金髪ロリツンデレラノベ 第二巻

プロローグ

6月も手早く過ぎ去り、今日は7月の頭。午前授業により早々に帰宅した俺は珍しくも自室で机に向かい、勉強をしていた。

「………これを微分して………でこれが……」

と言うのも、明日からと迫ったテスト日程がその原因である。

「おい下僕、食事の支度をしろ」

テスト初日の科目は数学と古文だった。

古文は担当の教師が事前にテスト範囲及び、出題傾向を教えてくれるので何とかなる。しかし暗記ではどうにもならない科目ナンバー1の数学がその後に待ち構えているのである。

「もう6時を回っているのだぞ? 私は空腹なのだ、早く席を立てっ」

「………定数項だから……これが…になって……」

そして、担任の話によれば、常日頃赤点を連発していた俺は、今回のテストで単位を落としたら留年が確定してしまうらしい。つまり、かつて無いほど後先無い状況なのだった。担任もどうしてもっと早く教えてくれなかったのか。もう少し教え子の心情に配慮してもらいたいものである。

とはいえ、教えてくれていたからと言って、勉強していたかと言われれば、それは微妙な話であるかもしれない。

「貴様は私の話を聞いているのか?」

「……だから…………マイナスとマイナスで打ち消しあって……」

加えて、悲しい事に俺は予習復習といった単語とは縁遠い人間だった。

いつもテストは一夜漬けである。威張れる事ではないが、小学校から中学、そして現在に至るまでの間に、テストの前日以外で勉強をしたことなど、高校入試を除いて数えるほどしかない。そして、それは今回も例外でなく、数時間前に買ってきたばかりの真っ白なノートを開き、ひたすら教科書の演習問題に取り組んでいたのだった。

「おい、何とか言え。私は食事の用意をしろと言っているのだっ」

「………ああでもそうなるとxが残る………でもこれだと……」

怠け癖が祟って、勉強を始めたのもテスト開始まで残り時間20時間を切ってからである。本当に間に合うのかどうか。自分でもこうして努力しているのが無駄ではないかと思えてきてしまう。

「言うことを聞かぬというのであれば、こちらにも考えがあるのだぞ?」

「…aの微分係数は……教科書と同じだし…」

加えて次の日には暗記の親玉である地理と世界史が待っていた。一山超えたとしてもまだまだ先は長く、明日の火曜から一週間にわたってテストは……。

「おいっ! いいのかっ? 貴様がそういう態度を……」

って、ああもうっ!

「やっかましいぃ!」

「っ!?」

俺は机を叩いて、勢い良く背後を振り返る。そして、椅子に座った俺の直ぐ後ろ、そこに突っ立っている邪魔者に声を荒げて叫んだ。

「お前は黙ってろっ! 俺は今忙しいんだよっ!」

そう、エリーゼである。

「な、なんだとっ!?」

コイツときたら人が必死になって勉強しているというのに、後ろでペチャクチャペチャクチャ……。

「さっきから何かにつけて絡んできやがって、うるせぇよっ!」

「わ、私に向かってうるさいだと!?」

「そうだよ、こっちは勉強で忙しいんだよ。飯くらいピザでもラーメンでも何でもいいから勝手に取って食えっ!」

「言ってくれるな小僧、ピザやラーメンがどこから取ってこれるというのだ。そんなものこの家には無かろうがっ! 既にキッチンの様子は確認済みだ、嘘をつくなっ!」

「何言ってんだよお前は。出前だ出前っ! そのぐらい知っとけっ!」

「そんなもの知るかっ!」

学校から帰ってきたのが午後1時半。以降、何かにつけては俺の部屋にやってくるエリーゼはことごとく勉強の邪魔をしてくれていたのだった。

「なら知れっ! 今すぐに知れっ!」

「貴様、下僕の分際で私に命令するというのか?」

「うるせぇ、人の事を下僕とか言ってんじゃねぇよ」

「何を言う、貴様は私の下僕以外の何者でもないであろうが」

「だから、なんでそうなるんだよっ! つーかお前だって、この間の時に自分でファミリーだとか何とか言ってたじゃねぇかよ。その設定は何処へ行っちまったんだよ!」

おかげでノートは白いまま。しかし時間は着実に過ぎて行き、時刻は既に6時を回っていた。

「そうだな。確かにこの前は口が滑っていらぬ事まで語ってしまった」

「ああ、忘れたとは言わせないぞ」

館での一件の後、エリーゼは再び俺の住むこのマンションへと戻ってきた。しかも横柄な態度はそのままであり、出て行く雰囲気は微塵も無い。まるでそこが元来から自分の家であったかのような態度で居座っているのである。

「ふん、だがそれがどうしたというのだ。いくら貴様が私のファミリーであるとはいえ、それと同時に下僕でもあるのだ。私と交わした契約を忘れたとは言わせぬぞ」

「なんだと?」

「それともなんだ、また私の足を舐めたくなったのか?」

「なっ……この野郎……」

「そうだな、望むならばいくらでも舐めさせてやるろう。貴様の汚らわしい舌が私の高潔なる足に触れる事を許してやるというのだ。どうだ、素晴らしい下僕の特権だろう? 無論、無理やり跪かせてだがな」

口端をゆがめて笑うエリーゼの様子を目にして、握った拳が怒りに震えた。否応なしにも、先日の屈辱極まりない出来事が脳裏に浮かんでしまう。

「どうだ理解したか? 貴様は私のファミリー兼下僕なのだ。そのことをよく頭に叩き込んでおけ」

「う、うるせぇよ、誰がお前の下僕になんてなるか!」

「下僕か下僕でないか、それは貴様が決めることではなく主である私が決めることだ。勘違いするな」

「そんな勝手な話があってたまるかっ!」

「今ここにある。ほら、分かったのならばとっとと食事の用意をして来い」

「この野郎……」

腕を組み、仁王立ちのエリーゼ。対して椅子に座ったまま吼える俺。位置的に見れば、相手は頭1つ分下にある筈である。しかし、顎を上げてこちらを睨み付けてくるエリーゼは、まるで俺を上から見下しているかのようであった。

「私は食事の用意をしろと言ったのだ、それが理解出来ないのか?」

加えてエリーゼの声色が段々と変化してきている。ちっこいガキの癖して妙に迫力のある所がまた腹立たしい。そして、それは俺にとっての危険信号でもあった。

「んなこと誰がするかよ」

「ほぉ?」

「第一お前は居候の癖して態度がでかいんだよ。勝手にここに住み着いてるんだからそれなりの態度ってやつを示すのが普通なんじゃないか?」

「つまり、貴様は私に逆らうと言うのだな?」

「当たり前だろうが。っていうか俺だって、お前がここに住むのを許可した覚えは一度も無いぞ。それがいきなり部屋に入ってきて飯を作れだって? どういう了見だよ」

「なかなかどうして、お前も威勢だけは良いのだな。私はこれでも堪忍袋の緒は強固な方だと自負しているが、それもブチ切れる寸前といったところか」

「はぁ? お前の何処をどう見たらそうなるんだよ」

「なに、安心しろ。封印される前の私だったら今頃貴様は跡形も無く消し飛んでいる筈だ」

物騒な事を口走るエリーゼはこちらへ一歩近づいた。椅子に座ったままの俺はそれに押されるようにしてキャスターを背後へ滑らせた。背もたれがデスクの端に当たって音を立てる。

「こうして今生きていられることに感謝しろ。明日があることに幸せを思え」

両腕を胸元まで引き寄せる。するとそこには青白い光が舞い始める。煌々として輝きだした両腕は、その意味を知らず見ている分には綺麗なオブジェのようである。

「…………な、なんだよ、いきなり脅しかよっ!?」

だが、それに触れるとどうなるのか、その後に待つ結果は悲しい事に、ここ数日の間で文字通り痛いほど理解していた。これは俺にとって非常に良くない兆候なのである。

「私は貴様の主、そして貴様は私の下僕。それが何を意味するか分かるか? こんな簡単な力関係なんぞ畜生にでも理解できる事だろう?」

そう、力を取り戻したエリーゼは俺が想像していたよりも、遥かに凶悪な存在であった。その事実は、奴がこの家に来て一週間経った今、身をもって実感していた。多少殴った所で直ぐに治癒されるこの体コイツは平気な顔で遠慮なく殴りかかってくるのである。

「……………」

「どうした?」

結局、争えば軍配は一方にしか上がらないのであった。事実、あの細い腕に何度ぶちのめされた事か。連戦連敗の記録を更新する苦渋の光景が、自然と頭の中に浮かんでくる。

「ああもう、分かった分かった分かったっ! 作ればいいんだろ作ればっ!」

だから今回も折れるのは俺なのだった。下手に粘って足蹴にされたとあっては、プライドもへったくれも無くなってしまう。人間諦めが肝心だ、とは一体誰の言葉だったか。

「それでいいのだ。貴様も初めから素直に頷いていれば可愛いものを」

「やかましいっ! 大体お前、人にものを頼むにしてもそれなりの態度ってもんがあるだろうが」

「下僕風情が何を言う。私に説教をしようと言うのか?」

「な、なんだよ。当たり前のことだろうが」

どうしてコイツはこんなにも自己中なのか。そりゃ確かに力があれば少しは態度もでかくなるだろう。けどこんな人を馬鹿にした奴はそうそういない。ここまであからさまなガキ大将も珍しいと思う。

「そうだな、ならば貴様こそ一つ勉強するといい」

「なんで俺が勉強しなきゃならないんだよ」

「主である私の食事を作らせてやるのだ、それなりの頼み方があるというものだろう?」

「はぁ? そりゃどういう理屈だよ」

「ほら、言ってみろ。私にご主人様のお食事を作らせてくださいませ、だ」

「な、何で俺がそんな事言わなきゃならねぇんだよっ!?」

「貴様が私の下僕だからに決まっているだろうが。私には貴様以外に下僕はいないのだが?」

「そんな横暴が通って堪るかっ!」」

「なにが横暴だというのだ。私のような高等な存在の下僕と成れたのだぞ? お前こそ光栄に思え」

「ふざけんじゃねぇ、俺はこんな生活望んじゃいねぇぞっ!」

「誰がふざけているというのだ。私は至ってまじめだ」

ここまで自信たっぷりに言われてしまうと、一体どちらが居候なのか怪しくなってくる。

「まあいい、貴様と話をしていた所で時間の無駄だ。とっとと食事を作って来い、私は腹が減ったんだ」

「い、言いたい事だけ言いまくってくれて、人の話は聞きゃしねぇ……」

「なんだ、何か文句でもあるのか?」

「あるに決まってるだろうがっ!」

「ほぉ、ならば聞いてやろう。だが一つ聞くごとに指が一本消し飛ぶと思えよ?」

そう言ってエリーゼは、ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべてこちらを見下す。

コイツの場合、顔は結構整っているし、腰下まで伸ばしたブロンドの長髪は、圧倒的な存在感を持って他者にその存在を訴えかける。加えて、1メートルちょいしかない小さな身体は見る者の保護欲を否でも応でも掻き立ててくれるわけで、ともすれば、今の表情も子悪魔的な可愛さとも受け取れる。だが実態を知っている俺からすれば、その面は邪神の笑みすら生ぬるい。

「この野郎……」

「どうした? さっさと話すといい。脅しは人間の常套手段だろう?」

やはりあの時、指輪を外しに行くべきではなかったのだろうか。もの凄い後悔がここ数日に渡って俺を攻め立てていた。

「お前いつか覚えてろよ」

「ふふ、意気地の無い奴だな」

「黙ってろっ!」

そう、そして結局は、俺が妥協するのが常なのだった。

「もういい、飯でも何でも作ってやるさ。ああ、作ってやるともご主人様よっ!」

「まったく口の減らない下僕だな。少しは世間のマナーというやつを学んだらどうだ? それでは周囲とも上手くやっていけんだろうが」

「うるさいっ! お前にだけは言われたくないっ!」

そんな感じで、今日という日もまたこのクソガキに引きずられて過ぎていくのだった。

東京都大田区は羽田空港一丁目。12時間のフライトを終えた彼女は空港のホールに居た。

ブロンドの長髪が印象的な女性である。白く澄んだ肌は体温を感じられないほどに色白く、染みや黒子の一点も見当たらない。身長は110から120といったところだろうか。とても可愛らしい少女だった。しかし周囲に保護者の姿は見つけられない。どうやら彼女は一人のようであった。

そして少女は人目に付いた。周囲からは好奇に満ちた視線が雨霰と降り注がれていた。だがそれでもここは国際空港であり、外国人が闊歩していようとそれは大して珍しいものではない。ただ、少女の一風変わったその出で立ちが、周囲から彼女の存在を異色なものとして浮かび上がらせていたのだった。

まず目に付くのがその全身を覆う茶色の布。身に纏っているのは洋服などではなくゴワついた麻のローブであった。薄汚れた生地が首から膝下までを、全身スッポリと覆っていた。靴も同様、お世辞にも綺麗とは言えない。一枚革で出来た古い作りのショートブーツには、そこらじゅうが綻び大小幾つもの穴が開いていた。最近流行のダメージデニムも真っ青な一品である。

そして、少女は土ぼこりに汚れボロボロになった一つの布袋を両手に抱えていた。まるでサンタクロースの持っているような、持てば少女の姿が隠れてしまう程の大きさの袋だった。一体中には何が入っているのか、パンパンに膨れ上がった袋は今にも破けそうであった。

「…………」

少女が歩くに従って、カツカツと靴の裏鋲が音をたてる。少女は混雑する空港のロビーをゆっくりと進む。

そうして彼女が近づくにつれて、周囲の人々は鼻を押さえ無言で遠巻きに離れていった。なぜだろうと疑問を持った人々もまた、近づいては同じようにして鼻を押さえ離れてゆく。

それは何故だろうか?

答えは単純明快で、少女の彼女は風呂に長く入っていなかった。ビスクドールのような可愛らしい容姿をしているにもかかわらず、彼女を臭源とする異臭が混雑する空港の中で、周囲に無人の空間を作り上げていた。

「はぁあああああ、やぁっと着いたのだよジャパニィイイイイイイズっ」

しかし少女は周囲の視線などお構いなしであった。ロビーに並ぶ椅子の一つに近づくと、両手にもったズタ袋を下に降ろして大きく伸びをした。長旅で凝り固まった体はボキリと小気味良い音を立てた。少女の流暢な日本語に驚いた人々が足を止めそちらに向き直る。遠目にも目立つ長髪のブロンドは、やはり人目を引いた。

「しかし、これで日本も4回目……」

周囲の状況など何処吹く風で、少女は一人、今後の予定に思考をめぐらせていた。

「まさかここまでこのマリーを手こずらせてくれちゃうとは思いもしなかったのだよ」

空港ロビーに設置された大型のプラズマディスプレイにはAM9時と今の東京時刻が移されている。時差ボケという言葉を知ってか知らずか、少女は長いフライトを終えても元気一杯であった。

「しかも最近は顔さえ忘れてきてしまっているし。あぁ、マリーもそろそろ更年期障害というやつなのだろうか」

ガラス越しに飛び立つ旅客機を見つめる少女、マリー・ローランサンは顎に手を当てて一人ごちる。

「というか、これって年を追うごとに見つけるのが大変になってきちゃっていたりするのんじゃなかろうか?」

空港にはこれから日本を発とうとする多くの人々がひしめき合っている。そんな中で彼らの視線はその少女に集中していた。忙しい朝の空港にあって、その場を通り過ぎようとする人達は、必ずと言って差し支えない頻度でその足を止め、少女の様子に目を向けていた。

「いやいやいや、弱気になってはいけないのだよっ! そんなことでは見つかるものも見つからないのだよっ」

だが当の本人は周囲の状況が見えていないのか、それとも気にしていないのか、何の反応も見せずに独り言をヒートアップさせる。容姿の幼さと相まって、政治家のようにグッと拳を握って熱弁するその姿は何処か滑稽だった。

「そう、諦めてはいけないのだよ。我が愛しのハニーを手に入れるまでマリーは永遠に諦めないのだよっ!」

そして、その動作に一体なんの意味がある問いのだろうか? 突如として椅子から立ち上がった少女は、意味不明な言葉を叫んで頭上に握った拳を掲げて見せた。

理解不能な挙動を受けて、周囲で様子を伺っていた者達にどよめきが走る。しかし、周囲の者達にしてみれば、この少女の目的など知る由も無い。そしてその認知はある一定の方向に向かって決定された。

十分後、彼女は不審者として空港の警備員に捕まったのだった。