金髪ロリツンデレラノベ 第三巻

エピローグ

翌朝、目が覚めるとそこは沙希の屋敷の一室だった。

すぐ隣にはエリーゼが眠るベッドがある。

寝惚け眼を人差し指で擦っていると、自分の両手両足が元通り治癒されている事に遅ればせながら気がついた。そこには既に痛みも無く、ちゃんと思うがままに動いてくれている。事前に治ると言われてはいたが、実際にこうして治ってくれて、本当に良かったと改めて感じた。

「って、もう11時過ぎか…」

壁に掛けられた古めかしくも高級感の漂う木製の掛け時計に目を向けて一人呟いた。

今日は那須岳に向けて出発する日である。荷造りもしていなければ、利用する電車の時刻だって調べていない。そして、エリーゼは未だに幸せそうな顔で寝息を立てて夢の中だ。本当に今日中に現地へ辿り着けるのか、先が思いやられる。

上に掛けられていた薄い掛け布団を剥いでスリッパに足を通す。

カーテンの隙間から漏れる陽光は、今日が昨日と同様に晴れであることを示していた。

「んっ……」

眠るエリーゼから小さく声が上がった。

目覚めが近いのかもしれない。

立ったまましばらく様子を見ていると、ややあって瞳が開かれた。

「おはよう」

声をかけてしばらくの間は、うつらうつらと何処を見るでもなく、何も無い宙に視線を泳がしていた。それから、すぐ近くに俺の存在を認識して小さく口を開いた。

「ああ……おはよう」

ベッドに横たわったままの状態で、視線だけを此方に向けてくる。顔はまだまだ眠たそうだった。昨晩は何時に眠ったのか知らないが、少なくともエリーゼを抱えて山を抜けた時点で夜の11時を回っていた。その辺りを考慮すると、屋敷に帰ったのはそれから2、3時間後の午後1時から2時になるのだろうか。途中で眠ってしまった俺には詳しい時刻も分からないが。

「………身体は平気か?」

目覚めてまずエリーゼが口にしたのは、そんな気遣いの言葉だった。

「あ、ああ。おかげさまでこの通りだ」

まさか、エリーゼからそんなことを聞かれるとは思ってもいなかった。多少の驚きを感じながらも、それを隠しつつ適当に両腕を動かして答えてみせる。まだ本格的に動いてみた訳ではないので確証は無いが、特に問題があるようには思えない。

「そうか……、ならいい」

眠気に細められた瞳で見つめてくる。

「もう起きるのか?」

那須岳への到着を夜にすれば、まだ時間的な余裕はある。

「ああ、起きる」

そう言って薄い掛け布団の下からモソモソと抜け出してベッドの上に座り込んだ。

「今日も良く晴れているみたいだな」

「暑くなりそうだよ」

窓ガラス越しからは蝉の鳴き声が聞こえてくる。空調の整った沙希の屋敷は、室内から廊下、玄関ロビーに至るまで何処も快適である。しかし、一歩外へ出れば、すぐにでも額からは滝の様な汗が噴出してくるに違いない。

「…………」

寝起きの余韻に浸っているのだろう。エリーゼはしばらく無言でベッドの上に座り込んだまま、カーテンと窓枠の隙間から漏れる眩いほどの木漏れ日を眺めていた。寝癖頭にパジャマという出で立ちながら、その姿は妙に幻想的で思わず見とれてしまう自分がいた。

「ところで……」

ふと、エリーゼが口を開いた。

「なんだ?」

その動作には、まるで絵として描かれたウルビーノのヴィーナスがいきなり話しかけてきたような、不思議な錯覚を伴った。それだけ俺がエリーゼの姿に深く見惚れていたという事なのだろう。少し悔しい。

「まあ……なんていうか……、昨日のことだ」

「昨日のこと?」

語る口調はエリーゼらしからぬ、妙にたどたどしいものであった。

「その、なんだ……」

人差し指で頬を軽く掻きながら、視線を明後日な方向へ向て続く言葉を口にした。

「……………………お前を巻き込んでしまって……、悪かったな」

「………え?」

一瞬、エリーゼが何を言ったのか理解できなかった。

コイツが俺に謝る理由として昨日の件を上げるのは、別におかしい事ではない。エリーゼが俺に対して謝罪をした、という事実に驚いたのである。だって、昨日までの言い分と今の謝罪とは全く逆の方向性を持つのだから。

「聞こえなかったのか?」

「い、いや、聞こえた。聞こえたからこそ驚いてる」

「だったら変な声を上げるな、………馬鹿が」

「だって、お前が俺に謝るなんて初めてのことじゃないか?」

意図が読めない相手の行為に、多少の混乱を伴いながら言葉を返す。

「………そうだったか?」

「いや、そんな気がするだけだけど……」

実際の所は分からない。けれど、そう形容したくなるほどの衝撃が今の一言にはあった。その妙に素直な言動に、何か良からぬ事を企んでいるのではないかとも思った。だが、そういった雰囲気は微塵も感じられない。

そして、会話はそこで途絶え、部屋には再び沈黙が戻った。

辺りに漂うのは、言葉では形容しがたいむず痒さを伴った雰囲気である。

相手が何を思って謝罪の言葉を述べたのか。言葉通りに受け取れば、それは俺が昨日に受けた被害に対してエリーゼが責任を感じている、ということになる。あのエリーゼが他者へ責任を感じている。俺に対して責任を感じている。それは共に過ごしてきたここ数週間の出来事の中で一番の驚きだった。そして、何故だろう、同時に一番の喜びでもあった。

「………」

自然と昨日の出来事が思い出される。

すると、まずもって思い返されたのは腕を引きちぎられた痛みでもなく、胸を貫かれた衝撃でもなく、最終的に助かった喜びでもなく、エリーゼの後ろに隠れて怯えることしか出来ない、酷く惨めな自分の姿であった。

本当に何も出来なかった自分。そして、何だかんだで暴言を吐き散らしながらも、毎度毎度助けの手を差し伸べてくれるエリーゼ。これからも俺は、エリーゼを狙う誰かが訪れる度に同じ感傷を得るのだろうか?

そう思うと堪らない気分になった。

そして、理解した。

ああ、なるほど、人の心は移ろい易いものである。

「なぁ、エリーゼ」

気がつくと、口は自然と開いていた。

「なんだ?」

深い蒼色の瞳が俺を捉える。

「俺もお前に言っておきたいことがある……、と思う」

こうして面と向かって言うにはかなり恥ずかしいことなのだが、既に口火は切ってしまっている。後戻りは出来ないだろう。けど、今のテンションなら言い切ることも可能だと思った。というか、今じゃなければ言えない気がする。

これから言おうとする事を考えると、目下から見上げてくる視線がくすぐったい。もしかしたら、エリーゼもこんな気分で先ほどの謝罪をしたのだろうか。そう思うと親近感が感じられて嬉しかった。

「その、あれだ……」

覚悟を決めて言葉を続ける。

「今までお前に頼ってばかりで悪かった。それと、その都度助けてくれてありがとう」

なんて青臭い台詞だろう。

自分で口にしていて鳥肌が立つのを感じた。

「………私の真似か?」

「べ、別に真似してる訳じゃないぞっ!」

冷静な突っ込みを、両手を振りながら慌てて否定する。

「ただ、俺も思うところがあってこうして謝ってるんだよ」

このままではいけない。

そんな漠然とした思いが胸中にあるのだ。

「お前は俺に謝ってくれたけど、これからはそんな謝罪も必要なくなるよう頑張る。これ以上惨めな思いはしたくないだ。だから、その、なんていうか、あれだ、これからの俺はお前の隣に居たいんだ」

ああ、恥ずかしい。

自分で顔が赤くなるのが分かった。

「一つ確認するが、それは愛の告白か?」

「ち、違うっ! そういうのじゃなくて、じゃなくてだな。俺が言いたいのはありがとうっていう感謝の気持ちというか、今まで助けてくれていてありがとうってことで、だから、これからはお前の後ろに隠れてるだけじゃなくて、その横に並んで歩きたいということであって」

色々と頭の中が混乱していた。

おかげで大切な説明が省かれ危ういところで自爆しそうになった。

「俺もお前みたいに強くなりたいってことなんだよ」

そう、それが言いたかったんだ。

まるで少年漫画の様なノリの台詞である。こんな臭い台詞は今じゃなければ決して言えないだろう。守られてるだじゃ嫌なんだ、とのストレートな主張も、アニメや漫画では良く耳にするが、実際には恥ずかしくて口に出来たものでない。これが精一杯であった。

「それは本心から言っているのか?」

だが、そんな俺の青臭い台詞を受けても決して笑うことなく、エリーゼは至って真面目な顔で聞き返してきた。

「あ、ああ。これでも本心から言ってるつもりだ」

その気持ちに嘘は無いのだ。

これまでエリーゼから口を酸っぱくして言われてきたことも、今なら抵抗無く受け入れられるだろう。主観的な経験が無ければ受け入れられない事実があるのだということも、良く理解できた。

「ほぉ……、そうか……」

すると、静かに頷いたエリーゼはそのままシーツに視線を落として俯いてしまった。もしかしたら機嫌を損ねてしまったのかもしれない。流石に隣を歩きたい云々などとは、分を弁えない大それた発言であったか。せめて斜め後ろ辺りにしておけば良かったのかもしれない。そんな不安を感じながら、艶やかなブロンドの旋毛を眺めて相手からの反応を待った。

すると、ややあって俯かれた頭は上げられた。

そこにあったのは予想に反して普段どおりの素っ気無い顔である。

「馬鹿なこと言ってるか? 俺」

エリーゼが相手では、そう捉えられても仕方が無いことは重々承知だった。けれど、それまでの俺の気兼ねなど何処吹く風で、当の本人は別段さして憤慨した様子も無く、何事でもない風に呟いた。

「まあ、お前がそう言うのならば考えてやらんこともない。精進するんだな」

俺は素直に首を縦に振って頷く。

「ありがとう」

そう認めて貰えたことが、なんだか、とても嬉しかった。

言いたかったことを言えて、それを受け入れて貰えて、非常に嬉しかった。

すごく嬉しかった。

なんでこんなに嬉しいのだろうか。

「………」

そして、それと同時にふと気づいたことがある。

先ほどは咄嗟の事で反射的に否定してしまったのだけれども、それは間違いの無い事実として自身の中に存在していた。あまりにも悔しくて、今までは無意識のうちに否定していたのだろう。けれど、どんなに否定しようとしても、最終的には認めざるを得ない自分がいることに気づいた。そして、それを認めてしまう事で得られる幸福は、何事にも変えがたいものだと理解してしまったのだ。

これは困った。

本当に……、困ったことになった。

何故困ったことになったのかといえば、それは簡単な話だ。

どうやら俺はエリーゼに惚れているらしい。