床を叩く音が、静かな放課後の教室に響く。

「如何せん力が乏しくてな、そうでもしなければやっていけん」

何の前振りも無く俺を吹き飛ばしたのは強烈な突風である。そして時を同じく、風上から現れたのは背丈の小さな子供だった。混乱した頭のまま周囲の様子を伺う。それまで一緒に駄弁っていた連れの二人が、床に転がっているのが目に入った。そのうち一人は頭から血を流していた。二人とも意識はない。

放課後の教室には俺と気を失って倒れた友達が、そして、目前に仁王立ちで佇む変な格好をした子供が居るのだった。

「な、なんだよこのガキ」

いきなりの偉そうな物言いにカチンときていた。それは身体の痛みから来ている面もある。打ち付けてしまって痛む腰を擦りながら上半身を起こした。

「ガキだと? 生きたというには幼すぎる分際でよくそのようなことが言えるな。」

「なんだとっ!?」

床に座り込んだ俺を見下しているのはまだ歳半端な女の子である。

しかし、そんな子供を相手にして、何故か俺は頭に血を上るのを止められないでいた。それは、気を失って倒れている連れの姿が思考を無駄に過熱させていた為であり、また、この場を覆う普段の教室とはかけ離れた一種異様な雰囲気が、正常な判断を奪っていた為でもある。言わば、ちょっとしたパニック状態に陥っていた。

一体何が起こったのだろうか? 頭は酷く混乱していた。。

「フフフ、そう吼えるでない」

そいつは何処で買ったのか、肌にぴっちりとフィットして黒く光沢を放つ、まるで水着のような異様なデザインの服を身に着けていた。ビキニスタイルのトップに、下はショーツと、それ隠す丈の短いパレオの様なスカートだ。加えて身体の至る所には幅の広いベルトが巻かれ、要所要所がシルバーリングで固定されていた。凹凸のない平坦で小さな体に、いわゆるボンテージファッションと呼ばれるであろうそれは明らかに似合っていなかった。

「…………一体、なんなんだよ」

相手は少しづつ歩み寄って来た。距離が段々と縮んでいく。その変な服装といい、狂った言動といい、全ては俺の常識を超えていた。そもそも何故にこのような子供がここに居るのだろうか。ここは高校である。小学生が来るにしては時期尚早だ。

「それにお前、一体どうやって教室に入ってきたんだよ」

根拠の無い意味不明の威圧感を感じ、俺は腰を床に落としたまま声を荒げた。

いつの間にか日は傾いており既に空は茜色に染まり始めていた。ガキの腕や首にはめられている大小いくつもの金属製リングが、また、腰下まで伸びた長い金髪が西日を反射してキラキラと光っている。

「そうだな。強いて言えば初めから居た、といったところだろう……な」

歩みをそのままに、不敵な笑みを浮かべたガキは意味不明な答えを返してきた。

「う、嘘対ついてんじゃねぇぞっ」

それまで教壇の前に立っていた相手は、けれど、いつの間にか教室に並んだ机の列の最後尾でひっくり返っている俺の目の前までやって来ていた。

「どうやら、今回の下僕はなかなか威勢が良さそうだな、こうして外へ出たのも久しぶりだが、人間の馬鹿な所はいつの時代も同じといったところか」

ニタリと口の端を歪め、床に座り込んだままの俺を見下ろしてくる。

「だから下僕とかいってんじゃねぇよ。ガキの癖に何生意気言ってんだよお前はっ!」

目の前に立っているのはどう見ても俺達より10才は年下の子供だった。それが何故こんなところにいるのか。そもそもこの態度はなんなのだろう。分からないことだらけで頭がパンクしそうだった。

「人の言葉も理解できんのかお前は。威勢は良いが頭の方は絶望的だな」

「こ、この野郎……」

ここは高校だぞ?

どういう訳か連れの斉藤と吉川は豪快に吹っ飛ばされて倒れている。俺も腰を強く打ち付けられて痛みに耐えている。何故こんな状況に至ったのか。何も分からない。根拠の無い危うさがヒシヒシと感じられた。

「まあせいぜい吼えるがいい、下僕に堕ちればそのような事を口にする自由さえなくなるさ」

俺はその場に座り込んだまま、目前まで迫ったガキを睨みつけた。相手は冷ややかな笑みを浮かべると、右腕をこちらへと伸ばしてきた。

「な、何するんだお前っ!」

慌てて立ち上がる。

腕を躱そうとした。しかし、相手の右腕はしっかりと身体を捕まえていた。

「か、勝手に触んなよっ! コラァ!」

成人男性の手首ほどしかない細い両腕が背中へと回される。その動作に嫌悪感を覚え、振り払おうと腕を振り回した。

「な、なんだよこいつっ!?」

だが、腕は動かなかった。

「フフフフフフ」

体を締め上げてくる力はありえないほど強かった。かなり力を込めたはずなのに気にした様子も無く、此方を見下すように笑っていた。

「人間とは非力なモノだな、これだけでもう手も足も出なくなってしまう」

ガキは俺の身体を抱き上げるようにして拘束してくる。押さえつけられた両腕は幾ら足掻こうも振りほどく事ができない。

「動かねぇぞおいっ! く、くそ、どうなってんだよコレ」

こっちだって平均的な男子高校生である。そんなに貧弱なわけじゃあない。こんなちっこい子供、それも女に拿捕されるなんて絶対にありえない筈だった。だが身体を締め上げてくる力は恐ろしく、その腕に抱かれた体はまったくといっていいほど身動きが取れなかった。

「どうした? 抵抗しないのか?」

口端をニヤリと吊り上げた不気味な笑い。そんな挑発に乗って、俺は相手が子供だという事も忘れて思考を加速させていった。こんな子供を相手にして力負けなどする筈がない。

「ふざけんじゃねぇぞっ!」

唸り声を上げ、普段は使わないような筋肉にまで力を込めた。相手の腕の中必死にもがく。きっと頭には青筋が浮かび上がっているに違いない。けれど、いくら力を入れてもガキ腕はピクリとも動かなかった。それどころか目前にある顔のなんと涼しげな事か。

「糞っ!」

「ほらどうした。貧弱な奴だな」

「うるせぇっ!」

何故こんなガキにそこまで言われなくてはならないのか。頭に血が上るのを感じながら更に両腕に力を込めた。鼻血が出そうな勢いで相手の両腕の圧力に反発する。だが、それでも腕が動いたのはほんの僅かなものだった。

「まぁ……少しは力があようだが、まだまだ青いな」

俺を拿捕したガキは、両碗で抱き込んだ体を力任せに自分の背丈の位置までずり下ろしてきた。無理に力を加えられて腰がグキンと音を立てる。

「ってぇな、この野郎っ」

相手の身長に合わせて立ち膝となる。

「まあそう睨むんじゃない、直ぐに終わらせてやる」

「なんなんだよお前は。いい加減に離せよこの野郎っ!」

「イキがいいのは良いことだが、少しは黙っていろ」

「このっ、このっ!」

幾らもがいても一切の身動きが取れなかった。

「さぁて、それでは頂かせてもらうか」

「い、頂くって何をだよっ!」

財布でも狙っているのか?

妙に嫌な予感がした。

そして、同時に首の付け根に激痛が走った。

「いってぇぇっ!」

視線の先には金色に茂るガキの頭がある。見てみれば馬鹿げた事に、ガキは人の首筋に噛み付いていたのだった。

「こ、こ、こんガキきゃっ! 何やってんだよっ!」

いきなり人の首に食らいついてくるとは一体どういう了見だろう。身体には相手の歯が食い込んでいる感触がある。本気で喰らい付いてきたらしく、かなり痛い。出来たばかりの傷口が熱を持って疼いていた。

そして、想定外の出来事の連続に俺も混乱していたのだろう。そんな相手の挙動に対して自分が打って出た行動は、これまた狂ったものであった。

「この野郎っ、噛まれる奴の身にもなれってんだっ!」

上手いこと目の前にガキの首筋があったのも要因の一つである。

「ん?」

歯は依然として首筋に食らいついたまま、瞳だけがが此方を見つめてきた。目には目を歯には歯をとはいったい何の教科の教師が言っていた言葉だっただろうか。まさにそれを実践する日が来るとは思ってもいなかった。

一切躊躇することなく、目前にあった色白く細い首筋に思いっきりかぶりついた。

歯には肉を噛む嫌な感触が伝わってきた。プツリという感触の後に、薄い皮膚が裂けて中から暖かく粘性のある液体が漏れ出してきた。けれど嫌悪を感じる事すら忘れる程に頭へ血が上っていた俺は、何の遠慮も無く、力一杯に自身の歯を相手の首筋に食い込ませたのだった。舌にはきめ細かな皮膚をなぞる艶やかな感触。歯には異物を追い返そうと押し返してくる肉の圧迫感。

……………。

しかし、相手はそれでも俺を放そうとはしなかった。それどころか悲鳴ひとつ聞こえてこない。加えてすごい近いところから………なんでだろう、のどを鳴らす音が聞こえてくる。

「へ、へめぇっ!?」

まさかこのガキ、俺の血を飲んでいるのか!?

愕然とそんなことが頭に浮かんだ。

だが、不幸なことにそれは事実だった。首筋から恐ろしい勢いで血液が吸い上げられていく、そんな激しい献血じみた感覚があった。そして気づいてしまってから後は、それほど長く続かなかった。

段々と意識が薄れていく中で、自身の咥内にも鉄の味が流れ来るのを感じながら、俺はゆっくりと暗に堕ちていった。

「おい雅之、雅之、しっかりしろって」

俺は自分の名前を呼ぶ声に目を覚ました。目前には若干の焦りを見せる斉藤の顔があった。

「ん、あ、ああ、斉藤。どうした?」

横たわっていた体を起こす。その際にツンと響く痛みが頭を駆け抜け、思わず額に手を当てた。

「大丈夫か?」

その様子に心配したのだろう。普段なら滅多にかけることのない言葉が斉藤の口から洩れた。

「あ、ああ、平気だ」

頭痛はそれほど酷く無さそうだった。痛みが走ったのは一瞬のことである。近くにあった机に手をついて立ち上がると、自分が教室の中で寝ていたのだということをようやく理解した。

「あれ・・・・・・なんで俺」

教室で寝てたんだ? そう言おうとして、先ほどのふざけた出来事を思い出た。子供はどうしたのだ!? あわてて周囲に目を見渡した。しかし、あの偉そうな物言いの子供はどこにも居なかった。

「どうしたよ、いきなりきキョロキョロしちゃって」

「え、いや、子供……、さっきまでここに子供がいたんだよ。しかもすっげぇ馬鹿力で俺を締め上げやがって。何処に行ったんだよアイツ……」

教室を隅から隅まで見渡してみる。明かりの灯っていない放課後の教室は暗く見通しが悪い。しかし、そこには俺と連れの二人以外、何者の存在も見つかりはしなかった。

居ないのか?

「はぁ? 子供ぉ? お前寝ぼけてんじゃねーよ。そんなのいるわけ無いじゃん。ここ高校だぞ?」

俺の挙動が余程不審だったのか、斉藤は訝しげな視線を向けてくる。

「いや、それが居たんだって。この辺に」

「でも居ないじゃん?」

手を肩口まで挙げて、何を馬鹿なこと言ってんのコイツ? と、素敵なジェスチャーをしてくれる友人。

「だから、さっきはいたんだよ。お前が気を失ってる時には居たんだよ」

「俺らがへたばってたときにか? でも、んなこと言ったって、お前だって倒れてたじゃん。それで何が子供を見たんだよ」

「だから、俺はそいつにやられて気絶したんだよ。いきなり首に噛み付いてきやがったんだよ。俺が気絶したのはその後だ」

その証拠を見せようとして、俺は学生服の襟元を肌蹴させ斉藤に向けた

「ほらみろ、跡だってあるだろ?」

しかし、返された言葉は俺の予想には反したものであった。

「どこに跡があるって? 綺麗なもんじゃん」

「は? そんな筈ないだろっ」

慌てて自分で首元へと手を当ててみた。けれど、確かに斉藤の言う通り、そこにはあるはずの、ガキの歯型の感触は得られなかった。何も無い普段通りの自分の肌なのだ。

「お前、寝ぼけてんじゃねぇの?」

「そ、そんな筈は……」

「それより吉川を起こしてとっとと帰ろうぜ。こんな所を教師に見つかったら何て言われるか分かったもんじゃねぇぞ。」

俺の世迷いごとなんざ付き合ってられん、といった様子で、斉藤はうつぶせに倒れたままの吉川へと向かっていった。

見れば教室は机はしっちゃかめっちゃかで、ドアは外れ、机はぐちゃぐちゃ、ゴミ箱の中身はあたりに散乱している。まるで地震でもあったかのような凄まじい状況だった。確かに、これは教師達に見つかったら大目玉だろう。下手をしたら停学処置を取られかねない。

ただ、一つだけ確信があるのは、この状況は俺がガキを見た時となんら変わっていないのである。これは、俺があの子供に出会ったという証拠にはならないのだろうか?

「……………………」

けれど、幾ら何でも突拍子が無さ過ぎる話だ。妄想扱いされても仕方の無い事である。

「なんなんだかな……」

記憶が混乱しているのだろうか。

「つーかさぁ……」

何でこんな事になったんだ?

意識が無くなる前のことを思い出す。

確か、俺達は3人で放課後の教室にいたんだ。他のクラスメイトは全員が帰った後で、吉川が話があるとかなんとかいって集まったのだった。そんでもって……

俺はほんの数時間前の出来事を思い返す。

「ちょっとこれ見てくれないかな?」

1日の授業が全て終了した、その放課後の教室での出来事である。帰りのホームルームの前に声をかけられていた通り、教室に残っていた俺と斉藤へ、吉川はあるものを見せてきた。それはポケットから取り出された拳大のサイズの石であった。

「あぁ? なにこれ。宝石か?」

斉藤が手渡された赤い石を受け取り、じろじろと眺めながら言った。

それは窓から差し込む西日を受けて赤く綺麗に輝いていた。

紅い色をした宝石、若しくはガラスの塊に見える。けれど、なんだってそんな物を吉川はわざわざ学校にもってきたのだろうか。せめて指輪やネックレスといった装飾品の形をしていれば頷けないでもないが、幾らなんでも、このサイズでそのまま持ってくる事は無いだろう。

「それって、やっぱり宝石にみえるよね?」

「そりゃお前、どう見ても宝石だろ。っていうか、そうなんだろ?」

余り興味が無い話であったのか、しばらく光に透かしてみたり、制服のすそで磨いてみたりとしていた斉藤だったが、直ぐに吉川へと返された。

「んで、この石ころが何だって?」

「それなんだけど、これ、実は拾い物なんだよ」

「拾い物?」

若干楽しそうな方向へと流れつつある話に、俺は続きを促した。

「そう、拾い物なんだよ。実は昨日学校から帰る途中の川原で拾ったんだよ。遠くで何かがキラっと光ったのが見えて、始めはガラス片か何かだと思ってたんだけどさ、気になって拾ってみればこれだったんだ」

「おーぅい、それってすげぇじゃん、宝石って売れば結構高値になるんじゃないのか?」

金になる話とみたか、早速斉藤が身を乗り出してきた。

「だから、昨日その石について色々と調べてみたんだけどさ……」

けれどそこまで言って吉川の口が鈍る。

「何か問題でもあったのか?」

「問題っていうかなんていうか、もしも僕が確かめたのが正しければ、その宝石はルビーみたいなんだ」

宝石でルビーと言えば、俺だって知っている超有名所である。けれど、その何が問題だというのだろうか。はしゃぎ始める斉藤とは対照的に、吉川は小さく溜息をついた。

「なんだよ、すげーじゃん。ルビーだろルビー。俺だって知ってるぜ」

斉藤は再び吉川の手から宝石を取ると、360度あちらこちらから眺め始め、馬鹿みたいにすげぇーすげぇー、と連呼する。

「なんでルビーが問題なんだよ?」

斉藤も俺も吉川のため息の意味がわからない。

「それがネットで調べたんだけど、ルビーって1カラットで大体4,50万するらしいんだよ」

「「おおおおおぉーー、すげー」」

吉川の口からでてきた金額を耳にして、俺と斉藤は素っ頓狂な声を出して驚いた。それだけの金額があれば一体なにが買えるだろうか。一介の高校生に過ぎない俺達としては声も上げたくなる。バイクだって車だって余裕で新車が買える。

「おいおいおい、マジですげぇーじゃん吉川っ!」

目を見開き、興奮した猿のごとく斉藤が踊り始めた。

しかし1カラットとはどの程度の重さなのだろうか。よく耳にする単位ではあるが、実際に使ったことは生まれてこの方一度も無いことに気づく。

「なあ、1カラットって何グラムなんだ?」

きっと斉藤も知らないで騒いでいることだろう。

「え? あれって重さの単位なのか?」

案の定アホな声が返ってきた。というか、そんな事も知らずに驚いでいたのか。

「1カラットは0.2グラムだよ」

そんな俺達に博学な吉川はスラスラと答えてくれた。

「おいおい、そりゃまた随分と小さい数字なんだな」

となると、これだけでかい宝石なら…………。

なら?

「なぁ、本当に0.2グラムなのか?」

「おい、それってかなり少ないんじゃね?」

ようやく俺と斉藤は自分の手の中にある石の価値に気がついた。もしも、これが本当にルビーだとしたらドエライ事になるのではないだろうか?

「だから困ってるんだよ。もしそれが本当にルビーだとしたら、それこそ住宅だろうとクルーザーだろうと、なんだって買えるくらいの金額になるから。いや、それどころか、金額さえつけられないかもしれない」

そう口にして赤い宝石へと視線を落とす吉川。

「マ、マジ?」

先ほどまではポンポンと気軽に扱っていた斉藤だったが、流石にビビったのか、慌てて元あった机の上へと戻した。

「で、でもそれって超すげーじゃん、これ売ったら俺達一生遊んで暮らせるんじゃねぇか?」

既に俺達、となっているあたりがこいつの図々しいところだろう。でも確かにその通りだった。今目の前にある赤い塊はどう見ても100グラム以上ある。金額にして数億円は下らないだろう。

「一生どころか3生でも4生でも遊んで暮らせるよ」

「けどさ、それって本当にルビーなのか?」

流石にそこまで話が大きくなると、これが本物のルビーであるというのが信じられなくなる。宝石には詳しくは無いが、もしかしたら他の赤い色をした、もっと安い石なのかもしれない。

というか、ただのガラス球にも見えるのだが、違うのだろうか?

「そこが僕も気になっていたところなんだよ。けどインターネットで見た限りじゃあこれと同じような外見をした宝石ってルビー以外にはなかったんだよ」

「でも、それだけで決め付けるっていうのもなぁ」

「そうだよね。普通判断できないよね。僕等も素人だから」

「っていうか、どっちかというとルビー以外の宝石だったって考える方が自然だよな」

「うん」

「おいおい、だったらコイツはなんなんだよ。どう見たって俺は宝石だぜこの野郎、って顔してるじゃんかよ」

こういうときに宝石商の知り合いでもいれば話は早いのだろうが、そんな特殊な知り合いは誰もいないに違いない。

「そこでこうして二人に見てもらいたかったんだよ。もしかしたら何かわかるかも知れないと思ってさ」

中指でめがねをくいっと上げて俺達へと向き直る吉川。

「けど、吉川にわからねぇ事を俺や雅之がわかるかぁ?」

「だな」

俺達三人はよく一緒に遊ぶ仲だが、その中で吉川は一番頭が良くて物知りだ。成績も常に学年のトップ近辺にいる。それがどうして、下から数えた方が圧倒的に早い俺や斉藤とつるんでいるのか、クラスメイトの間でも不思議がられる程だ。

「けど、その吉川もお手上げなんだろ?」

「うん、僕も宝石には詳しくないからね」

「でも、それじゃあどうするんだよ? なんかもったいねぇじゃんコレ」

斉藤は物ほしそうな目で机の上に鎮座する宝石をじっと見つめる。

「そりゃそうそうだけど、分からないんだから仕方ないだろ?」

「これ、どうする?」

「どうする? って言われてもなぁ……」

三人して腕を組み、赤い宝石を囲んで悩んだ。普段めったに使わない脳味噌を頑張って苛めてみたが、大したものは出てこなかった。

そしてしばらくの間は、斉藤の出すくだらない案を俺と吉川が否決する、といった繰り返しがループする事となった。しかし、それを何度か繰り返すうちに一つ、まともな案が斉藤の口から漏れた。

「だったらもう直接宝石ショップへいってみてもらえばいいだろ。そこで鑑定してもらえば値段もわかって一石二鳥じゃん」

続けて、俺ってあったまイイー、などという台詞が続く。

「あー、確かにそれならイケるな」

俺も斉藤の案に膝を打つ。

「だろだろ?」

たしか商店街には一軒、それなりの規模の宝石を取り扱った店があった筈だ。

「それに金に換えるならそのまま売っちまえばいいんだしさっ」

既に目の前には現金が積まれているかのように目を輝かせて語る斉藤。

「いや、それはちょっと出来ないよ」

けれど、名案は吉川に速攻で否定された。

「な、なんでだよっ、これだったら確実だし値段もわかるし完璧じゃんかよ」

「案自体はいいんだけどさ、その値段がわかるっていうのが駄目なんだよ。もしもその宝石が本当にルビーだったらどうする? 相当に高いよ?」

「…………まあ、まぐれにも無いとは思うけど、本物だったらヤバイな」

それで吉川は学校にまで持ってきたのか。

「は? なんで? 別にそれだったらそれでいいじゃん、つーか、ルビーだった方がいいんじゃねぇの?」

「アホ、お前はさっき吉川の言った事をもう忘れたのか?」

「アホとか言ってんじゃねーよ。覚えてるよ、家とか買えるってやつだろ?」

「ああ、それだそれ」

「それのどこがいけねぇんだよ? いいじゃねぇか。家が買える? 車が買える?  最高だぜ」

「だとしたらそれだけの金額に相当するようなものを、こんな一般人のしかも高校生が持ってるなんておかしいだろ? お前なんてただでさえ凶暴な顔してんだ、それこそ盗んできたんじゃないかって疑われるのがオチだよ」

ポケットに入っていた手鏡をアホな猿に突きつけてやる。

「あーーー、そ、それはそうかもしれないけどよぉ……」

納得したのか猿は渋い顔になって頷いた。

「そうなんだよね。だから僕も鑑定には出せなかったんだ」

「なんだよ、いい案だと思ったのになぁ」

残念ながらそれは既に吉川の中で否決済みの案であったようだ。

「けど、人に聞けないとあっちゃあ、それこそ、それがルビーかどうかなんて分からないじゃんかよ」

「そうだよね……」

「だな、機材も知識も無しに素人が宝石鑑定なんて無理な話だ」

せめてもう少し小さければ、親の物です、とかなんとかいって値段を聞くことも出来るのだろうけど。

「あと、もう少し小さければよかったのにな」

はぁと溜め息をつく。

「ああ、もう少しちっこけりゃいいんだよな」

話はまたもループして振り出しへと戻ろうとする。けれどその時、何かを思いついたらしい吉川が唐突に声を荒げ、興奮した口調で言った。

「ああ、そうだっ!」

「あぁ?」

「小さければいいんだよっ、小さければ」

「ああ、だからそう言ってるだろ?」

「いや、そうじゃなくてさ。小さくないなら小さくすればいいんだよ。これだけ大きいんだし、少しだけ削ってそれを鑑定してもらおう。それだったら少しは怪しまれるかもしれないけど、誤魔化せるレベルだし。ちょっと勿体無いけどこれだったらいけるでしょ」

なるほど、確かにいけるかもしれない。少し罰当たりな気がしないでも無いが、どうせ拾い物だ。このまま正体がわからず有耶無耶になって終わってしまうよりは、そちらの方がずっといいだろう。

「さすが吉川、だったら早速やろうぜ。今だったら急いで削って持ってけば店が閉まる前に間に合うだろ? 今日中に鑑定してもらえるんじゃないか?」

斉藤が興奮しながらまくし立てる。

「そうだな、まだ4時半だしいけそうだな、たしか商店街の宝石屋だったらいつも6、7時くらいまで店開いてた筈だ。よく帰り道に店の前を通るからな」

「うん、じゃあ僕は工作室へいって金槌とのみを持ってくるよ、二人は宝石を見ててっ」

言うが早いか、早速吉川は教室を駆け足で出て行った。

教室には特にやることの無い俺と斉藤が残る。言われた通り、ただジーッと机の上に鎮座する正体不明の赤い宝石へ熱い視線を送る事にする。

「しっかし、すっげぇよな、ルビーだぜ? ルビー。もし本物だったらどうするよ?」

既に斉藤の中ではこの宝石はルビーで決定らしい。

「どうするっていわれてもな……」

「なんだよ、嬉しくないのかよ?」

「そりゃ、嬉しいかもしれないけど、もしも仮にこの赤い石が本物のルビーで、それがポンと金に換わったとしても、あんまり実感はわかないだろうな」

「そうか?」

「俺だって1万、2万くらいの金が道に落ちてりゃ、よっしゃーとか思うけどさ、額が額だろ? ちょっと手に負えないっていうか、どうすりゃいいかわかんないじゃん。正直言って使い道もないし」

「ま、まぁ…………そうかもしれねぇけどさ」

「それにこの宝石を見つけたのは吉川だろ? 金になったとしてもそれは吉川の物だろうが」

「ああ、そういやそうだったな」

「アイツの性格からして、金がどうこうっていうより、拾った宝石が本物かどうかを確かめる行為自体に娯楽を求めてる気もするけどな。まあ、どっちでもいいけど」

俺の言葉に斉藤がちょっとさびしそうな顔をした。気持ちはわからないでもないが。

「まあ、しょうがねぇか。もしも本物だったら帰りに牛丼でも奢ってもらうとするか」

たぶん俺の中ではこの宝石がルビーであるという答えは無いのだろう。現実的に見てもそんな大層なものが川原に落ちているなんてありえない。ぶっちゃけ宝石でもなんでもなくて、ガラスかなにかで出来た玩具っていうのが最もな所だ。

「そうだな、久しぶりに玉入り汁付きで頼んでやるか」

二人して駅前に新しくできた牛丼チェーンで飯をかっこむ自分の姿を想像する。この時間帯では腹もかなり減っているので、それだけで腹がグーッと鳴った。

「腹減ったな」

「ああ」

それから10分ほど待つと、ようやく吉川が金槌とのみをもって教室へ戻ってきた。

「おまたせ」

それほど急いで来たのか、教室に戻った吉川は、ハァハァと息を荒くして肩を上下させていた。何もそこまで急ぐ必要もないだろうに。

「おう、そんじゃあ早速やろうぜ」

待ってましたとばかりに腕まくりしている斉藤。

「けど、それがもしガラスとかプラスチックで出来た玩具とかだったらどうするんだ? 危ないんじゃないか?」

さっき思ったことを口に出してみる。

「ああ、それはもう確認済みだよ。ガラスだったら・・・」

そこまで口にして、吉川は机の上の宝石を手に取ると、自分の腰の位置から手を放した。

無論赤い宝石は床へ向かって真っ逆さま。

「お、おいおい何してんだよっ!」

必死の形相で慌ててキャッチしようと斉藤が躍起になる。だが、吉川の手を離れた赤い石はそのまま何の変化も無く、ゴトっという重そうな音を立てて地面に着地した。

「あら、割れねーのか?」

呆け顔で吉川のほうへと目で問いかける斉藤。

「もしガラスだったら割れてただろうけど、硬い鉱石だったらこうなるんだよ」

言いながら床に落ちた宝石を拾い上げてもとあった場所へと置く。

「だって、そうじゃないとコレもってきた意味がないでしょ?」

自分の両手にある金槌とのみを上げてみせる。

「た、たしかにそうだな」

納得だった。

「それに仮にプラスチックだとしても、昨日ライターであぶってみたけど溶けなかったから。その線は無いと思うよ」

「お、おお、流石だな吉川」

「よし、じゃあはじめようか。雅之、ちょっと宝石抑えててくれない?」

「わかった」

「なあ、俺は? 俺はどうすればいい?」

「斉藤は不器用だから黙って見てて」

「ぶ、不器用とか言うなやっ!」

「うるせぇよ猿っ!」

「こ、この野郎・・・・・・」

吉川と俺の言葉に反抗しながらも、自分が不器用であることは認知しているのか、それで斉藤は静かになった。

「じゃあ、いくね」

そう言って小さく吉川が金槌を振りかぶった。目標は鑿の頭だ。鑿の刃の先端部は宝石の端のほうに付けられている。金槌が空を切る小さな風切り音と共に、カツンという衝撃を受けて宝石へ小さな刃がめり込むんだ。

かと思うと、そこに走った亀裂が小さくピシりと広がり、拳大の大きさの宝石から消しゴムのカス程度のサイズが欠け落ちた。削るというよりはヒビが入って崩れ落ちたという感覚だろうか。

「おぉ、うまくいけたなっ」

結構緊張していたのだが、思っていたより上手く出来たことに一安心である。

「上手にいってよかったよ、もしかしたら全体が崩れちゃうかもしれないとか思ってたから」

工具を机の上に置き、ふー、と息を漏らす吉川。俺と同様にかなり緊張していたようだった。宝石から手を離すと、背後から威勢のいい声が聞こえてきた。

「よっしゃー、削れたな? それじゃあ早速鑑定してもらいに行こうぜっ」

斉藤は既にかばんを手に席を立っていた。

「お前は気が早いんだよ」

俺と吉川も自分の鞄へ手をかける。時計に目をやれば、まだ5時を少し回った程度である。これならば下校途中で店に寄ってもなんとか間に合うだろう。

「いこうぜ吉川」

「あ、うん。ちょっと待ってて帰る準備するから」

けれどその時、何故だろう、風の無いはずの室内で俺の前髪が小さく揺れた。

「ん?」

途端、何が起こったのだろうか、背後から強い西日が差したような、そんな光が放出された。

「ああぁっ!?」

隣から斉藤の素っ頓狂な声が上がる。驚き慌てて光が飛んでくる方へ視線を向ける。すると、そこには教卓の上に鎮座する、先ほど削られた赤い宝石があった。

「お、おい。何だよコリャ…」

その不思議な様子に二人も気付いたのか、宝石から距離をとって身構えている。

「吉川、おまえ何か変な事したんじゃねえのかっ?」

「してないよ。それに何かしたとしても宝石が発光するわけないじゃないか」

光はその強さを段々と増していき、既に夕暮れ時だというのに教室の中は真夏の太陽の下にいるのではないかというほどに明るく眩しい。

「くそ、眩しくて前がみえねぇ」

「サ、サングラスよこせ斉藤っ」

「持ってるわけねぇだろアホが!」

「な、何が起こってるんだっ!?」

宝石はそれこそ太陽のように、直視できないほどの光を発し始めた。こうなると、もう室内にいられない。

「おい、外に出ようぜっ、眩しくてかなわねぇ」

「うんっ」

宝石を放置したまま、三人して教卓から逃げるように離れる。そして、後ろのドアから廊下へ逃げるべく急いだ。けれどそのとき、突如として恐ろしい勢いの風が爆発音を伴って俺達を襲った。

「だぁっぁぁぁぁぁーーー!」

「うぅわぁぁああーーー」

「なんだぁぁーーー!?」

三者三様の悲鳴を上げて吹っ飛んでいく。幾十秒か発光を続けた光は、最後に爆風と合わせて一際強く輝いくと、次第に収まっていった。

「くそっ、いってぇ…」

意味不明の暴風に吹っ飛ばされて腰を打ったらしい。体を起こそうとするとギックリ腰になったかのように強い痛みが走った。

「くそ、どうなってんだよこりゃ。おい、斉藤に吉川、生きてるか?」

強い光にやられて、目の前は真っ白になってしまっていた。だが、それも時間が過ぎると共にそれも段々と治ってくる。徐々に鮮明さを取り戻してゆく視界のなかで、俺は二人の安否を確認する為に、急いで周囲を見渡した。

すると、そこでまず最初に目に入ったのは二人の姿ではなく、突如として現れた子供の姿なのだった。

数刻前の出来事が頭の中で回想される。そうだ、それで俺はあの変なガキと出合ったのであった。やはり先ほどの出来事は嘘ではない、こうしてはっきりと思い出すことが出来るのが何よりの証拠だった。

しかし、そうなると首に出来た歯型は一体どこへ行ってしまったのだろう。どうにも解けない謎に頭を悩ませていると、いつの間にか起き上がった吉川がこっちへとやってきていた。

「吉川、体の方は大丈夫か?」

「うん、問題ない、そっちは?」

「問題ない、全然平気だ」

軽く笑い腕を回して見せる。

「ただ、こいつの場合頭が平気じゃないみたいだけどな」

ニヤニヤ俺を見ながら、先ほど俺が説明した事と同じ事を吉川に面白おかしく伝える斉藤。その内容はかなり脚色されていた。

「うるせぇよ、そのことはほっとけ」

多分こいつ等に言っても夢だの何だのと言われてお終いだろう。まあ、首に怪我が残っている訳でもないし、この事は忘れてしまった方が良いのかもしれない。別に子供が教室にいたところで、何ら俺が困るわけでもない。ずいぶんと舐めた口を利かれて腹が立ったのは事実だが、所詮子供のやったことだ。今ならそれほど頭に来ることでもない。第一、それが勘違いだったとしたら、ただの痛い奴だ。

「おい、それより例の宝石はいいのか?」

宝石のある方へと視線を向ける。

「ああ、そういえばそうだったな……」

「あの光は…………やっぱりこの宝石から、出てたよね」

三人揃って、おっかなびっくり教室の最前列の方へ早足気味に歩いていく。

「っしかし、なんだっていきなりふっとばされにゃならんのだよっ」

「俺が知るかよ」

宝石がもとあった場所を見てみると、あれだけの暴風にもかかわらず机の上に置かれていたルビーは元あったまま、削り取った破片さえもそのままに、吹き飛ばされず残っていた。

「お、よかったな、無事だったみたいだぜ」

その様子に胸をなでおろす3人。

「けど、あの風はなんだったんだろ……」

吉川はやはり先ほどのことが気になるのか。いや、この場合気にならないほうがどうかしているのだろう。

「あー、いいじゃん宝石が無事だったんだし。それより早いとこ帰ろうぜ。もし教師にこの様を見られたらただじゃすまねぇよ」

「お前ってムカつく程に前向き姿勢だな」

「はぁ? なんでよ」

「いや、やっぱいい」

先ほどの発光の中心地点、つまり教室に並んだ机の最前列にあって、その一番真ん中の席には、宝石が最後に俺達が置いた時のままの姿で鎮座している。その横で吉川は削り取った宝石の欠片をポケットから取り出したハンカチで丁寧に包んでいた。

「ハンカチなんてよく持ってるな」

「結構あると便利だよ? といっても一人暮らしじゃあ用意するのが面倒かもしれないけど」

「かなり面倒だな。つーか家にあるかどうかも怪しい」

「腐った生活スタイルだね」

「ほっとけ」

包み終えた宝石をいそいそとカバンのポケットに仕舞う。

「けど、本当にあの突風は一体なんだったんだろ。確かに教室の窓ガラスは開いてたけど、幾らなんでも吹き込みの風には思えないよ」

「さあな、けど、そう考える他に無いんじゃないか?」

「うん……」

きっと納得がいかないのだろう。吉川は眉をへの字にまげて、小さく唸り声を漏らした。あまり物事を深く考える事の無い俺だって、先ほどの現象には納得がいかない。明らかに不自然な出来事であった。超局地的な低気圧でも発生したのだろうか? いやいやいや、それこそ訳わからない。

「どうでもいいから早く行こうぜ」

背後から斉藤の間延びした声がかかる。

「ああ」

「とっとと逃げねぇとマジで見つかっちまうぞ」

「うん……そうだね」

何はともあれ、あの荒れてしまった教室の掃除だけは勘弁願いたい。斉藤の言葉は尤もだろう。俺達は教師に見つからないよう、急ぎ足で学校を出ることにした。吉川も何やら渋い顔をしてブツブツとつぶやいていたが、結局は理解できない超常現象だったと諦めて俺達についてきた。

なんだかんだ言ったところで、今は先ほどの意味不明な暴風より目の前の宝石だった。

学校を後にする際に、昇降口の壁に設置された時計に目が行った。時刻は既に夜の7時を回っていた。つまり、俺達は都合1時間以上もの間を気絶して倒れていたことになる。

「それで、今日はどうするんだ?」

学校から商店街へ向けて歩きながら斉藤が言った。

「この時間じゃあ、流石に店は閉まってるだろうし、明日までまつしかないだろ」

「そうだね、残念だけどそうしようか」

三人とも住んでいる場所は遠く離れているが、その関係で通学に必ず電車を利用する。なので、帰りは駅まで必然的に一緒になる。加えて、駅は商店街の直ぐ近くにあるので、結果的に帰り道には宝石屋があるということになるのだが、今は時間が時間なだけに、閉まってしまっていた。

「まあ、しょうがねぇな。明日が楽しみだぜ。なんたってルビーだもんな。俺って今まで本物みたことねぇもん」

「そういや俺も無いな」

「僕もないなぁ」

仮にあったとしても、親の指輪を見せてもらった、とか、その程度の経験だろう。

「となるとさ、そんな状況で宝石を鑑定するだの何だのって騒いでるのも、また変な話だよな」

「なんでよ?」

「だってさ、本物を知らない奴等が寄って集まって、これは本物だ、偽者だって言い合ってるんだぞ? 間抜けさがヒシヒシと感じられるね。」

「たしかにまあ、言われてみればそうかもしれないね」

「でも次からは大丈夫だぜ、何せこれだけでっかいルビーを見たんだからな」

「お前の人生で、今後、宝石を目にするような機会があればだけどな」

「うるせぇよ、ほっとけ」

拗ねた斉藤が道に落ちていた空き缶を蹴飛ばした。勢いの付いたアルミ缶は、小気味良い音を立てて転がり、道の脇の茂みへと消えた。

「本物だといいね」

「そうだなぁ」

「早いとこ明日にならねぇかな」

俺達は口々に教室での出来事を語りながら帰路に着く。

その日は、毎日通っている筈の勝手を良く知った道が、しかし、なんとも楽しげなものに感じられた。斉藤の言葉ではないが、明日は久しぶりに学校へ楽しく向かえそうだった。